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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
191/214

死出への道標

 イタリアのフィレンツェにある聖イグナシオ教会本部大聖堂、その2階。

 ノックをしてしばらく待っては見たものの、扉の向こうからは何の反応もなく美女は不思議そうに小首を傾げる。

「おかしいですねー。サラさんいるですかー? 失礼するですよー……?」

 美女が遠慮がちにドアノブに手をかけ室内へと足を踏み入れると、鏡台の前にポツンと一人でいる純白のドレスを着た花嫁の姿が目に飛び込んだ。

「サラさんいたねー」

 嬉しげに近づいた美女だったがサラの様子を見てその表情が一変する。

 床には嘔吐の後と思われる汚物が広がり異臭を放っているにも関わらず、サラの目はまるで夢遊病者のように宙を泳ぎ、何の反応も見せずにただ鏡台の前でボンヤリとしていた。

 美女が眉をしかめて呟く。

「アイヤー、これはいけませんですよー……サラさん正気じゃないですねー。内なる生命のパトスよ我が声に目覚めその神秘の力にて癒やし守護せよ<超神秘波濤>」

 美女は両手をサラにかざすと、素早くサイオニックの最上位呪文である、回復と状態異常治癒と守備力上昇効果を一度に付与する<超神秘波濤>を詠唱した。

「……う、うう……」

 正気を取り戻したサラがよろめくと美女がその体を優しく支える。

「……あ、ありがとう。あなたは?」

「ワタシ、ネオトーキョーで『龍華八仙堂』してますロンファ言いますよー。ヤンやアキラさんとは顔見知りですが、サラさんとは初めてですねー。改めてよろしくですよー。それよりも……」

 妖艶に微笑んだロンファは、黒いチャイナドレスの胸元からゴソゴソと封書を取り出しサラの手に持たせる。

 そのFカップはあろうかというたわわな巨乳と自分の小さな胸をつい比較してしまい、サラが多少の敗北感と嫉妬を覚えているとロンファは目を細めて笑った。

「堀田のペチャパイボッタクリ年増女から、サラさんへお手紙ですよー。あの女の頼み事なんて本当は聞きたくはないでしたが、状況が状況だし仕方ないですねー」

「手紙? 私に?」

 堀田のペチャパイボッタクリ年増女というのは『掘田商店』のアカリのことだろうとサラは推測するが、手紙という古風な連絡手段に思わず目が点になる。

 アカリとは念話番号を教え合ってはいないのでそれもやむなしではあるのだが。

 それにしてもお安くない転移港を経由し、このイタリアに初対面の使いを出してまでアカリが伝えたい用件とは何なのだろうか?

 ロンファの言った『状況が状況』という言葉もサラは気にかかった。

 訝しげな顔でサラが『堀田』と印された封蝋を破り中の手紙を開くと、興味深そうにロンファもぐいっと身を寄せる。

「ワタシもあの女がサラさんに何と書いたのか知りたいですねー」

 ロンファの大きな胸がちょうど顔に当たり微妙な気持ちになるので、サラは少し体を離し手紙の内容を声に出すことにした。

「コホン、それでは読みますね……サラおねえちゃん。もう知っとるかどうかウチにはわからへんけど、ネオトーキョーは今とんでもないことになっとるんやで。以前街を襲ったトリプルGなんかとは比べ物にならんほど大きいドラゴンが現れて、なんとかっちゅうアイドルのライブ会場が襲われたんや。それで300人以上が犠牲になってな、ウチのお得意さんの『イグナシオ・ワルツ』さんと『イノセント・ダーツ』さんも残念やけど……まあそれはええわ!」

 そこまで読み、悲報にも関わらずサラは思わず内心で『ええんかいっ!』とツッコミを入れる。

 状況がひどすぎる割に、アカリのノリが妙に軽いのがサラにとって救いとなった。

 きっと何がしかの復活手段でもあるのだろうと思い、サラは手紙の続きを読む。

「ほんでウチのお父ちゃんから念話があってな、今お父ちゃんドワーフの里におるらしいんや。誰と一緒と思う? な・ん・と! アンナちゃんとアキラおにいちゃんやで! 事情がようわからへんけど、今からサラおねえちゃんのおるイタリアに向かうらしいわ。ウチも本当ならすぐにでも駆けつけたいんやけど、冒険者が一人でもおる限りこの店を閉める訳にはいかへんのや……グスン」

(アキラが生きてる! 監獄都市からの脱出に成功したのね!)

 瞬間、サラの顔がぱあっと薔薇色に輝く。

 アキラさえ無事なら家の借金など二の次、もう加賀の言いなりになる必要は何もない。

 嬉しそうなサラを見てロンファの表情も思わず和らいだが、次の一文がまずかった。

「どこぞの金持ちのバカ乳老け顔娘が遊びでやっとる漢方薬局と、お客様第一の堀田商店じゃ営業方針が違うからなぁ。あっはっは! ウチは忙しいからそっちのことは全部ロンファに任せるわ! ほななー。えっと……以上で、終わりです……」

 サラがしまったと思った時には、もう全て文面を声に出して読み上げた後だった。

 手紙から上目遣いでそーっとロンファの顔を覗き見ると、世にも恐ろしい形相でぷるぷると小刻みに震えている。

 ロンファに殺されるのではないかと本気で思ったサラは心底恐怖した。


 イタリアとエアリーランドへ向かうパーティ分けで何の冗談か、たった一人ぼっちになってしまった僕。

 仲間たち全員と別れを済ませた僕は、イタリアにあるサラの実家の庭園に繋がるというドワーフの抜け道を孤独に進む。

 ちょっぴり寂しいけれど、今の僕に迷いはない。

 イタリアに着いたら速攻で結婚式の行われる聖イグナシオ教会本部に乗り込み、カンガルーの馬鹿をとっちめるだけだ。

 収監された監獄都市を脱獄してきた危うい身ではあるが、多少の勝算はある。

 さっき聞いたエアリーランドのノーグ砦でカンガルーが『収穫王エストルク』たちの遺体を使って何やら企んでるという情報……。

 それを公にすれば、あいつもきっとただでは済まないはず。

 僕のお婆ちゃんが国連のトップだった事実も心強い。

 あの裁判の時の様子を振り返ると、どうやらアカリお婆ちゃんは僕が孫であることに気付いてたっぽいんだよね。

 そうなると有罪にされた国際裁判の結果だって、もしかしたら覆るかも……いや、それはさすがに無理か。

 とにかくやるべきことはシンプルだしはっきりしている。

 サラをカンガルーの毒牙から救い出す――そのためなら世界を敵に回す覚悟だって今の僕にはあるぞ。

 経験値の没収を食らいレベル1にされた僕だけど、腰には愛刀であるスシマサとムラサマが頼もしくぶら下がっている。

 つまり、向かうところ敵なしってことだ。

 変わり映えのしない薄暗い道をずーっと進み続け、どれだけの時間が経過したかもわからなくなってきた頃――そのゴールは突然見えてきた。

「おっ扉だ。ってことはようやくサラんちに着いたのかな?」

 取っ手を押しても引いてもビクともしないその扉に、業を煮やした僕は全力で思いっきり蹴飛ばした。

 ギー、という錆びた鉄が軋む音が響き、扉がゆっくりと開く。

 中は真っ暗だったが、抜け道の各所に設けられた固定式のランプから差し込む明かりで何とかその様子は分かる。

 蜘蛛の巣の張った家具、壺や絵画といった美術品が埃を被り乱雑に置かれている……どうやら物置のようだな。

 特に見るものもないと思ったが、そこにただひとつ僕の目を引いた物があった。

 それはこの暗い部屋の中でもキラキラと輝きを放つ、手の平サイズの見覚えある球状の物体。

「え? これって……どう見てもあのオーブだよな? どうしてサラの家の地下に……」

 アルビアがここを通ってひとつだけ置いていった?

 いや、違う――オーブの上に被った埃の量から察すると、ずっと昔からここにあった感じだ。

 となるとますます分からない、オーブは3つだけじゃなかったのか?

 待てよ、ホルターは何と言っていた?

『オーブ・オブ・プラネットナイン。惑星プラネットナインで開発された種族封印兵器。魔王イブリースによって封印されている種族は――』

 そう、イブリースの手によって封じられたのは三種族。

 そしてこれは恐らく未使用の、それらとは別の種族封印兵器……それがサラの家の地下にあるということはだ。

 僕の脳内で目まぐるしくこれまで得た情報が駆け巡る。

 サラの家が破産に追いやられ、抵当に押さえられた本当の理由。

 何者かは知らないが、きっと地下に置かれたこのオーブこそが狙いだったのだ。

 ではオーブを狙っていたのは一体誰か。

 カンガルー……僕をモンスターと契約していたという罪で告発し監獄送りにして、サラと結婚することで莫大な借金を肩代わりすると急に言い出したあの男。

 ヤツが黒幕なのか?

 いや……これは完全にカンだけどそうじゃない気がする。

 そもそも惑星内の特定種族全てを封じ込めるような危険な物、持ってる時点で世界中から人類の敵扱いされてしまうだろう。

 国連という一流の就職先も決まって浮かれていたあいつが、そこまでのリスクを果たして犯すだろうか。

 だが謎の黒幕の正体で頭を悩ませている余裕は今の僕にはない。

 とりあえずオーブは拝借することにして、僕は地上への階段を登り、最上部でしっかりこちら側からロックされていた天井部分の蓋をこじ開けた。

 太陽の光が暗い室内にレンジャーの放った無数の矢のごとく降り注ぐ。

「うおっ、眩しい! にしてもすごい大豪邸だな……ここがサラの実家の庭園か。本当にお金持ちだったんだ。特にこの石像なんて一体何十……いや何百万Gするんだろ?」

 それは鎧、具足、小手、兜、刀で完全武装した、侍らしき男を表現した実に見事な石像であった。

 芸術には疎い僕にも、そのダイナミックな迫力と何かに立ち向かうような決意を窺わせる強い意志がひしひしと伝わってくる。

 久々に地上をじっくり堪能した僕は、そこで一組の男女と鉢合わせた。

 いきなり出くわしたものだから僕も言葉が出なかったが、まず男が口火を切った。

「ど……」

 ドラコンの男が僕を見て絶句し、わなわなと震える。

「どうしておまえがここにいて、それを持っているッ!!」

 高級感あふれるスーツを着た見覚えのあるドラコンの男は、僕の手に握られたオーブを指差して絶叫する。

(とうに監獄都市の地下で朽ち果てているはずの取るに足らない存在が、散々遠回りをして辿り着いた目的の宝珠を持ち、私の目の前に現れただと? 何の冗談だ!)

 ドラッケン・イムズ・バレンタイン伯爵は慎重に慎重を期した自らの計画を出し抜かれた怒りと、いるはずのない少年が宝珠を手に現れた驚きの感情で一杯だったが、ある事実に気付き愕然とした。

(何もかも奪ってやったはずなのに、それでもなお私の先手を取るとは……。こいつが真の"解放者"の資質を持つゆえか? ……チィッ、やはり『あの時』に加賀財閥のバカ息子もろとも確実に葬っておくべきだったわ!)

 かつて日本で『次元竜クロノディメンションドラゴン』を殺し、その力を手に入れた時の出来事を思い出して伯爵は猛烈な後悔に襲われる。

 だが衝撃から立ち直った伯爵はすぐさま傍らの女に指示を出した。

「その男を殺れっ、エクレール!」

 僕は今の発言で瞬時に理解した。

 このドラコンの男は僕に裁判で有罪表を投じた例の貴族、バレンタインだ。

 こいつこそがこのオーブを狙っていた黒幕なのだと。

 そしてもうひとつ。

 男にエクレールと呼ばれ腰の刀を抜いたポニーテールの清楚な美女の格好は、どこからどう見てもメイドさんだったからだ。

『メイドさんを決して傷付けてはならぬ。それは死出への道標となる』

 以前タマモズキアから告げられたその言葉が僕の脳裏をよぎった。

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