予期せぬ再会
ドワーフのお城の3階に軟禁されていた僕らは、一人残ると宣言した堀田老人……いや、『心剣同盟』のホルターに別れを告げると、アンナたちが手作りしたロープを伝い城外へと脱出した。
「ホルターさんから聞いた話だと、イタリアに続くドワーフの抜け道は東の鍛冶工房地下2階。土竜の間にあるらしいわヨ」
訳知り顔でそう説明しながらスイスイと道を先導するアンナに僕たちも続く。
城外では衛兵がウロウロしていたけど、的確な判断で盗賊のアンナが止まれ進めと指示を出してくれたおかげで見つからずに済んだ。
問題は市街地だ。
そこらにいるのは全員がドワーフで、異種族の姿は一人も見かけない。
僕たちが出歩いてるのを住人に見られでもしたら、たちまち騒ぎになってしまうだろう。
「困ったわねぇ。アタシ一人なら余裕で見つからずに進めるんだけど」
アンナが小指を立てながらチラチラと物陰から街を行き交う人々の様子に気を配っていると、その妹であるベルが悪戯っぽく微笑み鼻をこすった。
「どうやらアチシの出番みてーだな。人の流れをコントロールするなんざ朝メシ前だっつーの!」
そう言うが早いかジャラーン、といきなり大きな音でギターをかき鳴らすベル。
「ちょっ、何やってんのベル!? そんな大きな音出したらマズイって!!」
僕が慌てて静止するも、無視してベルはよく通る声で歌うように叫んだ。
「えーっ? 市場で全品半額セール!? 早く行かないと全部売り切れちゃうなーっ!」
セリフの締めにジャン、と大きな音でギターを爪弾くベル。
すると何事かとキョロキョロと辺りを見回していたドワーフたちの耳が一斉にピクリと動き、物凄い勢いで僕らが目指す鍛冶工房とは反対方向へと走り出したではないか。
「ア~ラ、やるじゃないのベル。デキる妹を持ってお姉様も鼻が高いわ~」
「へへっ。サンキュー、アンナ!」
僕とシロとポーリーンが呆気にとられている中、アンナは妹の肩をポンポンと労うように叩く。
「一体どういうことだべか? おらには何が起こったのかさっぱりだよー。説明してくんろー、ベル」
シロが説明を求めると、ベルは照れ笑いしながらドワーフたちが向かった方を指差した。
「西に市場があるのは丘の上から見て把握してたからな。そっちに向かわせるには、ちょいとばかり連中の物欲をかき立ててやればいいだけだぜ。ま、実を言うとバードのスキルもちょいと使ったけどよ」
へえー、ベルもあのアンナの妹だけあってなかなか頭が回るんだな。
なんだか感心しちゃったよ。
「ではさっきのは嘘なのですか? 半額セールなんてやってるのなら、ポーリーンもドワーフの里の食材をお買い物しに行きたかったのですが……」
心底残念そうな顔でポーリーンがため息をついた。
いやいや、今はそういう状況じゃないからね?
そんな風に住人との遭遇をやり過ごしつつ、僕たちはイタリアへの抜け道があるという鍛冶工房へと到着した。
それはガレージみたいな扉のないとても大きな建物で、煙突からはモクモクと大量の煙が立ち、地下へ通じる階段からはガシャコンガシャコンという機械的な作業音と高温の熱気が伝わってくる。
アンナがしなやかな動きでスッと階段の先まで降り、僕たちに手招きした。
「工房というから、職人がもっといるかと思ったけど。これなら土竜の間まで誰にも見つからずにイケそうネ」
その言葉通り、誰にも見つからずに僕たちは地下2階まで降りて来られた。
ただひとつ問題なのは、無数にある扉のうち土龍の間がどの部屋なのか分からないことだ。
アンナの真似をして個室の扉に耳を当ててみると、いくつかの部屋には明らかに人がいる気配がする。
きっとドワーフの職人が引き篭もってせっせと作業をしているのだろう。
どうしたものかとみんなで頭を悩ませていると、不意に背後から声をかけられた。
「おい、ここは部外者立入禁止だぞ。一体何をしていっ……異種族!?」
現れた髭もじゃドワーフの男は、僕たちを見るなり声を失って驚いている。
幸い僕がお尋ね者であることには気付いていないようだが、今にも誰か人を呼びそうな顔だ。
こりゃまずいぞ!
今声を上げられでもしたら、ここに篭っている職人たち相手に強行突破しかなくなる!
目当ての部屋も分からない状況でそれは避けたい……。
アンナも渋い顔のまま、どう動くべきか迷っているようだ。
その時、扉からまた一人ドワーフが現れた。
「慌てるでない。そこの異種族は誉れある辺境警備隊を務めるこのフルワンの連れだ。気にするな」
新たに現れたドワーフの男はそう言って、僕たちをかばうような発言をして髭を撫でる。
誰かと思えば僕とニガスの丘で戦った、あのハルバード使いのフルワンだ!
フルワンの言葉で髭もじゃ男の緊張が解け、ホッとした顔つきに変わった。
「なーんだ、驚かさないでくださいよ。てっきり外部からウチの技術でも盗みに来た不審者かと。それよりどうですか、ラチナムハルバードとヘビーアーマーの具合は?」
髭もじゃドワーフがそう尋ねると、フルワンは手にしているハルバードをブンと豪快に振り回し満足そうに髭を撫でた。
「うむ。前の堀田印のハルバード・真打ちに比べるとちと物足りぬが、問題はなかろう。この鎧は重さが気に入ったぞ。代金は後でエビワンに届けさせるからツケておいてくれ」
「毎度あり! またいつでもどうぞフルワンさん、では失礼しますよ。大量生産用の全自動型生産機の調子も見てこないと……ああ、忙しい」
そう言いつつ、慌ただしく髭もじゃの男は立ち去った。
「えっと、フルワンさっきは……」
どういうつもりなのかその真意を測りかね、僕が礼を述べるべきか迷っているとフルワンは片手で制した。
「また誰か来ると面倒だ。話は土龍の間で聞こう。あそこなら滅多に人も来ないのでな」
土龍の間、まさかフルワンが目的の場所に案内してくれるとは!
僕はなんてツイているんだろうかと己の幸運に感謝した。
一方で、ニガスの丘でフルワンにKOされてしまったポーリーンとベルは微妙な表情を浮かべている。
(オイ、コイツ信用できるのかよアキラ?)
(ベルの言う通りです。騙し討ちされるかも……)
そう言って二人の少女は僕に身を寄せてコッソリと耳打ちしてきた。
確かに、ついさっき自分を倒した相手を信用しろっていうのも難しいよな……フルワン自身も僕にやられたわだかまりはもうないのだろうか?
自慢の武器と防具を壊された挙句、公衆の面前でイチゴ柄のパンツ一枚の姿にされたら、フツー許さないよなぁ。
もしかすると本当にリベンジでもされちゃうかも……。
そんな最悪の想像をしながらフルワンに案内された部屋の中には先客がいた。
それを見て僕はあっと声を上げ、シロは文字通り吠えた。
「わおおおおーーーーーん!!! お爺ちゃまー!」
すると中にいた、羽の生えた蛇が装飾された立派な杖を持つ灰色狼みたいな風貌のラウルフの男も吠える。
「ワオオオオーーン!!! 会いたかったよシロエッタ。監獄都市に戻るならいざ知らず、他の場所に行く抜け道はここしかないからね」
こんなとこで吠えるのはマズイだろと思ったけど、なんか感動の再会みたいに抱き合って大喜びしてるし、ツッコミづらい。
この人がきっとシロのちょくちょく話していた例のお爺ちゃんなんだろうな。
それに僕自身もそこで意外な人物と再会を果たした。
「マツカゼ! どうしたのその格好?」
そう、忍者のマツカゼだ。
僕も着ている例のデモンズブラックジャケットではなく、明るい暖色系の服装にマツカゼは身を包んでいた。
「フッ、そこに目を向けるとはさすが拙者が認めたコーデ力の持ち主だな。拙者が着ておるこれこそ、何を隠そう今ロンドンで流行の新作――」
するとアンナがパンパンと手を叩いた。
「ハイハイ、再会を懐かしむのはそこまでヨ。状況を整理しましょ」
「彼の言う通りだね。自己紹介させてもらうよ。私の名はテディ・アンバーウルフ。そこにいるシロエッタの祖父だ。よろしく」
その言葉を受けて誇らしげにシロが胸を張る。
「えへへー、おらのお爺ちゃまは『心剣同盟』の僧侶、テッドだべ! 驚いただべか?」
それを聞いてアンナ以外の全員が驚きに目を見開く。
無理もない、『心剣同盟』といえば『魔王イブリース』の討伐に成功した世界一偉大なパーティだ。
なんてこった!
これで僕はロードのマルティーノ、ビショップのホルターに続いて3人目のレジェンド冒険者と直に会ったのか……くーっ、壮絶に誰かに自慢したい気分だ!
これは握手でもしとかないと損だよ、うん。
「は、はじめまして! 僕はシロさんと今一緒に冒険させてもらってる――」
僕が緊張しながらテッドに手を差し出し挨拶をすると、彼は親しげに毛に覆われた手で握り返してきた。
「アキラ君だね? 君の悪名は我がアンバーウルフ家にもしっかり轟いているよ、ふふ。でも安心するといい、マルティーノからちゃんと聞いているよ。君がクニハ……いや、私たちのリーダーに認められた戦士だということはね」
のんびりした調子でそう話すテッドの手は温かく、とても頼もしかった。