いざイタリア!
アンナから聞かされた、アルビアが『ハイランダーズの』一員だったという事実に僕はハッとなった。
そうだったのか!
道理で記憶の片隅に引っかかってたんだよ、アルビアの名前。
それにしてもこんなところで繋がりがあったとは、縁というものは不思議なものだ。
僕が喉につかえていた小骨が取れたような顔で頷いていると、何故かアンナは暗い顔を浮かべる。
「……だとしたらもう戻っては来ないかも知れないわ。ガイとマグアが消滅したあの日、アルビアはリュートを真っ二つにへし折ってアタシたちの元から去ったの。それからしばらくして彼の名前を新聞で見たのヨ。アルビアがとある大貴族の家に盗みに入って捕まった、ってネ。何か大金が必要な事情があったのだとしたら……」
アンナの言葉の意図にいち早く気付いたベルが叫ぶ。
「アルビアの野郎、オーブを金にするために持ち逃げしやがったっつーのかよ!? クソッ、もしそうだったならマジで許さねー!」
悪態をつくベル、それを聞いたポーリーンとシロも驚いたような困ったような顔だ。
アルビアが金に目が眩んでオーブを持ち逃げした?
監獄都市で僕と同房になってからあんなに良くしてくれたアルビアがまさか……とても信じられないよ。
僕が予期しない展開にショックを受けていると、アンナがふうっと息を吐いた。
「まあいいわ、アルビアのことはほっときましょう。アタシたちには三種族の解放よりも先にやるべきことがあるのヨ。ここを出てイタリアの聖イグナシオ教会本部に大至急向かわないと、もう時間がないわ。加賀とサラの結婚式は明日そこで行われるのヨ!」
「あ、明日だって!?」
もうそこまでタイムリミットが迫っていたとは!
ずっと迷宮でウロウロしてたからすっかり時間の感覚もなかった……くそっ、このドワーフの里からイタリアに向かって明日までに間に合うのか?
転移港を使えば余裕だろうけど、今の僕は監獄都市送りになった犯罪者――脱獄したのもバレてその場で捕まってしまうだろう。
「ふん、何やら妙な話になってきたな。おまえらの仲間が件のオーブを持ち逃げした今となっては、ワシがこれ以上付き合う道理があるのか甚だ疑問というものだ」
パイプをくわえ、険しい顔でジロリと視線を僕たちに向けるホルターに、シロが優しい声でゆっくりと語る。
「ホルターお爺ちゃま、おらのお爺ちゃまが言ってたべ。『ホルターは決して損になることはしない、優れた決断を下す賢い男だ』って。だからアキラさの力になってくれると、おらはそう信じてるだよ」
パイプを口から放したホルターがシロに向き直るが、その表情は変わらず険しいままだ。
うう、可憐なシスターの説得でもドワーフの偏屈老人の心はやっぱり動かせないのか?
「ふん、悪の戦士の小僧を助けることが何かワシの得になるとでも……いや、待て。加賀と言ったか? 討伐報酬大幅減額を施行した国連の法務部長と同名……か。ふっふ、はっはっは! なるほどな、実におまえは面白い運命の下にあるようだ」
ホルターは珍しく愉快そうに大声で笑うと、側に置いた袋から大きなワールドマップを取り出す。
皆が何事かと顔を寄せ合って注目していると、皺だらけの太い指で一点をビシッと力強く指し示した。
「この里からイタリアに通じておる抜け道はここに出る。聖イグナシオ教会本部にほど近い、私有地だな。カルボーネ家庭園とある」
おいおい、カルボーネ家だって……その名前で思い当たるのは僕にとってひとつだけだ。
まさかそこは……?
驚きに目を見開いている僕のお尻をアンナがポンと叩いてきた。
「んまあ、サラの実家じゃないの! アキラ、アンタって本当ツイてるわネ。じゃあさっそく行きましょう。アタシなら鍵も簡単に開けられるけど、部屋の外は衛兵だらけだし窓から出て行くのが一番良さそうだわ。ベッドシーツでロープをちゃちゃっと作っちゃうから、待ってなさい」
アンナがスキップするように隣室へと向かうと、ベルも立ち上がる。
「アチシも手伝うぜ。兄貴とこうやって二人っきりになるのは何年ぶりかな」
「アラ、お姉様の間違いじゃない?」
兄妹は仲良く3階からの脱出用ロープ作りの作業を始めたようだ。
これからの展開に思いを巡らせた僕は仲間たちに頭を下げた。
「今のカンガルー……いや加賀と敵対するってことは、やっぱり国連を敵に回すってことになると思う。激しい戦闘になるかも……みんな、個人的な理由で巻き込んでごめん」
そんな僕にオークの姫君は頭を振った。
「アキラがいなければポーリーンは剣奴としてあの闘技場で生涯を終えるか、今も望まぬ闘いを続けていたことでしょう。本当に感謝しています。ところでそのサラというのはどなたです?」
「おらも気になるだよー。アキラのいい人だべか?」
ポーリーンとシロに僕がかいつまんでサラのことを説明すると、二人の少女は顔を赤らめて冷やかしてきた。
「わかりました、任せて下さいアキラ。ポーリーンは剣の腕には自信があります。国連と何の関わりもないこのバランシャー一族の姫は最後まであなたの力になります。一緒にそのサラさんを助けに行きましょう」
ポーリーンはその大きな胸をぽよんと叩いた。
ううっ、胸が熱くなっちゃうな……嬉しい言葉だよ。
僕も決めた、たとえ国連や世界中を敵に回したとしてもカンガルーなんかにサラは絶対に渡さない。
サラの家の借金のことや僕の現在の立場など色々問題は山積みだけど、その結婚だけは何としても阻止してみせる。
僕が決意を新たに真剣な顔で拳を握りしめると、ラウルフのシスターも尻尾をぱたぱたと振ってにっこり微笑んだ。
「ホルターお爺ちゃまがいてくれたら安心だよー。世界最高の鑑定眼を持つビショップにしてあの『心剣同盟』だべさ。こちら側に味方してると知ったらきっとみんな力になってくれるだよー。それにおらの……」
シロがそこまで言いかけると、ホルターがきっぱりとした調子でそれを遮った。
「いや、やはりワシは行かん。誰かが残り王に釈明せねばなるまい。その役目は先代王の息子であるワシを置いて他になかろう。抜け道の在り処はあの有能な盗賊に教えておいてやるから、イタリアにはおまえたちだけで行くがいい」
そう言うとホルターは自身の首に下げた輝く奇妙な飾りを外して僕に手渡した。
「持っていけ」
「えっ。これ、何ですか?」
僕が問いかけるとホルターは急に遠い目をして、その顔が一瞬微笑んだようにも見えた。
「それは『次元竜のアミュレット』だ。効果は、確率で発生する効果の成否を自在に操れる。戦士であるおまえが持っていてそれが役立つとは限らんが、表舞台から姿を消したワシが持っておるよりはマシだろう」
おお、なんかよく分からないけど、とてつもないレアアイテムっぽいな!
ウキウキと僕がそれを首に下げると、不思議な感覚に陥った。
そう、まるで僕の相棒だったクロが側にいるような……そんな懐かしさがこみ上げてきた。