最強の必殺技
「頼もう!」
僕たちが丘の上でティータイムをほのぼの楽しんでいると、見知らぬドワーフがズンズンやって来て開口一番そう叫んだ。
立派なハルバードを持ち、アーマークラスの高そうな重鎧に身を包んだ髭のドワーフだ。
いきなり頼まれちゃったんだけど、一体何だろう?
「はい? この里の人ですよね。こんにちは~」
和やかに僕はそう返事をする。
「よう、いい天気だな」
「ごきげんようドワーフさん」
ベルとポーリーンも片手を振って同じく挨拶を交わした。
「兄者! 異種族があいさつしてきたドワ!」
髭のドワーフの後ろからひょっこりとずんぐり体型の少年ドワーフが姿を現し、ひどく動揺した様子で兄と思われるドワーフの袖を掴む。
おいおいそりゃ挨拶ぐらいするよ、それともよっぽど僕らって珍しいのかな?
堀田のお爺さんもドワーフは引き篭もるのが大好きとか言ってたもんね。
「落ち着け弟よ。悪いヤツほど普段は善人面をしているものだ。まずは作法に則り自己紹介させてもらう。我が名はフルワン。この里の治安を守る、誉れある辺境警備隊を務めるロードだ」
名乗りの最後にガッ、とハルバードの石突きを地面へ派手に突き立てる重鎧のドワーフ。
サラの兄、ジェラルドと同じ上級職ロードか……。
ということは、必然的にこのドワーフはかなりの実力を持った冒険者ということになる。
僕がそんなことを考えていると少年ドワーフがいきなり叫んだ。
「そして兄者の弟、エビワン!」
天に拳を高々と突き上げて、得意げにポーズを決めている。
えーっと……何がしたいのこの人たち?
呆気に取られているとフルワンと名乗ったドワーフが僕にハルバードの穂先を向ける。
「平和を乱す悪しき者よ。剣を取り、辺境警備隊であるこのフルワンと戦え。その勇気がないならおとなしく縛についてもらおう」
「え? 僕?」
ポカーンとしている僕にベルが耳打ちをしてくる。
「ヤベーぜアキラ。堀田の爺さんがおまえの投獄されたニュースがどうのこうの言ってたろ。アレだぜ、きっと。このままじゃ捕まっちまうんじやねーか?」
た、確かにそう言ってたな……でも、どうすりゃいいんだ?
ドワーフたちの本拠地で下手に揉め事を起こすのはいくらなんでもまずいだろう、話し合いで平和的解決をするしかないよね……やっぱり。
意を決した僕はハルバードを向けてくるフルワンに、敵意などありませんよという顔で話しかける。
我に策ありだ!
「えーとですね、僕は里の平和を乱すとかそんなつもりは全然なくてですね。それに剣なんて物騒な物も持ってないですよ、ホラ。丸腰だし、人畜無害そのものでしょ?」
ふう、ちょうどプリズンソードを失っていたのが幸いしたな……おかげで平和的アピールに役立ったぞ。
すると弟の方のエビワンと名乗った少年ドワーフが白けた目で僕を指差す。
「うそつけドワ。監獄都市送りになった極悪人アキラがドワーフの里にいること自体がおかしいドワ! きっと脱走してこの里を滅ぼしにきたんだドワ!」
ぐっ、事実脱走しているだけにそれを言われると弱い……というか、捕まったニュースが流れたからって僕のイメージちょっとひどすぎやしない?
それにこんな大事な時に、あの交渉のプロはどこに行ったんだよ……おかげでドワドワ好き放題言われっぱなしだ。
僕が言葉を詰まらせていると、マグカップを置いたポーリーンがむちっとした足をスカートから思いっきり覗かせて立ち上がる。
「分かりました。剣を持たないアキラに代わり、この収穫王エストルクが娘、オークプリンセスたるポーリーンがあなたと戦います。こう見えて剣の腕には少々自信がありますから」
ポーリーンが挑戦的にそう言うと、フルワンは片手で髭をしごきながら頷いた。
「どうにも見ない種族の娘だと思ったら、あの収穫王のな……。だがこのフルワンは男女、種族、年齢、職業、体型での差別は一切せん。我が前には二通りの者のみ存在する……教えてやろう、それは強者と弱者だ。"ロード・オブ・ハルバード"の777番弟子の実力、とくと見せてくれようポーリーンとやら。さあ来い!」
ポーリーンも腰から『魔剣カストラート』を引き抜くと互いに間合いを取る。
ひええ、話が勝手に進んじゃった……女の子に自分の代わりに戦ってもらうって、なんか壮絶に格好悪いぞ。
「そんな、ポーリーンが戦うことなんてないよ。平和的に行きたかったけどしょうがない、魔剣を貸してポーリーン。僕が戦う!」
僕は彼女に手を差し出すが、ポーリーンは首を横に振る。
「駄目です。デビルユニコーンの時はとっさだったからそうしましたが、これは本来一族に伝わる至宝。手にする資格があるのは滅びたバランシャー王族の血を引く最後の一人……そう、この麗しき姫ポーリーンだけです」
取り付く島もないな……おまけに若干自分に酔ってる感出してないかこの人、麗しき姫って。
そうこうしてるうちにポーリーンが間合いを詰めて先に仕掛けた。
「はあっ!!」
そのむちむちした体からは想像もつかない、斬り下ろしからの鋭い突きによる連続攻撃。
フルワンはハルバードで受けるのがやっと、防戦一方といった形だ。
いいぞ、ポーリーンが優勢だ!
「これでおしまいです! はああーーっ! バランシャー一族秘剣、<グレイトフル・ハーヴェスト>!」
バックステップで間合いを取り、裂帛の気合を込めて魔剣から放たれた衝撃波がロードの男を襲う。
だがフルワンは慌てもせずにハルバードの穂先を真っ直ぐに突き出した。
「"ロード・オブ・ハルバード"最終秘伝<ポセイドンチャージ>!」
びりっ、という空気が振動する音が辺りに広がり、ポーリーンの放った衝撃波はハルバードの先端部分に吸い込まれるように消え失せた。
「そんなまさか!?」
信じられないという顔でポーリーンが焦りの声を出す。
そしてフルワンが真横にハルバードを薙ぐと先端の斧部分から青いオーラが発生し、まるで津波のようにポーリーンへと迸る。
「きゃあああああーーーーっ!!」
それをまともに食らって黄色い悲鳴を上げつつ派手に吹き飛ばされたポーリーンは、そのまま丘の上からごろごろと大玉のように下に転がり落ちていった。
な、なんだ今の技は……ハルバード自体はポーリーンの体に直に触れていないのに、あれも衝撃系の技か?
でもあの重そうなポーリーンの体を衝撃だけであそこまで吹っ飛ばすなんて尋常じゃないぞ!?
「ポーリーン! テメー、よくもアチシのマブをやってくれたな! 地獄のサウンドを聞かせてやるぜ、覚悟しろっつーの!」
ベルが物凄い形相でギターを手に立ち上がったが、その時にはフルワンはもう間合いを詰めていた。
「秘伝<活け締め>ッ!」
ハルバードの石突き部分でベルは喉仏を突かれ、言葉を発する間もなくその場に崩れ落ちる。
「ベルっ!」
僕が抱き起こすがベルはだらりと全身から力が抜け、完全に気を失っていた。
「あいにくと先手を取らせてやる訳にはいかん。魔法や演奏といったものは防ぎようがないからな」
そう言って髭を撫でつつ僕たちを見下ろすフルワン。
おいおいおい、本気でまずいんじゃないのか……。
仲間たちをやられた怒りよりも、目の前のドワーフの男のあまりの強さに僕は息を飲んだ。
素手の状態でも繰り出せる<ブレーメンドライブシュート>という必殺技も有している僕だが、今の戦いを見て通用しないと悟った。
剣……それも『あの技』を繰り出せる精度の武器がなくてはフルワンには勝てない、このままでは為す術なく捕らえられてしまう。
その先がどうなるかは想像したくないな……。
「さすが"ロード・オブ・ハルバード"の777番弟子の兄者ドワ! あっという間に残るはアキラだけドワ!」
弟のエビワンが嬉しそうにガッツポーズを決める。
「777番弟子って……それにしてはちょっと強すぎやしませんか?」
思わず僕が心情を呟くと、フルワンは首を横に振った。
「それは弟子入りした順番であって強さの順ではないのだ。フリチョフ師の弟子たちの中では不肖このフルワン、ブルーノ先輩に次いで2番手の実力だと自負しておる。だが2番よりは777番の方が縁起が良いからな」
あのサラを含む、数千人はいるらしいハルバード使いの弟子たちの中で2番の猛者か……道理でポーリーンが一撃でやられる訳だ。
でも、こうなったらやるしかない。
おとなしく捕まるより最後まであがいてやる、仲間をやられた分だけでもお返しだ!
僕が闘志を燃やしながら立ち上がり間合いを取ると、フルワンは満足そうな笑みを浮かべた。
「先端部分は槍であり、側面は斧であり、反対側は鉤爪となっている、突いてよし切ってよし引っかけてよし。三拍子揃った素晴らしい武器がこのハルバードだ。それに素手で挑むか。大罪人とはいえ、その意気やよし。こちらも手加減はせん。我が最強の技にて仕留めてくれよう……心技<大地震斬>!」
フルワンはハルバードをまるで棒高跳びのように用いて物凄い高さまで跳躍すると、そのまま空中で後方に振りかぶり、僕の頭上から一気に振り下ろしにかかる。
く、空中か!
体勢的に<ブレーメンドライブシュート>で迎撃するには厳しいぞ、ならば回避はできるだろうか?
駄目だ、ゆっくり考えている時間はない!
その時だった。
「こっちヨ、受け取りなさいアキラ!」
懐かしい声が背後から聞こえ、振り向いた瞬間何かが僕めがけて飛んできた。
デビルユニコーン戦の時のようにとっさにそれをキャッチする僕。
この使い慣れた手応え、見なくても分かる……僕の愛刀ムラサマとスシマサだ!!
いける、これならいけるぞ!
僕はすぐさま鞘を投げ捨てムラサマを左手に、スシマサを右手に抜き構えると、目を瞑り無心のままに、雷のごとく大地を蹴り跳躍した。
「<操手狩ニ刀ムラマサ無礼胴>ッッッ!!!!!」
シュピーン――シュピーン。
ハルバードを振り下ろす空中のフルワン相手に左右の刀を続けて放ち、二度快音を高らかに響かせた。
かつて『アングラデスの迷宮』でただ一度だけ放った、僕が繰り出せる技の中でも最強だと思う必殺技――それがこの<操手狩ニ刀ムラマサ無礼胴>だ。
そして交差するようにして互いに着地すると、フルワンのハルバードと重鎧がバラッ、と音を立て砕け散った。
ポーリーンとベルに手加減したこの男に対し、僕も中の肉体までは切らないように手加減をしたのだ。
どこをどう切るべきか、操手狩に開眼している僕にはそれが分かるからね。
でも、ただひとつ誤算だったのは……ちょっと切りすぎて髭のドワーフの男を下着姿にしてしまったことだな。
似つかわしくないイチゴ柄のパンツ一枚になったフルワンは、その場に座り込み髭をしごいた。
「あ、兄者ーーーっ!?」
泣きそうな顔でエビワンが駆け寄ると、ほぼ裸同然になった髭のドワーフが片手でそれを制する。
「落ち着け弟よ。認めたくはないが兄の負けだ。しかし、ここまでされるとは……なんという恐ろしい技よな。……アキラよ、このフルワンは煮るなり焼くなり好きにせい。ただし! 弟と里に手を出すのだけは勘弁願いたい。ムシのいい話だと思うだろうが、頼む」
そう言って僕に頭を下げるフルワン。
いやいや、元よりそんなつもりはないんだけど……それよりも、今はもっと重要なことがある。
「アンナ! 来てくれたんだね!!」
僕が笑顔で振り返り懐かしい仲間の下へ一目散に駆け寄ろうとすると、いつの間にかアンナの側にはたくさんのドワーフの兵士らしき男たちが取り囲んでおり、その足を止めさせる。
よく見れば堀田のお爺さんとシロも一緒にいるが、えらく渋い顔をしている。
その中にいた何やら偉そうなドワーフの男がつかつかと進み出て、兵士たちに包囲されたアンナに向けて冷たい声で語りかけた。
「こんなところまで連れ出して何かと思えば。監獄都市送りになった悪人が辺境警備隊を倒すところを見せたかったのか? おまけに下着姿というこの上ない恥辱を与えて。どこまでも舐められたものだな……」
とても再会を喜ぶどころではない、ただならぬ険悪な空気だ……なんだかやばいんじゃないの、これって?