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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
183/214

ニガスの丘

「気持ちのいい風だな……ここが堀田のお爺さんが言ってたニガスの丘か」

 名も知らない緑の花が一面に咲き乱れる小高い丘の上で、僕の髪が風に優しくそよぐ。

「ほんまでんなぁ。まるで地上におるような清々しい気分でっせ。なんや荒んどった心も安らぎますわ」

「本当、ここがまだ地底の中だなんてとても信じられません。なんだか故郷の村にいるような……ポーリーンも少し食欲が出てきました」

「そんな食欲出されても大したモノはねーけどよ。午後のティータイムと洒落込むか」

 アルビアは草の上に大の字になり、ベルとポーリーンはシートを広げてテキパキとお茶の準備を始めた。

 まるで気の合う友人とピクニックにでも来たような気分になっちゃうなあ。

 のんびりとした心地で僕は視線を彼方へと向ける。

 この丘の上からは堀田老人とシロが向かった街が一望出来る。

 中心部には堅牢そうな城が見え、東にはモクモクと煙を出している大きな施設、西は屋台のようなものが立ち並びたくさんの人が行き交っている……おそらく市場だろう。

「あーあ、僕も街に行きたかったな。ドワーフの街なんて来る機会、そうそうないだろうに」 

 ため息まじりに僕がそう呟くと、アルビアが大きなあくびをしながらコロンと顔をこっちに向ける。

「アキラはん、ここにいるみーんなそう思っとりまっせ。せやかて誰かさんが超有名人……おっと、ちょいと便所に行ってきますわ」

 横になっていたアルビアは話の途中で驚いた猫のように威勢よく起き上がり、胸元を押さえつつ凄い速さで茂みの向こうに走り去った。

「なんだアルビアのやつ。腹でも下したのかな?」

 きょとんと見送る僕にベルが手招きで呼びかける。

「ほっとけって。それよりアチシらは今の内に一息入れとこうぜ。シロたちもまだ帰って来そうにねーからよ」

 それもそうだな。

 僕はベルからコーヒーの入った熱々のマグカップを受け取り、シートに腰を下ろした。


「兄者、あれを見るドワ! 異種族がいるドワ!」

 異種族を初めて目の当たりにしたずんぐり体型のドワーフの少年が警戒の声を上げると、立派なハルバードを手にした重装備のドワーフが成人の証である髭をしごく。

「落ち着け弟よ。誉れある辺境警備隊の兄は異種族など見慣れている。待てよ、あの男の顔は見覚えがあるな……」

 そう言って革袋から自慢の望遠レンズを取り出すと、じっくりとその男の顔を品定めにかかる。

「これは驚いたな。あいつは監獄都市送りになった大罪人のアキラだ」

「あの芸術王オルイゼを倒した悪の戦士アキラ!? た、大変ドワ! 兄者、すぐにお城に報告に戻るドワ!」

 怯えた表情で駆け出そうとする弟を、兄はニヤリと片手で制する。

「まあ待て弟よ。里にノコノコやって来たならず者を捕らえたとなれば、さぞや王の覚えもめでたかろう。ならば問おう弟よ! この兄は何者か?」

 すると弟はハッとした表情で目を輝かせ、その拳を天高く突き上げた。

「兄者は"ロード・オブ・ハルバード"の777番弟子! 堀田印のハルバード・真打ちを使いこなす里一番の勇者、ロードのフルワン!」

 その言葉に我が意を得たとばかり、満足そうにフルワンが頷く。

「そうとも。オーク四天王を倒した男だろうと何も恐れる必要はない。この兄がいればな」

 そしてドワーフの兄弟は再び丘の上にいるアキラたちに視線を戻した。

「あいつらのんきにお茶なんか飲んで油断しているドワ! 奇襲をかけるドワ?」

 無邪気に見つめてくる弟に、フルワンは笑いながら首を横に振る。

「ふっふふ……奇襲など実力のない弱者のやること。正々堂々名乗りを上げ真正面から撃破してこそ、里での名声も高まろうというもの。この兄のいくさの見届人となってくれるか、我が弟エビワンよ」

 兄にそう問いかけられて弟は感極まった。

「か、かっこいいドワ~……さすが兄者ドワ! もちろん最後まで見届けるつもりドワ!」

 まったりとお茶を楽しむ異種族たちの下に頼もしい足取りで進む兄の後ろを、エビワンは誇らしい気持ちで付いて行った。


 ドワーフの王城では、謁見の間に突如現れたド派手な闖入者に廷臣たちがざわめいていた。

「な、なんだあいつは!? 一体どこから入ってきた!?」

「取り押さえろ衛兵!」

 すぐに屈強なドワーフの衛兵たちが殺到するが、上級職である忍者の転職条件をも満たしていたその盗賊は、迫りくる衛兵たちを闘牛士のように紙一重でひらりひらりとかわす。

「こいつ素早いぞ! 外から応援を――」

 衛兵が焦りの色で応援を呼びに行こうとすると、王が威厳のある声を発した。

「やめい」

 たちまち衛兵たちがピタリと動きを止めてその場に膝をつく。

「そなた、今我が息子ガイの名を出したな? しかも尻のホクロまで知っておるとは……一体何者だ?」

「アタシはアンナ。『バタフライ・ナイツ』に所属するレベル23の盗賊ヨ。ガイとは以前『ハイランダーズ』で一緒にパーティを組んでいたのヨ」

 それを聞いたシロがぱっと顔を輝かせて呟く。

「ベルのお兄さんだべか? おったまげただよー、ほんにまあベルとそっくりだべなぁ」

 アンナの言葉を静かに聞いていた王は顎に手をやった。

「『ハイランダーズ』……なるほど、確かそのような名だったな。教えてくれ。ガイが如何ようなモンスターの手にかかり、どう最後を遂げたか」

 そう請われてアンナは真面目な顔で口を開く。

「『アングラデスの迷宮』第三層で遭遇した白い悪魔――本来は第五層にいるボス格の強敵モンスター、アルビノデーモンに前衛のガイとマグアは爪の一撃で防具ごと体を貫通されてやられてしまったわ。最後までアタシたちを守るようにして、前のめりでね」

 息子の死に様を詳しく聞かされて王の体からふっと力が抜ける。 

「モンスターに殺され蘇生が失敗したという話しか私は聞いておらなんだが……異種族をかばって死んだというのか……。やはり大先祖ドヴァーボル様のしきたりは正しかったようだな。ドワーフは異種族に関わるべきではなかったのだ」

 額に手をやり嘆く王の姿にアンナはひらひらと手を振る。

「ガイは戦士としての仕事を見事全うしたとアタシは思ってるわ。本人もきっと後悔はしてないはずヨ。アタシたちは冒険者、一緒に組んだパーティメンバーは家族みたいなもの。家族は自分の命に代えてでも守る、そういうものでしょ?」

 アンナの言葉を聞いた王の顔色が真っ赤に変わる。

「黙れ! 知った風な口を利きおって……ガイが己の死を後悔していないだと? よくもぬけぬけと生き延び、そのような世迷い言を言えたものよ!」

 口から泡を飛ばして感情剥き出しで叫ぶ王に、慌てて廷臣が水差しを持ってきて王に差し出した。

 王はそれをぐいっと一息で飲み干し片手で口元を拭うと、攻撃的な目つきでアンナを睨む。

「……よかろう、ならば今ここでガイが本当にそのような心境であったのか、私を存分に納得させてみよ。それが出来たならホルターよ、そなたが言っていた先程の一件も許可する。ただし出来ぬ場合は地上にいる者たちにも触れを出し帰還させ、ドワーフは今後永久に異種族との関わりを断絶させて貰う。当然鍛冶工房で作る武具も『掘田商店』への供給は終了だ」

 この世から消滅した死者の感情など当然知りようがない、無理難題である。

 アンナは王の逆鱗に触れてしまったのだ。

 ホルターはジロリと若い盗賊に視線を向ける。

「余計な口を挟みおって。おまえのおかげでとんでもないことになったぞ。何かドルアード王を納得させられる勝算はあるんだろうな?」

「そんなものあるワケないじゃないの、って言いたいところだけど……正直1%ぐらいは望みがあるかもネ。アタシにもガイがこれに何を書いていたんだか分からないから」

 アンナはそう言って腰のポーチから、真っ赤に染まった一冊のノートを取り出しホルターに手渡した。

「中も血が染み付いてるせいでさっぱり読めないけど、伝説の『心剣同盟』のビショップ、ホルターさんならこれを鑑定して解読できるんじゃないかしら?」

 ノートを手にしたホルターはたちまち真剣な目でそれをめくり、そこに何が書かれていたかを見抜いた。

「血塗られたノート鑑定終了。ガイ・ドルアードの日記に間違いない。読むぞ。『ガッハハハ、快勝快勝。今日も俺の堀田印のアックス・真打ちでコボルドの群れを蹴散らしてやったわい。ノウィスのやつ出番がなくて退屈そうじゃったのう』」

 シーンと静まり返った謁見の間に、場違いな老人のセリフが響く。

 難しい顔でホルターはページをめくり続きを読み上げる。

『ガーン! コープスワームに里から持ってきた堀田印のアックス・真打ちがかじられてしまった! トホホ、あれ気に入っておったのに。新しい斧を買うしかないわい……』

『マグアのやつがタワーシールドを手に入れおった。おかげでやつの隣だとノビノビ戦えて快適快適。今後もいい盾がわりになってくれそうだわい、ガッハハハ』

『寝る前はいつも腰が痛くてかなわんかったが、アンナのマッサージを受けたらウソのように楽になった。尻をまさぐられるのはちいと嫌じゃがのう……』

『ヤンに貸した金がいつまで経ってもさっぱり返ってこん。ギャンブルで勝ったら倍にして返すアルと言っておるが……怪しいもんじゃぞい』

『アルビアは後衛でバードをさせておくには勿体無い身のこなしをしとるのう。鍛えてやればいいアタッカーになるやもしれん。本人にやる気がなさそうなのが惜しいわい』

 そこまで口に出してホルターが渋い顔をアンナに向けた。

「次のページでもう最後だ。『里を出る前ニガスの丘にこっそり植えたアレがもうじき開花する頃か。思えば……おっと敵が来たようだわい。後で書こう』記述はここで終わっておる」

 慌てた様子でアンナがホルターの肩を揺さぶる。

「ちょっと、それで終わりなの? ガイったら重要なこと全然書いてないじゃない! 続きはないの続きは!?」

「ない」

 ホルターが無念そうにそう言った瞬間、王が片手を上げた。

「息子の残した日記、か。黙って最後まで聞いてやったが、私を納得させるだけの理由はそこになかったな。最初からあろうはずもないが」

(これは本当にマズイわネ……考えるのヨ。アキラならいつだって最後の最後まで何とかして来たじゃないの……最後?)

 何かに気付いたアンナは最後の賭けに出ることにした。

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