表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
182/214

明かされた事実

 ドワーフの里の中心部にある、堅牢そうな造りの城。

 その謁見の間でドルアード王にニガスの丘の使用許可を求めてきたのは古くからの知り合いだった。

 話を聞き終わり、王は難しい顔をして唸る。

「ふむ。話は分かったホルター。先代王の息子であるドルムンク一族のそなたには今までそれなりの敬意は払ってきた。里にある鍛冶工房もそなたの願い通りに生産ラインを決めてやったな? だが、異種族を解き放つのにニガスの丘を使う許可は出せん」

「何故だドルアード王? イブリースによって封じられし優れた者たちだぞ。解放してやればいいではないか」

 険しい目で食い下がるホルターに対して、ドルアード王は首を振る。

「解放してやればよい。ただしこのドワーフの里の外、地上でな。3000人もの異種族を抱えるだけの余裕はこの里にはないのだ。食事は? 寝床は? 誰がその者たちの世話をしてやるというのだ」

 身振り手振りを交えてそう語る王にホルターは鼻を鳴らす。

「ふん、一時のことであろう。すぐに地上に送り届けてやればいいだけの話だ。何もこの里に永住する訳でもなかろうに。いつからそんなに狭量になったドルアード王、いやさギムレスよ」

 王の名を呼び捨てにしたホルターに対して廷臣たちの顔色が変わる。

 王たるギムレス・ドルアードのことを呼び捨てにする者など、このドワーフの里には一人もいないのだから。

 眉間に皺を寄せたドルアード王はかなり厳しい口調で返す。

「異種族に永住などされてたまるものか。少し感情的な話に移らせてもらおうホルター。私の息子たちの中でも特に傑出していたガイがそなたに憧れ地上で冒険者となり、この世から消滅したこと……よもや忘れた訳ではあるまいな?」

「……」

 ホルターは返す言葉が見つからずに押し黙る。

 ガイは誰からも好かれるよく笑う若者で、また己を鍛えるのが好きな将来有望な戦士であり、ホルターも留守の間は娘のアカリに何かと目をかけてやるよう言付けていた。

 だが程なくしてガイはネオトーキョーにある『アングラデスの迷宮』で本来その層にいないはずの予想外の強敵と遭遇してしまい死亡、蘇生も失敗してこの世から消え去ったのだった。

 王は静かな口調で黙ったまま下を向くホルターに告げる。

「安心せよ、恨みには思ってはおらん。ただ……やはり息子を地上になど出すべきではなかったと後悔しておるまでよ。『ドワーフは異種族と関わるべきではない』――先代王とそなたが破った大先祖ドヴァーボル様のしきたりを、やはり我々ドワーフは守るべきだったのだ」

 

 55年前に魔王イブリースが現れた直後、モンスターたちを討伐するため人間たちに力を貸そうという動きが、それまでひっそりと隠れていた異種族たちの間で一斉に起こった。

 ドワーフの里においてもそれは例外ではなく、ホルターの父である先代の王はしきたりを破り、地上へとドワーフの精鋭部隊を派遣したのだ。

 しかしその結果、愚かなアメリカの主導により『デミヒューマン』との蔑称で呼ばれた彼ら人間以外の種族は、世界中でモンスターの仲間扱いをされ迫害を受ける。

 いわゆる『暗黒の時代』だ。

 他の氏族たちからこの先代王の決断は批難の的となり、再びドワーフの里は先祖から受け継いで来たドヴァーボルのしきたり通り、地上との関わりを断った。

 だが数年後、どこで知ったのか里を訪れた人間の侍クニハラの熱意に打たれ、王の息子という地位も愛する人も全てかなぐり捨てて、ホルターはしきたりを破り冒険者として地上へ旅立ったのだ。

 

 ガイの死に加えて、親子二代続けて禁を破ったしきたりまで持ち出されては、もうホルターには何も言うべき言葉はない。

 これ以上ニガスの丘の使用許可を求め食い下がるなど彼にはできなかった。

 すると、ホルターの横で今までじっと静かにかしこまっていた少女が急に顔を上げ異を唱えた。

「王様、それは違うだよー!」

 真っ白い仔犬を思わせる愛らしい少女が、押し黙るホルターの横で真っ直ぐにドルアード王を見つめそう言った。

「その異種族の娘は何者だホルター? 発言を許した覚えはないぞ」

 不機嫌そうな王に、少女は完璧な振る舞いで堂々と一礼した。

「おらはシロエッタ・アンバーウルフ。ラウルフの大先祖である人狼王アンバーウルフの血族にして、『心剣同盟』の僧侶テディ・アンバーウルフの孫娘だべ。ホルターお爺ちゃまが勇気ある決断をして異種族と手を取り合ったからこそ、魔王を倒せて今の平和な世の中になったんだべ。おらのお爺ちゃまも言ってただよー。『ホルターがいなければ今頃はイブリースの支配する暗黒時代のままだった』って」

 少女は祖父を通じてドワーフの老人、堀田洞門ことホルター・ドルムンクと知己であったのだ。

 ドワーフ族の偉大なる大先祖ドヴァーボルに匹敵する、ラウルフ族の人狼王アンバーウルフの名を出されては王も少女を無視できなかった。

「人狼王の……そなたはラウルフの王女か。ならば発言を許そう。だが、たとえ魔王が世界を支配していたとしても、この地の底にあるドワーフの里には何の関わりもない。ホルターが里を出てそなたの祖父と組んだ『心剣同盟』とやらも、所詮は老人たちの昔話に尾ひれが付いたカビ臭い伝説。蒸し返す訳ではないが、そのようなくだらぬ伝説のせいで私の息子ガイは……」

 王が亡くなった息子を思い出し苦渋の顔色でそこまで言った時、どこからかパンパンと手を打つ音が謁見の間に響いた。

 何事かと呆気に取られる一同の前に、厳重な見張りをどう潜り抜けたのか、一人の人間が悠々とモデル歩きでやって来る。

「ガイのことならお尻のホクロの位置までよーく知ってるわヨ。だって最後の瞬間まで一緒にパーティを組んでいたのは、このアタシなんですもの」

 ドワーフの里の者たちはその人間の奇抜な格好を見て度肝を抜かれた。

 どぎつい紫のアイシャドウ、真っ赤なルージュ、短い髪はピンク色、耳には銀のイヤリング。

 白地に黒斑点の雪豹のストールを首に巻き、ゴージャスな革鎧に身を包み、腰にはラメ入りのピンクのリボン付きポーチと青く輝く宝石が眩しいイブリースダガー、ピンク色のセクシーブーツを履いた背の高い典型的なオカマだ。

 そのオカマの背中で不釣り合いな刀が二振り、カチャンカチャンと鞘を鳴らした。


 一方その頃。

 魔界にある『魔技師エクセルキオン』の研究室に、武装した魔族の兵士たちがドカドカと押し入った。

「キルケゴール執政官の命令だ! エクセルキオン、貴様を連行――くそっ、エクセルキオンはどこだ?」

 兵士たちが部屋の中を徹底的に調べ上げるが、そこはもぬけの殻だった。


「ただいまでゲス。マスターの予想通り連中は研究室に押し入ったようでゲスねぇ。アッシらはとっくの昔に工房に引っ越していたというのに、馬鹿な連中でゲス!」

 偵察から帰ってきた歩く乳酸菌ことヨーグルゾンビがそう言うと、サイバーレオポンやスネーキーセンチトードを始めとする合成生物たちが、鳴いたり体を動かしたりしてめいめいにその帰還を喜んだ。

 ヨーグルゾンビはその昔人界に潜入した経験があり、それ以来大した強さも持ち合わせていないのに、この手の仕事に自ら率先して志願していた。

 他の合成生物からすれば彼はいわば歴戦の勇者、ヒーローである。

 数日前のこと――魔界を代表する権力の証、幻想宮殿に現れたドラッケン伯爵は突如クーデターを起こした。

 最高権力者である吸血卿クアトロの眠る寝室に押し入ろうとし、それを阻んだ上級魔族である魔界執事デーモンバトラーたちを脇に控えたメイドの女に次から次へと葬らせたのだ。

 そして、首を切り落とそうと細切れにしようと、すぐに再生する不死身の吸血卿唯一の弱点――聖木で作った杭でクアトロの心臓を貫き、杭を引き抜かない限り絶対に目覚めない眠りへと就かせた。

 無敵の吸血卿さえ目覚めさせればクーデターなど造作もなく止められるのだが、その杭は魔界の住人には決して触れることが出来ないので、いかに忠義な者がいてもどうしようもなかったのである。

 最強の邪魔者を排除したドラッケン伯爵は、宮殿の地下深くにあるイブリースの繭から魔力とポイントをごっそりと奪い破壊し、その復活の機会をも未来永劫奪い去るという凶行に及んだ。

 その後、自らの血族であるキルケゴールというドラコンの若者に魔界を取り仕切る執政官という地位を与えて、ドラッケン伯爵は人界へと戻っていった。

 以上がヨーグルゾンビが幻想宮殿に潜入し、反ドラッケン伯爵派の魔族から持ち帰った情報である。

 この情報を聞いたエクセルキオンはすぐさま次の一手を読み、執政官キルケゴールがこの次元で最高の頭脳を持つ自分を恐れ、囚えにかかると予測。

 拠点を誰もが知る研究室から、秘密の工房へと移したのであった。 

「ご苦労だったヨーグルゾンビ。キルケゴール君も私と同じく教授の教えを受けたようだが……彼は若すぎる、まるで子供に王様ゴッコをさせているようなものさ。これがドラッケン伯爵なら私の拠点を全て調べ上げるぐらいのことはしていただろうなあ~。まあ入り口を閉じたからどうあがいてもここには来れないんだがねぇ~。しかし工房か、懐かしいな……」

 そう言って銀色のドレッドヘアに褐色の肌を持つ男は、片手で空中に何かの魔法陣を錬成しつつヨーグルトドリンクを飲むと、かつて自分が拠点としていたその場所を見回す。

 銀色に輝く数々の機械、大きなモニター、重大な欠陥が見つかり動かなくなった機械の犬、隅には謎の液体が入ったポッドが無数に置かれ、浮かび上がる泡がコポコポと音を鳴らしている。

「昔はここから『はじまりの迷宮(ファーストダンジョン)』へと直通させていたんだったよなあ。結局冒険者は誰も訪ねて来なかったが……いや、一人来たな冒険者じゃないのが。彼はそう、まさにィィィ……エクセレンッ!! ……な天才少年だったねぇ~。次元多様性理論をあそこまで深く理解した者など、この次元では私の他には教授しかいないだろう」

 エクセルキオンがしみじみそう呟くと、目の前のヨーグルゾンビと掃除をしていたガスメイド、床で虫を溶かして遊んでいたレインボースライムがそれに反応した。

「もう何十年も昔の話でゲスねぇ。目の見えるようになったラズがあんなに賢く立派になってるなんて、アッシも心底驚きだったでゲスよ。ブリトルのやつも何だか見違える姿になってて……ホントに、懐かしいでゲス」

 ヨーグルゾンビが優しい目で何度もうんうんと頷く。

「ガスメイドはラズにもう一度会いたいでシュコー」

 愛らしいエプロンドレスにガスマスク姿のメイドの女が優しい声でそう言うと、虹色のスライムも体をうねらせてその形を『ハート』に変化させる。

「人間の寿命は早いでゲスからねぇ……それはそうとマスター、クーデターを起こしたドラッケン伯爵をどうするつもりでゲスか? マスターほどの天才なら余裕でギャフンと言わせてやれるはずでゲスよ! リベンジするならこのアッシ、再び幻想宮殿なり人界なりどこへでも特攻する覚悟でゲス!」

 握り拳を振り上げ鼻息の荒いヨーグルゾンビに、エクセルキオンはゴーグルの下でニヤリと笑う。

「何もしないさ。魔界一のプロフェッサーである私の師匠、フランクベニーシュタイン教授の教えでね。知の探求者である我々は誰が何をしようと遠くからそれを見ているだけ。ただ――ひとつだけ、この私以外の誰もが勘違いしてることがある。幻想宮殿にあった『魔王イブリース』の繭はただの魔力の器。彼は人界でとっくに転生しているのさ……んん~、まさにィィィ……エクセレンッ!!」

 エクセルキオンが派手にバッと両手を広げると、ガスメイドが待ってましたとばかりに彼に照明を浴びせ、ノリのいい音楽を流す。

 ズッチャカ、ズッズッチャッカ、パラッパー、パッパーパラッパー、ドゥンドゥン、ドゥンドゥン♪

 ネオンスケルトンとレインボースライムがエクセルキオンの横でカチャカチャ、ウネウネと体を動かして踊り始めると、他の合成生物たちも我先にと踊りに加わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ