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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
180/214

外伝 最弱のゴーレム 後編

「本当にこんなボロ小屋に伝説の超レアゴーレムがいるのかよ。ガセネタだったら承知しねえぞゲイル」

 長剣を腰に下げた短髪の男はその場にペッと唾を吐くと、自嘲するように言葉を続ける。

「……チッ、『世界の警察』と呼ばれた誇りある俺たちアメリカ軍人が、魔王とやらのせいで国も職も失い、このざまだ。ったく何が冒険者だ、アホらしいぜ」

 そんな長剣の男を、ゲイルと呼ばれた聖イグナシオ教会の修道服を着た男がなだめる。

「そうボヤくなカーター。例のゴーレムを倒せば労せず一気にレベルアップ、この冒険者の世界で成り上がれる。我々の中の誰かがそのゴーレムを倒して『判定宿』で一泊すりゃいい簡単なミッションだ。経験値はパーティメンバー全員に平等に入るんだからな」

 ゲイルがそうカーターを諭すと、斧を肩に担いだ丸坊主に黒い肌の男がさも愉快そうな顔で頷く。

「ゲイルの言う通りだぜカーター。酒場の親父から聞いたろ? 山奥からハオマ草を売りに来るガキが、白いデカブツを連れ歩いてるのを見た客がいるって。絶対にここで間違いねえ。とっととトーフゴーレムを倒して『判定宿』に行こうや」

 この時代ではまだ念導体も判定球も発明されておらず、モンスターを倒して得られる経験値によるレベルアップは、国連の派遣した名のある魔術師やビショップたちがその魔力を結集し作り上げた、『判定宿』という特殊な宿泊施設で一晩眠ることで加増されていた。

 宿で一晩寝てレベルアップなど、後世の者が聞いたらにわかには信じないような、極めて旧式のシステムである。

 旧式のヘルメットを被った髭の男が一人、茂みの中から渋い顔で現れ男たちに話しかけた。

「手はずは順調か。オレの腹具合は順調とは言えんがな」

 どうやら茂みの中で用を足してきたらしい。

「サー、イエッサー! サイモン軍曹殿!」

 今まで軽口を叩いていた彼らはその途端、よく訓練された兵士の顔つきとなり姿勢を正して髭の男にきびきびと敬礼した。

 サイモンは腹をさすりながら、かつての組織から引き続き自分に付き従っている部下たちに答える。

「軍曹殿はもうやめんか。とっくに軍もアメリカもなくなって久しい。だが士気が高いのは結構。では諸君、突撃開始だ」


 いきなりバン、と小屋の扉が乱暴に開けられて少年はビクッとした。

 間違いなくゾンビたちではない。

「だ、だれなの?」

 少年の問いには答えず満面の笑みでカーターが腰の長剣を抜き放つ。

「ビンゴ! 奥にそれらしいデカブツがいるぜ!」

 カーターが嬉しそうに駆け足でブリトルに近寄ると、その脛を何かがボガッと強打した。

 少年がいつも手放さない白い杖をとっさに振るい、したたかに男の弁慶の泣き所を打ったのだ。

 盲目ではあるが少年は空間認識能力に優れており、毎日体を動かしているのでそれなりに力もあった。

「いてえッ!! こ、このガキ……よくもやりゃあがったな!」

 思わず飛び上がり涙目になったカーターが、すぐにその顔面を怒りで真っ赤にして、ブーツを履いた足を思いっきり少年に向けて振り抜いて部屋の隅まで蹴飛ばす。

 そしてその勢いのままに、水桶にちゃぷんと浸るブリトルに長剣を振り下ろす――。

 グシャッ。

 トーフボディの悲しさ、たった一撃であっけなくブリトルは砕け散ってしまった。

「ウヒョー、やったぜベイビー! 伝説の超レアゴーレムを俺がこの手で倒したぜ!!」

「そんなっブリトル!? うあーん!」

 たちまち少年が泣き出すと、聖イグナシオ教会の修道服を着た僧侶のゲイルが咎めるような声を出した。

「ああ、目が見えない子供なぞ放ってさっさとゴーレムだけ壊せば良かったものを。おかげで我々の存在を知られてしまったではないか。こうなればその子供にも消えてもらうしかないな……」

 ゲイルが十字を切り神妙な顔つきでそう言い放つと、黒い肌の男がヌッと前へ進み出る。

「そういう汚れ仕事はこのボブ様に任せとけってんだ。俺はガキだろうが女だろうが戦争でさんざん殺し慣れてるからよ。あーあ、ホント楽しかったな昔は……ねぇ、軍曹殿?」

 チラリと彼が自分たちのリーダーであるサイモンの顔を窺うと、髭のレンジャーの男はそれを承認するように顎をしゃくった。

 ボブと名乗った丸坊主の男は愉快そうな顔つきで、泣きじゃくる少年に斧を振り下ろす――。

 最後に男たちは自分たちの犯罪の痕跡を抹消するため、仕上げとして小屋に火を放ち笑いながらその場を後にした。


 道具屋のがめつい主人相手にゾンビが小一時間小姑のようにクドクドと説教した結果、ついに主人は根負けしてハオマ草を1万Gという大金で売りさばくことに成功した。

 大金を手にゾンビらがホクホク顔で凱旋していると、いきなりレインボースライムが革袋から飛び出してぷるぷると動く。

 その姿を見たガスメイドは、ガスマスクの下で青ざめつつ翻訳した。

「大変でシュコー……ブリトルの生体反応が消えたと言っていまシュコー!」

 大慌てでゾンビたちは少年の小屋へと急いだが、そこで彼らが目にしたのは無惨にも全焼した小屋。

 そして少年の焼け焦げた上にバラバラになった無惨な遺体と、ブリトルが残したコアだった。

 ゾンビはすぐに全てを察した。

 彼が恐れていた事態、ブリトルの存在を嗅ぎつけた冒険者による襲撃――だが罪のない、冒険者と同じ人である盲目の少年までその手に掛けるとは思いもしなかったのだ。

 ゾンビはわなわなと全身を震わせ、ガスメイドは胸をぷるんと震わせ、レインボースライムはぷるぷる震えた。

 その場に膝をつきひとしきり感情のままに泣き叫ぶと、立ち上がったゾンビが凄みのある声で呟く。

「……もう許さないでゲスよ冒険者ども。アッシを本気で怒らせたこと、あの世で後悔するでいいでゲス……レインボースライム! この付近にいるはずのブリトルを倒し莫大な経験値を得ている冒険者の居場所を、何としてでも割り出すでゲス!」

 レインボースライムは自らの体を『剣』の形へと変化させた。


 その夜。

 レンジャーのサイモン率いるパーティ『ブレイブ・イーグルス』が判定宿にて貸し切った大部屋で床に就こうとしていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。

「誰だ、こんな夜中に? 常識のねぇ野郎だ」

 ブツブツ言いながらカーターがドアを開けると、そこにはサングラスと帽子で顔を隠したトレンチコート姿の不審な男と、こちらはもっと異様なガスマスクを被ったメイド服の女が立っていた。

 その男女はサイモンたちの部屋に押し入るといきなりガチャッと内側から鍵をかけ、男が口を開く。

「いくら叫んでも無駄でゲスよ、この宿の連中には金を渡して全員飲みに出かけてもらったでゲス……」

「はぁ? いきなり何を言ってんだ? それよかてめぇ、こんな深夜に勝手に人の部屋に入ってきやがって!」

 顔を真っ赤にして妙なポイントで怒るお坊ちゃん育ちのカーターに、ボブが愉快そうな顔で割り込む。

「待て待て、なんだか知らねえが羽振りが良さそうなおっさんじゃねえか。俺たちもゴチに預かるとしようや。ついでにそこの妙ちきりんな女もな」

 ボブの言葉に奥で静かに酒を酌み交わしていたサイモンとゲイルも興味深そうな顔つきになる。

「おまえらにくれてやるもの……それは『恐怖』でゲスよ。まだ幼いラズが、一体どれ程の恐怖と苦痛を味わいながら死んでいったか……アッシの真の姿を見て恐れおののくでいいでゲスよっ、邪悪な冒険者どもめ!」

 ゾンビは変装のために着込んでいた衣服を威勢良くその場に脱ぎ捨てた。

 その下から現れたのは落ち窪んだ眼窩、げっそりとこけた頬、まばらな頭髪、ガリガリに浮き出たアバラ。

 臓物こそはみ出ていないものの、その姿はいわゆるゾンビやグールの類、明らかに不死生物である。

 ただし、肌のツヤだけは妙にいい。

 何かの冗談かと思いポカーンとしている男たちを見てゾンビがニヤリと笑う。

「アッシの恐ろしさに言葉も出ないようでゲスねぇ……すぐにあの世に送ってやるでゲスよ」

 それに反応したのは聖イグナシオ教会に所属する僧侶のゲイルであった。

「ハ! 何があの世だ汚らわしい不死生物め。喜べ、おまえのような魔物にちょうどピッタリの技をこのゲイルは持っているぞ。教会が誇る奇跡の御業でチリひとつ残さずにこの世から消滅するがいい! <解呪(ディスペル)>」

 そう言ってゲイルは詠唱とともにポーズを決めた。

 聖イグナシオ教会内でも選ばれし者のみが授けられる、不死生物を滅する力を持つ特別な神の力――それが<解呪(ディスペル)>である。

 ゲイルは運良くその恩恵に預かる機会に恵まれていたのである、だが――。

 シーン。

 一瞬の静寂が辺りを包むが、何も起きなかった。

「な、何故だ!? こいつ、<解呪(ディスペル)>が通用しないほどの大物不死生物だとでもいうのか!?」

 自慢の<解呪(ディスペル)>が効かないことに激しくうろたえる僧侶の男に、ゾンビがチッチッチッと指を振る。

「アッシはゾンビはゾンビでも、死者を蘇らせた不死生物ではないでゲス。魔技師エクセルキオン様が作り出した合成生物、歩く乳酸菌『ヨーグルゾンビ』、それがこのアッシでゲス!」

 魔界で行われた第1回合成生物発表会最優秀賞受賞作品、ヨーグルゾンビ。

 従来の腐乱死体のイメージを覆した、乳酸菌でほどよく発酵した健康的で臭わないゾンビだ。

 その独創的なアイデアは惜しみなく評価されたが、ゾンビというのは腐臭を漂わせて肉も程よく腐り落ち冒険者をビビらせてナンボだと、どこからも全く需要はなかった。

 なお体内で精製するヨーグルトドリンクはとても美味である。

 男たちのリーダーであるレンジャーのサイモンは酒のグラスを置くと髭を撫でる。

「なんだと……? そんなふざけたモンスターを作る物好きがいるのか。そいつは間違いなくホームラン級の馬鹿だな。<解呪(ディスペル)>が効かないなら、物理で殴ればいいまでのこと。諸君、突撃せよ!」

 その言葉にきびきびと前衛職の男たちが唱和する。

「サー、イエッサー!」

 長剣を抜いたカーターと斧を手にしたボブの戦士コンビが向かってくると、ヨーグルゾンビはガスメイドの後ろに素早く下がった。

「アッシは戦闘向きじゃなく主に頭脳担当でゲスよ。こちらにガスメイドとレインボースライムがいる時点でおまえたちはチェックメイトでゲス。ガスメイド、やるでゲスよ!」

 ヨーグルゾンビが先程の髭の男に対抗するかのように格好つけてそう指示すると、ガスメイドは男たちにくるりとお尻を向け、ロングワンピースの裾を大胆にめくった。

 ブシューーーーーッ!

 凄い勢いでガスが男たちの全身に浴びせられ、密室状態の大部屋を埋め尽くす。

「人間だけに効く麻痺率99.8%の……毒性ガスでシュコー」

 そう説明しながらガスメイドはガスマスクの下で多少頬を赤らめる。

 現在市場に出回っている他のガスメイドは体内を発火性のガスでパンパンに膨らませたいわゆる使い捨ての爆弾として量産されたタイプだが、魔技師エクセルキオンが一番最初に作ったこのファーストモデルは、体内で様々な効果のガスを生産することが可能という優れた能力を持っていた。

 だが『屁をこくメイドなんかいらない』と貴族や富裕層に一蹴され、このタイプのガスメイドの製作は彼女1体のみとなったのである。

 床に這いつくばり動けない男たちへ、今まで何もしないで見ていたレインボースライムがその体をうにょーんと伸ばした。

 この三体のうち、最強の合成生物が何を隠そうこの虹色の小さなスライムなのだ。

 見た目が派手なだけではなく、その最大消化能力は通常のスライムのおよそ1万倍。

 しかし、その移動速度は極めて遅く回避は余裕である――そう、対象が麻痺でもしていない限りは。

 ガスメイドとレインボースライムのコンボの前には、いかなる者も無力なのだ。

 虹色のスライムはカーターに近寄ると瞬時に触れた部分をドロドロに溶かし尽くし、そのゼリー状の体を歓喜するかのごとくぷるぷると震わせる。

 ガスで体を麻痺させられた男たちは虹色のスライムに溶かされる順番を待つ間、あまりの恐怖に涙を流して神に祈り、糞尿を漏らした。


 復讐を終えたヨーグルゾンビたちは工房へ帰る前に、ラズとブリトルを埋葬してやろうと思い立ち小屋へと再び戻った。

 そこで彼らを待ち受けていたのは意外な人物――。

 インパクトのある銀色のドレッドヘアの髪型に褐色の肌、小汚い茶色の長衣を着て顔には大きなゴーグルをかけた、異様なルックスの男。

 彼こそがこの次元最高の天才にして合成生物たちの創造主、魔技師エクセルキオンである。

 その足下にはヨーグルゾンビたちが見たことのない機械の小型犬が寄り添っていた。

「マスター!? どうしてここにいるでゲスか!!」

 ヨーグルゾンビが驚きの目で問うと、エクセルキオンはドレッドヘアを揺らして答える。

「工房に帰ってきたらおまえたちの姿がないものでね。ガスメイドのゴーグルに搭載したカメラの録画で一部始終を見させてもらったよ。やれ、ドッグ・ドク!」

「バウワウ!」

 ドッグ・ドクと呼ばれたその機械の小型犬は、バラバラになった無惨な少年の遺体とブリトルのコアを口にくわえて拾ってくるとシャー、っとオシッコをかけた。

「グッボ~イ! よくやった、いい子だ!」

 機械犬の行為に満足そうに喜ぶ自分の主人に、血相を変えてヨーグルゾンビが噛み付く。

「マスター! 死者に鞭打つどころか、犬に小便かけさせるとは……あんまりでゲスっ! 見損なったでゲスよ!」

 ガスメイドも無言で頷き同意の姿勢を見せると、エクセルキオンは人差し指を立て笑みを浮かべた。

「勘違いするんじゃない、超万能再生液をボディに内蔵した医療犬……それがドッグ・ドクだ。どうだ? この美しいメカニックボディと小型犬の愛らしさを兼ね備えた、実に欲張りなフレームの設計は。主人を文字通り癒やし、自らも決して寿命で死ぬことのない犬――きっと世界中の愛犬家のハートを掴んで離さないだろう。そう、まさにィィィ……エクセレンッ!!」

 その言葉通り、物言わぬ死体となっていた少年の体がまるで手品でも見ているかのように繋ぎ合わさっていき、元通り綺麗に再生していく。

 ブリトルの方もコアを中心に物凄い速度で白いトーフボディが構築されていった。

「おおっ、さすがマスター! いつだってアッシらの期待を裏切らない天才魔技師! ガスメイドの屁以上にシビれるいい男でゲス!」

 ヨーグルゾンビたちはエクセルキオンの横で大喜びで踊り始めた。

 エクセルキオンはふと何かを思いついた顔で懐からノートとペンを取り出すと、恐ろしい速さで何かを書き記して、まだ起き上がらない少年の横にそっと置く。

「マスター、それは一体なんでシュコー?」

 ガスメイドがお尻を振るのをやめて尋ねると、褐色の男がニカッと笑った。

「トーフゴーレムの取扱説明書。それに科学、錬金術、魔術講座だ。この少年にやる気さえあるなら将来自分でメンテナンスできるだろう。私からのご褒美さ」

 この次元最高の頭脳を持つ天才の記したノート……その道の者が知れば喉から手が出るほど欲しがるような、超貴重なシロモノである。

「いやいや、ただの子供にそんなのは無理な芸当でゲスよマスター。しかもラズは目が見えないんでゲスから。それよりブリトル……いやトーフゴーレムはここに置いていくんでゲスか?」

「せっかく私が作ったこの子の面倒を見てくれたんだ。引き離すような野暮な真似はしないよ。さあ、我々の姿を見られる前に退散しよう。工房でクーパーくんも待ってるぞ~!」

 ヨーグルゾンビとガスメイドは、ビカッとコアを光らせるトーフゴーレムと、穏やかな顔ですやすやと眠る少年の顔を見て優しい笑顔で頷いた。

 レインボースライムもガスメイドの胸の谷間でその形を『ハート』に変える。

「人間の少年と我が合成生物たちの美しき友情……んん~、まさにィィィ……エクセレンッ!!」

 満足そうにエクセルキオンがバッ、と両手を広げ転移魔法陣を空中に錬成し、一行はその場を後にしたのだった。


 合成生物たちが去ってしばらく後、目覚めた少年はパチパチと何度もまばたきをした。

「見える……見えるよ! これが世界……空ってこんな色をしていたんだね……」

 感動で胸が一杯の少年の近くで、大きな物体がまるで自分を見守るように静かに佇んでいた。

 少年は恐る恐る近づいて声をかける。

「もしかしてきみ、ブリトル?」

「ソウデス、ラズ。コレカラハ、ズット一緒デス。自動再生機能モ予定ヨリ早ク構築完了シマシタ」

「やったあ! ありがとう神様! ……いや、ちがう。きっとおじさんたちが助けてくれたんだね……ありがとう、ゾンビのおじさん、メイお姉ちゃん!」


 それから3年の月日が流れた。

 ラズは14歳。

 エクセルキオンのノートに記された知識を必死に学んだラズは、欧州魔術師ギルドが管理する魔術学校を飛び級の上に主席で卒業した超天才児となっていた。

 冒険者の基準でいえば、知恵のステータスが軽々と限界を突破している状態だ。

 相棒であるブリトルには自らが発明した特殊な金色の鎧を着せている――これは後に念導兵(ガーディアン)の外装に採用されるものだ。

 自らの工房でくつろぐ彼の耳に、今年世界で発明されたばかりの夢の念導体を使用した『ウィザードヴィジョン』からニュースを伝える声が聞こえる。

 ウィザードヴィジョンとは、機械を不能にさせるイブリースの災厄に囚われない念導体システムを利用した遠くの物を映し出す力……要するにテレビのようなものである。

 まだ街頭や施設にしか設置されていないはずだが、ラズは独力でそのシステムを解明し、自分専用の小型ウィザードヴィジョンすら自作していたのだ。

「臨時ニュースをお伝えいたします。日本が誇る俳優の葉山一郎さん一家を乗せた豪華客船『ハルモニア』号がクルージング中に大型生物と遭遇するという悲劇に見舞われました。この事故で乗客300名と、葉山さんの妻ヨーコさんが亡くなり、息子の剣一郎くんは右目を損傷、回復呪文もその効果がありませんでした。国連が調査した結果、この生物は海底に存在する『深海の迷宮』の主『魔王クラーケン・ノブナガ』と判明、船舶の航行を今後全面禁止するという措置を――」

 ラズはニュースの途中でウィザードヴィジョンのスイッチをオフにすると、コーヒーを運んできたブリトルからそれを受け取り口にした。

「僕には関係のない話だな。それよりも早く資金を都合して『時空間転移装置』の製作に取り掛かりたい。先日見た夢に影響された訳でもないが、何か胸騒ぎがするんだよブリトル……」

 ラズは夢で見た奇妙な光景を思い出していた。

 こことは別の時間線で、ある一人の若者がレベルが足りずに邪悪な敵との戦いに敗北し、その結果として今自分たちが生きているこの時代を含めた全ての世界が崩壊してしまうという恐ろしい夢。

 それは夢にしては異常なまでにリアルで、まるで録画した映像を見せられているように鮮明であった。

 この日からラズは発明に没頭する傍ら、資金の調達を始めた。


 ようやく資金を都合して『時空間転移装置』を完成させたのはそれからさらに4年の月日が流れた、ラズが18歳を迎えた時である。

 それを作ってしまったが故に、彼は愛する女性――紅里・ローゼンバーグと別れなければならないのだった。

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