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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
18/214

その名は七福丸眼鏡

 『みやび食堂』で食事を済ませた僕たちは、その足で<バタフライナイト>へと向かった。

「サラ、こっちヨ。早くいらっしゃい」

 夜の雑居ビルの急な階段を、軽快にルンルンと4段飛ばしで一気に駆けていくアンナ。

 アンナを見ていると何だか盗賊って職業は日常生活でもかなり便利な気がする。

 レベル12の実力だからこそかも知れないけど。

「何だか怪しいビルに連れてこられちゃったけど、そこっていかがわしい変なお店ではないでしょうね?」

 僕の方を振り向いて不安そうに確認をするサラ。

「大丈夫だってサラ、僕が保証するよ。そこの一番奥だ」

 重い足取りでビルの階段を一歩ずつ登っていくサラのキュートなお尻を、その後ろから僕は堪能していた。

 何も『ナインテイルの湯』で起こったような不幸なハプニングばかりではない。

 こういう役得も時としてあるのだ。

 これぞ男女混成パーティの醍醐味というやつだろうと、僕は幸せを噛み締めつつ最後の余韻を味わう。

 店の扉の前ではアンナが何故かモデルのようなポーズで僕たちを待っていた。

 サラは訝しんだ目でデカデカとネオンカラーで<バタフライナイト>と書かれたその扉を眺める。

 「とっても怪しいんだけど」

 僕たちはいつもの<バタフライナイト>でサラの祝勝会を行いに来たのだった。

 ヤンだけ用事があるとかで今この場にはいないが、どうせまたいつものギャンブルに違いない

 ヤンがギャンブルをしない夜があるなら一度でいいから見てみたいものである。

「こんばんはーママ」

 僕が店のドアを開けて呼びかける。

「いらっしゃ~い」

 それに応じてすぐに野太い声が店内に響くと、毒蛾を思わせる羽根が付いた半透明のセクシーな女物の衣装を着たごついママが出てきた。

「あ~ら、アキラちゃんじゃない、それにアンナちゃんも。ヤダ~、カワイイ女の子連れてるじゃないの~。早く紹介してよねッ」

 それを見てサラが固まる。

 やっぱり、いくらパーティにオカマのアンナがいるとはいえ、女の子にこういう店は有り得ないよな。

 僕が店選びを間違ったなと、『冒険者ルルブ』の『デートで女性冒険者を連れて行ってはいけない場所ランキング』に<バタフライナイト>を新たに加えるよう投書しようか考えていると、当のサラが予想外のリアクションをする。

「素敵! そのセクシーな服って手作りなの? チョウチョの羽根も妖精みたいですっごーくカワイイわ。私、アキラたちのパーティに加わったサラです。よろしくお願いします、カワイイママさん!」

 えっ?

 僕の聞き間違いであろうか。

 この毒蛾としか思えない、新種のモンスターのような風貌をしたママがカワイイとは……。

「あら~、やっぱり女の子には分かっちゃうのね。このアタシ渾身の勝負服のか・わ・い・さ・が! こちらこそよろしくね~、サラちゃん」

 サラの返答に満面の笑みを浮かべるママだったが、何かに気付いたようにその視線をサラの足元へとやった。

「ところでサラちゃんのそのブーツだけど、地のピンクの色に、血の色が染みちゃってるんじゃないの~?」

 ママが気の毒な顔をして僕が買ってあげたセクシーブーツを指差す。

 元々はピンク色の女の子らしいブーツだったのに、ドブラットや自身の血を浴びすぎたせいか、それはすっかり呪いのアイテムめいた血染めのブーツとなってしまっていた。

「そうなんです。せっかく買ってもらったばかりなのに。うー」

 サラが悔しそうに両手を握り締めてうなる。

 そんなしぐさもまたカワイイ。

「ちょっと待ってね~。……はい、これ履いてそっちを脱いで。朝までにアタシがサラちゃんのブーツをシミ抜きして防染加工しといてあげるわよ~」

 そう言ってママは、虹色に輝くド派手なミュールをサラに手渡した。

 店の衣装のひとつみたいだが、サラには似合わない上にサイズも大きすぎるだろう。

「ありがとうママ! わあっ、このミュールもとってもカワイイ!」

 大喜びでママをハグすると、サラはさっそくぶかぶかのミュールを履いてうっとりと見つめた。

 ことごとく僕の予想の上を行く女の子だ。

 どうやらサラは<バタフライナイト>のママを随分とお気に召した様子である。

 それを見て、『冒険者ルルブ』の『デートで女性冒険者を連れて行きたい場所ランキング』に<バタフライナイト>を新たに加えるよう投書しようと僕は思った。

 「いつまでもそんなとこで立ち話してないで早く座りなさいな。アタシもう喉がカラッカラなのヨ。ママ、大急ぎでキン冷えのドライエール3つお願いするわネ」

 アンナのその声で僕たちもテーブルに着くと、柔らかく座り心地のいいソファに深く寄りかかった。

 ママはすぐにドライエールを4つ持ってくると、僕の隣へと座る。

「それじゃ、サラのパーティ加入と迷宮初挑戦を祝して、乾杯!」

「乾杯!」

 <バタフライナイト>に僕たちの声が高らかに唱和した。


「……それでアタシはそいつに言ってやったのよ。『ネオトーキョーに天然のオマール海老なんていない、いるのはダーティークレイフィッシュだけ』だって!」

「あっはっは、もうママったら最高!」

 笑い過ぎるあまり、涙まで流しているサラ。

 かくいう僕もである。

 相変わらず、いつ聞いてもママの話は最高に笑える。

「アラアラ、ママったらますますトークの腕を上げたわネ」

 アンナも楽しそうにドライエールを傾けて笑っていた。

 仲間たちとこんな楽しい時間を過ごしていると、嫌なことなんて何もかも忘れてしまう。

 いや。

 それは嘘だ。

 僕の脳裏には、『ナインテイルの湯』で仲間であるアンナとサラに無礼を働いた、あの憎きカンガルーのことが浮かんでいた。 

 二人とも僕を気遣ってか、あれ以来何も聞き返しては来なかったが逆にそれが心苦しかった。

 カンガルーが頬を張ったサラを怒りに燃えた眼差しで見つめ『絶対に許さない』という捨て台詞を残していたのと、国連職員として就職したというのが僕の心にトゲのように引っかかる。

 しかもあいつが勤務するのはスイスの国連本部だと言っていた。

 幼い頃には父親の権力を使い、親友ヨシュアの所属するサーカス団をネオトーキョーから立ち退かせたような男だ。

 今度は国連職員というその立場を利用して、冒険者となった僕や仲間たちに何かを仕掛けてくるのではないかと十分予想できる。

 もしもまた友が苦境に立たされたその時には、今度こそ僕がこの手で守らなければならない。

 僕はそう固く胸に誓った。


 その時、店のドアが開きまた新たな客がやって来た。

 ママが慌てて席を立つとその客を出迎えに行く。

「あら、いらっしゃ~い。アキラちゃんたちがお待ちかねよ~」

 ママに通されて、ふうふう言いながら僕たちのテーブルへ着いたヤンがドカッと腰を下ろす」

「いやーすっかり遅くなったよ。"祝勝会請負人"のヤンさんの到着をみんな待ちわびていたアルか? 悪かったね。おっ、それもう飲まないのならいただくよ」

 そう言ってゴクゴクとサラの飲みかけのドライエールを手に取ると一気に流し込んだ。

「ふいー、間接キッスね。注意一秒、怪我一生、サラはヤンさんとチューしよう、アルよ。ウシャシャシャ!」

 サラの不機嫌そうな顔などお構いなしに大爆笑するヤン。

 この人は本当にデリカシーの欠片もないな……。

「ヤンったら、そんなにチューしたいならアタシがいくらでもしてあげるわヨ!」

 アンナはそう言ってブチュブチュとヤンに濃厚なキスの嵐をお見舞いした。

「おえっ、やめるよアンナ! ヤンさんそっちの気はこれっぽっちもないアルね!」

 顔中にキスマークを付けられてげんなりするヤン。

 この時ばかりは僕も心の底からアンナを応援した。

「あれっ、でもヤンはまた徹夜でギャンブルしに行ったんじゃなかったの? それとももう全額スっちゃったとか」

 僕の意外そうな声にヤンは丸眼鏡を光らせた。

「バカ言っちゃ困るよ。ヤンさんはちゃんと自分のお仕事してきたアルね。ほれ」

 テーブルの上にじゃらじゃらとGを並べた。

 なんと全部で200Gもある!

「うおっ、こんな大金、一体どこで調達してきたの?」

 僕が喜びと驚きの入り混じった声を上げると、ヤンはニヤリと笑った。

「言ったアルねアキラ。ガールズトークよりボーイズワークよ、と」

 わけが分からないという顔で僕が首を捻るとアンナがウィンクする。

「ヤンの装備しているその丸眼鏡はネ、『七福丸眼鏡』という名前のすごーく貴重な魔法のアイテムなのヨ。『迷宮で倒したモンスターの死体から価値ある部分を見極められる』という効果のネ。アタシが今まで"迷宮王の贈り物"から罠を外して手に入れたアイテムの中でも最上位に入るんじゃないかしら。おかげでアタシたちの、……前のパーティが迷宮で冒険していた頃も、お金にだけはそんなに困ったことがなかったわ」

 ヤンはその言葉に大きく頷いてドンと胸を叩いた。

「ヤンさん倒したモンスターの死体で売れそうな素材を見つけるとせっせと回収して売りに行くよ。"死体請負人"としてモンスターには恐れられ、仲間からは頼りにされた男。それがヤンさんという男アルね」

 モンスターの討伐報酬や"迷宮王の贈り物"だけでなくそんな資金調達方法があったとは、恐るべしヤン。

「素敵! ヤンったら実は隠れたパーティの大黒柱だったのね。私、ヤンのこと正直ただのいやらしくていい加減な人だと軽く見ていたわ。ごめんなさい」

 サラが両手を取ってそう謝ると、ヤンはデレデレと鼻の下を伸ばす。

「あんまり褒めなくていいわヨ。どんなに稼いでもヤン自身はいつもギャンブルですっからかんになるんだから。ま、貰える物はありがたくみんなで分配しましょう」

 思わぬ50Gの臨時収入に僕の顔も綻んだ。

 でもお金といえば僕は何か忘れているような気がするのだが。

 うーん、何だったかなあ。

「さて、それじゃ全員揃ったことだし明日の冒険方針について話し合いましょうか」

 真剣な顔つきでアンナが僕たちにそう言った。

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