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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
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外伝 最弱のゴーレム 中編

「ただいまブリトル」

 粗末な小屋の中に入った少年がそう呼びかけると、薄暗い室内の隅で何かがビカッと光った。

「オカエリナサイ、ラズ」

 機械的な声でそう少年に返事をしたのは、水桶の中で開脚して座り下半身を水に浸す、身の丈2メートルほどの真っ白いゴーレムだ。

 今しがた光ったのはゴーレムの目の部分にある『コア』と呼ばれる水晶体。

 コアはこのゴーレムの中枢を司る心臓部であり、音声で意思疎通するための耳と口であり、脳に相当する記憶装置であり、対象物を視認するための目であった。

 ラズと呼んだ少年を確認すると、ゴーレムは下半身を浸している水桶の中から起き上がりそちらへ移動しようとする。

 その拍子に、ゴーレムの体を構成している白い物質が、水桶の中に音を立ててボロボロと崩れ落ちた。

「動いちゃだめだよブリトル! すぐボロボロになっちゃうんだから」

 物音で状況を察した盲目の少年がすぐさま注意を促す。

 このゴーレムこそ、魔技師エクセルキオンが作った『ゴーレムは固くあるべき』という従来の概念から逸脱し、脆い日本の食材『豆腐』を素材にして作られた『トーフゴーレム』であった。

 その希少性ゆえなのか知らないが、国連のシステムはこの脆いモンスターに対して何故か莫大な経験値を設定している。

 トーフゴーレムと運良く遭遇し倒すことに成功した冒険者が一気に100近いレベルになったのだと、都市伝説ではまことしやかに囁かれている全冒険者垂涎の超レアモンスターである。

「心配イリマセン。自動再生機能ヲ現在構築中デス。構築完了マデ残リ50時間」

 ゴーレムの言葉に少年の顔が明るくなる。

「あと50時間なんだ! それが終わったらブリトルはもう壊れても大丈夫になるんだよね? はやく一緒に外で遊びたいな」

「私モ一緒ニ遊ブノガ楽シミデス、ラズ」

 その様子をこっそりと窓から覗いていたゾンビたちは目を丸くして驚いた。

「……これは驚いたでゲスね。まさかトーフゴーレムが壊れる前に人間と接触して、倒されずに保護されていたなんて。しかも上級モンスターしか持たない『自動再生機能』を勝手に構築している様子でゲスよ! ふーむ……地上に来て自己進化能力にでも目覚めたんでゲスかねぇ。いやはや、さすがはマスターの作品でゲス!」

 ゾンビがしきりに感心しているその横で、ガスメイドは独特の呼吸音をさせつつガスマスクの奥で目を細めて感想を述べる。

「あの子供に随分となついているようでシュコー」

 メイドの胸の谷間でレインボースライムはウネウネと動き、その形を『ハート』に変化させた。


 トーフゴーレムが一人になるチャンスをゾンビたちが小屋の外でじっと待っていると、意外にもその機会はすぐに訪れた。

「それじゃ今日集めた分のハオマ草をデビルシティの商店に売ってくるね。ここでおとなしくまっててねブリトル。ぼくが帰るまでどこにもいかないでね」

 不安そうに何度も念を押す少年にゴーレムはコアをビカッと光らせて答える。

「心配イリマセン。私ハラズガ戻ルノヲココデ待ッテイマス。イッテラッシャイ」

 少年はようやく安心した顔でハオマ草のたっぷり詰まった革袋を背負うと白い杖を手にし、小屋を出てどこかへと歩いて行った。

 少年の姿が見えなくなるのを見計らってゾンビたちは小屋の中にズカズカと踏み込んだ。

 部屋の片隅で両足を広げて気持ちよさそうに水桶に浸かるゴーレムに、ゾンビが親しげに話しかける。

「よくもまあ、この地上まで壊れずに来たでゲスねトーフゴーレム。うんうん、偉いでゲスよ。アッシたちが来たからにはもう大丈夫でゲス、一緒にマスターの工房へ帰るでゲスよ」

 ゾンビが労をねぎらうように優しく声をかけると、トーフゴーレムはそれに逆らった。

「私ハラズガ戻ルノヲココデ待ッテイマス。約束シマシタ」

 頑なな態度のトーフゴーレムを前に、ゾンビは両手を腰に当てて母親のように言い聞かせる。

「こら、聞き分けるでゲスよ。モンスターが地上であの子と一緒にいても絶対に悲しい結末にしかならないでゲス。それにおまえが万一冒険者にでも倒されたりしたら、アッシはマスターに顔向けできないでゲス!」

 必死に説得にかかるが、それに対してトーフゴーレムは無言を貫いた。

「トーフゴーレムは戻る気がなさそうでシュコー」

 ガスメイドが首を振るとゾンビは悲しげな顔になり、思い詰めた表情で小屋の中に転がっていた木の棒を手にした。

「残念でゲスが、どうしても従う気がないなのなら……仕方ないでゲスね。自己再生機能なんてものに目覚める前に、このアッシの手で壊してやるでゲス。冒険者に倒されるのと再生を何度も繰り返して、無限レベルアップなんてものが万一まかり通ったら……アッシらは一巻の終わりでゲスからね」

 木の棒を手にゾンビがじりじりと迫るが、トーフゴーレムはその場から動かず抵抗する素振りを一切見せない。

 少年が戻るまでその場所で待つと約束したからだ。

 ゾンビの落ち窪んだ眼窩がサングラスの奥で光る。

「形あるトーフは壊れるのが宿命でゲス。せっかくの希少な作品の現存数が残り4体になるのは惜しいでゲスが、マスターに迷惑をかける訳にはいかないでゲス!」

 そう言って木の棒を大きく振りかぶったゾンビの体にひしっ、と何かがしがみつく。

「やめて! ブリトルを壊さないで!」

 それは先程出て行ったはずの少年であった。

「しまった、見られたでゲスか!? いや、目は見えないんだったでゲスね……出かけたんじゃなかったのでゲスか?」

 バツの悪い表情でゾンビが少年に問う。

「なんだか胸騒ぎがして小屋に戻ったら、ブリトルを壊すとかそんな話が外から聞こえたから……やめてよおじさん、ブリトルはぼくの大事な友だちなんだよ!」

 自らの身を挺して食い止めるかのように、少年はゾンビの体に全力でしがみついたまま離そうとしない。

(まいったでゲスねぇ。これじゃトーフゴーレムを腕づくでぶっ壊すなんて、とても無理でゲスよ)

 人のいいゾンビは目の不自由な少年が不憫になり、ガスメイドとアイコンタクトを取ると木の棒を静かに下ろした。

「分かった、分かったでゲス! 壊すのはやめにするでゲスよ。ただし! 自己再生機能に目覚めたその時は、大事を取ってアッシたちと一緒にブリトルには工房に戻ってもらうでゲス。それまでの間は一緒にいてもいいでゲスよ。あと2日ちょっと経ったら本当にお別れ、それでいいでゲスね?」

 不承不承ながらも少年はゾンビの提示した条件にコクリは頷きを返す。

「じゃあ自己紹介しとくでゲス。アッシはそこのブリトルの知り合いの……そうでゲスねぇ、ゾンビさんとでも呼ぶでゲス」

「私はガス……メイお姉さんでシュコー。」

 少年は内心変な名前だなと思ったが、日頃小屋を訪れる者もないのでなんだか嬉しくなった。

 先日ゴーレムと出会うまではこの小屋にたった一人で住み、少年しか知らない場所に群生するハオマ草を取っては街に売りに行く生活をしていたのだ。

「ゾンビのおじさんとガス・メイのお姉ちゃんだね。ぼくはラズ。よろしくね!」

 完全に無視される形となったレインボースライムがメイドの胸の谷間でふにゃふにゃと萎んだ。


 ブリトルが自動再生機能を構築するまでの間、一緒に少年の小屋で世話になることになった合成生物たちは彼の手伝いをすることにした。

 少年が街までハオマ草を売りに行っている間、ゾンビは近くの山林で燃料となる薪を割り、ガスメイドは掃除と洗濯、レインボースライムは小屋の回りにいる害虫を溶かして食べていた。

 辺りに夕闇が迫る時、ゾンビは大量の薪を担いで小屋に戻ってきた。

「ただいまでゲス。いやー、久々に力仕事をしたでゲスよ。アッシは主に頭脳労働担当でゲスからねぇ~」

 ゾンビが肩を叩きながら変装用のトレンチコートを壁のフックに掛ける。

「オカエリナサイ、ゾンビサン。オ疲レ様デシタ」

 機械的な声でブリトルが応答するとゾンビは室内を見回して首を捻る。

「ブリトル、ガスメイドとラズはどこでゲスか?」

「オ風呂ニ行キマシタ」

 小屋の中にある昼間ガスメイドがピカピカに磨き上げた浴槽で、仕事を終えて帰宅したラズと一緒にさっそくひとっ風呂浴びているのだった。

「ふーん、そりゃ仲のいいことでゲスねぇ。しかしガスメイドのやつ、うっかりガス漏れしやしねぇか……アッシはラズの身が心配でゲス」

 不安そうなゾンビに、毒のある大ムカデを虹色のボディで誘惑し捕食していたレインボースライムが体をうねらせた。


 Gカップを誇る主張の激しい胸、程よく引き締まったくびれた腰、大きく突き出たセクシーなお尻。

 メイド服の下に隠されたそのダイナマイトボディを惜しげもなく晒す裸となっても、相変わらずガスマスクだけは何故か外さないメイドの姿は、傍から見ると異様としか言いようがない。

 幸か不幸か、少年は目が見えないのでその点は何も問題なかった。

 メイドとしての仕事を一通り完璧にこなせる彼女は、石鹸の泡をたっぷり付けたヘチマを使い、プロの手つきで隅から隅まで丹念に少年の体を洗ってやる。

「メイお姉ちゃん、くすぐったいよ」

 思わず照れ笑いを浮かべる少年にガスメイドが優しく声をかける。

「反対を向いて下さいラズ。背中を流しまシュコー」

 言われた通りにちょこんと座る少年の背中に、たわわなふたつの膨らみがぽよんと押し当てられた。

「エヘヘ……ぼくにお母さんがいたら、きっとメイお姉ちゃんみたいな人だったのかな」

 少年はかつてはこの小屋で父親と二人暮らしだったのだが、母親の顔も知らずに育ち、物心付く前にその父も蒸発してしまったのだ。

 何気なく少年が発したその言葉に胸が熱くなったガスメイドは、彼を後ろからぎゅっと抱きしめた。


 少年が街でハオマ草を売り買ってきた安物の食材に、ゾンビが山で手に入れたキノコをプラス、それをガスメイドが匠の技で一流料理に仕立て上げる。

「キノコのエクセルキオンソテーでシュコー」

「おいしい! ぼくこんなにおいしい料理食べたの生まれて初めてだよ! この甘い飲み物もすっごくおいしい! おかわりあるかな?」

 少年が笑顔で感想を述べると、普段このレベルの料理を食べ慣れている合成生物たちの顔も思わず綻ぶ。

「いくらでもあるでゲスよ。それはアッシお手製のドリンクでゲスからね。そんなに気に入ってもらえて嬉しいでゲス」

「ラズガ喜ブノハ私モ嬉シイデス、ゾンビサン。コレガ幸セトイウモノデショウカ?」

 ブリトルの言葉にモゾモゾと料理を消化していたレインボースライムが自らの体を『ハート』の形に変化させる。

 知り合ってまだ短い時間ではあるが、彼らはこの素直な盲目の少年のことが大好きになっていたのだ。

 楽しいディナーを堪能した後は、粗末な動物の毛皮が敷かれただけの床に皆でゴロンと川の字になって就寝した。


 翌日。

 すっかり打ち解けたゾンビたちは、今日も街へハオマ草を売りに行くという少年の話を聞いて憤慨していた。

「袋一杯のハオマ草がたったの20G!? 幻の希少植物なのにそれは絶対おかしいでゲス! 子供だからって足下を見すぎでゲスね。こうなったらアッシらが直接売りに行ってみるでゲスよ!」

 ガスメイドは内心、もしも自分たちの正体がバレたならと不安だったが、ラズが不当な扱いを受けているのは許せなかったのでこれに同意した。

 レインボースライムは目立たぬよう革袋の中にしまって、ラズのかわりに一行は街へ向けて出発した。


 少年に教えられた道を行き、『地獄都市デビルシティ』に到着した合成生物たちはあまりの人の多さに唖然とした。

 路地を埋め尽くさんばかりに、雑踏の中にはあらゆる種族の冒険者たちがひしめき合っていたのだ。

 さすが世界最初の迷宮である『はじまりの迷宮(ファーストダンジョン)』のお膝元であるといえよう。

「あっちを見てもこっちを見ても、人だらけでゲスねぇ。しかし、これだけ人が多いと逆に好都合でゲス。アッシたちも目立たず行動できるでゲスよ」

 ゾンビの言葉どおり、誰もさして彼らに注目してなどいなかった。

 いや、ガスメイドだけは時折男たちから物珍しそうな目で注目を集めていたのだが……それでも誰も彼らがモンスターであることには気付かなかったのである。

「ラズから教えられた道具屋はあそこでシュコー」

「よし、ひとつアッシが道理ってモノを教えてやるでゲスよ!」

 謎の正義感を発動したゾンビは鼻息を荒くして店へと乗り込んだ。


 一方その頃――。

 少年の小屋を武装した男たちが取り囲んでいた。

 彼らは冒険者である。

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