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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
178/214

外伝 最弱のゴーレム 前編

 『はじまりの迷宮(ファーストダンジョン)』は、この世界に現れた最初の迷宮にして、一番有名な迷宮だ。

 『魔王イブリース』が君臨していた頃、そこは全十層からなる広大なダンジョンであった。

 その後『心剣同盟』によって無事に攻略されたのだが――不思議なことに、かつて十層だった迷宮は歳月を重ねるにつれ徐々に深くなりその広大さを増し、とてつもなく強力なモンスターが徘徊し始めた。

 巨大な実体の無い鎌を携えて冒険者の命を刈り取る、上半身だけで浮遊する骸骨のようなモンスター、カル・スカル。

 恐るべきそのモンスターによって数多の有望な冒険者たちは命を『刈り取られ』消滅したのだ。

 蘇生のチャンスのある死亡段階をすっ飛ばしていきなり消滅させるというとんでもないその攻撃に、国連により『はじまりの迷宮(ファーストダンジョン)』はレベル50以下の冒険者は立ち入り禁止にされた。

 現在その十五層は通常のルートではたどり着けない隠し層となっており、魔界のある一人の天才が潜む工房へと繋がっていた。

 彼の名は魔技師エクセルキオン。

 科学、錬金術、魔術を融合させた『サイ・アルマギー』の提唱者で、この次元で最も高い知能を持つ男。

 魔界一のプロフェッサーと呼ばれるフランクベニーシュタイン教授の教え子で、世界にまだ類のない一風変わった合成生物を日夜作り続けている男である。

 地上の人間にもサイ・アルマギーに傾倒した支持者が数多くおり、その完成度の高い作品を富裕層はこぞって買い求め、一種のステイタスとしていた。


 ある日のこと。

 魔技師エクセルキオンの工房では、妙に肌ツヤの良い一人のゾンビが居並ぶゴーレムたちの前で指折り数えていた。

「ひーふーみー……やっぱり足りないでゲス。まずいでゲスよ、ゴーレムが一体いなくなってるでゲス!」 

 その呟きを聞いてネオン色に発光するスケルトンと虹色の派手なスライムが体をカチャカチャ、ウネウネと動かして何事かの意思表示をする。

「ハァ? 何を言ってるのかさっぱり分からないでゲスよ。誰かアッシみたいに喋れる賢い奴はいないでゲスか?」

 すると紺のロングワンピースの上に清潔感漂う白いエプロンドレスを纏い、何故か顔には不気味なガスマスクを被った、胸の大きなメイドの女性が進み出た。

「ガスメイドは喋れまシュコー。いなくなったゴーレムは『トーフゴーレム』でシュコー」

 メイドは独特の呼吸音を響かせながらそうゾンビに答える。

「よりによってあいつでゲスか……ちょっとの衝撃で完全に壊れてしまうから、マスターが1000体作った内でたったの5体しか現存していない超希少品でゲスよ。それも壊れるだけならまだいいでゲス。問題は万が一冒険者があいつと遭遇して倒してしまった場合、一体いくら連中に経験値が入るのやら……これは非常にまずいでゲス!」

 ゾンビは困った顔で室内をウロウロと歩き回り、落ち着きがない。

「レインボースライムはマスターの作った全てのゴーレムの居場所を探知できまシュコー」

 ガスメイドがそう言うと、小さな虹色のスライムが『任せて下さい』と言わんばかりにウネウネと体を動かす。

 途端にゾンビは歓喜の顔つきになりポンと手を打った。

「でかしたでゲス! それで、問題のトーフゴーレムは今何層にいるでゲスか?」

 ガスメイドのたわわな胸に乗っけられたレインボースライムは、その体を数字の『0』の形に変化させた。

「0層、トーフゴーレムは地上にいると言っていまシュコー」

「ち、地上でゲスか……3年前に『魔王イブリース』様を倒した、恐ろしい冒険者たちがウヨウヨいるという、あの……」

 魔王と呼ばれる存在は数いれど、魔界を統率する由緒正しい魔王家の血を引き、人界に存在する機械を全て停止させる『災厄』を引き起こし歴代最強と謳われた、絶大な魔力を誇った魔王――イブリース。

 冒険者と呼ばれる、つい最近現れた連中はそれすらも倒してしまったのだ

 思わずゾンビは頭を抱えたが、何もしなければ事態は解決しない。

 主人であるエクセルキオンが帰って来るまでにトーフゴーレムを工房に連れ帰るか、あるいは最悪の場合破壊する必要があった。

 これ以上冒険者に力を与えてしまえば、魔王を倒される以上の災難に見舞われるのは必死だ。

 きりっとした真剣な顔でゾンビは仲間である合成生物一同の顔を見回す。

「恐ろしい地上までトーフゴーレムを探しに行く『決死隊』を選別する必要があるでゲス。アッシはマスターのためならたとえ火の中水の中、どこへなりとも行く覚悟でゲス! おまえたちもそうでゲスよね?」

 ゾンビがそう尋ねると合成生物たちは鳴いたり動いたり手を振り挙げたりと、それぞれの形で同意する。

 実は多くの者たちにとって、地上は怖いというよりも興味津々な場所だったのだ。

 そうとは知らず満足そうにゾンビは頷く。

「幸いこのアッシは変装すれば一般人に見えないこともないでゲス。ガスメイドもそのままちょっと変わった女で誤魔化せそうだし、レインボースライムは体も大きくないし探知機がわりとして外せないでゲス。後は……」

 ゾンビが顎に手をやり連れていく仲間たちの品定めをすると、カエルの頭を持った不気味な化物が頼もしげにグエーっと鳴き、ネオン色に発光するスケルトンがカチャカチャと体を揺らす。

「戦闘力の高いスネーキーセンチトードと、ド派手な賑やかし要員ネオンスケルトンでゲスか。あからさまにモンスターじみた外見の連中は、人に見つかれば大騒ぎになるから連れていけないでゲス。仕方ない、地上にはこの3人のメンバーで行くでゲスよ!」

 ゾンビに戦力外通告をされた『カエルの頭部、ムカデの足、ヘビの牙と胴体を持つ三すくみの生物を合成させたらどうなるのか?』という思いつきで作られた怪物スネーキーセンチトードと、賑やかし要員のネオンスケルトンはションボリと悲しそうにうなだれた。

「それじゃマスターのクローゼットから適当に拝借して……よし、これで完璧でゲス!」

 地上に出るにあたって変装することにしたゾンビは、手袋にトレンチコート、帽子とサングラスで露出を極力減らし完全武装した。

「もうどこからどう見てもモンスターには見えないで色男でゲスねぇ。ガスメイド、アッシの男っぷりに惚れるなでゲスよ?」

 これはこれで不審者丸出しなのだが、当のゾンビは鏡に映る普段と違う自分の姿を見て随分とお気に召したようで、鼻歌混じりに上機嫌でポーズを決めている。

 その様子にガスメイドはやれやれとでも言いたげに両手を広げた。

「では行ってくるでゲス。冒険者がこの場所に間違って入らないように、くれぐれも戸締まりだけはちゃんとしておくでゲスよ? おっと、火の元の確認も怠らないようにするでゲス! 万一火事でも起こしたらマスターに合わせる顔がないでゲスからね。それから食事! 悪食のスネーキーセンチトードが食べ過ぎてしまわないよう、周りのみんなが気を付けてやるでゲス。あとこまめに掃除もするでゲスよ~」

 居残る仲間たちにまるで小姑のようにクドクドと言い聞かせて、ゾンビは輪っかのような謎の道具を壁に掛けて地上への転移扉を作り、ガスメイドとレインボースライムを伴い意気揚々と出発した。

 うるさい小姑がいなくなったのを見計らい、ネオンスケルトンはノリのいい音楽を流す。

 ズッチャカ、ズッズッチャッカ、パラッパー、パッパーパラッパー、ドゥンドゥン、ドゥンドゥン♪

 合成生物たちはそのまま朝まで踊り続けた――。


 ゾンビたちが転移扉で出た先は、草木や花が覆い尽くす雑木林の一角にある、開けた茂みの中であった。

 辺りはシーンと静まり返り、清々しい草木の香りが満ちている。

「ここが地上でゲスか……一面見渡す限り草ばっかりでゲスねぇ。もっとわちゃわちゃ人で溢れ殺伐としてるかと思いきや、意外や意外でゲス」

 ゾンビがそう感想を呟き、一行は周囲を確認するように茂みの中を進む。

 ガスメイドは歩きながら花を摘むと自らのガスマスクに近づけて嗅げもしない匂いを確かめ、レインボースライムは地上が珍しいのかメイドの豊かな胸の谷間でウネウネと嬉しそうに身をよじる。

 次の瞬間、茂みの先で小さな何かが動いて甲高い声を発した。

「誰? そこに誰かいるの?」

 見れば白い杖をついた少年が一人。

 人の気配を感じてそう呼びかけたのだった。

 その顔は警戒の色を浮かべ引きつっている。

 にも関わらず、少年の両のまぶただけはしっかりと閉じられたままだ。

(まずいでゲス! 人間の子供に見つかったでゲスよ。しかし、あの様子は……なるほど。どうやら目が見えていないようでゲスね。このまま何事もなかったかのようにやり過ごすでゲス)

 ゾンビがガスメイドの耳元で静かにそう囁くと彼女は頷いた。

 静寂の中、バサバサという鳥が飛び立つ音が聞こえ、少年がぶるっと身を震わせる。

「……こわい。もう帰ろう……」

 気配はするが呼びかけても誰からも返事が返ってこないので少年は急に心細くなり、手にした草を革袋にしまうとおぼつかない足取りで歩き出した。

 少年が去り、人間との初遭遇を無事やり過ごせたことにホッと一安心するゾンビたち。

「種族は人間、性別は男性、推定年齢10歳~12歳、盲目でシュコー」

 たわわな胸を張ってそう教えるガスメイドにゾンビがため息をつく。

「ハァ、そんなのはさっき一目見ただけで分かった情報でゲスよ。どうやらこの雑草を集めていたようでゲスが……人間はこんなもの食べるんでゲスかね?」

 ゾンビはそう言って少年の集めていたものと同じ草を摘み口に入れてみたが、すぐに顔をしかめてペッと吐き出した。

「まずいでゲス!」

「それは幻の酒である『神酒ハオマ』を作る材料『ハオマ草』。地上では数千年前に絶滅したはずの希少植物でシュコー」

 密かに草花が好きなメイドにそう教えられ、ゾンビは首を捻る。

 その希少な植物がこれでもかというほど、この周囲一帯には溢れている。

「ふーむ、そんな物が群生してるなんておかしいでゲスね……これも迷宮の影響でゲスかねぇ? それより地上に来たんだから、トーフゴーレムの居場所は分からないでゲスか?」

 問われたレインボースライムはその体を『→』の形へと変化させた。

「おや、あっちはさっきの子供が行った方角でゲスよ? 試しに後を追いかけてみるでゲスか……」

 ゾンビたち一行は目の不自由な少年の後をゆっくりと追った。

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