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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
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ヘルハウンドの迷宮 Easy その9

「堀田のお爺さん!?」

 素っ頓狂な声を上げる僕にポーリーンが不思議そうな顔を向ける。

「お知り合いなのですか、アキラ?」

 むちむちした体をぷるんと揺らしながらオークの姫君が僕にそう尋ねると、仲間たちも一斉に興味深げな顔でうんうんと頷く。

「ネオトーキョーにある『堀田商店』のご主人だよ」

 見たまんまドワーフのお爺ちゃんなんだけど、堀田の看板娘であるホビットのアカリさんのお父さんなんだよね。

 その辺は色々あるらしいから深くは聞いてないけど。

 途端にベルが興奮した面持ちで両手をオーバーに広げて叫ぶ。

「マジかよ! アチシが『コボルド・ディナーセット』を取り寄せたあの『掘田商店』か? くーっ、あんな名品を一体どこで仕入れてるのかマジ気になるっつーの! プロの流通のコネがあんのかな?」 

 うん、僕から仕入れてたんだよそれ……格安でね。

 わいわいと騒ぐ僕たちを尻目に、老人は愛想のない皺だらけの厳しい髭面を僕に向けて鼻を鳴らした。

「ふん、誰かと思えば悪の戦士の小僧か。風の噂で監獄都市に投獄されたと聞いたぞ」

 そう言ってジロリと鋭い眼光を飛ばす堀田老人。

 うう、いきなりそこですか。

 もうちょっと遠い異国の地での再会を懐かしむとか、温かいリアクションがあってもいいんじゃない?

 そんなことを思いつつ、僕は堀田老人に言葉を返す。

「まあそうなんですけど……それよりこんなとこで何をやってたんですか? モンスターもウヨウヨいるのに。一般人が気軽に来れるような場所じゃないと思うんですけど?」

 モンスターもだけどそれ以前に、厳重なセキュリティで監視されているこの監獄都市の地下に、一体どうやって来たんだろうこの人?

 さっきの忍者たちなら、看守に見つからずに侵入するのも可能だったのかも知れないけど……。

「大したモンスターなどここにはおらん。ワシの用事はこれだ」

 堀田老人がまるでサンタのように背中の袋から取り出し僕たちに見せたのは、小さな石コロだった。

 それを見てアルビアが落胆の声を上げる。

「はあ、石コロやて? アキラはん、この爺さんボケてはるんでっか? こないなモンいくら掘ったとこで一文にもならしまへんで」

 こいつはまた初対面の人に臆面もなく失礼なことを言うな……。

 というか、なんか前にも誰かとこんな感じのやりとりをしたような既視感が……いや、それは置いといて。

 かつてヴァンパイアルビー、精霊銀、オリハルコンといった一流の鉱物をこの目で見てきた『通』の僕には、直感でそれがただの石コロではないと分かった。

「それってもしかして希少金属の類、ですか?」

 すると僕の言葉に堀田老人が満足そうに頷く。

「うむ。これは神秘鋼。精霊銀と比較しても申し分のない良質の素材だ。価格はこのサイズで5万Gといったところか」

 嘘だろ、こんな小さなサイズで5万だって!?

「ほ、ほんまでっか! アキラはん、こりゃ一生に一度あるかないかのビッグチャンスでっせ!」

 アルビアが急に目の色を変えて僕の肩をガクガク揺さぶる。

「こうしちゃいられない、僕たちも急いで掘ろう! ポーリーン、剣貸して剣!」

 これを掘って掘って掘りまくればサラの家の借金も余裕で完済できる!

 まさか囚人生活中にこんなビッグチャンスが用意されてるとは、ありがとう神様!

 腕まくりをし、喜び勇んでその辺の岩を掘ろうとする僕とアルビアに堀田老人が鼻を鳴らした。

「ふん。それも以前なら、の話だ。どこぞの馬鹿が冒険者の懐を寒くしおったせいで、もはやこの価格では取引されまい。嘆かわしいことだ」

「はあ!? なーに人をぬか喜びさせてんでっかこの爺さん。わて一気にやる気なくなりましたわ……」

「ホントだよ……はあ、ビッグチャンスが……」

 ガックリとうなだれるアルビアと僕に女性陣が生ぬるい視線を送る。

 でも冒険者の懐を寒くって、何の話だろう……僕たちが監獄にいる間に何かあったのかな。

 まあ文字通り一文無しの僕にはどうせ関係ない話だよね!

「ワシは今売買するためではなく、次の時代の者たちのために準備をしておる。新人を育成せずして次代の荒波を乗り越えることはできんからな」

 皆が白けた顔で堀田老人の話を聞いている中、シロだけは小さな白い尻尾を仔犬のようにぱたぱたと振り、にこにこ顔で聞いている。

 ああそうか、お爺ちゃんっ子だったんだよねこの子は。

 きっと堀田老人の姿に自分のお爺ちゃんでも重ねて思い出したんだろう。

 それよりも、だ。

 僕はさっき半ばスルーされたあの質問を堀田老人にもう一度してみることにした。

「この厳重に警備された監獄都市の地下まで、お爺さんは一体どうやって来たんですか?」

 堀田老人は腕組みをして岩場に腰掛けると、ジロリと僕を一睨みして鼻を鳴らす。

「ふん、地上のことなど知るか。地底にはワシらドワーフの抜け道が至る所に存在する。生まれてこの方、転移港なぞ使ったことがないのがワシの自慢だ」

 今さらっと爆弾発言をしたぞこの人!

 日本からイギリスまで、転移港を使わずにここまで直通する抜け道がある……それを使えばこのまま監獄都市に戻ることなく脱獄できるじゃないか!

 同じ考えに至り、ぱあっと顔を明るくしたベルが僕の背を嬉しそうにバン、と叩く。

「やったなアキラ! これでクソ親父様に宝珠を渡さずに済みそうだぜ!」

 ベルの放った一言に、堀田老人がピクリと眉を動かし反応を見せた。

「宝珠だと? それは一体何だ」

 さっきのお返しとばかりにアルビアがニヤニヤしながら3つの宝珠を取り出し、堀田老人にまじまじと見せつける。

「ふっふっふ、これでっせ。まあ爺さんにゃ、この宝珠の価値はさすがに分かりまへんやろうけど。何を隠そうこれはやな――」

 ドヤ顔で語るアルビアを遮るように、老いたドワーフの男は堂々たる態度でビシッと宝珠に指を突きつけた。

「オーブ・オブ・プラネットナイン。惑星プラネットナインで開発された種族封印兵器。魔王イブリースによって封印されている種族は、鳥類を祖に持つラーヴェン、魚類を祖に持つマリノアー、熊を祖に持つウルザ」

 堀田老人の言葉に僕たちは絶句した。

 今なんて言った、この人!?

「封印を解く方法は――」

 構わずに言葉を続けようとする堀田老人を静止して僕は慌てて尋ねる。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! なんで一目見ただけでそんなこと――」

 そこまで言いかけると、堀田老人は険しい目つきでビシッと僕の着ている服に指を突きつけた。

「デモンズブラックジャケット。アーマークラスは大したことはないが、光を極限まで吸収する新色デモンズブラックを用いた隠密行動用衣服。光属性攻撃をほぼ無効化。装備制限なし。価格はワシが買い取るなら……以前の相場で5000Gといったところか」

 おいおい、僕がマツカゼから貰ったばかりのこの服のことまでズバリ言い当てたぞ!?

 この時ふと、以前のアカリさんとした会話が僕の脳裏に浮かんだ。

 『お父ちゃんは世界一のアイテム商人なんや。ウチもはよ見ただけでアイテムをズバリ言い当てられるぐらいになりたいわぁ』

 見ただけでアイテムをズバリ言い当てられる……?

 いやいや、いくら知識に長けた一流の商人でも何万年も生きた伝説のドラゴンよりも詳しいことを知ってるなんて、そんなことは絶対にあり得ない。

 おまけに他の惑星のアイテムだぞ?

 冷静にさっきの堀田老人の言葉を思い返すと、封印を解く方法までも分かってるような口ぶりだったよな――。

 でも……ひとつだけ、それに関して僕には心当たりがある。

 僕の育った『恵みの家ハートハウス』で、マザーの自室に置いてあった冒険者に関する古い希少な本の一節にこう書かれていたんだ。

「魔王を討伐したパーティ、『心剣同盟』のビショップ。彼より優秀な呪文使いはいくらでもいたが、一瞥しただけでどのような未知のアイテムでもたちどころに鑑定する稀有な才能を彼は持っていた。その鑑定眼を超える者は未来永劫現れないと断言できる」

 自分の考えに思わず身震いする僕。

 堀田老人はまさか……まさか、伝説のあの人なのか!

 事実なら僕はロードのマルティーノに続く二人目のレジェンドをこの目で直に見たことになる。

 こうなったらもう本人に直接確認してみるしかない、恐れ多いけど……。

 僕はすうっと息を吸い込むと、若干緊張しつつ堀田老人へと質問をする。

「あの……お爺さんって、昔『心剣同盟』にいたビショップの人、ですよね?」

「おいアキラ、『心剣同盟』って……あの『魔王イブリース』を討伐した伝説の? この爺さんが? マジか!?」

 ベルが驚きの表情で僕と堀田老人を何度も見返す。

 それにわずかにピクリと眉を動かすと、再び堀田老人は鼻を鳴らした。

「ふん、遠い昔の話だ。冒険者を引退したワシはただの『堀田商店』のあるじにすぎん。二度とその話はするな」

 堀田老人はそう吐き捨てると、何かを懐かしむような遠い目をする。


 男の名は堀田洞門(ほったどうもん)ことホルター・ドルムンク。

 現役時代、蝶の短刀(バタフライナイフ)、エクスカリバー、ムラマサ、アスクレピオスの杖、君主の聖衣、ヒキュウローブといった伝説級の武具の鑑定に次々と成功し、パーティの戦力アップに多大な貢献をしたビショップである。

 彼なくしてイブリース討伐は成り立たなかったと言っても過言ではない、パーティの影の立役者だ。


 束の間遠い目をしていた堀田老人は、岩場からおもむろに立ち上がり僕を値踏みするような眼差しでじっと見つめ、深く頷いた。

「おまえたちがここで何をしておったのか今ので分かった。悪の戦士の小僧、おまえはただの囚人で終わる運命にはないようだな。よかろう、ワシが力を貸してやる。そのオーブから三種族を解放するにはここでは狭すぎて不可能だ。ワシの故郷ドワーフの里に行くぞ。こっちだ、付いて来い」

 岩盤の奥の方で巧妙にカモフラージュされていたドワーフの抜け道を堀田老人の案内で進み、僕たちの『ヘルハウンドの迷宮』での冒険はここで幕を閉じた。

 タマモズキアが言っていた『番人が持つ3つの宝珠が汝を救う』の言葉通り、宝珠を集めることで僕は地獄のような監獄都市での囚人としての日々からようやく救われたのだ。

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