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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
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ヘルハウンドの迷宮 Easy その8

 僕たちは来た時のおそらく倍の時間をかけて、あの長い長い石段を休憩を挟みつつようやく『レイクドラゴン』のいた神秘の地底湖へと戻ってきた。

「はあああ、ほんま疲れましたで。『レイクドラゴン』はーん! おるんでっしゃろー?」

 アルビアが叫ぶと湖の水面にいきなりさざ波が立ち始め、長~い首を持つ緑色のドラゴンが現れて、のっそりと僕たちを見下ろす。

「また来たのか小さき者どものよ。今しがたも小さき黒い者と、小さき髭の者が来たぞ。少しは静かにせい小さき者ども。ワシにまだ何か用か?」

 ん?

 今妙なことを言ったな、小さき黒い者はきっとマツカゼのことだろうけど……小さき髭の者は一体誰だ?

 僕が頭を捻っているとアルビアが矢継ぎ早に喋り始める。

「実は例の宝珠3つとも揃えたんやけど、どうやったら中のお人らを解放できるかな~と。何かヒントでも貰えまへんやろか?」

 交渉のプロであるアルビアがそう言うと、ドラゴンはブレスでも吐くかのようなモーションで大きくため息をついた。

「小さき白い猫よ、おまえは短期記憶が欠如しているのか? 今しがたワシにはその方法は分からんと教えてやったばかりではないか」

 呆れるような馬鹿にしたようなその言葉に、アルビアが毛を逆立ててぶるぶると頭を振る。

「いやいや、わてやおまへんで! リーダーであるこのアキラはんがそう言うとるんでっせ。な、アキラはん?」

 うう、アルビアのやつ痛い部分は僕に振ってきて……それじゃまるで僕が短期記憶が欠如しているみたいじゃないか!

 でもホントにノーヒントだとは思わなかったな。

「ひとつ確認なのですが」

 そんな中、ポーリーンが声を上げてドラゴンの前に進み出た。

「その宝珠、中に封印された人たちを仮に解放できた場合、再び兵器として使用可能なのでしょうか?」

 そういやちゃんと聞いてなかったな、確かにそこは気になる。

 ドラゴンはその長~い首を大きく横にぶうんと振り、ポーリーンの質問に答えた。

「小さき肉付きの良い者よ、一度使用された宝珠の再使用はできん。それができんからこそ、今までワシの持つ宝珠を欲しがる者もおらんかったのだ。繰り返すが、小さき者どもの問題は小さき者ども同士で解決することだな。ワシは少々くたびれたのでちと眠る。もう呼ぶでないぞ」

 そう言うとザバァーっと湖面を波立たせて『レイクドラゴン』は水中に潜ってしまった。

 えーっ、これで終わり?

 あっさりしすぎだよ!

「三種族を解放するのはやっぱしオラたちにはちっと無理でねえだべか? どうするだよアキラ~」

 僧侶のシロが可愛い困り顔でそう僕に尋ねてくると、バードのベルもそれに頷き同意を示す。

「シロの言う通りだぜ。伝説のドラゴンでも解放の方法がわかんねーんじゃお手上げだ。アチシらの手に負えるシロモノじゃあなさそーだぜ、ソレ。中の連中にゃ可哀想だけどよ、どうせもう使い道はねーんだし素直にあのクソ親父様にくれてやってもいいんじゃねーか? んで、あいつが油断したとこでまた脱獄といこうぜ!」

 それもシャクだけど……まずは地上に戻らないことにはどうにもならないし、出たらそこは監獄都市の中だからなぁ。

 カツーン。

「うーん……」

 カツーン、カツーン。

 僕が返答に困っていると、どこからか何かを金属で掘っているような音が聞こえてきた。

 カツーン、カツーン、カツーン。

 うるさいな、なんだこの音?

「シッ、あそこから聞こえまっせ」

 アルビアが目配せして僕たちはいつでも奇襲のできる臨戦態勢のまま、正体を突き止めにその場所に向かう。

 カツーン、カツーン、カツーン、カツーン。

 湖のほとりにある光る苔の生えた岩に向かい、何者かが一心不乱にツルハシを振り下ろしている。

 そこで僕が目にしたのは、思いもかけない人物の姿だった。


 忍者のスキルで看守に見つかることなく、監獄都市から無事に脱出したマツカゼ。

 彼がまずその足で向かったのは、ロンドン市内のとある有名なブティックだった。

「フフ……コーディネートはこうでないとな」

 ブティックを出たマツカゼは黒一色の格好から一転、明るい暖色系のオシャレなファッションへと転身していた。

 イギリスで流行している新作のコーデに身を包んだ彼は、もはやどこからも忍者にも冒険者にも見えない、ただのイケてる若者である。

 だがテムズ川のほとりに差し掛かった時、彼は自身の身に起きた異変に気付く。

 見渡す限りの周囲一帯に誰も人がいない。

 大都会である午後のロンドンでそのようなことがあるはずがないのだが……。

 実は周囲の他人にはマツカゼがいる辺り一帯の空間が認知できず、近寄れない状態となっているのだった。

 それを結界と呼ぶ。

 結界を張るにも様々な方法があるが、そのひとつに忍法がある。

(結界か……このような高等忍法を使いこなせるのは、まさか……!)

 自分の置かれた状況を悟り、冷静なマツカゼの顔にも思わず冷や汗が出る。

 そして目の前の川沿いの道には今まで誰もいなかったのに、いつの間にか鋼の面頬で素顔を隠した一人の小柄な黒装束の男が直立不動の姿勢で佇んでいた。

(……くっ、やはりライゾウの仕業か)

 マツカゼの全身に戦慄が走る。

 欧州忍者ギルド内においてもかなりの強さを誇るマツカゼが唯一勝てなかった最強の忍――それが雷忍に所属するライゾウだ。

(しかし何故この男がここにいる。まさかもうギルドから追っ手が? いや……タチカゼもトキカゼもあの場で始末し、拙者の裏切りはまだ悟られてはおらぬはず。それに今の完璧な変装ならこのまま拙者と気付かずやり過ごせるはず……己のコーデ力を信じろ、自信を持て!)

 決心したマツカゼが自然に口笛を吹きながら男の横を通り過ぎると、その背に鋭く声をかけられた。

「つまらぬ芝居はよせマツカゼ。拙者に変装は通じぬ」

(しまったバレていたか! だがまだ裏切ったのは知られていないはず、落ち着け……次の手を考えるのだ)

 足を止めたマツカゼにライゾウが冷たい声で語りかける。

「トキカゼが死の間際に忍法<心・以心伝心不如帰しん・いしんでんしんほととぎす>で仔細を伝えてきたでゴザル。おヌシが裏切ったとな……!」

 忍法<以心伝心不如帰いしんでんしんほととぎす>は声に出さず目の前にいる相手と会話をするための技だが、トキカゼは心技の域にまでそれを高め、まるで念話のように遠く離れた場所にいるライゾウに全てを伝え残していたのだ。

 他のあるゆる面で問題のある男だったが、トキカゼはこと忍法に関してだけは紛れもなく天才と言えたかもしれなかった。

(チッ、あいつめ……最後の最後に余計な真似をしてくれたな。あの時さっさとトドメを刺すべきだったか)

 内心で舌打ちをするとマツカゼは無言のままこの急場を乗り切るべく作戦を練る。

 多くの忍者がタチカゼのように体術か、トキカゼのように忍法のどちらかに比重を置き片方を苦手とする一方、ライゾウはそのどちらも得意とし、欠点らしい欠点が一切ない。

 おまけにギルドでも長であるカジモトの次に高い地位にあるくノ一、火忍のカガリビに拾われて以来実の弟の如く寵愛を受け、秘伝の忍法も手ほどきされている。

 食事の時ですら決して鋼の面頬を外さない徹底した忍者っぷりでライゾウの素顔を見た者は誰もいないが、小柄な身長から想像するにまだ年端もいかない少年のはずであった。

 にも関わらず力、技、位の全てにおいて恵まれた、誰もが羨むスーパー忍者――それがライゾウである。

(この場所でならあれが出せるな……よし、一撃で決めて見せる。アキラとの戦いを経て成長した拙者は、もはやおまえに負けっぱなしだったあの頃とは違う!) 

 自身の持つ最高の技にてライゾウを闇に葬る覚悟を決めたマツカゼは、背を向けたまま両手でこっそりと複雑な印を結ぶ。

「この裏切り行為に対して何か申し分はないのかマツカゼよ? いや、おヌシのような恥知らずにはもう語るべき言葉もないのでゴザろうな……御屋形様にかわって拙者が引導を渡してくれよう」

 呆れた口ぶりのライゾウに、振り向きざまマツカゼは叫んだ。

「フッ……拙者は拙者の道を行くまでのことよ。拙者のファイナルアンサーはこれだ! 食らうがいいライゾウ、拙者の最高の技1番ッ、<星剣コスモカリバー・陽刀デルタ>!!」

 拙者を連呼しつつマツカゼは『ヘルハウンドの迷宮』にて鳥の王『ロック・ザ・バードキング』を一撃で仕留めた忍法を放つ。

 シュリィーーーーン!

 ギラギラと輝く2つの巨大な剣が空中に出現したと思った瞬間、それは小柄なライゾウを真っ二つに切り裂きにかかる――。

 おまけにこの巨大な剣は自動追尾能力を有しているので標的がどこへ逃げようと絶対に逃すことはない、マツカゼ自慢の最高の必殺技であった。

「なるほど回避不能な巨大な双剣による攻撃……見事な技だが、おヌシの技には致命的な欠点があるでゴザル。一流の忍相手にはいささか遅すぎるという欠点がな……! 忍法<十神不動掌底>」

 冷静にライゾウが複雑な印を組むと、マツカゼを取り囲むように十体の古風な神像が出現し、その手から一斉に謎のオーラを放つ。

 すると空中の双剣とマツカゼが金縛りにあったようにピタリと動けなくなった。

「ぐうッ!? う、動けぬ!」

 神像の放つ謎のオーラにその身を縛られて唸るマツカゼの下へ、ライゾウがゆっくりと近づく。

「どうだ、姉上から教わりし拙者の秘伝忍法は。トキカゼの稚拙な忍法とは比べ物にならぬでゴザろう? あの世で御屋形様に詫びるがよい。いざ参るでゴザル……」

 そう吐き捨てて背中から忍者刀を抜き放つと逆手に持ち、ギルドに伝わる伝統的な必殺の構えを見せる。

「クク……見えたぞおヌシの死中線。御命、頂戴仕る!」

 シュシュシュシュピィーーーン!

 ライゾウが逆手に構えた忍者刀で、目にも留まらぬ速さの連続攻撃を残像を残しながらマツカゼの体に次々と叩き込むと、くるりと後ろを向き納刀した。

「手応えあり。クリティカルヒットでゴザル……」

 ブシャアアア――。

 マツカゼの全身に刻まれた無数の美しい切り口から大量の血が宙に舞い、腹から臓物が飛び出し地面に落ち、その四肢は無惨にも細切れにされて胴から失せる。

 だがそんな凄惨な状態で血溜まりに這いつくばっても肩がまだかすかに動いていた。

 急所である首をオリハルコンネックガードが守ったのと、忍者としての優秀さ、そして何よりもマツカゼの生きようとする執念がそうさせていたのだ。

「なんと、拙者の秘刀<クリティカル無零(ぶれい)>を受けてまだ息があるでゴザルか! さすがは風忍最強と謳われたマツカゼ、裏切り者とはいえその死に様だけは天晴(あっぱれ)でゴザル。忍の情けだ、辞世の句でも詠むがよい」

 自身の血溜まりの中、芋虫のような体でマツカゼはゼイゼイ息を吐きながら必死に言葉を振り絞る。

「ぐふっ……せ、拙者はまだここで死ぬ訳には……最高のよき理解者、アキラと共にコーデの道を探求するという使命が……」

 そこまで言うとマツカゼはついにバタリと息絶えた。

 かなり他人にとってどうでもいい最後の言葉であったが、何故かライゾウはその言葉を聞きたじろいだ。

「アキラだと? ……アキラ、アキラ……アキラ?」

 常に冷静沈着なライゾウの声のトーンが束の間、年相応の少年のそれに変わる。

 マツカゼの死体から首を回収せずに放置したまま、ライゾウは夢遊病者のようにフラフラとどこかへ去っていった。


 それから数十分後。

 まだ結界の影響が色濃く残る中、一人のラウルフの男がマツカゼの死体が放置されたそこへ現れた。

 目の前に広がる惨状に、老いた灰色狼を思わせる顔つきの男がのんびりした声で一人呟く。

「孫娘に会いに来たら街中で結界と死体に出くわすとは……穏やかじゃないな。おっ、この首輪はオリハルコン製か? 随分とレアな物を装備しているじゃないか。これがホルターなら死体など無視したまま大喜びで回収したのだろうが、私で良かったな君。ではいくぞ……念じる心が奇跡を呼ぶ常世の闇から蘇り給え<蘇死反魂>」

 羽の生えた蛇が装飾された立派な杖を掲げ、ラウルフの男がすらすらと詠唱したのは僧侶呪文の極意ともいえる蘇生の呪文。

 男の名はテディ・アンバーウルフ。

 その昔『魔王イブリース』を討伐した伝説のパーティ『心剣同盟』にて活躍した伝説の僧侶、テッドその人であった。

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