表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
173/214

ヘルハウンドの迷宮 Easy その6

 ヒヒィィーーン!

 僕を額の角にぶら下げたまま黒馬は勢い良く走り出し、焦りの色を浮かべた仲間たちの姿が目前に迫る。

 揺れる度に僕の脇腹の傷口は派手に抉れ、おびただしい血がそこから流れ出す。

 そんな中、オークの姫君であるポーリーンは真剣な顔で僕に何やらアイコンタクトを取ってきた。

 なんだ、この状態の僕に何かをしろと……?

 直後、ポーリーンはそのむっちりとした体をぷるんと震わせ、自らの持つ赤き魔剣を僕に向けて放り投げた。

 そうか、そういうことか!

 パシィッ。

 脇腹を貫通した痛みを無視して精一杯手を伸ばし、走る黒馬の角の上で剣の柄を掴むことに成功した。

 今の僕のキャッチ、何気にすごい難易度だぞ!

 ポーリーンに聞いたところ、この赤き魔剣は西のオーク族に伝わる至宝とか。

 名を『魔剣カストラート』と言うらしい。

 今まで僕が無理やり持たされていた、呪いのかかった囚人用のナマクラ剣とは天と地の差、正真正銘の由緒正しい一点モノの名剣だ。

 いわゆる伝説級の武器の代名詞であるムラマサですら一点モノではなく、この世界には複数存在する。

 この赤き魔剣は間違いなく伝説級の剣だろう……手に持った瞬間、武器マニアの僕にもそれがひしひしと伝わった。

 だが、せっかく名剣を手にしたとはいえ、いくらなんでも走る黒馬の角に脇腹を貫通させられた今の状態では超高速の連続攻撃である<青き薔薇の崩壊>はとてもじゃないが繰り出せない。

 いけて一振り、一撃必殺の技で仕留めるしかないだろう。

 そんな技といえば心当たりはひとつしかない。

 よし……刀でこそないが、この剣ならきっとあの技にも耐えれる――僕はそう確信し、コンマ何秒の世界で心静かに瞑目する。

 そして僕の口からすらすらと出てきた必殺の言葉は、不思議なことに今まで慣れ親しんだものとは少し違っていた。

「……<心・操手狩必刀しん・くりてかるひっとう>」

 痛みを無視して強引に体をねじり、右手で魔剣を鞘から引き抜くと雷光一閃、『デビルユニコーン』の首目がけて斜めに振り下ろす。

 シュピーン――キラン。

 快音が響き剣が輝いた直後、胴と離れた黒馬の首ごと僕の体は地面にどうっ、と叩きつけられた。

「……むぐおっ!!」

 たった一振りで地獄の森の絶対王者を倒したと喜びに浸る暇もなく、落下の衝撃により角で貫通された脇腹の傷が大きく広がり、ずるりと角が抜け落ちた傷口から大量の血が溢れ出る。

 ま、まずい……早く回復呪文でもかけて貰わないと本当に死んでしまう!

 意識が遠のきつつある僕の下へと仲間たちが駆け寄る。

「アキラ、本当にスゲーぜおまえは! だから絶対に死ぬんじゃねーっつーの! くそっ、こんな時に回復呪文が使えねーとはツイてねー。この深手じゃ地上まで到底持ちそうにねーぜ……」

「きっと何か手があるはずでっせ! アキラはん、あんさんはこんなとこで気安う死ぬ人やおまへん。しっかりしなはれ!」

「アキラ……」

 ベル、アルビア、ポーリーンが揃いも揃って悲愴な表情で僕を見下ろしていると、すっと横からやって来たシロがニッコリと微笑んだ。

「おらに任せるだ。お爺ちゃまが言ってたべ。『僧侶の呪文はパーティの生命線。使えなくなった場合を想定して必ず最後の手段に備えておくべし』って」

 そう言って仔犬のような女僧侶は、背中の袋から何やら見覚えのあるガラスに入った小瓶を取り出すと、瀕死の僕の口に無理やり突っ込んだ。

 んぐっ、んがっ!?

 それは、例えるなら泥水でレザーブーツを煮込んだような、世にも恐ろしいとんでもない味……。

 ところがそのとんでもない味と相反して、見る見る僕の体の傷は不思議な力で塞がっていった。

「アキラさどうだべ、おらのとっておきの『一角皇帝究醒液』のお味は? 市販されてる中で最高の回復薬だから、そんただ程度の傷あっという間に治っちまうだよー。それは1本しか持ってないから本当の切り札だべさ」

 『一角皇帝究醒液』だって!?

 見覚えがあると思ったら、前に僕が買ってグレーターデーモンにやられたお爺さんに飲ませたアレか!

 ロンファからは精力剤と聞いてたけど、やっぱりちゃんとした回復薬だったんだね。

「ナイスだぜシロ! さすがアチシのマブ、サイコーの僧侶だっつーの!」

 感激した口ぶりのベルはシロをハグするとキスの嵐を見舞っている。

 うーん、こういうとこはやっぱりアンナの妹だなぁ……そっくりだ。

 しかし『デビルユニコーン』の角で受けた傷を、まさか本物のユニコーンの角から作った回復薬で癒やす羽目になるとは……こんなレアな体験したのきっと世界でも僕だけだろう。

「ありがとう、おかげで助かったよシロ。ポーリーンも大事な魔剣をありがとう、返すよ」

 僕がポーリーンに魔剣を返そうとした時、いきなり背後の森の中から野太い男の声が響いた。

「信じられぬな……アレほどの化物をあの絶体絶命の状態から一撃で屠るとは。例のゼッケンを付けておらぬようだが、囚人4771番とはこやつで間違いなかろうよ。たかが囚人一人ごときに御屋形様が三人でかかれと命じた理由にようやく得心がいったわ。こやつの剣技、尋常のモノではない。まともに立ち会えば遅れを取っていたやもしれん」

 えっ、なんだなんだ?

 すると僕たちがリアクションをするよりも早く、別の男の声がそれに答える。

「詮無きことよタチカゼ。この拙者がおる以上、こやつらも馬に殺された方がマシであったとあの世で後悔するだけよ。ほんの少し死ぬ手順が変わったにすぎん……ククク」

 森の中から全身を黒装束黒頭巾で覆い隠した三人の男たちが、僕らの目の前に瞬間移動でもしたかのような速さでフッと姿を現した。

 例の僕たちより先行していた連中か……今の身のこなしと姿を見る限り、上級職の忍者に違いない。

 あの大きな鳥、『ロック・ザ・バードキング』を倒したのもきっとこいつらだろう。

「あぁん? 何者だよテメーラ!? それに聞き捨てならねーな、誰が誰を殺すって? アチシらに上等かます気かよクソが、オモシレーっつーの!」

 ブチ切れたベルが悪態をつきながらも素早く遠距離で効果のあるギターを構えると、その中の一人の男が鼻で笑った。

「フン、目障りな小蝿め。このトキカゼの恐ろしさ、その身でとくと味わえ。忍法<時縛り>!」

 男が印を結んだ瞬間、僕の体は硬直した。

 う、動けない!?

 馬鹿な……文字通り指一本動かすことも出来ない!

 一体何なんだこの技、反則すぎるぞ!?

 動けないのは僕だけでなく、仲間たちも同様であるようだった。

 おまけに舌も動かせないので喋ることすら出来ない。

 僕たちは訳の分からない忍法ひとつで完全に無防備の状態にされてしまった。

「クク……どうだ? 対人最強忍法である拙者の<時縛り>の味は? 動けまい、怖かろう? その恐ろしさのあまり、発狂しながら死んでいく者の多いことよ……ククク」

 忍者たちはゆっくりと僕らの方に近付いて来ると野太い声で一人の男が告げた。

「さて、忍の情けだ。せめて貴様らが何者に殺されるのかだけでも教えてやろう。拙者たちは世界最高の忍者集団、欧州忍者ギルドの忍」

 欧州忍者ギルド……!

 国際裁判で僕に<有罪手裏剣>をかまして来た、あの感じの悪いカジモトが率いるギルドだ。

 でも欧州忍者ギルド理事長のカジモトが僕の命を狙っているって……どうしてだよ!?

 あいつに嫌われるにしても、命まで狙われるようなことをしたか僕?

 いや、今はそれどころじゃない。

 石化や麻痺でもしたかのように動けないこの状態では、本当に為す術なくやられてしまう!

 一刻も早くこの状況から抜け出さないと。

「拙者は風忍、旋風の刃タチカゼ。囚人番号4771番、お主の命頂戴に参った」

 タチカゼという男は忍者刀をビシッと逆手で構え、野太い声で自己紹介がてらポーズを決めた。

 余裕を見せて名乗っている今がおそらく最後のチャンスだ……急げ!

「同じく風忍、戦国の疾風トキカゼ。我らの姿を見たそこの連中もこやつと一緒に消してくれる……クク」

 トキカゼという男は不気味に含み笑いをしながら器用に指先を動かし複雑な印を結んだ。

 僕は意志の力で何とかトキカゼの忍法に抵抗を試みるが、全く体を動かせる気配がない。

 くっ駄目だ、このままでは……!

 最後の忍者と僕の目が合う。

 こいつの名乗りが終わった時が僕たちの最後か……。

 今まで一言も発さなかった男は、まっすぐに僕を見据えたまま落ち着いた声で名乗った。

「拙者は……漆黒のファンタスティック忍者、マツカゼ」

 その男の名前と声に、僕は確かに聞き覚えがあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ