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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
166/214

ヘルハウンドの迷宮 Easy その2

 絶望の断崖ではその名の通り、底が見えないほど深く奈落へと通じるような大穴がぽっかりと大口を開けて僕たちを待ち受けていた。

 僕が真っ暗な大穴を恐る恐る覗き込むと、その拍子に転がった砂利が吸い込まれるようにして消えていった。

「ひえぇぇ……これ、落ちたら確実に死ぬよね」

 取り立てて高所恐怖症という訳でもないけど、かと言って全然平気って訳でもないんだよね。

 普通に恐ろしい高さだよ。

「目の前で死んでくれたならおらの蘇生呪文もあるけんど、まんずこの高さだと呪文も届かないだよー」

 僕の言葉を受けてシロが残念そうな声を返す。

 うう、縁起でもないな。

 ベルによれば、この断崖を垂直に伝うと下に壁面が少しだけせり出した場所があり、そこから神秘の地底湖へと通じる横穴があるのだと言う。

 問題はそこまでどうやって降りるか、だ。

 そんな技術も装備もないし、度胸の方だってないぞ。

「ほー、横穴の入口はあそこでんな。距離にして大体30mってとこでっか」

 バッ!

 穴を覗き込んでいたアルビアはいきなりその身を躍らせて、垂直の壁を蹴りながらジグザグに降りていった。

 おいおい嘘だろ?

 一瞬の間に目的の場所に着いちゃったぞ、あの人!

「おーい、いけまっせ~! わてのようにして降りてきてやー」

 ぶんぶんと両手を振ってアピールするバードの男に僕たちは一斉に同じフレーズで叫んだ。

「いけるかっ!!」


 『娯楽都市ギガオーサカ』にて一日で1000万Gという巨額の資金を稼いだヤンは、翌日の勝負においてもその勢いは止まらなかった。

「おいおい、またあの男勝ったで!」

「信じられん強運やな……今の一戦で50万勝ちやろ?」

「くそー、あやかりたいもんだぜ~」

 客達は自分の勝負などお構いなしに、皆がヤンの一挙手一投足に注目している状態である。

 昨夜のニュースで大々的に大勝ちした情報が流れたせいもあり、ヤンは今まさに時の人だった。

「ウシャシャシャ! ヤンさんの勢いはレアな電柱見つけた犬の小便のごとく止まらないアルね~。んじゃま、腹も減ったしぼちぼちこのぐらいで切り上げるよ。明日もまた来るから覚悟しとくがいいね」

 大量のチップをそのままディーラーに預け、カジノ『ホンマVIPパレス』を大統領のように悠然と退出するヤン。

 それを物陰から見つめる複数の小さな目があった。

「――あれがターゲットの僧侶、ヤンだ。やっと一人になってくれたね」

「シャオルオは持ってこなくてよかったのかな? あれがないと殺しも盛り上がらないよ」

「住民に気付かれると面倒だからね。今回は静かに殺ろうと団長からも言付かっただろ?」

「ヤンが路地に入ったよ。さあ行こうみんな。団長にいいとこを見せないと」

 三つ編みの少年たちは囁きを交わすと一斉に懐から黒猿面を取り出して顔にあてがい、すかさずヤンの後を追いかける。

 とっぷりと日も暮れて、逢魔が時。

 誰もいなくなったギガオーサカの裏通りを満月が妖しく照らす。

 昼間の外国人が見たら目を背けたくなるようなゴミが散乱した小汚い通りも、今は満月のおかげでそれなりに絵になって見える。

 連日ギャンブルに勝ったヤンの気分はウキウキと高揚していた。

「いやー、今夜は満月だったか。ヤンさんの気分も風流になるよ。ホテルに戻ったらまず満漢全席でも食って、その後ギガオーサカのベッピン姉ちゃんの満月をしこたま味わってみるアルか……ウシャシャシャ!」

 そんな上機嫌のヤンを不気味な黒い猿の面を被った少年たちが取り囲んだ。

「ん、もう遊ぶ時間は過ぎたよ小僧ども。とっとと家に帰るアルね」

「おじさんがアキラくんの仲間の僧侶ですか。僕と何かキャラ被ってるし、下品だし、嫌だなあ……。おとなしくとっとと死んでよね」

 リーダー格と思われる少年が、まだ声変わりしていない愛らしい声でそう告げる。

(今アキラの名を出したかこいつ……どうやら金目当てのただの物盗りって訳じゃなさそうアルね。おっと!)

 キラリと少年たちの手から一斉に光る何かが放たれたのを見たヤンは、とっさに杖をズダ袋から取り出しつつ地面に寝そべった。

「ふうん……さすがはアキラくんのお仲間ってとこだね。でもこの間のオークのおじさんも、そうやって僕たちのアラクネ繊維での攻撃を初見で同じように回避したけど、結果どうなったと思う? その情けない体勢なら言わなくても答え、分かるよね?」

 地面に寝そべったヤンのすぐ頭上には蜘蛛の巣のように無数の極小の糸が張り巡らされていた。

 少年が『アラクネ繊維』と呼ぶその極小の糸は、モンスターと戦う冒険者の装備ではなく殺人を目的とした暗器であり、ほんのわずか手元で力を込めただけで容易く人体をバラバラにする威力を持つ。

 完全に動きを封じられ、もう起き上がることすら不可能な状況ながらもヤンは不敵に丸眼鏡を光らせた。

「ふん、この"蜘蛛の巣除去請負人"と呼ばれたヤンさんを甘く見たね小僧。イルギナ・ニジェット・シャンテ・エイン<霊刃>」

 ズシュッ、ビシュッ、ズシュッ、バシュッ!

 数少ない僧侶が扱える攻撃呪文である<霊刃>を、ヤンは仲間であるエマからラーニングした特別な詠唱法、イニシエ詠唱で唱えたのだった。

 霊体にも有効な不可視のカミソリの刃が、極小の糸とその使い手たちをまるで嵐のように切り刻む。

「うああああっ!!」

 少年たちの悲痛な声が響き、イニシエ詠唱にて付加されたその大ダメージに耐えられなかったのか、そのほとんどがヤンの呪文で倒れた。

 その様子にリーダー格の少年がうろたえる。

「そ、そんな馬鹿な……僧侶呪文ごときでどうして強靭なアラクネ繊維が……? くそっ、こんなのデータにありませんよ!」

 ダメージに耐えたリーダー格の少年が信じられないといった声で呟くと、ヤンは堂々と腰に手を当て丸眼鏡を光らせた。

「ウシャシャシャ! 恐れいったアルか? これがイニシエの力よ。魔王も恐れた詠唱法の現代における唯一の使い手、それがこのヤンさんね!」

「……覚えておくよ。すぐに意味なくなるけどね。僕の趣味じゃないけど頭に来たから、おまえはクンフーで徹底的にいたぶってから、殺す」

 静かに怒気を含めてそう言うと、一瞬で間合いを詰めたリーダー格の少年が強烈な膝蹴りをヤンの鳩尾に叩き込み、次々と連続攻撃を浴びせる。

 ボギッ、とヤンの肋の骨が折れる音が響く。

 顔面に飛んだ掌底がヤンの丸眼鏡をふっ飛ばし、鼻の骨もろとも破壊する。

 仲間の少年たちも加勢し、息継ぐ間もなくボロ雑巾のようにヤンをボコボコにした。

 倒れそうになると別方向に殴り蹴り飛ばし、無理やり立たせたまま凄絶なリンチを繰り広げる。

 一般人ならばとっくに即死しているレベルだ。

 数十分後、少年たちがようやくリンチの手を緩めると、ヤンが振り絞るような声を出した。

「イ……」

 瀕死のヤンが何事かを呟こうとした瞬間、その顎をリーダー格の少年が肘打ちで粉砕し、折れた歯が数本地面へと飛び散った。

「させませんよ。同じ失敗をそう何度もする訳にはいかないからね。それじゃそろそろトドメといきましょうか」

 ふしゅ~と息を吐くと、リーダー格の少年が手を引いて鋭く手刀の構えを見せた。

(……これは本気でマズイよ。早く何とかしないとヤンさん死んでしまうね。あの呪文の詠唱さえ出来たらワンチャンあるアルが。そう言えば聞いたことあるね……口に出さずに呪文を唱える裏技があると)

 ヤンは心の中でアルある言いながら頭をフル回転させ、猛スピードで必死に理論を組み立てていく。

「さよなら、下品なおじさん」

 少年の手刀が己の心臓に向けて放たれた瞬間、ヤンは大きくカッと目を見開いた。

(……これよ。イルギナ・ニジェット・シャンテ・エイン<裸罵泥>)

 真っ赤な光がヤンと少年たちを包んだ。

 すると瀕死のヤンの傷ついていた体はたちまち全回復し、その逆に少年たちは瀕死の体となってバタリと倒れ、戦闘不能となった。

 対象から生命力を奪い自身のものとする、僧侶呪文にも他職にも存在しない禁呪、<裸罵泥>――。

 それを実際に言葉に出さずとも詠唱可能な裏技であるサイレント詠唱、しかもイニシエ詠唱で唱えるという驚異のトリプル技をヤンは成し得たのだった。

 どこでどうやってヤンが<裸罵泥>の存在を知り、習得していたかは完全な謎だ。

「あーあ、ヤンさんの七福丸眼鏡、完全にぶっ壊れちゃったアルね。どうしてくれるよ?」

 肉体は元通り完治したものの、地面に転がり使い物にならなくなった愛用の眼鏡を見て、ヤンは悲しそうな表情を浮かべる。

「待つよ……こいつは確かヤンさんとキャラ被ってるとか言っていたね……ウシャシャシャ、ドンピシャよ! 小僧が被ってるのがチンチンだけじゃなくて助かったアルね~」

 ヤンはリーダー格らしき少年の面を剥がし、その下にあった七福丸眼鏡を奪い取るとホクホク顔でスチャッと装着した。

 その時、ヤンの背後から男の声が響く。

「信じられんな。我が中華殺技団の者がたかが僧侶一人相手に全滅とは――」

 白い兎の面を被った男はそう言いつつ、自らの面に手をかける。

「おまえがこいつらのリーダー、あの悪名高い殺人集団の中華殺技団だったアルか。どうしてヤンさんを狙ったよ?」

 男は一歩ずつ間合いを詰めながら言葉を返す。

「知らんな。我々は依頼された仕事を引き受けただけだ。そして中華殺技団は一度受けた依頼は何があろうと完璧にこなす。それからもうひとつ」

 男は何を思ったのか白兎面を取り、ヤンに素顔を見せた。

「おまえは……!」

 驚愕の表情を浮かべるヤンに、男が静かに告げる。

「このバイトゥの素顔を見た者は、決して生きては帰さない」

 妖しく輝く満月だけがその結末を静かに見ていた。

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