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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
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ヘルハウンドの迷宮 Hard その2

「クロ! それに……タマモズキアさん!?」

 懐かしい相棒の姿に驚きと喜びの入り混じった声を出す僕。

 クロも嬉しそうにぱたぱたと尻尾を振って応える。

 そんな相棒の尻尾を、大事な部分が見えそうで見えない超ミニの着物を着た美女がちょんとつまんだ。

「これ、喜んでおる場合か。そなたが今しがた死にかけたのは紛れもない事実じゃ。それに、こちらの世界に退避できるのもあとわずか――いつまでも呆けておる時間はないぞえ?」

 そうか……現実での僕はまた例のごとく死にかけたのか。

 タマモズキアに咎められ、カンガルーとサラのことで絶望的になり何も考えられなくなっていた、ついさっきまでの情けない自分を思い出す。

 ああ、くそっ、一体何をやってたんだ僕は!?

 反省すると僕はすぐに頭を働かせ、タマモズキアに向き直る。

「あの、タマモズキアさん」

 挑戦的ともいえる目つきで美女が空中から僕を見下ろす。

「なんじゃ? 質問は一切禁止じゃぞ。魅力的じゃからと申してわらわに惚れるのも禁止じゃ」

 すらりとした長い足を見せつけるように組み直し、冗談とも本気ともつかない口調でクロの背を優しく撫でるタマモズキアに僕は思いきって直球をぶつけた。

「この前、監獄都市の牢屋の前で僕を占ったお婆さん……あれって、あなたですよね?」

 僕の何気ない一言に、これでもかと目を丸くしタマモズキアが本気で驚いた。

「なっ……どうして分かったのじゃ? そなたに悟られぬよう、完璧に姿を変えて現れたというのに……いや。わらわの天性の魅力は、たとえ姿形を変えようと隠せなんだというワケか……なるほどのう。不覚じゃったわ」

 勝手にそう解釈して満足そうに一人頷く人ならざる美女に、僕は思わずズッコケそうになる。

 でも、今思えば確かにお婆さんとタマモズキアは容姿こそ違えど、その雰囲気や佇まいは全く同じだったんだよね。

 あの時は記憶がぼやけてすっかり彼女のことを忘れていたから気付くはずもなかったけど、今ここでならハッキリとそれが分かるよ。

「あれは占いというより、実際に現実に僕の身に起こる未来の出来事……そうなんですよね? なら番人の持つ例の宝珠ってのを集めれば、僕は今の最低最悪の状況から救われるってことですか? 僕の仲間のサラも?」

 タマモズキアはしばし考えこむと、白い指ですうっと口元をなぞり頷いた。

「……うむ。じゃが、確実な約束された未来ではない。そなたの行動次第で全てが水泡に帰す最悪の結末もありうる。未来とはそのような不確定なバランスの上に成り立っておるものなのじゃ。これからそなたは来たるべき脅威に向けて大いなる試練を乗り越えねばならぬ。宝珠集めは言うなればそのスタートラインといったところじゃな」

 来たるべき脅威に大いなる試練って、なんだか話のスケールが大きいぞ……不安になってきた。

 その時、タマモズキアの腕から抜け出したクロが卓上にちょこんと降りて低くウー、と唸る。

「うむ、残り時間もわずかなようじゃな。アキラよ、例の儀式をさっさと済ませるがよい」

 いつものあれだな。

 気が付けば僕の手の中には、この世の物とは思えないほど美しい透明に輝く、例の不思議なダイスが握られていた。

 よし。

 クロの正体とか来るべき脅威についても色々と聞きたいけど、タマモズキアはきっと教えてはくれないだろう。

 さっきの質問は僕が正解に気付いたからたまたま答えてくれたに過ぎない、きっとそんなとこか。

 何はともあれ、今はとにかく宝珠集めだ。

 これが僕にとっての唯一の道。

 たとえ現実世界に戻ってもこれだけは絶対に忘れやしないぞ……絶対にだ。

 今やるべき正しい選択肢を全て悟った以上、もう僕の心に迷いは無かった。

 輝くダイスを卓上に転がし静かにその結果を見守る。

 出目は、漆黒の竜が勇ましく咆哮を上げている意匠が描かれた6の目だった。



 樹上へと登ったアルビアは、まるで鼠を狩る猫のように俊敏かつ獰猛に動き、質の悪いプリズンショートソードで次々とテングとドルイドオウルを仕留めていった。

 その無駄のないスピーディな戦い方はとてもただのバードとは思えない。

 一流の盗賊を思わせるような……いや上級職である忍者とも互角と言っていいレベルである。

 最後の一体を残し、全ての敵を倒したアルビアはそれを見て警戒を強めた。

(妙でんな。ふんぞり返ってこちらを見てはる最後のあの一体は他の連中と姿が違いまっせ。上位種……群れのリーダーでっか? ただ者じゃおまへんやろな)

 沈黙状態のアルビアは内心そう考えると無闇に突っ込まず、冷静に距離を保ったまま相手の出方を窺う。

 鳥のような大きな嘴と黒い二枚の羽根を持つその敵、グレーターカラステングはヤツデの葉を思わせる団扇をさっと取り出し、離れた樹上にいるアルビアに向けて振り下ろした。

 ゴオオオッ!

 何の前触れもなく発生した竜巻のような凄まじい旋風がアルビアに直撃し、地面へと叩き落とす。

「きゃあっ、アルビア!」

 ポーリーンが悲痛な声を上げ、倒れたまま起き上がる気配のないバードの男に近寄る。

 回避行動を取れなかったアルビアは背中から強烈に地面に叩きつけられ、大ダメージを負った状態だ。

 いくら彼の戦闘技術が優れているとはいえバードは後衛職、大きなダメージに耐えられる程の体力は持ち合わせていない。

 グレーターカラステングは残る獲物を直接仕留める気なのか、その羽根で悠然と地上に舞い降りてきた。

 ベルとシロを守るようにポーリーンは剣を構えて前へと出る。

「オークプリンセス、ポーリーン……参ります!」

 凛とした声で叫び、そのむっちりとした体型からは想像できない程の素早い連続攻撃を、上下左右にと繰り出すポーリーン。

 それを信じられないことにグレーターカラステングは、腕を組んだまま後ろに飛び退くと全てかわしきった。

 西のオーク族の中でも屈指の剣の腕前を誇る姫君の顔に焦りが浮かんだ。

(……このモンスター強い! ではお父様のこの技ならっ!)

「バランシャー一族秘剣、<グレイトフル・ハーヴェスト>!」

 少女が赤き魔剣カストラートから放った強烈な衝撃波に合わせて、グレーターカラステングは自慢の宝扇『バショウセン』をばさりと振り下ろした。

 ゴオオオッ!

「きゃああああーーーっ!」

 凄まじい旋風が衝撃波をかき消した上にポーリーンの体を直撃し、そのやや重そうな肢体をそびえ立つ樹木の太い幹へと思いっきりぶつけた。

 ゴツン!

 後頭部をしたたかに打ち付けたポーリーンは、両足が開いて下着が丸見えになった不格好な状態のまま気絶した。

「あ、あきまへん……強すぎでっせ……」

 その様子を見てかすれた声で沈黙の解けたアルビアが呻く。

 彼らが知る由はないが、強いのも当然。

 グレーターの名を冠するこのモンスターは、グレーターデーモン以上の強さを持つ強敵であったのだ。

 その力量はかつてアキラたちが戦った、グレーターデーモンを統率するアルビノデーモンとほぼ互角である。

(ベル、おらの沈黙が解けただよ。どうすればいいだか?)

 僧侶のシロがヒソヒソ声で親友の少女の耳元に囁く。

 いまだ沈黙の解けていないベルは指先をそっとアルビアに向けた。

 次の瞬間、ベルはグレーターカラステングに向けて猛烈な勢いで突進をすると跳躍し、先の尖ったパンプスで兄のアンナを思わせる踵落としを放つ。

 ミシィッ。

 ベルは苦痛に顔を歪めた。

 グレーターカラステングの尖った鈎状の手がいとも容易くその足首を掴み、少女の細い足の骨をべきりとへし折ったのだ。


「アルビア大丈夫だか? おらが今回復呪文を――」

 ベルが囮になっている隙にアルビアの元へ駆けつけたシロは杖を掲げると、瀕死の男はか細い声でそれを止めた。

「……わ、わてはどうでもええ。回復したかてあいつに勝てる気は全くしまへん。それより、アキラはんを最優先で回復しとくんなはれ。この状況から生き残るには、もうそれしかおまへんのや……」

 その言葉にシロは疑問を感じた。

 アキラはシロの目から見てもまるで戦力として役に立ちそうになかったからだ。

 高い戦闘技術を持つアルビアやポーリーン、さらに親友のベルを後回しにしてまで回復させる理由がまるで見つからない。

「た、たのんまっせシロはん。アキラはんさえ万全ならきっと……」

 シロはアルビアの確信めいた言葉に、イチかバチか思い切って賭けてみることにした。

 ベルがなおもグレーターカラステングの手で重大なダメージを負わされている間に、毒でダウンしたアキラの元へと駆けつける。

 そして杖を掲げるとすうっと息を吸い込み、お決まりの詠唱の言葉を口にした。

「頼むだよアキラ……おらをガッカリさせねえでくんろ。囁きは祈りへ祈りはやがて詠唱へ神の見えざる手よ今我に宿れ<神仙手>」


 目の前で真っ白い子犬のような少女が祈るような表情で小ぶりの杖を掲げている。

 気がついた僕はある事実にハッとした。

 全て……全て覚えている!

 今まであの夢のような世界から帰ってくると、現実世界ではその記憶はほとんど無かったはず。

 でも今の僕は違う、さっきまでのタマモズキアとの会話も、そしてアングラデスの最終戦闘以来忘れていたあの記憶も――全部思い出した。

 その時、僕の視界の端にベルを片手で持ち上げて、トドメを今まさに刺そうとしているモンスターの姿が目に入った。

 途端にめらめらと怒りの炎が湧き上がり、闘志となって僕の全身に活力を与える。

「僕の仲間からその薄汚い手を離せ! 今すぐにだ!」

 だが僕の声を無視したモンスターは手に力を加えたのか、ベルが口からごぼっと血を吐いた。

 くそっ、もう堪忍袋の緒が切れたぞ!

 僕は左手を後ろに回し、右手を前にして指を前から3本立てると必殺の言葉を高らかに叫んだ。

「これで勝負を決めるっ! <ブレーメンドライブシュート>ぉぉぉッ!!」

 地面を蹴った反動で空中を駆け抜け、一気にモンスターの側に距離を詰める。

 <ブレーメンドライブシュート>は蹴り技だが、移動に使っただけで僕の狙いはこの技ではなかった。

 僕はその勢いのままに腰のプリズンソードを抜き放つ。

 モンスターも葉っぱのようなものを振り上げるが僕の方が速い、そして気合が違う!

 ここからだ!

「お婆ちゃんから受け継いだ、この技を食らえ! <青き薔薇の崩壊>ッ!」

 ザシュザシュザシュッ。

 超高速で振るわれた僕の剣――それが敵の体をズタズタに切り刻んだ音がジャングルに響く。

 直後、スローモーションのように敵がのけ反ると、一瞬遅れてその胸にまるで大輪の薔薇が咲いたかのように真っ赤な血が勢い良く噴出する。

 理解できないという表情を最後に見せ、モンスターは自身の作った血だまりへと崩れ落ちた。

 そう――刀でなくとも繰り出せる、超高速の剣技。

 僕のお婆ちゃんであるロードのアカリが得意とした必殺技、<青き薔薇の崩壊>。

 『アングラデスの迷宮』の大ボスであったアークデーモンにトドメを刺したこの技を思い出した以上、レベル1だろうがプリズン装備だろうが、僕はもう並大抵のモンスター相手に遅れは取らないだろう。

 ハンデを背負っていた難易度も、Hardから一気にEasyへと変わったと言ってもいいんじゃないかな。

 目の前に転がるモンスターの死体を見下ろして僕は頷くと、呪われた剣を鞘に戻した。

「っ……つ、つええーっ! 強すぎるっつーのアキラ! 何なんだオメー、そんな技温存してやがったのか!? ウッ、痛ぇぇーっ! 痛すぎるっつーの!」

 驚きの入り混じった笑顔を浮かべ僕に飛びつこうとしたベルだったが、悲鳴と共に急にしゃがみこんだ。

 おいおい、よく見ればベルの右足から骨が飛び出して今にもねじ切れそうになってるぞ!?

「ひええっ、そ、僧侶の人~っ!!」

 僕の間の抜けた声がジャングルにこだました。

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