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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
163/214

ヘルハウンドの迷宮 Hard その1

 ロンドンは監獄都市の地下に存在する『ヘルハウンドの迷宮』――その草木が生い茂るジャングルの中を歩くパーティがいた。

 監獄都市の市長にして獄長のブルームにより、迷宮に潜む三体の凶悪S級モンスターの討伐と、その証である3つの宝珠を持ち帰るよう、脱獄が失敗して命と引き換えの命令に従ったアキラたち囚人一行である。

 鬱蒼とした草木をかき分けて進むその中の一人、ギターを背負い奇抜なパンクファッションに身を包んだ少女が訝しげな表情で仲間に向かって問いかける。

「なあ、アキラの野郎はどうしちまったんだ? 昨夜と違ってまるで別人のように覇気がねーっつーの」

 バードのベルが視線を向けたその先で、アキラは迷宮に降りてから一言も発さずに、暗い顔をしたまま力なくジャングルを歩いていた。

 無理もない。

 この世で最も嫌悪する相手、カンガルーこと加賀竜二本人の口から、よりによって自分が好意を抱いている女性、サラとの婚約を告げられたからだ。

 今のアキラの精神状態はまともではなく最低最悪、心は暗く沈み絶望の淵に立たされていた。

「んだな。おらが回復呪文でもかけてやるだか? 一発で元気ビンビンになるだよー」

 ちんまりとした白犬を思わせるラウルフ族の僧侶シロがそう言うと、こちらは白い三毛猫のような顔立ちをしたフェルパー族のバードであるアルビアがふうっ、と大きな息を漏らして首を横に振る。

「シロはん。男には回復呪文でも薬でも癒せへん、そういうメンタルの日もおます。アキラはんのことはしばらくそっとしときなはれ。それより……」

 目を細めたアルビアが背後の樹上を示すよう、振り向かずにわずかに顎を動かす。

「さっきから木の上でチョロチョロ、なんか付いて来てまっせ。わてらのこと尾行しとるみたいでんな」

 それを聞き、むちむちとした体格と愛らしい顔つきが特徴的なオークの姫君ポーリーンが、右手を頭にかざし背伸びすると、まじまじと樹上を見つめる。

「ポーリーンにも見えました! 鼻の長いのと、フクロウの顔をしたヒューマノイドが、ひーふーみー……10体以上います!」

 大きな胸とお腹を揺らして嬉しそうに報告するポーリーンの様子にアルビアは頭を抱えた。

「あちゃー、そんなにジロジロ見たらあきまへんて。ホラ言わんこっちゃない、もうわてらが気付いたことにあちらさんも気付きましたわ」

 樹上で蠢く者たちは謎の言語で何事か話し合うと、アキラたち一行を取り囲むように樹から樹へと飛び移り、陣形を組み始める。

「ごめんなさい。今までモンスターなんていなかったから、ポーリーンつい興奮しちゃいました……」

 しゅんとするポーリーンにベルは心の中で『アンタもモンスターだろ』とツッコミつつ、ギターを背中から降ろし臨戦態勢を取る。

「今までは絶望の断崖から『ロック・ザ・バードキング』が来てたから、モンスター共も食われないよう姿を隠してたんだろうぜ。敵は特徴から判断してドルイドオウルとテングだな。このジャングルに本来棲むモンスター連中の中でも特に危険なヤツらだっつーの。攻撃してくるぜ、備えな!」


 テングは高山に篭もり修行を続ける、長鼻が特徴的な異形の修験者たちだ。

 冒険者のモンクに匹敵する高い身体能力を誇り、高所より投擲武器で一方的な攻撃を仕掛ける戦法を得意とする。

 一方、ドルイドオウルは森の賢者の異名を持つフクロウ頭の大魔導師だ。

 非常に高い知性と獰猛な攻撃性を併せ持つモンスターで、あらゆる系統の呪文をマスターしている。

 彼らは常に集団で行動し、決して隙を見せず息のあった連携攻撃を仕掛けてくる要注意モンスターである。

 両者とも通常の狭い石造りのダンジョンは環境を嫌い現れないため、遭遇および討伐報告は非常に少なく希少種として知られる。


 ピュピュッ!

 頭上からアキラたち目掛けて、一斉に手にした吹き矢で極小の針を飛ばしてくるテングたち。

「はああっ! バランシャー一族秘剣、<グレイトフル・ハーヴェスト>!」

 それを片っ端からポーリーンが自慢の魔剣カストラートを振るい、瞬速の剣技にて全て叩き落とした。

 極小の針を剣で斬るなど、尋常でない技の冴えである。

 シロは小ぶりの杖を手にいつでも呪文を詠唱できるよう準備に入り、アルビアはそれを守るように短剣を抜き前に立ち塞がる。

 だが戦闘に突入したこの状況下においてもアキラの動きは芳しくなく、反応を見せなかった。

(チッ、アキラの野郎……仕方ねー。アチシがカバーしてやらねーとな!)

 束の間アキラの様子を見て小さく舌打ちをしたベルが、ギターを構え仲間たちに叫ぶ。

「対象はあいつらだから大丈夫だとは思うが、念のため一応耳は塞いどきなよ。先手必勝、アチシの十八番、<破滅の交響曲シンフォニー・オブ・デストラクション>をとっくと聞きなあぁーーっ!」

 ベルは紫色の三角形のピック――往年の伝説のロックスターが愛用していたそれを、炎の模様が描かれた名器『ファイヤーギルド』の弦に勢い良く振り下ろした。

 ギュリィーーーン! ギュルギュルギュゥーーーーン!

 ドサドサドサッ!

 ギターが奏でる呪縛と継続ダメージをまともに食らった3体のテングが地面へと落ちてきた。

「さすがベル姐はん。ほな死んでもらいまっせ」

 アルビアは素早く立ち回ると手にしたプリズンショートソードを閃かせ、倒れているテングの喉を念入りに切り裂きにかかる。

 その間にベルの演奏の無効化に抵抗したのか、残ったノーダメージと思しきドルイドオウルが何事か詠唱の言葉を呟く。

「……!!」

 途端にアルビア、ベル、シロの三人は違和感に襲われ、仲間たちに口を指さし何やらアピールをする。

 魔術師呪文の<沈黙>の呪文にて口を塞がれてしまったのだった。

 詠唱の言葉を唱えられなければ呪文は発動しないし、バードの演奏においてもタイトルをコール出来なければそれは同様に発動しない。

 要するに僧侶とバードを戦闘開始早々無力化させられてしまったのだ。

 だが同じバードでもアルビアはベルとは違い、ギターでなく短剣が主武器なので特に影響はない。

 アルビアは沈黙した状態のまま樹々の間を駆け抜けるように動くと、猫のようにするすると樹上へと登っていった。

 ポーリーンも真似して木登りを試みるも、重力に逆らいそのむっちりとした体を持ち上げるのは困難なようで、速攻で尻もちをつく。

「痛っ……もうっ、ダイエットしたはずなのに!」

 そんな仲間たちの中にあってただ一人、アキラだけはいまだ何のアクションも起こさずにいた。

 いまだ剣も抜かずに茫然自失の表情で立ち尽くしている。

 そこに1体のテングがいい標的とばかりにアキラに狙いをつけ、手にした吹き矢を放つ。

 ピュッ!

「アキラ!」

 ポーリーンが必死に叫ぶがアキラは回避行動を取る気配はなく、その矢が剥き出しの肩口をかすめた。

 ダメージ自体はかすり傷といったところだが、運の悪いことにその矢の先端には強力な毒が塗られており、アキラの顔色は見る見るどす黒く変色していく。

 やがて完全に全身に毒が回ったアキラは、その場へ音を立てて倒れ伏した。



「ここは……」

 靄のかかったような頭を振り、辺りを見回す僕。

 そこは木製の丸い卓が一つあるだけの、他には何もない殺風景なあの部屋だ。

「アキラよ、死んでしまうとは何事じゃ! なんての」

 不意に声がした方を向くと、一人の女性が黒い小動物を胸に抱え、やれやれというような顔で宙に浮いていた。

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