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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
162/214

ワグナーとグワナ

 国際冒険者連合――略して国連。

 スイスに本部を置くそこは、この世界において一番大きな機関だ。

 国連は冒険者たちの迷宮での冒険を支えるために今から54年前に発足した。

 アメリカに『魔王イブリース』が現れたちょうど1年後のことだ。

 現在世界中の迷宮攻略都市に存在する、訓練所や訓練学校も全て国連の管理下にある。

 一般人が目指す最高の就職先、それが国連なのだ。


 そんな国連も様々な機関や部門に枝分かれしており決して一枚岩ではない。

 つい先日、『国際冒険者法』を制定する法務部のトップに、加賀という新入社員が異例の大抜擢を受けた。

 加賀が友人の少年を国際法違反者として告訴し、断腸の思いで有罪判決に導いたのが評価されたというのが理由だが、それだけではない。

 世界有数の大金持ちである加賀の実家の加賀財閥から、国連の主だった幹部たちに賄賂が送られたのだ。

 その結果、法務部部長という地位を手に入れた加賀は立場を利用して次々と決まりごとを変えていった。

 加賀が打ち出した『冒険者の討伐報酬の大幅減額』という、世界中の冒険者を苦しめるとんでもない施策も、国連からの支出が劇的に減る素晴らしいアイデアだと、賄賂を受け取った腐敗した幹部たちから諸手を挙げての賛成で迎えられた始末である。

 そして多くのイエスマンを得て、トントン拍子に人事や異動の決定権をも掌握した加賀は、手始めに気に入らない態度を取っていた女性社員たち全員を、キツい割に労力に見合わず出世も見込めない庶務三課へと送ったのだ。

 国連での権力を掌握した加賀の暴走は、もう誰にも止められなかった。


 国連本部の地下深くに存在する職業研究部、略して職研。

 そこには生命の樹である、セフィロトと呼ばれる神秘的に光り輝く大樹がそびえ立つ。

 古より妖精族たちの間で『この星の始まりから存在する』と語り継がれてきた、無限ともいえるエネルギーの源、セフィロト――。

 職研ではそのセフィロトから魔術と科学により莫大なリソースを抽出し、モンスターを討伐した冒険者たちへ冒険者登録証を通して経験値という形で与え、レベルアップや職業の持つパワーへと変換しているのだ。

 もっとも、ここに入れる人間はごく限られているため、国連本部の人間でも数えるほどしかこのシステムを理解している者はいない。

 その日、職業研究部部長のワグナーは自分しかいないはずの部屋で不意に人の気配を感じ振り返った。

「特Aクラスのカードキーがないと入れぬ、厳重なセキュリティで守られたこの地下のセフィロトを訪ねてくる者があるかと思えば……おまえか。得意の転移呪文か、グワナよ?」

 白衣を着た、種族が判断できないほどの小柄で皺くちゃの老人が、目の前で佇む赤ら顔のノームの老人へと尋ねる。

「いやいや。意気投合した庶務三課の親切なお嬢さん方がわしのためにカードキーを持ってきてくれての、コッソリと入れてもろうたんじゃよ。わしは昔イブリースの奴めに呪文を奪われて、もう転移呪文など使えぬからのう」

 それを聞き白衣の老人が溜息をつく。

「やれ、国連のセキュリティも地に落ちたものよ。しかし、世間と縁を切り長い間姿をくらましておったおまえが、このスイスくんだりまでわざわざ何をしに来たのだ?」

 すると赤ら顔の老人グワナは珍しく真面目な顔で口を開いた。

「聞いたぞ。頑なに新職業の追加を拒んどったおまえさんが、何を思うたか『巫女』などという職を新たに限定職業として認めたとな。一体どうゆう風の吹き回しじゃ?」

 グワナの言うとおり、かつて上級職に忍者とロードが追加されて以来、冒険者の職業に新しく追加はされていない。

 一部の冒険者たちから騎士を追加しろとの抗議デモもかつて起こった程だが、職業に関して全ての決定権を持つ職業研究部部長ワグナーは頑として耳を貸さなかったのだ。

 ワグナーは顎に手をやり、きらきらと夜空の星のように輝くセフィロトを見つめたまま、淡々と語り始めた。

「おまえも『次元竜クロノディメンションドラゴン』の存在は知っておるだろう。何年も前に最後の一体の生命反応が消え絶滅したが、不思議なことに一人の少年に精神体となって共生しておる。その力ごとな」

 グワナはその言葉を受け、我が意を得たりという風にコクリと大きく頷いた。

「勿論存じておるとも。国際裁判で有罪判決を受けた悪の戦士、アキラじゃな? わしには一目で分かった。あれは『次元竜クロノディメンションドラゴン』の力だけでなく、相当に複雑な因果を背負いし少年じゃ。魔界の手の者に"解放者"として目を付けられぬよう、わしなりに色々と手は尽くして来たつもりじゃが……それと巫女にどういう繋がりがあるんじゃ?」

 そう問われたワグナーは、両の手を後ろに回すと語り始める。

「先日のことだ。ワシは女神ナインテイルより神託を受けた。夢かと思うて無視したら、また翌日も同じようにな。近き将来、『次元竜クロノディメンションドラゴン』の力が少年から敵の手に奪われ、大いなる危機が訪れると。世界、いや次元を崩壊に導こうとするその敵を封じるために、巫女の力が必要になるとのことだ。女神から神託を聞いたワシはすぐに独断でセフィロトの力を使い、新しき職業である巫女へと生まれ変わるのに必要なリソースを用意した……結果はまだ出ておらんから、それが成功か失敗かはまさに神のみぞ知るところだがな。この話は他言無用だぞ、グワナ」

「ほうほう。この世に滅多なことで干渉せぬ神まで動くとは、なかなか厄介な話になっておるようじゃな。ここに寄ったついでに事務総長の顔でも見ていこうかと思うたが、よしておくか。わしらのアイドルじゃったあの子に頼まれれば、うっかり余計なことまで口を滑らしかねんからのう」

 ありし日の可憐なローゼンバーグの顔を思い出して頬を緩ませるグワナに、ワグナーも頷く。

「それが賢明だな。もしも今その敵に感づかれれば巫女が狙われる危険もある。呪文が使えぬでも、その知恵はまだ回るだろうグワナよ? 日本のネオトーキョーの地にて、巫女の候補として選ばれている娘たちを見守って欲しい。分不相応な権力を得た馬鹿たれが好き勝手に法をいじくり回したせいで、国連からはもうこれ以上そっちに手を回せんのだ」

 その時、急にエレベーターが作動し上階へと向かい動き始めた。

 何者かがこの地下にあるセフィロトへと降りてくる合図であった。

「いかん、誰かやって来るぞ。部外者であるおまえの姿を見られれば面倒なことになる」

 慌てるワグナーに落ち着いた様子でグワナが返す。

「ふむ。ならば急いだ方がよさそうじゃのう。それと先ほどの話じゃが、しかと心得た。では失礼するぞ、同志ワグナー」

 そう言ってグワナは懐から巻物を取り出し一気に広げると、その姿はふっと掻き消えた。

 後に残されたワグナーはふむ、と感心した様子で唸る。

「転移呪文……あやつ手製の呪文の巻物(マジックスクロール)か。一巻作るのにもかなりの時間が必要だというのに、そんなものをこさえておったとは準備のいい男だ。いや、あるいは呪文が使えなくなるのを見越していたか――欧州魔術師ギルドの頂点に立ち、異界の禁呪をもマスターしていたグワナなら、さもありなん」

 年がら年中赤ら顔をしたノームの酔いどれ老人、グワナ。

 彼こそかつて『魔王イブリース』を倒した伝説のパーティ『心剣同盟』に所属していた、世界最高の知識を持つ魔術師である。

 そしてワグナーとグワナは数百年もの昔、同じ師よりあらゆる分野の知を学んだ同志でもあった。

 グワナがいなくなった直後にエレベーターが開き、ずかずかと数人の男たちが部屋に押し入ってきた。

 その中の仏頂面をした壮年の男が、ワグナーを見て慇懃無礼に言い放つ。

「加賀法務部長より通達だ。本日を持って職業研究部は閉鎖、以後セフィロトの力の行使は我々執行部によって管理される。職業研究部長ワグナー、あんたはクビだ。気の遠くなるほどの長い間ご苦労だったな。機密保持のため手ぶらでこのまま出て行ってもらおう」

 そう言って男はエレベーターの方に顎をしゃくる。

 クビとなる前に、巫女のためにセフィロトの力を使ったのが間に合ったことに、ワグナーはほっと胸を撫で下ろした。

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