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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
160/214

究極の毒

 女侍が口走ったその技の名を耳にした瞬間、ヒョウマの体は条件反射的に動いていた。

 ギャリィィィッ!!

 金属同士がぶつかり合い削れる音が広間に響き渡る。

 ヒルメリダが駆け抜けざまに振るった、雷のような速さによる回避不能の至高の胴撃ち――。

 それをなんとヒョウマは、とっさに腰からもう一本の愛刀であるハネトラを引き抜いて、相手の太刀筋に合わせ受け切ったのだ。

 今度はヒルメリダが驚く番だった。

「私はこれまで幾千もの戦いを経たが、この技を受け切った者など一人もいなかったぞ……信じられない……」

 呆然とした目で豹頭の侍を見つめるヒルメリダだったが、ヒョウマもまた同様に驚きを隠せなかった。

「わしも信じられんぜよ。なんでおまんがその技を使えるんじゃ? こんな技初見なら到底受け切れたもんじゃないきに!」

 そう、ヒョウマはこれまでの戦いで常に仲間であるアキラが使う技を見ていたが故に、このヒルメリダの放った必殺の一撃を回避できたのである。

 おまけにヒョウマのイメージトレーニングする際の仮想敵はアキラだったのだ。

 ヒルメリダは悲しげな顔で自らの愛刀を見てため息をつく。

「……刀身に亀裂が入っている。そちらの刀は虎徹か……道理で寸断できず力負けするはずだ。侍が刀を損なうようではこの勝負、私の負けだな。フェルパーの侍よ、是非君の名を教えては貰えないか」

 そう言って潔く敗北を認める相手にヒョウマも侍の矜持を感じ取ったのか、姿勢を正し一礼した。

「わしはヒョウマ。刀さえ紛い物じゃのうたら、おそらく違う結果になっとったきに。しかし、なんでわざわざ質の悪い、ムラマサの偽物なんぞを好んで使うとるんぜよ?」

 グレートカネヒラを拾い納刀しながらそう返すヒョウマに、ヒルメリダは金色のポニーテールを揺らすと寂しげに笑う。

「私の憧れであり師でもある、國原一刀流最強の侍――彼女が持っていたのがムラマサだったからだ。だが本物はレアすぎて手に入らなかったのでな。彼女からその技を学び、姿形を真似てもやはり私では遠く及ばないようだ」

 その言葉にヒョウマは思わず怪訝な顔になる。

「ムラマサ? 國原館でそんな刀を持った、あのコジロー先輩より強い人がおったなぞ、わしゃ今まで聞いたことがないが……」

 フェルパーの侍が豹頭を傾げると、ムークの侍も二人の勝負が終わったと見てずいずいと近づいて会話に加わる。

「ムクシも初耳なのでーす。その方は女子なのですかな? 國原館で女子など師匠の孫娘である弥生殿しか知らないのでありまーす」

 ヒルメリダは遠い昔に思いを馳せるように、そっと自らの胸に手を置いた。

「君たちの兄弟子にあたるコジローが世にデビューするよりも前の時代……國原一刀流に素晴らしい才能を持った女剣士がいた。その名はライカ。彼女の繰り出す妖刀ムラマサの一撃の前には何者も敵わなかった。剣を振るう彼女は誰よりも美しく、強く、そして恐ろしかったな……ライカこそ間違いなく最強の侍だ」

 言葉に秘められた万感の思いを感じ取ったヒョウマは深く頷く。

「わかった、しかと心に刻んでおくぜよ。ネオトーキョーに帰ったら師匠にそのライカ先輩のことを聞いてみようぜ、ムクシよ」

「了解ですぞ。ところで、そのライカ先輩は今どこで何をしているのでありますか? そんな凄い先輩なら一度お会いしてみたいのでありまーす!」

 エルフの女侍は遠い目をしてムクシの問いに答えた。

「さてな……人間の寿命は我々エルフや異種族と比べて極めて短い。今頃は彼女も年を取り、家庭を築き、きっともう引退しているだろう……。だが私の記憶の中の彼女はいつまでもあの頃のまま色褪せない。何十年かかろうと、私はきっと追いついてみせる」

 ヒルメリダは凛とした表情でヒビの入ったムラマサ・レプリカを鞘に納めた。


「くぅー、異種族ならではの人生観の違いというか、胸に熱いものがこみ上げて来る話ですね、っと……ああ、すみません。恐縮です」

 ヴェロニカから白いハンカチを差し出されたフリーマンは、お辞儀してそれを受け取ると自らの鼻にあてがう。

 チーン!

 遠慮なしに鼻を思いっきりかんだ、その時である。

「<シールド・フィナーレ>」

 ドカッ!

「うぐほっ!?」

 完全に油断していたところに背後から強烈な盾の一撃を後頭部へと食らい、レベル80の忍者の男は一瞬で気絶して床に転がった。

 自らの回復呪文でダメージから立ち直ったジェラルドの不意打ちである。

「侍同士の勝負は決着したんだ、よもや卑怯とは言わないだろうな? フッ、これで完全に形勢は逆転したぞ。『ハートブレイカーズ』よ、潔くそちらの敗北を認めてはどうだ?」

 途端にヴェロニカが胸の前で両手を組み薔薇のようにぱあっと顔を輝かせた。

「さすがです! それでこそわたくしたちのリーダー、ジェラルドです! 神を信じる正しき者はこうして最後に勝利を手にするのです!」

「モンデュー、信じられない……今のはさすがにド卑怯でしてよ……」

 ただ一人悪属性のエマがドン引きの表情でたじろぐ。

 敵陣最後列で悠然と煙管を吹かす着物姿のアルケミストがそれを見て無邪気に笑った。

「あっはっはっはっ! まさかヒルメリダを負かしてフリーマンまで戦闘不能にするとはやるじゃァないか、『イグナシオ・ワルツ』さン。でもあンたらはひとつ考え違いをしてるねェ。『ハートブレイカーズ』のリーダーを誰だと思ってるンだい? そこでオネンネしてる間抜けな忍者じゃァない、このあたいだよ! 大気に満ちたりしエーテルよ病魔を振り撒く毒素となりて我が敵へと集まり群がれ」

 ドミナが口にしたその言葉を聞き、ミィとザンテツとヒルメリダは一斉に同じ反応をした。

「いけないドミナ!」

 だが仲間たちの静止を無視して、ドミナは呪文の詠唱を完成させた。

「<病女叢雲>」

 アルケミスト呪文を受けた<イグナシオ・ワルツ>の面々にすぐに異変が起こる。

「まあ一体何ですの? <病女叢雲>なんて聞いたことのない呪文で……!?」

 雪のように白い顔が一瞬で毒々しい紫色へと変わり果てたエマがその場に倒れてビクビクと痙攣し始めた。

「エマ!? 大いなる神よ我が祈りの声を聞き――ごふっ!」

 全ての状態異常を治し全回復させる<真慈癒>の呪文を唱えようとしたヴェロニカだったが、彼女もまた大量の血を口から吐いて倒れた。

 それを契機に<イグナシオ・ワルツ>のメンバーは一人、また一人と倒れていく。

 <病女叢雲>はドミナが独自に編み出した範囲呪文で、毒系統呪文の中でも最悪最強の威力を誇る。

 モンスターには種によって軽減されることもあるが、対人相手なら間違いなく効く即効性の強力な毒を与え、これを受けた者は短時間で死へと至る。

 まさに究極の毒呪文である

「よもや卑怯とは言わないだろうねェ? あたいらに喧嘩を売って無事に済むと思ったのが大きな間違いさァ。安心しな、教会には連絡しといてやるよ」

「ドミナ! やりすぎにゃ! 死んでしまったら蘇生だって成功するとは限らにゃいのに!」

「くッ、オレは回復呪文で元気になったあの鎧の男と正々堂々、二回戦を戦いたかったぜッ! <灼熱心龍拳>だってまだ使ってないのにッ……!」

「……是非もなし」

 仲間たちの批判も何のその、上機嫌に不敵な顔で煙管を吹かすリーダーのドミナ。

 だが、そんな彼女にも計算外なことが起きた。

 究極の毒呪文を受けてもなお、倒れない者がいたのだ。

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