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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
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神槍の乙女と疾風の狩人

「あっ、弥生ちゃんじゃない。久しぶり。そんなにプンプンして一体どうしたの」

「茉菜ちゃーん! 久しぶりだねぇ。あっ、今ムックとピューマを見なかった?」

 國原弥生(くにはらやよい)が道でばったり会ったのは、親友の柊茉菜(ひいらぎまな)だった。

 彼女は弥生より3つ年上だが、お互いの母親同士が姉妹だったのも手伝って幼少の頃からとても仲のいい間柄だ。

 茉菜が訓練学校に入学してからはしばらく会う機会もなかったが、顔を合わすなり一瞬でそれまでの空白だった時間がたちまち埋まる。

 親友とはそういうものだ。

 ボーイッシュなショートヘアが印象的な茉菜は、手にしていた似つかわしくない大きな槍を地面に着けて杖代わりにすると、体重を預けてそれにしなだれかかる。

「ムックとピューマって、コジローくんの後に来た弥生ちゃんちのムークとフェルパーの人だよね。ううん、見ていないけど」

 その言葉にガックリと肩を落とす弥生。

「うぅ、今日が冒険者としてうちの道場から旅立つ日だったから絶対お見送りしたかったのにぃー」

「そっか。あの人たちもついに冒険者になって迷宮に行くんだね。実はあたしもさ、ホラ」

 弥生に自分の冒険者登録証を見せる。

「うそっ? 『レベル4・中立・ヴァルキリー・マナ』って……茉菜ちゃんとうとう冒険者デビューしたのぉ?」

 思いもしなかった友人の突然の告白に、あんぐりと口を開けて驚きを隠せない弥生。

「うん。訓練学校での3年間の修行がちょうど終わったところに、教会からどうしても組んで欲しいパーティがいるって要請があったの。それでさっき訓練所に行って冒険者登録を済ませてきたんだ」

 一般的に訓練学校では3年間のカリキュラムを終えて卒業すると、すぐに訓練所で冒険者登録をしてレベル1からデビューするのが普通だが、希望者はさらに3年間の修行を積み特別に経験値を加算されたレベル4からデビューすることが可能なのだ。

 修行は主に、あまりにもステータスやボーナスポイントが低すぎた者を対象に、救済措置の一環として訓練所から勧められるのだが、マナの場合はヴァルキリーの職業条件を当時ギリギリ満たしていたにも関わらず、思うところがあり自ら望んで3年の修行の道を選択した。

 その間、修行を続けたマナは古参訓練生として教師からも頼りにされる存在となり、積極的に自らビシバシ後輩の指導にも当たった。

 厳しいだけでなく、面倒見のいい姉御肌の先輩として訓練生から男女問わず慕われたマナであったが、

とりわけ同性から非常にモテるのが彼女の悩みの種であった。

 ロッカーの中は常に女子からのラブレターやプレゼントでギッシリと埋め尽くされ、直接愛の告白をしに来る女子生徒までいた始末だ。

そんなマナに付いたアダ名は<最強の百合(グレーターリリー)>である。


 ヴァルキリー。

 中立の女性だけがなれる、槍を代表とするロングウェポンと僧侶呪文を使いこなし神槍の乙女とも呼ばれる中級職である。

ロードの女性版ともいえる彼女たちは、その長い武器で自らの肉体に触れさせることなく華麗にモンスターを仕留める。

 ロングウェポンは迷宮においてとても重宝する。

 中衛や、場合によっては後衛からでもその長さで攻撃に参加できるからだ。

 上級職のロードよりも職業に就くのに求められるステータス条件が緩いとはいえ、最初からそれを満たしていたとなるとよほどの幸運か実力の持ち主、あるいはその両方だろう。


「いいなぁ。わたしも冒険者になろうかな」

 マナの冒険者登録証を見て、指をくわえて羨ましがる弥生。

「中学を出てからずっと花嫁学校で弓をやってて弓術選手権大会にも出た弥生ちゃんならいいレンジャーになれそうだけど、実際冒険者でレンジャーをやるとなるとアレはちょっとキツ過ぎるかな。それに、きっとお爺ちゃんも許してくれない気がするよ」

 マナの言うように弥生の祖父である國原中弥斎は孫娘の弥生を溺愛しており、死と隣り合わせの日々を送る冒険者になるなど決して許しはしないだろう。

 過去に弥生の両親も冒険者として命を落としているというのもその最たる理由だ。

「ふんだ。あんな意地悪なおじいちゃんの言うことなんてわたし、もう聞かないよ」

 弥生はプンプンとむくれて怒りながら、眼鏡を顔から外すとチェック模様のハンカチでレンズを綺麗に拭く。

 それを見たマナはやれやれといった感じで体を動かす。

「でもさ、たとえお爺ちゃんの許しがあっても冒険は一人じゃできないよ。一緒にパーティを組む相手をまずは探さないといけないでしょ。気の合う仲間を探すのって案外難しいんじゃないかな」

 そう言いながらぐーんと体を反らすと首を動かしてコキコキと鳴らすマナ。

「茉菜ちゃんも知らない人たちといきなりパーティ組むんだよね。不安じゃないの?」

 弥生の質問にマナは微笑し、爽やかに髪をその手で撫で上げる。

「あたしの場合は教会からの要請だからその点はお墨付き。同じ聖イグナシオの信者同士だし、すぐに打ち解けられると思う。でも、噂じゃ最近酒場でタチの悪い人が教会の僧侶相手に大暴れしたらしいし、冒険者にもどんな人がいるか分からないね。弥生ちゃんはやっぱり冒険者なんかにならずに、今のまま普通に生活しているのがいいよ。お嫁さんだったよね、将来の夢」

 マナは母親のような優しい目になると真剣に親友の身を案じた。

「そうだよね。やっぱりパーティ組むなら信頼できる人に限るよね!」

「えっ? 弥生ちゃん?」

 うんうんと一人で納得して頷く弥生に、マナは怪訝そうな顔をして戸惑う。

「決めた! わたし今から冒険者登録して、ムックやピューマと同じパーティに入るぅ」

「ちょ、ちょっと弥生ちゃん。待ってってば!」

 マナの制止を聞かずに弥生は風のように走り去って行った。


「冒険者名ヤヨイさん。2番窓口へとお越しください」

 訓練所のアナウンスの声に促されて少女が小走りで向かう。

 担当官は人の好さそうな中年男性だ。

「はい、お待たせ。担当の服部です。判定球の結果、ヤヨイ君の属性は中立だね。ボーナスポイントはと……なんと18だって。うーん、スゴイね君。オジサン15以上のボーナス出した子を久々に生で見たよ。じゃあ続いてヤヨイ君のステータスにボーナスポイントを足した範囲内から職を選ぼうか」

 担当官にヤヨイが即答する。

「レンジャーでお願いしますぅ」


 レンジャー。

 中立と悪の属性の者がなれる、弓の扱いに特化した疾風の狩人とも呼ばれる中級職である。

 戦闘では常に後衛にポジションを置き、その弓の攻撃にて前衛を支援するのが主な役目で、罠の発見や解除といった盗賊のスキルも多少扱える。

 弓はモンスターに有効な数少ない飛び道具でかなり強力な武器なのだが、特殊な素材を必要とするその矢が消耗品の上に高価で、数もそれなりに必要とするため重量的にも金銭的にも負担が大きい。

 また接近戦にもつれ込むとまるで役に立たないとあって、職業条件を満たしても就職を希望する者は非常に少ないのが現実である。

 『冒険者ルルブ』の『冒険者を目指す訓練学校の生徒に聞いた就職希望ランキング城塞都市ネオトーキョー編』でも、基本職である戦士、魔術師、僧侶、盗賊を軒並み抑えて、中級職にも関わらず堂々の最下位という驚異の不人気職だ。


「うーん、レンジャーねぇ。ヤヨイ君は条件は余裕で満たしてるけどあれは本当に大変だよ? 矢は消耗品だし数があると重いから、女の子の場合持ち歩くのにも一苦労じゃないかな~。他の中級職も色々選べるけどオジサンの考えとしてはだね、まずここは一度盗賊になってだね」

「レンジャーでお願いしますぅぅ」

 担当官の言葉を遮って再び即答するヤヨイ。

「そ、そうか。ヤヨイ君の決意は固いようだね。よし、認めましょう」

 手続きを済ませて冒険者登録証と給付金123Gを受け取ると、『冒険者ルルブ最新号入荷、ご自由にお取りください』と書かれたラックから一冊雑誌を抜き取ってヤヨイは訓練所を後にした。

 國原弥生はこの日晴れて『レベル1・中立・レンジャー・ヤヨイ』として正式に冒険者デビューした。

「ちゃんと冒険者にもなったし、まずはムックとピューマを探さないとね。早く一緒にパーティ組みたいなぁ」

 そう言って眼鏡をくいっと直すヤヨイ。

 その声はウキウキと弾んでいた。

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