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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
158/214

ハートブレイカーズ

 どちらが次に『魔王ミズキ』討伐に挑むかバトルでケリを着けるべく、『タマグスクの迷宮』第一層に足を踏み入れた『イグナシオ・ワルツ』と『ハートブレイカーズ』の両パーティ。

 よくあるタイプの石造りで出来た簡素な迷宮の壁には一定のペースで松明が灯されており、灯りの呪文を唱える必要はなさそうである。

「モンスターの姿はない、か。だが、この狭い通路で戦うとなると……」

 ジェラルドがそう言い周囲を見回すと、いつの間にか隣りにいた相手パーティの男に話しかけられた。

「どうも恐縮です。この先にちょうどいい場所がありますよっ、と」

 音も気配も全く感じさせずに自分の側にいた背の高いその男に、ジェラルドは内心かなりヒヤッとした。

「あ、ああ……分かった。ではそこへ行こうか」 

 どことなく頼りない雰囲気がする、長身で細身の男の案内で大広間へと移動した両パーティ。

 互いに距離を置いて睨み合う両パーティ、最初に沈黙を破ったのは着物姿の女だった。

「さァ、ここなら申し分ないだろ。とっととバトルを始めようじゃァないか。死にたい奴ァ、どっからでもかかってきなァ!」

 カンッ!

 威勢よく敵パーティのリーダーと思われる着物姿の女が壁に手にした煙管を叩きつけて叫ぶ。

 それを合図に、剣と盾を構えたジェラルドが仲間たちへと大きな声で指示を出す。

「『イグナシオ・ワルツ』戦闘態勢に入る! 隊形は『3・3』で行くぞ!」

「了解!」

 ヒョウマとムクシがジェラルドの隣へ歩を進めて抜刀する。

 前衛にロードと侍2人を配置し上級職で前線を固め、後衛には僧侶、ビショップ、魔術師という呪文職が並びいつでもフォローに回れる、なかなかに隙のない布陣である。

「光の精霊よ天より来たりて見えざる者を包みその姿を明らかにせよ<光視>」

 ジェラルドの声で陣形を取るやいなや、僧侶のヴェロニカはすぐさま相手のパーティに対して鑑定呪文を詠唱した。

 僧侶呪文の中でもポピュラーな対象鑑定呪文は唱えた者に敵の詳細情報を視覚として与える効果を持つ。

 ヴェロニカは黒髪を揺らしつつ、読み取った情報を声に出して仲間に伝える。

 『レベル69・中立・モンク・ザンテツ』

 『レベル66・善・侍・ヒルメリダ』

 『レベル80・中立・忍者・フリーマン』

 『レベル69・善・アルケミスト・ドミナ』

 『レベル58・中立・レンジャー・ミィ』

 その情報がパーティの仲間に伝わると全員の顔が一瞬で青ざめた。

 何しろレベルが違いすぎる。

 仲間内で現在最もレベルの高いヴェロニカで24、成長の遅い侍のムクシとヒョウマは17だ。

 『ハートブレイカーズ』が自分たちの倍以上のレベルを誇る強豪パーティだったのもあるが、彼らを青ざめさせた理由の最たる原因は、とある一人の冒険者の名前である。

「馬鹿な、中立の忍者フリーマンだと?」

「ぐぬぬ、最悪なのでーす。冒険者ルルブの『全冒険者が選ぶ一番強いヤツはコイツだランキング』で12位の、あのフリーマンなのでありまーす」

「こりゃちっくとまずいぜ。わしゃあの女侍が強敵と思うたが、思わぬ伏兵がいたものぜよ……」

 前衛に立つジェラルド、ムクシ、ヒョウマがそれぞれ額に汗を浮かべながら、先ほどこの広間へと一行を案内した敵の忍者の男へ視線を向ける。

 フルパーティの6人でないにも関わらず何故自信満々に勝負を挑んできたのか、その理由を『イグナシオ・ワルツ』の面々はここに至ってようやく理解したのだった。


 上級職のロード、侍、忍者の3職はレベルアップにかかる経験値が他職と比べてべらぼうに多く、その成長速度は遅い。

 だが抜け道というものは存在し、『蝶の短刀(バタフライナイフ)』と呼ばれる、盗賊とビショップをその不思議な力で今まで得た経験を一切失わせずに忍者へと転職させる伝説のナイフが存在する。

 最もあの『堀田商店』にも10年に一度入荷するかどうかの超レアアイテムで、まず入手は不可能なシロモノなのだが。

 元々このフリーマンという男は世界盗賊ギルドに籍を置く、高いレベルを誇る熟練の盗賊だった。

 運良く冒険の最中『蝶の短刀(バタフライナイフ)』の入手に成功した彼は、迷うことなくそのスペシャルパワーを使い、一躍世界ランカーの忍者として成り上がったのだ。

 伝統と格式を重んじる欧州忍者ギルドの理事長は、手塩にかけて育てた愛弟子が持つ最高レベル忍者の記録を抜かれて苦虫を噛み潰した顔で悔しがり、ルルブのインタビューにもノーコメントで取材拒否したという。

 この話は今や世界中の冒険者が知る、現代のシンデレラストーリーである。


「あンた、やっぱり有名人だねェ。ついこないだまではただの盗賊だったってのにさァ」

 『イグナシオ・ワルツ』の反応に、アルケミストのドミナは手にした煙管を口から離すと面白げな表情で上方にふうっと紫煙を吐き出す。

 忍者の鉄板装備である黒装束でなく、レザー製の軽鎧を身に着けたどこか頼りなさげな雰囲気のフリーマンは、ドミナに見つめられ恥ずかしそうに頭に手をやる。

「はぁ、恐縮です」

 するとその横から、レンジャーのミィがにんまりとした顔つきでしゃしゃり出てきた。

「にゃにゃーん、うちのパーティは誰も鑑定呪文使えないからつまんないのにゃ! ミィはあのフェルパーのカッコイイ男の人とお近づきになりたいのにゃ!」

 少女はそう言って自分と同族である豹頭の侍、ヒョウマに意味ありげな視線を送る。

 ヒョウマは実はフェルパーという種族の中では、かなりのイケメンに入る部類であったのだ。

「およし、サカリのついた雌猫じゃァあるまいし。ったく、戦闘中に何を考えてンだい。いいかい、手は抜くンじゃないよミィ」

 ドミナに注意され、ミィは口を膨らませ不満顔になる。

「ぶー、わかってるにゃん。ドミナは乙女のハートを持ってないからつまんないのにゃ。ねーっ、ヒルメリダ?」

 ミィが両手を丸めて顔を洗うしぐさをすると、エルフの女侍は長いまつ毛のまぶたをそっと閉じ、微笑した。

「命短し恋せよ乙女……されど私は強き剣士にしか心動かされず……。もしそのような強者がいるというのなら、是非とも手合わせしたいものだ。幸いあちらには二人も侍らしき者がいる。彼らの相手はこの私に任せてもらいたい」

 それに仲間たちは無言で頷く。

 二人の侍を一人で相手にすると豪語して誰も異を唱えないあたり、ヒルメリダの実力も尋常なものではないのだろう。

「うおおおーーーッ、燃・え・て・きたあああッ! ならばッ、オレの相手は指示を出してるあのリーダーらしい鎧の男に決めたぜッ!」

 モンクのザンテツは龍の姿が彫られた長い棒を手に、ジェラルドに向かって一人で突っ込んでいった。

 その後姿を見送り、忍者のフリーマンは自然な足取りでゆっくりと歩き出す

「ザンテツさんは鎧の彼、ヒルメリダさんはあの侍っぽい二人ですか。それじゃ、恐縮ですが自分は後衛の呪文職の方たちの相手をしますか。ミィさん、"程々に"援護お願いしますよ、っと」

「んにゃっ、まかせるのにゃ!」

 その言葉に隠されたフリーマンの『殺すな』という真意を汲みとったミィは、肉球を突き出してニマッと笑うと背中から古めかしい弓を下ろして構えた。


「一番槍はこのザンテツが貰ったッ! 唸れッ! ドラゴンロッドぉぉぉ!!」

 ズゴーーン!!

 左手に構えたミスリルシールドで、振り下ろされたロングウェポンの直撃を防いだジェラルドだったが、その衝撃は半端なレベルでは無かった。

(くっ、なんて凄まじい攻撃なんだ。これが69レベルの実力か? だが攻撃の直後には必ず隙が生まれる、今がその時だっ……!)

 ジェラルドはよろめきながらも盾に守られた状態から、カウンターで右手のクシュナートの剣による必殺の一撃を見舞うべく動いた。

 だがザンテツは不敵に笑うと叫ぶ。

「まだオレの攻撃は終わってないぜッ! 変われッ! ドラゴンヌンチャク! ホアチャアーーーッ!!」

「何だと!?」

 長いロッドの形状をしていた武器が、あっという間に節のあるヌンチャクへと変化した。

 それはうねるような動きで盾の防御を掻い潜り、ジェラルドの肉体に強烈な殴打を浴びせる。

 ドゴゴゴッ!

「うぐっ……!」

 苦痛に顔を歪め、ミスリルシールドを取り落としたジェラルドを見たムクシがすぐさま援護に回ろうとする。

「ジェラルド殿、今ワガハイがお助けしますぞ!」

 ――ヒュンッ。

 そこに一陣の風となった矢が飛来し、ムクシの顔面の毛をスレスレにかすめてその足を止めさせた。

「むむむ、危なかったのでありまーす。しかし、まぐれ矢を恐れるワガハイではありませんぞ。次は叩き落としてや――うわわっ!」

 ムクシを嘲笑うかのように、敵陣から次々と矢が飛んできてはその全身をスレスレでかすめる。

 その紙一重の射撃は決して射手の腕が悪いからではなく、直撃させようと思えばいつでもさせられるという敵の意思表示だろう。

「ムクシよ。あっちがその気なら、おまん今頃5回はやられとるぜ」

 長い付き合いである同輩の侍にそう軽口を叩くヒョウマの顔にも汗が滲んでいた。

 放たれた矢を二本目からは注意して見ていたのだが、どれもこれも簡単に見切れる攻撃ではなく、自分に飛んできても全く叩き落とせる気がしなかったからだ。

 その様子に後衛から頼もしい声が飛ぶ。

「飛び道具には飛び道具でしてよ。さあ、とびきりクールにいきますわよムッシュ・トニーノ!」

 エマが傍らの自分と同じエルフの青年にウィンクすると、トニーノもまた彼女の意図を察して力強く頷いて光の杖を掲げた。

「ああ、クールにね。永久の凍土より来る氷風よ無慈悲に吹き荒れ全てを凍てつかっ――」

 魔術師呪文の中でも氷属性最強攻撃呪文である<氷柱花>の詠唱途中で、どさっと派手に音を立ててトニーノがいきなり床に倒れた。

「トニーノ!?」

 後衛のエマとヴェロニカの美女コンビが突然倒れたトニーノを驚きの目で見ていると、その影から這い出るように一人の男が姿を現す。

「どうも恐縮です。ああ、死んではいませんからご心配なく。お嬢さん方も血気盛んなうちの仲間たちの勝負が終わるまではそのまま動かずにお願いしますよ。無駄に怪我をさせたくないんでね、っと」

 何の前触れもなく前衛をすり抜けて後衛にまで悠々と忍び込み、トニーノを戦闘不能にさせた恐るべき忍者フリーマン。

 そして弓矢による精密な射撃でムクシたちの動きを牽制してくるレンジャーのミィ。

 その攻撃に対し、モンクのザンテツと死闘を繰り広げている真っ只中のジェラルド以外『イグナシオ・ワルツ』の面々は誰も動くことが出来なかった。

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