致命的な一撃
念導兵が再び突撃を開始すると、アンナは衝突するギリギリで体を反らし紙一重の最小限の動きにてそれをかわす。
すると勢い良く通り過ぎた金色の鎧は冷静に急停止し、抑揚のない機械的な音声を発し振り向く。
「インフィニティエクステンドアーム」
シュルシュルと金色の鎧の左腕からケーブルのような物が伸びた。
それはまるで鎌首をもたげ襲いかかる蛇のようにアンナの体をどこまでも執拗に追いかけ続ける。
その程度の動きで簡単に捕まる盗賊ではなかったが、何度目かの連続後方宙返りを決めて左腕の攻撃を回避すると、アンナは深くため息をついた。
「もう、しつこいわネ。しつこい男は嫌われるって知らないのかしら? アタシにアプローチしたいなら、もっとムードのある駆け引きをしなさいヨ」
その時、ガチッ、と金属同士が激しくぶつかり合った甲高い音が辺りに響く。
アンナが腰から引き抜いた小ぶりな短剣が、掴みにかかった敵の金属製の掌を食い止めたのだ。
ピーピーピー、と警報らしき音が念導兵のボディから流れた。
「クリティカルエラーハッセイ ヒダリテニキレツ ダマスカスゴールドソンショウ? シュウリフノウ リカイフノウ」
見ればアンナの短剣とぶつかり合った念導兵の左の掌に大きな亀裂が入っている。
念導兵が困惑するのも無理はないだろう。
国家予算並みの費用をかけて制作され、対冒険者用に特化し魔法と科学の粋を尽くしたその特殊装甲に、たかがレベル23の盗賊が短剣程度で傷を付けるなど決して起こりえない状況だったからだ。
「『堀田商店』で邪眼の短刀とスライサーを処分して、アカリさんに頼み込んでコレを仕入れてきた甲斐があったわネ。念導体のアンタに通用するかは賭けだったけど、この短剣に秘められた"災厄"の力が上回ったようでラッキーだったわ。覚悟なさいポンコツちゃん。すぐにスクラップにしてア・ゲ・ル」
しなを作ってウッフンとウィンクする盗賊が手にしているのは、見る者を虜にするような青く輝く宝石による装飾が施された美しい短剣。
それこそは『はじまりの迷宮』の最深層で、『心剣同盟』の面々が『魔王イブリース』を倒した部屋で手に入れたレアアイテムのひとつ『災厄の短剣』、別名イブリースダガー。
普通の短剣と何ら変わりない性能しか持たないが、世界中のあらゆる機械の動きを止めたイブリースの魔力でも込められているのか、機械に対してのみ致命的なダメージを与える効果を持つ短剣である。
魔力で動くゴーレムなどはいるものの、イブリースの災厄に見舞われたこの世界で動く機械生命体のようなモンスターはいまだ確認されておらず、この短剣の真価はサッパリ評価されずに『堀田商店』の倉庫の奥深くにて長年ひっそりとホコリを被り続けていた。
アンナは監獄都市に念導兵が導入されているのを朝の日課となっている新聞のチェックで知っていたので、万一の際に戦闘になるのを見越してこの特別な短剣を事前に入手していたのだ。
金色の鎧が左腕のケーブルを収納するとその頭部にある単眼が不気味に点滅を始めた。
「タイショウノキョウイレベルサイダイニンテイ ヨビバッテリーフルパワー モードヲ"チンアツ"カラ"センメツ"ニイコウ」
ドシュドシュドシュドシュ!!
触れただけで死に至らしめるレベルの特殊電流を纏った小型の杭のような物が次々とアンナ目掛けて発射された。
だがそれが命中する寸前、アンナの姿は急にふっとかき消えた。
金色の鎧の目の前にも、空中にも、背後にも、どこにもその姿はない。
「アラアラ、どこを見ているのかしらおバカさん。アンナさんのスペシャルなサービスは、ちょーっと痛いわヨ?」
その声で金色の鎧が自らの足元を見ると、アンナが股の間で短剣を構えてセクシーに足を組んで寝そべっていた。
バシュッ! ジジジ……。
股間に思いっきり突き立てられたイブリースダガーは金色の鎧にとって最高に致命的な一撃となり、複雑な機械の回路をその部分から一気に破壊し尽くす。
「ギ、ギブアッ……」
単眼の赤い光が徐々に失われ、ついに念導兵は物言わぬ鉄クズと化した。
「ロボがただのボロになったわネ。このお高いポンコツちゃんの修繕費は国連が負担するのかしら。それともヴィクトリアス女王様? もしかしてお父様かしら? いずれにしろご愁傷様ネ」
手の平をひらひらとさせて土埃を払いながらアンナが手鏡を取り出しメイクを直していると、そこに一人の看守が足早にやって来て驚きに目を見開いた。
「やはり……あの壁を乗り越えて侵入したのはあなた様でしたか。しかし、まさか……念導兵を倒してしまうとは……」
その看守の顔を見たアンナはチャーミングに微笑んだ。
「ア~ラ、どこのロマンスグレーのイイ男かと思ったらハンスじゃないのヨ。お元気? ちょうどいいわ、今の看守長はアナタなんでしょ? お父様に話を通してくれないかしら」
その言葉にハンスと呼ばれた堅物そうな看守の男は首を振った。
「いえ……看守長はクレーです。私はただの一看守に過ぎません。それに、もうここであなた様のことを知る者も、私とクレーと妹のベル様だけとなりました。すぐに騒ぎを聞きつけて他の看守も来るでしょう、こちらへ……」
ハンスに誘われて、壁面沿いの鍵の掛かった特殊通路へと二人は引っ込んだ。
「あの傲慢で出世欲の塊だったクレーが看守長とは、世も末だわねぇ……お父様もどうやら目が曇ってるどころの騒ぎじゃなさそうじゃないの。ところでアタシの可愛いベルは一体どこに行ったのかしら?」
堅物な壮年の看守は、暗く沈んだ顔でアンナの問いに答える。
「お気の毒ですが……ベル様は昨夜、囚人の脱獄の手引をした罪で特別矯正監の地位を剥奪され、午前中に"迷宮送り"となりました」
「アラ、そうなの? じゃあアタシもすぐに追いかけないといけないわねぇ」
妹の事実上の死刑宣告を前に、小指を立ててあっけらかんと答えるアンナ。
ハンスは最初目を丸くしたが、やがて苦笑した。
「やはりこの監獄都市にはアーヴィンド様、あなた様が必要です。しかし……今の獄長はとても話の通じるお方ではなくなりました。今あなた様をあのお方の前に通せば、私ともども処刑されるだけでしょう」
その真面目な声にアンナも眉を曇らせた。
「そういやベルもそんなコトを言ってたわねぇ……冗談かと思ったけど。ま、いいわ。それよりハンス、最近日本から送られてきたアキラって名前の囚人を知ってるかしら?」
「存じております。今朝がた私が独房を担当した囚人4771番です。面会の後にベル様と一緒に『ヘルハウンドの迷宮』に送られてしまいましたが……」
それを聞きアンナは両手を顔の横で乙女のように合わせてパッと顔を輝かせる。
「アラまあ、さすがハンス。話が早いわネ。手始めにその子の所持品を引き取りに行きたいんだけど案内してくれるかしら? 例のダサいプリズン装備をどうせ着せられてるんでしょ? アタシ、そんな格好の子と一緒に歩きたくないわ」
派手な格好のオカマの盗賊はそう言うとウィンクして微笑んだ。