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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
155/214

ヤンのグレーター本気

 気を失った女性を前に、ヤンは両手を腰に当ててのけ反ると背骨をグキグキと鳴らす。

「やれやれ、ヤンさんの軽妙なトークからの高等呪文を見て欲しかったのに残念ね。じゃあおまえらちょっと手伝うよ。その死体をそっちのカウンターの上に運ぶアルね」

 指示された客たちは露骨に嫌そうな顔をするが、死体を床にそのままにしておくのも気が引けるのか、おとなしくそれに従う。

「オッサン一体何するつもりなんや? ワイ、死体なんか持ちたないんやけど……おお怖っ! 死体と目が合うたでぇ!!」

 おっかなびっくりながらも、言われた通りに客たちが老人の死体を狭いテーブル側の床から広々とした中央のカウンターの上へと運ぶ。

 するとヤンは自前のズダ袋から愛用の杖を取り出した。

「さてと、いよいよ"アレ"を試す時が来たね……まだ実際に試したことはないアルが。この千年に一人の天才僧侶ヤンさんならきっとうまくいくよ。イルギナ・ニジェット・シャンテ・エイン<蘇死反魂>」

 ヤンが杖を掲げて詠唱したその呪文は、数ある僧侶呪文の中でも高度な呪文である蘇生呪文。

 しかもただの蘇生呪文ではなく、欧州魔術師ギルド出身であるエマが以前見せた、あのイニシエ詠唱を用いた蘇生呪文だ。

 不可思議な光が物言わぬ骸と成り果てた老人の死体を優しく包み込むと、ヤンは杖を下ろしてゆっくりと額の汗を拭った。

「ふいー。やっぱりヤンさんの読みは正しかったようね。イニシエ詠唱はあらゆる無効化を貫通する効果よ。攻撃呪文なら敵の無効化能力を貫通して確実にダメージを与えるが、死者に対して蘇生呪文を唱えたなら――」

 蘇生呪文は失敗することもあり、その成功率は死体の損傷度などにもよるが、結局のところ運に左右され安定しない。

 もしも失敗した場合、即座に肉体は完全にこの世から消滅してしまい、二度と生き返るチャンスはないのだ。

 ごふっ、ごふっ!

 つい今しがたまで確かに死んでいた老人が大きな咳払いをして起き上がると、店内の客たちから大きなどよめきが巻き起こる。

「なんや、死体が生き返ったでぇ!?」

「んなアホな、夢でも見とるんちゃうか?」

「待ちいや、コレ噂に聞く蘇生呪文ちゃいまっか?」

「ほなこのオッサンは僧侶け? いやあ、人は見かけによらんなあ~」

 客たちが驚きつつも感心した様子で見ていると、老人は自分の胸へと手をやり、長年苦しめられてきた独特の不快感がないことに首を捻る。

「調子の方はどうアルか?」

 ヤンが老人に問いかける。

「心臓の痛みが……消えた? 医者も教会の人間もサジを投げた、わしの心臓病をまさか完治してくれたってのかい……おまえさん? じゃが一体どうやって……」

 教会の僧侶による回復呪文ですら一時的な効果しかなく治せなかった病をどう治療したのかと不思議がる老人。

 その言葉に客たちからも一斉に注目を浴びたヤンはドヤ顔で胸を張った。

「そこがヤンさんの編み出したこの『完全蘇生呪文』のスゴイところよ。死者を100パーセントの確率で、無効されることなく『完全な状態で完璧に蘇生』させるこの呪文なら、その原因となった病も復活と同時に完治させるアルね。どうよ、恐れいったか! ウシャシャシャ!」

 ヤンが以前独自に編み出した、死亡状態からの蘇生率を引き上げる『灰化呪文』も相当に画期的な呪文であったが、これはさらにその上をいく。

 長年に渡り失われていたイニシエ詠唱に成功したのは現時点で『バタフライ・ナイツ』のエマとヤンだけではあるが、確実に蘇生できるというのは世界を革命するほどの可能性を秘めた呪文に違いなかった。

「死者を? なんと、わしは死んでおったのかい。しかし、そんなことが可能なのか……呪文を編み出すなど聞いたこともないが。おまえさんギャンブルが強くて気前がいいだけでなく、ただ者ではないのう……。そうじゃ、何かわしに出来る礼があるならさせてくれんか? と言っても私的に使える金は限られておるんだがの。多少の顔なら利くぞ」

 老人が茶目っ気たっぷりに片目をつぶって自分の命を救った丸眼鏡の僧侶に何事か耳打ちをすると、ヤンは思わず目を見開き身を乗り出した。

「本当アルか? それなら一つ頼みがあるね――」


 ギガオーサカ最高レートを誇る伝説のカジノ<ホンマVIPパレス>。

 ボーイは昨日も来た例の薄汚いローブの男を見て激しく舌打ちをした。

「はあ、まーた懲りもせんと来たんでっか。せやから当店で遊ぶのに相応しくないお客様にはお帰り頂いてますっちゅうねん。しまいにゃどつくぞ、オッサン!」

 罵り声を上げてボーイがヤンをひっ捕まえようとすると、そこにスッと老人が割って入る。

「ボーイくん、『中国国家主席ジャーガー・ウォン』が遊びに来たとオーナーに伝えてくれんかね。それから、その丸眼鏡の彼はわしの大事な恩人だ。丁重にもてなしてくれたまえ」

 そう言って自らの身分を証明する国際パスを提示する老人。

 中国で最高の権力を握る国家主席、ジャーガー・ウォン。

 それこそがお忍びで賭博バー<ナニワ亭>に遊びに来ていたこの老人の正体だったのだ。

「ち、中国国家主席やて……これはえろう失礼いたしました! すぐに特別室のご用意させていただきますー!」

 ボーイが弾丸のようにすっ飛んでいくとウォンはヤンの肩を親しげに叩いた。

「これでいいのかね? わしは私的な金はほとんど持ってはおらんから、勝負の際にも金銭面の援助はできんが……」

 ヤンは首を振って老人に答える。

「十分よ。後はこの元手の32万Gでヤンさんジャンジャンバリバリ稼ぐね。勝負さえ出来ればもう勝ったようなものアルよ。そう、今までのギャンブルは勝ち負けを楽しむただの遊び……これは本気の本気、グレーター本気ね!」

 丸眼鏡の奥でヤンの目がキラリンと光る。

(待ってるねサラ。ヤンさん必ず2000万稼いで凱旋するよ。その後はとっ捕まったアキラを釈放してやるアルね。それが同じ釜で飯を食ったパーティの仲間へ対するヤンさんのアンサー、男の道よ)

 態度が一変したボーイに案内されたヤンは意気揚々、最上階の特別プレイルームへと続くエレベーターにズカズカと乗り込んだ。


 一方その頃、ロンドンの『監獄都市ニューゲート』ではモニタールームで看守が頭を捻っていた。

「おかしいな。12番ブロックの壁の頂上でセンサーが反応している……こんなこと俺がここの担当になって初めてだぞ」

「鳥か何かじゃないか? ロンドンウォールのあの高さを登りきれる奴なんて誰もいないさ」

「だよな。異常なし、っと……」

 看守がセンサーの警告を解除しようとすると、突然その背後で空気が切り裂かれた。

 ビシィッ!

「!?」

 たまたま背後でそれを聞いていた看守長クレーが自慢のムチを音速で振るったのだ。

「甘いっ! その油断が脱獄を生むのだっ! ただちに念導兵(ガーディアン)をセンサーリンクさせ、自動追尾モードで出撃させいっ!」

「はっ、ただちに!」

 叱責された部下たちがきびきびと作業に移ると、一人の看守がそっとモニタールームを出て行った。


 くるくるくる――しゅたっ。

 目もくらむような高さのロンドンウォールの先端部分から、回転しながら着地を決めたのは派手な格好の男。

 看守の目をかいくぐり、外部から独力でロンドンウォールを登り切っただけでなく、そこから飛び降りるという人間離れした芸当まで今この男はやって見せたのだ。

「もうっ、約束の時間になっても一向にあの子ったら来ないし、とうとうアタシ来ちゃったわヨ。それにしても懐かしいわネ。ドブ板もあの頃のまんまじゃない」

 ドブ板と呼ばれる壁際に無断で立ち並ぶ貧民街を懐かしそうに見つめるアンナは、信じられない物を見たとばかりに呆然と立ち尽くす貧民の男の子に近づき、その頭を撫でてやる。

「アンタもいつまでもこんなとこにいちゃ駄目ヨ。もうちょっと大きくなったら外の世界に出て、色んな経験を積むの。そしてアタシがウットリするようなイイ男におなりなさい」

 その時である。

 ヴーン、ヴーン、ヴーン。

 不安を煽る独特の警告音を鳴り響かせて、何かがアンナ目掛けて猛烈な勢いで突っ込んできた。

 グシャッ、バキバキバキ!

 粗末な作りの貧民たちの住居を容赦なくぶっ壊しながら特攻してきたそれを、アンナは子供を抱えたまま軽々と宙に身を躍らせて回避する。

「ふう、やっぱり出たわネ……念導兵(ガーディアン)

 子供を安全な場所に逃すと、突如現れた魔法と科学の粋を尽くした機械仕掛けのゴーレムをオカマの盗賊が険しい目でにらむ。

「ギブアップ セヨ」

 金色の鎧の単一の目が不気味に赤く光った。

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