星剣コスモカリバー・陽刀デルタ
パンクファッションに身を包んだバードの女によるギター演奏はどうやら転移呪文と同様の効果だったらしい。
一瞬にして僕たちは見覚えのある『ヘルハウンドの迷宮』入り口である落下罠の真上へと転移していた。
辺りはもう日がすっかり落ちて暗くなっている。
今何時なのかな……僕が迷宮に降りてから相当な時間が経っているのは間違いない。
グ~。
大きなお腹の音が鳴った。
お腹も空いてきたよ……けど今のは僕の腹の音じゃない。
見れば白い革鎧と真紅のミニスカートのむっちりとした美少女が一人、顔を真っ赤にしてうつむいている。
まあそりゃそうだ、あの体型的に僕の二倍、いや三倍はお腹も空いてるはず……って、それはちょっとデリカシーに欠けた発想かな?
「にしても危機一髪だったな。雑魚モンスターの姿がないと思ったらまさか『ロック・ザ・バードキング』が来てやがったとは……アチシもマジ驚いたぜ。アイツはバトルして勝てる相手じゃねーっつーの」
そう言って僕の背中を遠慮無く思いっきりバンっ、と叩くバードの女。
「ほんまでっせ。アキラはんがゴールデンフェザーを引き抜いたと知った時はわても死を覚悟しましたわ」
アルビアが相槌を打つとバードの女は目を見開いた。
「はあ? マジかよ。ただでさえヤベー相手だっつーのに、わざわざ真の力を解き放つとは……ムチャにもホドがあるぜ。ったくグレートな野郎だなオメーは、気に入ったぜアキラ!」
凶悪そうな顔をにまーっと綻ばせて僕の首にグイッと手を回してきた。
「いたた、痛いって。怪我人なんだからちょっとは労ってよ」
僕が鳥の王にやられた肩の痛みに顔を苦痛に歪ませると、白い服に白い体毛のちんまりとしたラウルフの少女が進み出て、小ぶりの杖をかざす。
「アキラさは重傷だべ。早いとこ回復しておくだよー。大いなる神よ我が祈りの声を聞き届け癒やしの力と恵みの祝福を授け給え<真慈癒>」
シスターのシロが唱えた最上位の回復呪文により、僕の肩の大きな傷は瞬く間に塞がり完治した。
いやはや、やっぱり僧侶はこんな時一番頼りになるよ。
「ありがとうございます。でも一体どうして迷宮に? 僕たちを探しに来たとか?」
するとバードの女が人差し指を鼻元に近づけてシーッと合図を僕に送る。
「ここじゃ人の目がありすぎるからよ……その話の続きはアチシの部屋でしようぜ、ついて来な。あ、ミーちゃんは自分のハウスに帰っていいぜ。アチシが用があるのはこのアキラだからよ」
そう言われたフェルパーの男はまるで雨に濡れた猫のような情けない顔でぶんぶんと首を振った。
「ちょっ、ねぇはん! そないな冷たいことゆわんといてえな。それにわてにはミーちゃんやのうてアルビアっちゅう、親が名付けた立派な名前がおます。アキラはんが行くならわてかて意地でもお供しまっせ! ねぇはんとも同じバードのよしみ、どうか懇意に願いますわ」
ペコペコと媚びへつらうアルビアに肩をすくめるバードの女。
「おいアキラ、コイツはオメーの何なんだ?」
突然そう聞かれた僕は一瞬考えこむ。
「うーん……仲間、かな?」
『ロック・ザ・バードキング』との戦闘では真っ先に僕を置いて逃げたような気もするけど……危険な迷宮にわざわざ付いて来てくれたんだもんね。
それを聞いてバードの女がふうっと大きく息を吐いた。
「しょうがねーな。邪魔だと思ったらすぐに檻の中に叩き返すからな。それから、アチシの名はベルだ」
「へいっ、おおきに! わてはお役に立ちまっせ、ベルねぇはん」
明らかに自分よりも年下の女の子に対し、手下のような態度で嬉しそうに尻尾を振ってついて行くアルビアを見て、何故だかちょっぴり僕は悲しくなった。
ベルの部屋に向かう道すがら、アルビアとシロ、僕とポーリーンの組み合わせでトークが弾んでいた。
「へええ、シロはんの家はお父はんもお爺はんも一族全員が僧侶なんでっか? そりゃまたえらい信心深い家系でんな。どおりで女神様のようなオーラが出てはるんやなあ~」
「えへへ。でも一族で一人だけ、おらの自慢の一番上の兄さまだけは僧侶じゃないんだぁ。あのな、聞いてびっくらこくでねえだよ。兄さまは世界で一番――」
「ううっ……ポーリーン、君ってそんなツライ目に遭ってきたんだ……ぐすっ。ベルに解放してもらえて本当に良かったね。くそっ、それにしてもひどい奴らだな、その中華殺技団は!」
「確かに許せない相手です。ポーリーンはいつの日かきっと部族の者たちの仇を取ります。ですが、その前に……。アキラ、あなたはもしかして――」
「オメーらお喋りはそこまでだっつーの。着いたぜアチシの城によ。入りな」
ベルに通された広い間取りの室内には女の子らしい物は一切見当たらない。
鋲の付いた黒い皮張りのソファ、ドクロを模した室内ランプ、壁には至る所にイブリースの災厄以前に活躍した今や希少な往年のデスメタルバンドのポスターがずらりと並んでいる。
「おおっ、いいね。この感じ嫌いじゃないなあ。特にこの黒い皮張りのソファなんかは僕の好みだよ」
言うまでもなく黒は僕の一番好きなカラーである。
「ええー……アキラはん、ホンマでっか? わてはこういうのは苦手でおますなぁ」
げんなりとする顔のアルビアとは対照的に、ベルはパッと顔を輝かせた。
「へへっ、気が合うじゃねーかアキラ。やっぱりあの兄貴とパーティ組んでただけのことはあるな。アチシともウマが合いそうで安心したぜ」
ベルの兄貴とパーティを組んでた、この僕が?
その言葉に衝撃を受けた僕は、まじまじと彼女を見返した。
どぎつい紫のアイシャドウとルージュ。
最初に闘技場で会った時からどこかで見たような気がしたと思ってたんだけど、この既視感の正体は……。
「ベル、君ってもしかしてアンナの妹?」
僕の言葉に何の話かとキョトンとした顔になるポーリーンとシロ、ピクリと猫ヒゲを動かすアルビア。
当のベルはパチリとウィンクを返してきた。
一方その頃、『ヘルハウンドの迷宮』のジャングルでは三人の忍者が恐るべき巨鳥と相対していた。
タチカゼとトキカゼの二人は貧民風の偽装を解き、本来の黒い忍者装束に身を包んでいる。
ピギョエェェエエ!!!!
怒り狂って突撃して来る巨鳥の攻撃を木の上に逃れてかわすが、その樹々も片っ端からヘシ折られていく。
「忍法<時縛り>」
トキカゼが自慢の忍法を使うが、虚しく声が響いただけで何の効果も発揮しなかった。
「……クッ、畜生にはこの術は効かぬか? タチカゼよ、お主に託す!」
「応! 喰らえ化物め! 秘剣<鎌鼬>」
タチカゼが腰の愛刀を引き抜き、忍者ならではの凄まじい速度で巨鳥の脇を駆け抜けざまに複雑な軌跡で複数回斬りつける。
バシッュ、ザシュッ、ズバシュッ!
「手応えあったぞ!」
ピギョエェェェエ!!!
だが巨鳥は一瞬怯んだようにも見えたが、すぐに咆哮を上げて再び嘴で狂ったようについばんできた。
「馬鹿なっ、拙者の秘剣<鎌鼬>が効いていないだと? 何だあのモンスターは!? ええい、こうなればおまえが何とかしろタイエンっ! 貴様、仮にも火忍であろうが!」
ただ一人囚人服の忍者は命令されると渋々ながら胸元に手を忍ばせる。
「忍法……やっぱヤメだ、ヤメヤメ。俺様は降りるぜ。あの化物にコイツが通用するとは思えねェ。ここまで案内してやったんだ、後は勝手にやりな。じゃあな、あばよっ」
ただ一人後方にいたタイエンは二人を囮にするかのように置き去りにし、とっととジャングルの奥へと逃げていった。
「なんと薄情な……さすが御屋形様から破門を言い渡されるだけのことはあるわ! 忍びの風上にも置けぬ恥知らずよ……っ!?」
憤慨するタチカゼであったが、すぐに同胞であるトキカゼが巨鳥に追い詰められたのに気付く。
トキカゼは相手を金縛りにする術を必殺の得意忍法とする忍者で、戦闘能力や身体能力はタチカゼよりも数段劣るのだ。
「いかん、助けてくれタチカゼ!」
「トキカゼっ!」
巨大な爪に押さえつけられた仲間の姿を見てタチカゼがこれはもう間に合わぬと思った、その時――。
疾風のように空中から割り込んだ影が両手で複雑な印を結んだ。
「忍法<星剣コスモカリバー・陽刀デルタ>」
シュリィーーーーン!
ギラギラと輝く2つの巨大な剣が空中に出現したと思った瞬間、それが巨鳥を真っ二つに切り裂いた。
ズドオオオーーーン。
力を失った巨体がゆっくりと大地に沈み込んでいく。
「遅くなった」
「おお、やったか!? しかし、お主の技はいつ見ても恐ろしいほどの技の冴えよな!」
「クッ、今までどこに行っておったのだ? おかげで我らは信用できぬ輩を雇い、危うく任務達成せずに無駄死にするところであったぞ!」
賞賛の声を上げるタチカゼと不満の声を上げるトキカゼ。
それに対して、二人と同じ黒装束を纏った男は腕組みをしたまま言葉を返す。
「……野暮用だ。その様子ではまだ抹殺対象4771番を見つけてはおらぬようだ。向こうに大きな崖と、その下に続く横穴があったが。そちらを調べてみるか?」
こうして『ヘルハウンドの迷宮』三大S級モンスターの一体、絶望の断崖に棲む『ロック・ザ・バードキング』は謎の男の手により、アキラたちに知られぬまま葬られた。