ヘルハウンドの迷宮 その3
「あの新入り……4771番と白猫の野郎が迷宮に潜ったら、今度は特別矯正監とかいう妙な女とシスター、おまけに例のモンスター女まで続けてあそこに潜りやがった。こいつはキナ臭ェなァ~」
"刑務闘技"で勝ち残り手に入れた金で見物客向けの店で豪華な食事を終え、楊枝で歯の隙間をほじくりながら物陰でそう呟くのは401番のゼッケンを付けた男。
先日の闘技場で死んだフリをして勝者の座を手に入れた忍者の男である。
彼の向かいから、一人のみすぼらしいローブを纏った男がヨロヨロと近づく。
「ケッ、"ドブ板"の貧民か。囚人でもねェのに監獄都市に勝手に住み着きやがって。こっちは看守の許可がなけりゃあ檻からも出られないってのに、我が物顔でウロチョロと。マジ目障りな連中だぜェ~」
地面に唾を吐き捨て悪態をつく男の耳に、突然ある言葉が聞こえてきた。
(御屋形様の不興を買い、誉れある欧州忍者ギルドを破門された元火忍"熱狂の渦"タイエンよ。貴様に提案がある。我らの為に一働きするつもりはないか?)
「なっ……!?」
タイエンの顔に驚愕の色が浮かぶ。
ローブの男が忍法<以心伝心不如帰>を用い、実際に声には出さずに同じ忍者であるタイエンだけに伝わるように問いかけてきたのだ。
すなわち、目の前の男は貧民などではなくれっきとした忍者、それもタイエンのいた欧州忍者ギルドの忍に間違いない。
突然のことに戦慄し、半歩下がって慎重に身構えるタイエン。
だが相手に殺意が無いのを察すると、自身も同じ忍法を用いて目の前の男と秘密の会話を交わす。
(テメェ……欧州忍者ギルドのモンか。ケッ、ご存知の通り今の俺様がギルドに力を貸す義理はねェ。ただし、よっぽどの見返りがあるってんなら別だがよォ~?)
狡猾そうに目を光らせるタイエンの背後で、いきなり別のローブの男が現れて静かな殺気を放つ。
(なにィ、もう一人いやがったのか!? チッ、従わねェならここで始末しようって腹か……上等じゃねえか! 俺様を舐めるなよ!!)
胸元に隠したとっておきの爆薬に手をかけるタイエン。
その様子を見て最初のローブの男が、もう一人の殺気を放つ男に対して無言で首を振った。
(よせトキカゼ、この男は仮にも火忍の端くれ。本気でやりあえば大事になる。タイエンよ、貴様は何が欲しい? 脱獄とギルド復帰以外のことならば大概の願いは聞くぞ。金が望みならば5万G即金でくれてやろう)
それだけの金があればこの先しばらくは快適にこの監獄都市で過ごせるのは確実だったが、このタイエンという男は実に慎重であった。
(おっと、俺様の報酬の話は後回しだ。先にどんな仕事か内容を聞いてからだなァ~)
値踏みするようなタイエンの態度に目の前のローブの男が小さく頷きを返す。
(……いいだろう。拙者は風忍"旋風の刃"タチカゼ。後ろの者は同じく風忍"戦国の疾風"トキカゼ。拙者たちはある囚人の抹殺任務を受けてこの監獄都市に潜入している。実はもう一人派遣されていたのだが、そやつと連絡が付かなくてな。そこでたまたま貴様を見つけて白羽の矢を立てたという次第だ)
(この任務は三人でかかれと御屋形様に命じられている。あやつがおらぬ以上、我らの人数合わせに貴様はちょうどよい穴埋めという訳よ……クク)
今まで黙っていたトキカゼがそう言ってタイエンの背後で不気味に体を揺らす。
抹殺任務自体は珍しくもないが、監獄都市に送られた囚人をわざわざ殺しに赴くなど余程のことである。
欧州忍者ギルド出身というタイエンのような特殊な経歴を持つ凄腕の冒険者でもない限り、放っておけばそのうち闘技場なり迷宮なり送られて勝手に死ぬからだ。
となればその標的となった囚人というのもただ者ではないということになるのだろう。
(囚人のことなら俺様に任せな。ダテに長い間ここで最古参となるまで生き抜いちゃいねェ。どんな野郎でも一発で顔と囚人番号が分かるぜェ~?)
自信あり気なタイエンの返答を聞き、タチカゼはトキカゼに目配せするとその話に食いつく。
(ほう、頼もしいな。やはりこの任務には貴様が必要不可欠なようだ。抹殺対象は囚人番号4771番。どんなヤツだか分かるか?)
それを聞いてタイエンはペロリと舌なめずりをすると顎をしゃくった。
(ああ、よーく知ってるぜェ……。今アイツは迷宮の中にいる。来なよ、喜んで案内するぜ)
3人の忍者たちは『ヘルハウンドの迷宮』入り口のある落下罠へと、看守に気付かれないように進んだ。
「それじゃいきまっせ、アキラはん」
「ああ頼むよ」
日が落ちて外もすっかり薄暗くなった中、穴ぐらの入り口で陣取っていた巨大な鳥の王『ロック・ザ・バードキング』に対してアルビアが<睡魔>の呪文を唱えた。
魔術師呪文の中でも初歩の初歩と呼ばれる、対象範囲の相手を眠りに陥らせる呪文だ。
この呪文は弱いモンスターに対しては非常によく効くが、強いモンスター相手には全く成功しないことで知られるのである程度のレベルの戦闘からはまず使われない。
ましてや相手はドラゴンより強いと言われる鳥の王『ロック・ザ・バードキング』である。
だが何時間にも渡り散々暴れ回って疲れ果てていたからかその効果は絶大で、ホビットの体ほどもある大きな鳥の王のまぶたがゆっくりと下がっていく。
「よっしゃ、成功や! 急ぎまっせアキラはん。持って効果は3分……いや2分でおま。後は夜目がきかへんことを祈るしかあらへん!」
アルビアに急かされて僕もダッシュで穴ぐらから飛び出して、ただひたすらに全力疾走する。
でも盗賊技能のあるバードだからか、はたまた猫科のフェルパーだからか知らないけど、アルビアの走る速度は段違いに早い。
僕とどんどんその差が開いていく。
その後姿を完全に見失った直後、僕の背後からけたたましい鳴き声が響いた。
キェエエェェ!
呪文の効果が切れたのだ。
すぐさま後ろの方からメキメキと物凄い音がこだまする。
どうやら樹々をなぎ倒しつつこちらへと真っ直ぐ走って来ているらしい。
やばいぞ、どの程度今距離があるんだ?
鳥だから夜目が利かないという説は本当に正しいのか?
というか、そろそろ走り続けるのも苦しい!
息を切らせながら僕がチラッと振り返ったその瞬間、わずか5メートル程の距離にまで迫っていたあいつと目が合ってしまった。
キエェェェェエエ!!!
ち、近い!
もう走り続けても無駄だと感じた僕は、足を止め覚悟を決めて鳥の王を迎え撃つ準備をする。
いくら巨大だと言っても基本は鳥、気を付けるべき攻撃は嘴と爪だ。
翼による突風攻撃は、周囲がジャングルで覆われ天井もそこまで高くないこの環境から考えて、さほど警戒する必要はないだろう。
問題は僕の攻撃手段、この呪われたプリズンソードははっきり言って何の役にも立たない。
それどころか抜いてしまえば手が塞がる分邪魔なくらいだ。
刀さえ……僕の愛刀さえあれば必殺技<操手狩必刀>でワンチャンあるのに。
もうひとつの僕の十八番である体技<ブレーメンドライブシュート>は人型の相手を想定した技なので、こういう相手だとまともに繰り出せるイメージがない。
……どうやら倒す方法はなさそうだな。
薄暗いジャングルの中、巨大な鳥の王は狂ったようにその体を僕目掛けて突進させて来る。
メキメキメキ!
「うわっと!」
牛の体よりも大きな巨大な爪で無残にヘシ折られる樹々の隙間から、僕は飛び退いて攻撃を回避する。
その時、鳥の王の茶色っぽい全身の羽根の中に、一本だけ金色の羽根が混じっているのを目ざとく僕は見つけた。
何だかいかにも弱点でございって感じじゃないか、アレ?
イチかバチか、僕は自分の直感を信じて賭けてみることにした。