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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
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ヘルハウンドの迷宮 その2

 『ロック・ザ・バードキング』の嘴も入りきらない程の狭い石の隙間を潜り、ムカデが這う暗い不気味な穴ぐらへと僕たちは避難した。

 入り口こそ狭かったが中は大の男二人が入っても十分な程のスペースがある。

 だが、恐るべき巨鳥の魔手から逃れた僕はちょっとしたパニック状態に陥っていた。

「うわっ、どうなってるんだ? 手が……剣から、離れないぞっ!?」

 僕が先ほどの戦闘で感じた違和感の正体――剣を握ったままの形で、手がまるで石化でもしたかのようにガッチリと硬直し、開かないのだ。

 慌ててブンブンと振りほどこうとするけど、プリズンソードは虚しく空を切るだけである。

「ちょ、アキラはん、こないな暗く狭いとこで剣を振り回すのは堪忍やで。まあ落ち着きなはれや。ゆっくり、腰に吊り下げたその鞘に剣を戻すんだす」

 アルビアから諭すようにアドバイスされて、僕はその通りにしてみた。

「あっ、手が開いたぞ? 一体何だったんだよ……」

 冷静さを取り戻して考えてみたが、これは決して新人(ニュービー)にありがちな戦闘の緊張による硬直などではない。

 確かにあの巨体に驚きはしたけど、場数を踏んで成長した僕はモンスター相手のバトルには慣れている。

 となると思い当たる理由はただひとつ。

「……まさか、プリズンソードは"呪われてる"アイテムなのか?」

 恐る恐る尋ねる僕の言葉にコクリと頷くアルビア。

「ご明察。一度鞘から抜こうもんなら、また戻すまで手からは絶対に離れまへん。たとえ納刀してる状態でも装備を外すことすら不可能でっせ。それも武器だけやのうて、このプリズンレザーも同じく呪われとりますんや」

 なんてこった……ただでさえ今の僕はレベル1でめちゃくちゃ弱いのに、唯一の装備であるプリズンシリーズがこんな呪われた最低の装備だったなんて。

 ふと自分の体を守る赤と黄色の横縞ラインの革鎧に目をやると、さっきの大爪の攻撃で切り裂かれて真っ二つに裂けているのに気付いた。

「あーあ、こんなになっちゃって……って、あれ?」

 『ロック・ザ・バードキング』の攻撃により見事に切り裂かれたプリズンレザーは、少し手をかけただけで僕の体からボロッとすんなり外れた。

「ほう。アイテムの呪いを解くにはフツー、アイテムの取り扱いに長けたスペシャリストに頼むか、マイナーなアルケミスト呪文を使わへん限り不可能なはずやのに。そないな力技があったとはなあ~。ほんま、アキラはんとおると退屈せんでよろしおま」

 僕の壊れたプリズンレザーを見てしきりにアルビアが感心している。

 装備を外せない呪いの効果も、ここまでボロボロにされたことで完全に力を失ったのかな?

 おかげで『4771』と数字の入ったゼッケン付きのダサい防具の呪いからは解放されたけど、アーマークラス的には極限まで弱くなってしまった。

 ただのアンダーシャツ一枚とオレンジ色のズボンだよ?

 この状態でさっきの攻撃を食らえばよくて重症だな……いや、即死もありうるか。

 キエェェエエ!

 ともあれ僕の問題は片付いたが、穴の外ですごい奇声を上げている巨鳥の問題がまだ残っている。

「あいつ、ここには入れないのに諦めてどこかに行く様子もないな。完全に僕たちが出てくるのを待ってるって感じだ。アルビア、何か策はない?」

 急に尋ねられたフェルパーの男は困った顔で猫ヒゲを爪でいじくっている。

「それはわてのセリフでっせ。せやかてあないな巨大なバケモンと戦うなんて正気の沙汰やおまへん。どないかして目を逸らさせへんことには……そうや。鳥やから、やっぱ夜目はきかんのやおまへんか? 暗うなれば、隙を見て逃げおおせるチャンスも生まれるっちゅうもんだす」

 なるほど、一理あるな。

「日が落ちるまであと7時間ぐらいかな。今出て行っても餌食になるだけだし、ここは持久戦といきますか。そういやアルビアはバードなんだよね? 魔術師呪文は使えるんだっけ?」

「使えまっせ。ただし、わての習得呪文はえろう偏っとるさかい。撃てる呪文は<睡魔>7回、<魔焼>5回、<氷魔凍>3回、<核撃>1回てとこだす。せやかてアレ相手には通用するとは思えまへんで。なんせ相手は規格外のバケモンや、『三十六計逃げるに如かず』でっせ」

 おお、1回きりとはいえ魔術師最強攻撃呪文である<核撃>が使えるのは頼もしい。

 けど、あの馬鹿でかい鳥相手には良くて軽傷程度のダメージだろうな。

 かつてエマが<核撃>を使ったブラックミノタウルスやグレーターデーモンより、あいつがはるかに格上のモンスターなのはなんとなく分かる。

「<睡魔>って確か眠りの呪文だよね。それ効いたらこの状況なんとかなるんじゃない?」

 僕の期待を込めた問いに、アルビアは腕組みして難しい顔をする。

「下級モンスターが相手なら成功率は50%前後やけど、あない暴れて興奮しとる大物モンスターに使うても確実に失敗しますわ。夜になって鳥さんも眠うなれば多少は効きやすくなるかもしれへんけど……仮に成功しても効果時間は3分てとこやろなあ」

 アルビアから頼りない返事を聞き、どうやらかなりの持久戦になりそうだと僕は覚悟した。


 一方その頃、日本――。

「いやー、着いた着いた。『スーパーレイルウェイ』は売り子の姉ちゃんも綺麗でメシも美味い景色も最高と、三拍子揃った快適な旅だったアルね。それじゃあ、この『娯楽都市ギガオーサカ』でヤンさんの新しい伝説を始めるよ。久々に腕が鳴るね」

 娯楽都市。

 世界各地の迷宮攻略都市とは違い、人々の娯楽のためだけに作られた一大歓楽街。

 そこには映画、遊園地、グルメ、カジノとありとあらゆる享楽がひしめく。

 中でも日本最大の娯楽都市と呼ばれるのがこのギガオーサカだ。

 ネオトーキョーの酒場で『バタフライ・ナイツ』の仲間たちと別れたヤンは一人、ギガオーサカでも最高レートを誇る伝説のカジノ<ホンマVIPパレス>へと足を運んでいた。

 <ホンマVIPパレス>はギャンブラーの間でも『このカジノから出て来る客は二通りの客しかいない。文無しになっているか、それとも億万長者になったかだ』と言われる程の、世界で最も熱い賭博場だ。

 そのオールオアナッシングな熱い勝負に魅せられて、全国からひっきりなしに腕に覚えのあるギャンブラーたちがこの店を訪れている。

 もっとも、超凄腕のディーラーに負かされてその多くは文無しになり、がっくりと肩を落としてため息をつきながら出て来るのだが。

 ヤンは丸眼鏡を光らせると店の扉を威勢よく開け、ボーイを呼びつけた。

「おいボーイ。"天運請負人"と呼ばれたこのヤンさんが大きな勝負をしに来たアルよ。この店で一番"熱い"テーブルに案内するね」

 大きな態度の小さな丸眼鏡の男から声をかけられた黒服のボーイがそれを鼻で笑う。

「ふっ。お客様、大変申し訳ありませんが当店はドレスコードがございまして。当店で遊ぶのに相応しくないお客様にはお帰り頂いてますねん」

 変な動物の絵が描かれた薄汚れたローブを着たヤンを見て、苦笑いでボーイが入店を拒否した。

「こらボーイ。おまえの目は節穴アルか? もう一度その目をかっ開いて、ヤンさんのこのローブをようっく、見るアルね!」

 まるで身分を隠してお忍びで現れた将軍が、悪党相手に正体を明かしたかのように勇ましく胸を張る。

 ヤンの着ているローブに描かれた変な動物は、中国に伝わる伝説の神獣『貔貅(ひきゅう)』、金を食べる財運の守り神である。

 そう、このローブこそかつて『魔王イブリース』を倒した伝説のパーティ『心剣同盟』の魔術師グワナが身に着けていた、いまだ世界でただ一着しか確認されていない最高にレアなローブ『ヒキュウローブ』であったのだ。

 だがボーイは当然そんなもの知らないし興味もなかった。

「せやからその汚いローブでは当店への入店はご遠慮願います。ほなさいなら」

 ポイッ。

 ヤンはボーイにゴミでも捨てるかのように店外へ乱暴に放り出された。

「あいたた……おかしいね。エマの話ではヒキュウローブは超一流のローブのはずよ。これがドレスコードで通らないなんてギガオーサカ人はまるで見る目ないアルね」

 尻をさすり、自慢のローブをはたいて立ち上がるヤン。

 その様子を見ていた、近くの屋台で一杯やっていた人々は大いに盛り上り、大爆笑する。

「あのオッサン<ホンマVIPパレス>からつまみ出されよったで! 笑かすなぁ」

「ほんまやで。ドレスコードで引っかかるアホな客なんて初めて見たわ。にしても、勝負すらさせてもらえへんとは難儀やなぁ……」

「あのちっこいオッサン、ノームだかホビットだかっちゅう異種族やろ? 外国にはぎょうさんおるらしいけど、このギガオーサカじゃ珍しなぁ」

「よっしゃ。オクト焼きでも食わしたろ。ギガオーサカ人が人情に厚いとこも見したらんと。おーいオッサン! こっち来いや。おごったるわー」 

 おごりの声を聞き耳をピクリと動かし、ドタドタとヤンは屋台の方へと走った。

 

 ギガオーサカの優しい人々に、なんやかんやで酒や料理をご馳走され気を良くしたヤンはその日、路地裏でダンボールに包まって気持よく眠りに就いた。

 翌朝、チュンチュンと小鳥たちの声で目を覚ましたヤンがハッとした顔で呟く。

「……ヤンさん一体ギガオーサカまで何しに来たか? こんなことやってる場合じゃないアルね!」

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