ヘルハウンドの迷宮 その1
自ら迷宮に潜る愚か者がいると聞きつけて、檻の外に出るのを許された囚人たちがぞろぞろと集まって来た。
「あの野郎っ、闘技場で同士討ちしやがった例の新入りだぞ!」
「仲間の俺たちに攻撃を仕掛けたと思ったら、次は進んで迷宮に行くなんてな。マジでイカレてやがるぜ」
「へっ。あんなヤツさっさとくたばっちまえばいいんだ」
囚人たちの口からは僕に対するとげとげしい言葉が次々と飛び交う。
檻の中の囚人たちもそれに同調するかのように、ガンガンと鉄格子を打ち鳴らし始めた。
……アウェー感がすごいな。
ちょっと萎縮しかけた僕の肩にポン、とアルビアがぷにぷにとした肉球を置き笑顔を向ける。
「えらい嫌われっぷりでんなアキラはん。まあ無理もおまへん。囚人は仲間意識が強いさかい、裏切ったり和を乱す者をえろう嫌います。かく言うわても一匹狼を気取って他の囚人と少し距離を置いとるとはいえ、ここまで徹底して嫌われとりはしまへんで。いやー、さすがアキラはんはスケールが違いまっせ~」
うう、何のフォローにもなってないよ。
「それよりいいの? 本当に付いてきて」
「無論でっせ。男に二言はおまへん」
アルビアはそう言って自らの胸をドンと叩いて笑う。
看守にわざわざ迷宮へ降りる許可を貰いに行ってくれただけでなく、自分も一緒に同行すると言い出したんだよね、彼。
まだ出会って間もないけど本当にイイ奴だよ。
そこで思い切って僕は自分の考えを打ち明けると、アルビアは一も二もなくオッケーサインを出して作戦に乗ってくれたのだ。
そう、『脱獄』という名の一大作戦の。
監獄都市には周囲をぐるりと取り囲むような形でとてつもなく高い壁『ロンドンウォール』がそびえ立っており、ここを乗り越えるのはたとえ監視の目がなくとも絶対に不可能である。
僕が収監される際に通った唯一の出入り口は狭く、ゲートでは常に厳しいチェックが行われている。
看守の目を潜り抜けてあそこを通るのもまず無理だろう。
なので僕は地下、すなわち迷宮に目を付けたのだ。
僕と同じようにアルビアにはアルビアで脱獄しなければならない理由がきっとあるんだろうな。
何の罪で収監されたのかも気になるけど、そこは触れてはならないタブーなのかもと思い聞けずにいた。
「貴様らっ、無駄口を叩くなっ!」
ビシッ!
初日に僕を全裸にしてムチで引っ叩き熱湯を浴びせたあの看守の男が、厳しい口調で怒鳴りながら自慢のムチを振るう。
「4771番と3803番、そこに立ていっ!」
看守に指示されてそれに従う僕とアルビア、すると――。
落下罠!
今まで立っていた場所に突如としてぽっかりと大穴が開き、僕は吸い込まれるように落ちていく。
「うわああぁぁぁーーー!」
ドンッ!
地面までは思ったより相当深く、激しい衝撃で僕はまずまずのダメージを負ってしまった。
「いててて……初っ端からこれか。ひどい侵入ルートだな。アルビアは大丈夫?」
心配して声をかけたがフェルパー族のバードであるアルビアは、猫のような身のこなしと盗賊技能のおかげか綺麗に着地を決め、かすり傷ひとつ負っていなかった。
「わては大丈夫だす。それより、見てみなはれアキラはん。どないなってまんのやここは……」
アルビアが指差す先に広がっていた光景。
薄暗いといえば薄暗いのだが、それはダンジョン特有のそれではなく鬱蒼とした木々が生い茂っているからだった。
それに、よく見れば地上からしっかりと光が入っているのか、木漏れ日が射している。
「ダンジョンというよりはまるでジャングルだね。ともかく、ここを起点にして西へ行ってみよう。僕の考えが正しければ15分も歩けば監獄都市の外のはずだ。そこからどうにかして地上へ上がれば脱獄成功ってわけさ」
自信満々、プリズンソードで草木を薙いで歩を進める僕の後ろで、アルビアがそっと呟いた。
「そないにうまいこといけばええけどな……」
しばらく進んだ僕たちだったが、幸いなことにモンスターには遭遇しなかった。
だが――。
「くそっ、やられた。まさかこんな地下深くまであるなんて……」
目の前に現れて僕たちを阻んだ壁。
それはあのロンドンウォールに他ならなかった。
地上だけでなく、地下までしっかりとカバーするようにそれは築かれていたのだ。
忌々しい壁の片隅には"加賀財閥"と会社のロゴらしきマークが彫られている。
加賀って……まさか僕の知ってる、あの加賀じゃないよな?
立ち尽くす僕にアルビアがやれやれという感じで両手を広げた。
「これで脱獄計画は振り出しでっか? アキラはんのことやから二の矢、三の矢があるんでっしゃろ?」
「お生憎、僕の用意した矢は一本限りだよ。あーあ、これからどうしようか?」
「どうしようかって、それシャレになりまへんで。わても詳しくは知らんけど、ここには――」
キェエェェェーー。
どこかから甲高い鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。
と思った瞬間、いきなりそいつは頭上からダイブしてきた!
メキメキメキメキ!
すごい音を立てて、辺りの木々がまるで紙で出来たハリボテのようになぎ倒される。
キエェーーー!
……で、でかい。
現れたその声の主は、かつて僕がネオトーキョーで戦った、あのトリプルGこと『グレーターグレイグリフォン』を優に上回る、超大型の鳥だ。
ギロリと人の頭より大きな目玉を僕に向けて動かすと、大きな嘴からダラダラと涎の洪水が地面へ降り注ぐ。
どうやらかなりお腹が空いてるっぽいな……ヤバイ雰囲気だぞ。
アルビアが後方宙返りで慌てて距離を取る。
「……あかんわ。ドラゴンより大きく、強いと言われる伝説の鳥の王『ロック・ザ・バードキング』や。こいつの主食は象でっせ」
「コ、コイツ普段象なんて食ってるのか!? じゃあ人は食べなかったり?」
ガチン!
その答えを聞く前に、まるで鉄板でも落としたような音と勢いで嘴が振り下ろされた。
とっさに横に動いて回避行動が取れたのは今までの戦いの経験のおかげか。
今の動きは素直に褒めてもらいたいとこだけど、それどころじゃないのが現実だ。
「主食は象でも、副食として何でも食べはるみたいやわ!」
ギエェェエー!
獲物に避けられたことで腹を立てたらしい鳥の王は、今度は呆れるほどに大きな爪で頭上から一気に鷲掴みにしようとしてくる。
ピンチはチャンス、僕はその隙を突いて鳥の足に剣を思いっきり振り抜いた。
ズッ。
だが虚しく剣はその上を滑っただけで、切断どころがカスリ傷すらも与えていない。
「手応えゼロ! うわっ、プリズンソード弱すぎっ!? ぐふっ」
攻撃へのカウンターとばかりに、鳥の王の大きな爪の一撃が僕の着ているダサいプリズンレザーを引き裂く。
僕もそのお返しに、いつかのアンナのように目を狙ってやろうと、鳥の目に狙いを定めてプリズンソードを投げようとする。
しかし妙な違和感があり、僕の意思とは関係なく剣を握った手はそのままの形から一向に動かない。
一体どうなってるんだ?
「アキラはん、あそこにちょうどええ感じの穴ぐらが! 隠れてやり過ごしまっせ!」
アルビアに言われた方向に目を向けると、あの巨体ではとても入り込めそうにない小さな穴がある。
まるで猫に追われたネズミのように、僕たちはそこへ一目散に逃げ込んだのだった。