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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
143/214

監獄都市生活2日目 その1

 都市ひとつが丸々監獄となっている『監獄都市ニューゲート』だが、そこにいる人々は何も囚人と看守に限った話ではない。

 囚人とモンスターの賭け試合に参加するために、『冒険者闘技場』へとやって来る悪趣味な金持ちの観客。

 傷ついた囚人の心と体をケアするために、遠方よりわざわざ無償で訪れる教会のシスター。

 いつからか都市の外壁部を勝手に増設して住み着き商売を行う、たくましく生きる貧民たちなど様々だ。

 それでも脱獄や暴力行為などのトラブルが起きないのは徹底して囚人たちの管理が行き届いているからに他ならなかった。

 問題を起こせば即迷宮送り、命の保証はしない。

 それがこの監獄都市を仕切る獄長、ルーファス・ブルームの基本方針である。

 その日、獄長は執務室で昨日の闘技場で起きた想定外のハプニングについて頭を悩ませていた。

「この私がまさか娘の手を借りねばらんとは……何たる失態だ」

 深いため息をつくと、ルーファスは白く湯気の沸き立つ熱々のコーヒーにそっと口をつける。

 この監獄都市において獄長に次ぐ権限を与えられている、ルーファスの実の娘ベルことベリンダとの関係は完全に冷えきっており、そこに家族の情愛などというものは一切ない。

 それどころかベルはルーファスへ憎しみすら抱いている有様だが、まだ命令におとなしく従うだけマシな方である。

 跡継ぎであるはずの息子アーヴィンドに至っては、何年も前にルーファスと激しい罵り合いの末、家も地位もかなぐり捨ててどこぞへと去っていったからだ。

 ルーファスは優秀な息子に監獄都市獄長の地位を受け継がせようと幼い頃より厳しく教育してきたのだが、それも全て無駄に終わった。

 以来、兄アーヴィンドを尊敬していたベルは父を憎むようになり、深い失意の中で自暴自棄となったルーファスは以前にも増して冷酷な人物へと豹変したのだ。

 非常に希少なファイアドラゴンの皮張りの椅子に座るルーファスは、手にしたベルギー製のコーヒーカップを静かに机に置くと囚人のリストに目を走らせる。

「囚人番号4771番……忌々しい囚人だ。私のプライドを汚したこの者には意地でも死んで貰わねば気が済まん。だが闘技場最強の剣奴であるポーリーンがあのざまではな……」

 直々に大金をはたいて買い付けた貴重な魔剣の使い手が、よもや敵である人間に情けを見せるようなあそこまで甘い娘だったとは――。

 何もかも自分の思い通りに行かねば気が済まない性格のルーファスには、非常に腹立たしい計算違いの出来事であった。

 そして心の中に昨日のもうひとつの出来事に対する怒りが沸々とこみ上げてくる。

 何故ならポーリーンは昨日闘技場からモンスター収監用の檻に戻らず、彼女を気に入ったベルがそのまま自室へと連れ帰り、事もあろうにスレールの隷属鎖の拘束まで勝手に解いたと看守長のクレーから報告を受けていたからだ。

 ベルにはスレールの隷属鎖の第二所有者としての権利を特別に与えていたのだが、それが間違いであった。

「我が娘といえど勝手なことをしてくれる。これだから女子供というやつは……」

 ぎりっ、と歯を食いしばり力を込めたルーファスの奥歯が耳障りな音を鳴らす。

「いいだろう。ならばまとめて仲良く迷宮送りといこうじゃないか。万が一"アレ"を持ち帰ることが出来たならそれで良し。迷宮で死ねば、なお良し」

 執務室の中で一人、暗い顔のルーファスは静かに笑う。

「そう、私に逆らう者は誰であろうとも皆死ねばいい……この監獄都市ではルーファス・ブルームこそが唯一絶対の法なのだ」

 その瞳は狂気に満ちていた。


 ふと僕が目を開けると、そこは闘技場ではなくベッドの上だった。

「……あれ、ここはどこだ? いちちち!」

 重度の筋肉痛のような激しい痛みがくまなく全身に行き届いており、僕の体にズキズキと継続ダメージを与え続ける。

 もう最悪の目覚めだよ。

「おっ、ようやく気が付いたみたいでおますな。大丈夫でっか? 何があったかちゃんと憶えてまっか?」

 同房の3803番が心配した様子で上のベッドから、逆さまに顔だけひょこっと覗かせて僕にそう尋ねた。

 どうやらここは僕たちの二人部屋の房の中らしい。

 汚い床の片隅ではネズミも心配そうに顔を壁の穴から出してチューと僕を見て鳴いている。

 残念だけどそんな仕草をしてもかわいいというより、悪い病気でも持ってないかと別の心配ごとが浮かぶんだけど。

 あのドブラットの仲間でないことを願おう。

「もしもーし、あんさーん? ……こらあかん、脳にダメージが残ってはるわ。記憶障害ってやつでおますな」

 上のベッドから猫のように一回転して降りてきたフェルパーの男が、猫ヒゲを下げて残念そうな顔をする。

「もう失礼だなあ。闘技場で凶悪なルックスの女がギターをかき鳴らしたとこまではちゃんと憶えてるよ……いちち。それにしても全身が鬼のように痛いんだけど」

 僕がそう返事をすると、彼は急に真顔になってピンと猫ヒゲを立てた。

「あの妙ちくりんな姉ちゃんはわてと同じくバードでっせ。それもそこらのバードとは桁違いの相当な実力者でおます。今まで雑誌でしか見たことおまへん、あの伝説の名器『ファイヤーギルド』をまさか生で拝めるやなんて……ホンマええもん見させてもらいましたわ。それはさておき、怪我の治療は週に数回ボランティアで来てくれるシスターを待つしかおまへん。ここで大怪我をしたらそれだけで命取りでっせ。囚人は呪文の使用も強制制限されとりますさかいな。迷宮の中に入れば別でおますが」

 迷宮……例の『ヘルハウンドの迷宮』か。

 突然現れて僕たちを一撃、いや一曲で倒したあの凶悪なルックスの女のことも気になるけど、冒険者としてはやっぱり迷宮の件が気になるな。

 僧侶呪文が使えたなら迷宮内で自力で回復できるんだろうだけど、呪文の使えない僕みたいな戦士はそうもいかないんだよね。

「迷宮って囚人たちが自由に出入りしていいの? というか3803番は僕と同じ攻撃食らったのにピンピンしてない? あー、いちいち呼びにくいな囚人番号だと」 

 矢継ぎ早に質問する僕に3803番は人懐っこい笑みを浮かべる。

「アルビア。わての名はアルビアでおます。シャバとはもう決別した気でおったけど、昨日のあんさんの戦いぶりを見て気が変わりましたわ。あんさんの名前も聞かせてもらえへんやろか?」

 上目遣いでそう尋ねるアルビアに僕はにっこりと頷いた。

「僕はアキラ。改めてよろしく、アルビア! ……いちち!」

 ベッドから起き上がってアルビアに手を差し出した僕の体にまた例の継続ダメージが容赦なく襲いかかる。

「まだ無理は禁物でっせ。迷宮に入るのは看守に申請すればいつでも自由でおます。ただし、出るのは毎日夕方6時の一回こっきり。その時間にしか入り口を開けて縄梯子を下ろしてもらえまへんのや。もっとも、わざわざ危険な迷宮に入るたがるような物好き、ここにはおりまへんけどな。あと、わてがアキラはんよりダメージが軽度で済んだのは、きっとバードやから演奏に耐性があるんやろなあ」

 なるほどな。

 アルビアは聞いたことは何でも教えてくれるいい奴だ。

 そういやどこかでアルビアという名前にも聞き覚えがある気がするんだけど……うん、これは勘違いじゃなく確信が持てる。

 でも思い出せないんだな、これが。

 残念なことに僕は本当に記憶障害なのかも。

 最近こういう経験が多いんだよね……どこかで見たような、聞いたようなことがさっぱり思い出せないっていうモヤモヤパターンが。

 思えばあのアークデーモンとの戦いあたりから、それを頻繁に意識し始めた。

 あいつの魔力によって狂戦士(ベルセルク)として下僕にされかかったせいだろうか?

 今考えても恐ろしい経験だけど、サラのおかげで僕は正気に戻ることができたんだ。

 ……そうだ、サラだ!

 のんきに囚人生活をしている場合じゃない!

 すぐにでも何か手を打ち、ここから出て彼女の下へ駆け付けなくちゃ。

 そう思って体を動かす僕に、今日一番の大きな痛みが襲う。

「あいたたたっ! ダメだ……このダメージ、早いとこ何とかしないと。ちょっと無理」

 ギブアップの声と共にベッドへと倒れ込む僕を見てアルビアが喉をゴロゴロとさせた。

「今日がちょうどシスターのきとる日やさかい、わてがひとっ走りして呼んできますわ。看守さーん! 願いまっせー!」

 大声でそう叫ぶとすぐに看守がやって来てアルビアと何事か話し、オートロックされていた房の扉がバン、と派手に開かれた。

「ダッシュでシスターを連れて戻るさかい、おとなしく横になって待っときなはれや」

 そう言ってアルビアが風のような速さで駆けていくと、また看守の手によって扉が閉められた。

 ベッドに横になったまま目を伏せると僕はこれからの計画を練る。

 無期懲役――ここで真面目に刑に服したところで僕が釈放される見込みはゼロだ。

 となると……僕がここを出てサラの下へ行く方法はただひとつ。

 もう脱獄しかない。

 もともと無実の罪で入れられた監獄だもんね、おとなしく法に従う義理はないってもんさ。

 そう決意すると床の上のネズミが穴を出入りしてチューと鳴いて僕を見た。

 ネズミは自由にあっちこっち行けていいよな。

 どこかに監獄の外へと行き来できるルートさえあれば――。

 その時、房の前で人の気配を感じた。

「これ、そこな少年よ。おぬしの未来をたったの10Gで占ってやろうぞえ」

 え、なんだ?

 ふと目をやると、色褪せた毛織物のローブですっぽりと全身を覆った一人の老婆がそこに佇んでいた。

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