第4の上級職、巫女 その1
『バタフライ・ナイツ』の面々が<うるわしの酔夢亭>に集まっていた頃――。
ネオトーキョーのワンゴールド銭湯『ナインテイルの湯』に『イノセント・ダーツ』のレンジャーであるヤヨイは足を運んでいた。
といってものんびりと汗を流しに来たわけではなく、彼女の目的は別にある。
「よしっ、やるよ!」
鼻息を荒くし、やる気に満ちた顔でのれんを潜ったヤヨイはいきなり声をかけられた。
「あれっ、弥生ちゃん?」
声の主は幼馴染みの冒険者、『イグナシオ・ワルツ』に所属するヴァルキリーのマナだ。
バッタリと旧知の少女に出くわした二人は互いに驚いた顔で見つめ合う。
「あーっ、茉菜ちゃーん! 今日こんなとこで会うなんて、偶然じゃないよねぇ。もしかして茉菜ちゃんもこれ、受かっちゃった?」
「えっ? まさか弥生ちゃんも……」
二人の少女たちが揃って指差した銭湯の壁に貼られたチラシにはデカデカとこう書かれている。
『きたれ冒険少女諸君! 新時代アイドルオーディション開催! ナインテイルまつり実行委員会へ今すぐ履歴書を送ろう! 明日のアイドルはキミだ!』
こっそり応募して書類審査に合格したヤヨイとマナはパーティから一時離脱し、本日ここで行われる面接を受けに来たのだった。
知らぬ内に同じ行動を取っていたと知った少女たちはぷっと吹き出す。
「合格者は限定上級職、歌って踊れるシャーマン『巫女』に今のレベルそのままで転職させて貰えて、即アイドルデビューなんだってね。はぁー、アイドルだなんて女の子の憧れだよぉ、すごいよねぇ」
チラシを見ながらうっとりとするヤヨイに、マナもショートな前髪をフッとかき上げ同意を示す。
「侍、ロード、忍者に続く4番目の上級職、巫女か……。きっと強力な力を秘めているに違いないよ。あたしもこの間の戦いで自分のヴァルキリーとしての限界を知っちゃったからさ、このチャンスは何としても掴みたいんだ」
愛槍である聖女のランスを教会に置いて来たマナは、グッと自らの手に力を込めた。
巫女。
古代より神への奉仕をするために仕える女性を指す役職として知られる。
それが冒険者の職業として認められ、どのような力を発揮するのかは全く持って未知数だ。
前例がない新しい上級職だけに、日本で行われるこのマイナーな祭りの告知をもチェックしていた、世の情報通の女性冒険者たちからの注目度は高い。
普通には決して転職できない限定上級職というオンリースペシャル感、そしてアイドルデビューが約束されている点もアピール力絶大である。
今回主催者側から出された条件は、未婚であること、中立属性の冒険者であること、10代から20代の女性であること、以上の三点だ。
特に属性と年齢層が絞られたことで参加者はグンと数を減らし、長寿のエルフなどは書類審査に応募する前からほぼ全滅である。
ちなみに『イノセント・ダーツ』のフェアリー姉妹、ニーニとミーミも応募していたのだが、堂々と年齢不詳のまま提出したのであっさり落ちた。
書類審査に合格し『ナインテイルの湯』に集まった女性たちは結局10人にも満たなかった。
キラキラにデコレーションされた斧を持ったドワーフや、可愛らしい猫の形状の杖を手にしたフェルパーなど職業や種族は様々だが、若く美しいという一点が全員に共通している。
スタッフの若い男性が集まった彼女たちに声を張り上げた。
「ナインテイルまつりアイドルオーディション書類選考合格者の皆さん、こちらの準備が整い次第お呼びしますので、休憩室の方でお待ち下さい」
それだけ告げてまた慌ただしく走り去ると、女性陣は休憩室の方にぞろぞろと移動を始めた。
のんびりと普通に風呂に入りに来ていた男性客たちは、廊下ですれ違いざまボーッと鼻の下を伸ばして彼女たちを見送る。
「なんかあたしたちだけこのメンバーの中で浮いてない?」
他の参加者の顔ぶれを見渡したマナは傍らのヤヨイにそう語りかけた。
「むー、そんなこと……あるかも。他のみんなすっごく『ぼん、きゅっ、ぼん!』だし……どうしよう茉菜ちゃん、わたしたち負けちゃうよぉ。弥生は絶対アイドルになりたいのにぃー!」
すると泣き出しそうな顔のヤヨイの背後からすっと女が現れ、妖艶に微笑みながらヤヨイの頭を撫でた。
「ふふ、今年のナインテイルまつりは楽しくなりそうじゃのう。アイドルの座はこの中で最も若く美しいわらわが頂きであるがの。知っておるか? アイドルの由来は神や仏の姿を形どった像、偶像崇拝から来ておるのじゃ」
そう言ってヤヨイとマナに話しかけて来たのは、すらりと伸びた長い足、くびれたセクシーな腰のライン、はちきれんばかりのたわわな胸とお尻、肩まで伸びた長い黒髪を揺らす美女。
参加者の中でも飛び抜けてスタイルがいい。
だがその服装がおかしい、明らかに尋常ではない。
噂の限定上級職である巫女を先取りイメージしたのか、紺の和風チックなワンピースにこれでもかと怪しげな護符をベタベタと貼り付けている。
その数およそ百枚以上。
誰もが一目見ただけで分かる、いわゆる『完全に痛い人間』だ。
(すごぉーい! 超個性的なファッションだよぉ! この人もわたしたちのライバルなのかな?)
(なんか関わらない方が良さそうだよ……絶対おかしいよこの人。聞こえなかった振りをしてこのままやり過ごそう)
ヒソヒソ声を交わしてスルーしようと歩を進めた二人の肩を背後から美女がポンと叩く。
「オーディションまでしばし時間の猶予もあろう? ここのとっておきのヒミツの場所を教えてやろうぞえ。静かにわらわに付いて参れ」
自らの整った鼻筋にシーッと人差し指を這わせる美女。
そして勝手知ったる態度で扉を開けてグルグルと回る階段を地下に降りていくと、ヤヨイが目を輝かせてその後に続いた。
「ちょ、ちょっと弥生ちゃん!」
探検気分なのかノリノリで付いて行くヤヨイを不安そうな顔でマナが追いかける。
「『ナインテイルの湯』って地下はこうなってたんだ。ダンジョンみたいで楽しいね!」
「増築に増築を重ねた結果この様な造りになったようじゃの。ほれ、この隠し扉の先じゃ」
(隠し扉? どうしてそんなモノが銭湯にあるの? というか何でこの人はそれを知ってるんだろう。怪しい……)
マナは美女に不審な目を向ける。
隠し扉の先を進むと薄暗い地下の中、朽ちかけた不気味な朱塗りの鳥居が不意に姿を見せた。
その奥の崩れかけたボロ屋の中に何かがある。
「あれがここ『ナインテイルの湯』いや……旧名『九尾稲荷大社』に伝わる、霊験あらたか、ありがた~い御神体じゃ」