國原館の侍たち その2
「まあ!」
その日、訓練所で冒険者たちの登録作業をせっせと行っていた、大柄な体格をしたドワーフ族の女性担当官は、そのナイスバディな見た目とは裏腹に随分とギャップのある可愛い声を出して驚いた。
冒険者登録に訪れた異種族の二人の若者が、揃って高いステータスとボーナスポイントを出し、一発で上級職の侍に合格して冒険者デビューしたからだ。
侍。
善と中立の属性の者のみがなれる、刀剣の扱いに特化したブレードマスターとも呼ばれる上級職。
特に日本刀を手にした侍の強さは凄まじく、心眼を開いた時に繰り出される『クリティカルヒット』と呼ばれる、一撃にていかなる強敵をも仕留める抜刀術は、迷宮でのモンスターとの戦闘において非常に頼りになる大技である。
殺戮マシンとも呼ばれる上級職の忍者も同様にクリティカルヒットを繰り出せるのだが、こちらは抜刀術ではなく手刀にて敵の弱点を狙い済まして仕留める大技である。
多くのモンスターの共通弱点である首を刎ねるというのがもっとも良く知られたパターンだ。
侍は『冒険者ルルブ』の『冒険者を目指す訓練学校の生徒に聞いた就職希望ランキング城塞都市ネオトーキョー編』でも1位という人気のある職業なのだが、ステータス条件や属性が合わずに夢破れて他の職業に就職する者が多いのが現実だ。
冒険者デビュー早々いきなり侍になれる者なんて毎年2%にも満たない。
大抵はまず基本職でレベルアップして、十分な実力を付けてから侍へと転職するのがセオリーだった。
ドワーフの女性担当官は、窮屈そうに制服である白いブラウスのボタンを外してその胸元を大胆に開けると深呼吸し、登録されたばかりの判定球のデータを見ながら国連へのデータ登録作業をテキパキとこなす。
その背後からいきなり誰かが覗き込んだ。
「ほうほう。登録したてでいきなり侍に合格、それも二人同時ですか。これは珍しいですね~ドワミさん。ズズッ」
中年の男性が手にしたお茶を啜りながら感想を述べる。
「あっ、部長。そうなんですよ。こんなのって一体いつ以来でしょうか?」
部長と呼ばれた中年男性はそれには答えず女性の胸へと視線を落とす。
「それはそうと、職場でその巨乳を大胆に露出するのはあまり感心しませんよドワミさん。風紀が乱れますからね」
若干セクハラめいた発言をする部長に、ドワミと呼ばれたドワーフの女性が顔を赤らめてもじもじと体をくねらせた。
「だってえ。この制服、私には窮屈過ぎて仕事中もたびたび息が詰まりそうになるんですよ。部長から早くドワーフサイズのを支給するよう上にかけあって下さいよ」
ドワミの言葉に手にした湯呑みを机に置いて、腕組みをしたまま部長が唸る。
「うーん、そう言われてもね~。ここで働く女性ドワーフはドワミさんだけですから難しいでしょう。こまめに休憩していいですから、なるべくそういったセクシー過ぎる行動は今後慎んで下さい。後は私が片付けておくからもう休憩に行っていいですよ」
「はあい。お先に失礼しまあす♪」
粋な部長の計らいによって、ドワミはウキウキとその大きな胸を揺らせながら休憩室へと向かった。
一人残された部長は、ドワミのやりかけだった仕事を引き継いで呟く。
「最近はステータスも低ければ、ボーナスも低い新人ばかりでしたからね。そんな中にも将来的に楽しみな見込みある子も多少はいましたが。フフ……」
謎の笑みを浮かべて部長は両手で複雑な印を結んだ。
すると側に置いた湯呑みに肘が当たり、机の上に盛大にその中身をぶちまけた。
「うわっちゃお!」
冒険者名を坂本豹馬は『ヒョウマ』、宮本六九四は『ムクシ』と登録し、二人は無事に侍として冒険者デビューを果たした。
なぜフルネームではないのかというと、冒険者名は基本的に短く登録するようにと簡易性を最重視した国連によって『国際冒険者法』でそう定められているからだ。
大昔に『リヒャルト・リーンハルト・リヒテンシュタイン』と長いフルネームで強引に登録しようとした貴族出身の男が、怒った国連職員の判断で冒険者名『リリリ』で登録されてしまったという、冒険者の間でまことしやかに伝わる有名な笑い話もある。
「やや、ヒョウマ殿は中立でありましたか。ワガハイは善でありまーす。むふふ」
そう言って互いの冒険者登録証を見比べて勝ち誇ったように笑うムクシ。
「どうやらそうらしいぜよ。ムクシはもう一緒に組むパーティのアテはあるんか」
ヒョウマがぽりぽりと頭を掻きながら尋ねた。
「聞いたところによると<うるわしの酔夢亭>という酒場で仲間を探すのが冒険者の定番らしいですぞ。本当ならその前に『堀田商店』という店で装備を買うらしいのですが、ワガハイたちにはこれがあるから大丈夫なのでありまーす」
腰に下げた名刀マンプクマルの柄をしっかりと握り締めるムクシ。
その言葉を聞き、口角を上げて牙を見せ不敵な笑みを浮かべるヒョウマ。
「確かにの。刀さえありゃ、わしらは他になんもいらんがよ。ほいたらまずはその酒場に向かうか」
二人の侍は<うるわしの酔夢亭>へと向かった。
残念ながら<うるわしの酔夢亭>では、二人とも己の命を預けるに相応しい仲間に巡り合うことができなかった。
しかし、ふたつの興味深い情報を得ることに成功した。
ひとつは、イタリアにある聖イグナシオ教会本部からやって来た、実力あるロードのパーティが前衛を一人探しているという情報。
もうひとつは、先日アキラという名の情け無用凄腕のワルがここで大暴れして、教会の僧侶を殺しかけたという情報だ。
「教会の僧侶相手にそのような暴挙に出るとは、とんでもないワルなのでありまーす」
ムクシが心底呆れ果てた声でそう言った。
「かっかっか。おもしろいき、わしゃそのアキラっちゅうのに一度会いたいもんじゃ」
ヒョウマは逆に興味を覚えたようだ。
夕暮れ時が訪れ、食事をしに行くのか次第に人が少なくなり酒場は閑散とし始めていた。
「ではワガハイはそろそろ行くのでありまーす。ヒョウマ殿、これでおさらばですぞ」
ムクシがビシッと親指を立ててポーズを決める。
「ほいたらのムクシ。わしも去ぬるき。どっちが先に『アングラデスの迷宮』を攻略するか競争じゃ」
かつて、兄弟子であるコジローが道半ばで引き返したという噂のある、この国で最高難易度を誇る迷宮。
冒険者になったなら、まずはそこを攻略してやろうというのが彼らの当初からの目標だった。
ヒョウマは南へ、ムクシは北へ。
こうして二人の侍は互いに別々の道を歩き始めた。
共にパーティを組んで協力しようという道は、10年来のライバルであるこの二人には最初から存在しなかったのだ。