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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
138/214

ここは監獄都市 その6

 囚人たちの魔の手から助けた彼女が僕にお礼を言いかけた、その時だった。

 ジャァァーーーン♪

 突然派手なギターの音らしきものが闘技場内に響き渡り、観客席から誰かが飛び降りてきた。

 僕らがいるここまでは結構な高さがあるのに、いとも簡単に飛び降りるなんて……ただ者じゃない身のこなしだな。

 その人物は僕たちの方に向かって迷いなく一直線に、早歩きでスタスタとやって来た。

「あのクソ親父様からのご指名で、一体どんな凶悪犯が大暴れしたのかと思って来てみりゃ……ただのガキじゃねーの。おい、テメーだよテメー。囚人の分際で倒すべきモンスター相手にイチャつきやがって」

 そう言ってギロリと鋭い眼光でにらみつけてきたのは凶悪なルックスの背の高い女。

 どぎつい紫のアイシャドウとルージュ、耳には髑髏のイヤリング、髪はサイドを刈り上げたプラチナブロンド。

 鋲のたくさん付いたダブダブな黒いローブをすらりとした身に纏い、ゴシック調の厚底ブーツを履いてギターを小脇に抱えている。

 可愛さとは完全に無縁の、凶暴凶悪といった感じのハードでパンクな女だ。

 何となくどこかで見たようなことがある気がするんだけど……いや、きっと気のせいだろう。

 さっきのモヒカンや、僕が冒険者デビューの日に会ったあのヨースケみたいな乱暴な口調、物腰のタイプって一番苦手なんだよね。

 なるべくなら関わりたくないというか。

 そうこう考えていたら、そのままグイグイと超接近してきた女は片手で僕の胸ぐらを掴んだ。

 うわっ、怖っ!

 色んなタイプの女性に寛容なつもりの僕だけど、やっぱりこの手の人だけは絶対無理!

「意外とカワイイ顔してんなテメー。だがよ、闘技場のルールをガン無視してオトモダチをブチのめすなんざ、"刑務闘技"が台無しじゃねーかっつーの。4771番、テメーはちっとばかしやりすぎたぜ。ガキが悪さをしたらどうなるか分かってんだろ? ママからのキツ~いお仕置き、くれてやるぜベイビー!」

 そう言って凶悪なルックスのパンク女は炎の模様が描かれたギターを構えた。

 うーん、突然乱入してきて何がしたいんだろうこの人……よくわかんないな。

 だがそれを見た僕の隣に立つ3803番がウッとうめき声を上げる。

「ま、まさか、あれは……」

「どうしたの? そんなに驚いちゃって」

 震えた声のフェルパーの男に何事かと問いかける僕。

「間違いおまへん! 全世界のバードが憧れる伝説の名器『ファイヤーギルド』やおまへんか!? 市場価格で30万……いや40万Gは軽くする、古今東西のギターの最高傑作でっせ!」

 ワナワナとたじろぐ3803番のリアクションを見て、凶悪なルックスの女は口の端を上げてニヤリと笑いウィンクした。

「へぇ……物の価値を知ってるミーちゃんもいるじゃん。それじゃあ特別に聞かせてやるよ。アチシの十八番、<破滅の交響曲シンフォニー・オブ・デストラクション>をなあぁーーっ!」

 女がラメの入った紫色の三角形のピックをギターの弦に勢い良く振り下ろした。

 ギュリィーーーン! ギュルギュルギュゥーーーーン!

 耳障りな不協和音が鳴り響いたと思った直後、僕の体は完全に動けなくなり、さらに凄まじいダメージが全身を襲う。

「うぐああぁーーーーっ!!!」

 な、何だこれは!?

 呪縛と継続ダメージを同時に食らい続けているような感覚、まるで魔法を食らったような……そうか、これがバードの演奏!!

 隣では3803番も身をよじって悶絶している。

「あああああ! わてもでっかーー!? こ、こらあかんわ……あんさーん、恨みまっせーっ!」

 鳴り響くギターの音と僕らの悲鳴が最悪のハーモニーを奏でる中、僕の全身からは急激に力が失われ次第に意識も遠のいていった。


「一丁上がりだっつーの。ガキと猫はもうネンネの時間だぜ、なーんつってな」

 演奏による攻撃でバタリと地に倒れ伏した二人の男たちを、厚底ブーツで容赦なくグリグリと踏みつける女。

(どうするのポーリーン? 助けてくれたこの人のために剣を取るべき? でもこの女性、一筋縄ではいかない相手です。相当に強いわ……)

 いまだ爆炎のダメージが癒えてはいなかったが、ポーリーンは油断なく魔剣カストラートの柄を握りしめたまま逡巡した。

(あの弦に触れる前に我が魔剣にて斬りつければ、きっと)

 ギターの女は魔剣をいつでも放てるような体勢を取ったポーリーンに、唇を尖らせて親しげに話しかける。

「さーてブーちゃん、いやポーリーンだっけか? 同性のよしみで女のアンタは対象に指定しなかったが。手荒なことをせずともアチシの言うことをちゃーんと聞く、お利口さんだと手間が省けるんだけど。ま、抵抗するならするで構わねーけどよ。一応その鎖のコマンドもアチシは知ってるんだぜ?」

 挑戦的な笑みでそう語る女に、ポーリーンはハッとして首元の鎖に手をやった。

 スレールの隷属鎖は主人が簡単なコマンドを唱えるだけで、麻痺、昏倒、激痛と好きな罰を装備した奴隷に与えることができる恐怖のマジックアイテムだ。

 ポーリーンは所有者である獄長だけがそれを行えると考えていたが、どうやら他の人間にもその権利を与えることが、女の今の口ぶりからすると可能らしい。

 意地の悪いにきび面の奴隷商によって、初めて鎖のコマンドを試されたあの日の夜のような恐ろしい苦痛を、ポーリーンは二度と味わいたくはなかった。

 スレールの隷属鎖によるダメージはトラウマとなって彼女の心を縛っていたのだ。

 剣闘士奴隷である己の立場を思い出したポーリーンは、自分を助けたせいで酷い目に遭った囚人に視線を向けたまま、暗い表情で剣を鞘に戻し女に頷く。

「そうかい、お利口さんは嫌いじゃないぜ。アチシについてきな。また看守どもの手で汚い檻ん中に閉じ込められる前に、ご褒美としてコーヒーぐらいご馳走してやるよ。エクアドル産のいい豆が手に入ったんだ♪ フンフフーン♪」

 鼻歌を歌いながら上機嫌でスタスタと歩き出す女の後ろで、ポーリーンは名残惜しげに振り返るとそっと心の中で呟いた。

(名も知らぬ人間の勇敢な戦士さん。助けてくれてどうもありがとう、そしてごめんなさい。できればもうあなたと戦わされることがこの先ありませんように……)


 勝者のいなくなった闘技場に実況の声だけが虚しく響いた。

「ジーザス! こ、これは予想外の展開になってしまったぞ……まだ元気に立っている野郎はナッシン、スペシャルモンスターもゲッラウト! 無効試合で賭けは不成立か? いや! あそこにまだ一人元気な野郎がいるぞブラザー、401番だ! 紳士淑女の皆様方、この試合401番の勝利で賭けは成立だぜメーンッ!」

 『冒険者闘技場』専属DJであるシグマが意気揚々と指差したのは、ポーリーンに忍法による爆炎ダメージを与えてあと一歩まで追い込んだ忍者の男だった。

 男はパンパンと服の土埃を払うと首をゴキゴキと回し、戦闘不能となった仲間の囚人たちを軽蔑の眼差しで見渡す。

「ケッ、これだけの頭数がいながら全くもって使えねェ連中よ。だが」

 そしてズタズタになった自分のズボンを見てヒュ~ッと口笛を鳴らす。

「あの新入りの技は危なかったぜェ~。とっさに避けたつもりが、わずかにカスっただけでもこのダメージよ。おまけに妙な女も飛び入りで現れるやがるし。やられたフリして様子見してて正解だったぜェ~。これで試合の賭けは俺様が勝者、勝者には1000G支給されるからな。当分はあのクソ不味い飯を食わずに済むって寸法よ。それにしてもだ」

 男は横たわる4771番に視線を落とすと腹立たしげに地面へと唾を吐いた。

「よくも俺様の"刑務闘技"免除の機会をフイにしてくれたな、あの新入りめ。この借りは近いうちにキッチリと返させてもらうぜェ~。元欧州忍者ギルド火忍、熱狂の渦タイエン様はどんな手を使っても一度狙った獲物は逃さねェ!」

 赤と黄色の横縞ラインが超絶ダサいプリズンレザーに401番のゼッケンを付けた忍者タイエンは、そう吐き捨てると闘技場のゲートをただ一人、勝者として悠然と出て行った。

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