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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
134/214

ここは監獄都市 その2

 僕が入れられた房は二人部屋、二段ベッドとトイレが丸出しで置かれたとても狭くて小汚いところだった。

 謎の虫が湿った床をちょこまかと徘徊しているけど見なかった振りをするしかない。

 一刻も早くこの囚人ライフに適応しなくてはいけないもんね。

 二段ベッドの上の階では先人が薄い毛布に包まり横になっている……寝ているのかな?

 とりあえず下のベッドに腰掛けこれからどうしたものかと考えていると、僕をここに連れて来た看守がコツコツと革靴の音を鳴らして再びやって来た。

「4771番、今日のおまえの夕食だ。感謝して食えよ」

 看守は金属製のプレートに並んだ食事を床に置き、房の扉を閉めオートロックのガチャッという音を確認して、またコツコツと革靴の音を鳴らしながら立ち去る。

 夕食か、もうそんな時間だったんだ。

 にしてもこれが噂の『ムショノメシ』ってやつか……囚人ライフの始まりを肌で実感する。

 ひとまず僕はベッドの上でまずは食事を摂ることにした。

 メニューは一杯のエールと唐揚げらしき物が数切れ、そして固そうなパン。

 まずは唐揚げらしき物からつまんでみる。

 刑務所やイギリスの食事がまずいなんてのはよく聞くフレーズだけれど、僕は裁判が終わってから何も口にしていない。

 空腹は最大の調味料、おまけに多大な精神的疲労を被った今なら何でも美味しく頂けるはずである。

 ぱくっ。

「うげえっ! げええええーーーっ、何だこれ!? 激まずっ!」

 僕は口に入れた唐揚げらしき物体を秒速で床の上に吐き出した。

 するとどこから現れたのか、ネズミがさっとそれをくわえてチョロチョロと走り去る。

 『ムショノメシ』、噂には聞いたことがあったけど……これはひどい、ひどすぎる!

 僕の予想をはるかに超えていて、とても食えたもんじゃないぞ。

 口直しとばかりに汚いコップに注がれたエールをすぐに流しこんだけど、ぬるい上にキレも何もなく、まるで馬の小便みたいだと思い、気持ち悪くなりこれも床にぶほっと豪快に吐き出した。

 まあ馬の小便なんて飲んだことはないけどね。

 僕の知る限りネオトーキョーで一番まずいと評判の『頑固堂』の2G定食すら、コレと比べたら100倍マシだ。

「けったくそ悪いぬるいエール。味の全くせえへん固いだけのパン。ごちそうは週一度のコカトリスの唐揚げコカフライ。わての生まれ育ったギガオーサカはうまいもんだらけの食の都やったさかい、こらかないまへんわ」

 いきなり上のベッドから男の声がした。

「グルメなわても入所初日はゲーゲー吐いてるだけでおました。せやかて、こんなんもんでもしっかり腹に入れとかんとここでは到底持ちまへん。そのコカフライもう食べへんのやったら、わてに1Gで売ってんか?」

 二段ベッドの上の階で寝ていた男が顔だけひょいと毛布から覗かせて、僕に向かってそう話しかけてきた。

 長く密集した白い毛に、離れた両目、幅広のぶちゃっとした顔をしたフェルパーの男だ。

 僕の仲間である同じフェルパーのヒョウマが豹みたいな精悍な顔をしていたのに対して、こちらはまるでペルシャ猫のような外見でずいぶんと愛嬌がある顔立ちをしている。

 男の今の申し出について考えてみたが、全財産没収された僕にとっては1Gといえども貴重なお金。

 それに、いくら週一度のごちそうとはいえあれを全部食べるのは無理だ。

「いいよ、売った!」

 僕の即決即断の声に、男はもぞもぞと毛布から這い出るとコインを1枚こちらへピンと投げて寄越した。

 この感じだと監獄内でも囚人同士の売買なんかにはやっぱり金が必要になりそうだな。

 僕が残りのコカフライを手渡すと、男は嬉しそうにムシャムシャかじりつき、あっという間に平らげてペロペロと指まで舐めた。

『猫まっしぐら』というフレーズが頭の中に浮かんだけど、僕はそれを口に出すようなデリカシーがない人間じゃないよ?

 そうとも、ヤンとは違うんです、ヤンとは。

 僕も彼の食欲に釣られてパンを口に運ぶ。

 まるで革鎧のように固くて味もしないけど、これなら何とか食えるレベルだ。

「おおきに。わてはア……おっと、あきまへん。シャバの名前はここじゃご法度でしたわ。わては見ての通り3803番だす。よろしゅうな、あんさん」

 僕と同じく着用を義務付けられた、赤と黄色の横縞ラインが超絶ダサい『プリズンレザー』のゼッケンを指差して、男は愛嬌のある顔でニヤッと笑う。

 そうか、やっぱり冒険者登録証の名前すら囚人番号に書き換えられるぐらいだから、本名を名乗るのは禁止されてるんだね。

 うむ、勉強になるなあ。

「僕は4771番だよ、よろしく。今日この監獄都市に入ったばかりでまだ右も左もよく分かってないんだ」

 しっかりと握手を交わす僕と3803番。

 彼は囚人にしては、随分と温和で気の良さそうな男だ。

 僕は同房の住人がこの男でラッキーだったのかも知れない。

 ヨースケみたいな乱暴なタイプの男だったら気も休まらないからね。

 それにしてもフェルパー特有のぷにぷにとした肉球の手触りがなんとも気持ちいい。

 うーん、癒やされるなあ。

「あんさん、まだ若いのにこの監獄都市でも取り乱すことなく落ち着いとりますな。どっから来たんだす?」

 感心した声でそう尋ねて来た3803番に僕もにこやかに答える。

「僕も日本から来たんだ。ネオトーキョーだよ」

「なんやて、ネオトーキョーやて? ほな……いや、何でもおまへん。なんやわからんことがあったら、遠慮せんとわてに聞いとくんなはれや」

 いい人だけど、なんだろう……ネオトーキョーと聞いて今少しだけ表情が曇ったように見えたが。

 その時だった。

 ウー、ウー!

「えっ、何?」

 ウーウーと派手な警報音が監獄に響いたかと思うと、いきなりオートロックされていた房の扉がバン、と派手に開いた。

 外では囚人たちが続々と房から出てきて駆け足で走っている。

 まさか、集団脱走か?

「ええっ? 一体何が始まったの?」

 顔色を変えて戸惑う僕に、3803番がピンと横に張った白い猫ヒゲをつまみながら説明する。

「"刑務闘技"の時間だす。わてら囚人はこの音がしたら『冒険者闘技場』まで行ってモンスター相手に10分間戦わなあきまへん。そこで生き残るには強い囚人を見つけて、なるべくその後ろで時間まで目立たないようにするのがコツでっせ。わてはバードでっから、盗賊技能で逃げ隠れするのだけは得意なんでおます」


 バード。

 全ての属性の者がなれる、楽器の扱いに長けた、黎明の吟遊詩人とも呼ばれる中級職である。

 戦闘では後方にポジションを置く後衛職で、魔術師呪文と盗賊のスキルも扱える。

 楽器は魔術師の使う杖のように呪文の発動補佐にも用いるが、その主な使い道は敵や味方に様々な効果を及ぼす音色を奏でる『演奏』がメインだ。

 魔力残量と関係なく楽器による演奏効果は何度でも使えるので、長丁場の迷宮探索ではこれが中々に意外な強さを発揮する。

 ただ肝心の楽器はどれも高価な上、物によっては日本刀に匹敵する破格の値が付いている。

 多くのバードは電撃ダメージを発揮する安価な『堀田印のギター』を買い求め、それより上のクラスの楽器を買えないのが現状である。

 故に『堀田印のギター』以外の楽器を所持しているバードを見たならば、相当な熟練者と見て間違いない。


 でも、バードなのに彼が装備しているのは楽器ではなく短剣だ。

 きっと名前は『プリズンショートソード』だろう。

 楽器は基本的に高いから『プリズンギター』的な物は用意されていないのかな?

「あきまへん、ぼやぼやしてたら懲罰もんでおます。あんさん急ぎまっせ、わての後にしっかりついて来ておくんなはれ」

 房を出ると男は猫のような敏捷なスピードで次々と他の囚人たちをごぼう抜きし、あっという間に噂の闘技場に到着した。

 僕もそれなりには鍛えているつもりだったけど、必死で見失わないように着いて行くのがやっとだったよ。

「はぁはぁ、は、速すぎだよ! やっぱりこれって盗賊技能の差かな……そういやアンナもかなり足が速かったもんなあ」

 ようやく追いついた僕が息を切らせながらそう言うと、3803番は目を丸くして驚いたような顔つきで僕を見つめた。

「アンナやて? もしかしてあんさん――」

 3803番の声に被せるように突然スピーカーから大音量で男の声が流れてきた。

「囚人諸君、楽しい"刑務闘技"の時間だ。今日は諸君のために特別なスペシャルモンスターを用意しておいた。見事倒すことができた者は、収監中の"刑務闘技"を今後一切免除しよう。命を賭けて存分に戦うがいい」

 それを聞いた囚人たちから大歓声が上がり、僕は興奮した彼らにもみくちゃにされ同房の3803番とはぐれてしまった。

 彼だけが僕のここでの頼みの綱なのに、これは困ったぞ。

「うおおお! これはやるっきゃないぜぇ!」

「もう生死を賭けて毎日戦わなくても済むんだ……俺はやるぞ! やってやるぞ!」

「あのー誰か一緒に協力してモンスターを囲みませんかー?」

 囚人たちもやる気を漲らせる者や協力者を集う者など様々だ。

 看守の男が僕たちに向かって叫ぶ。

「それじゃあ1戦目に出場する最初の幸運な10人をモニターで発表するぞ。自分の番号が選ばれた者はすみやかにそのゲートを潜り、闘場に向かうように。現れなかった者については後で懲罰を与える」

 合格発表を待つ受験生のような顔つきで囚人たちが大きなモニターを食い入るように見つめる。

 1戦目で選ばれた番号には、僕の番号もフェルパーの男の番号もなかった。


 監獄都市の市長にして獄長であるブルームは、マイクのスイッチをオフにすると一人呟く。

「おまえら囚人ごときにあの娘を倒せるはずもなかろうがな。数の多すぎる囚人どもを淘汰しさらに収益まで上げる、これ程までに完璧なシステムは他にあるまい。さて、10分の間に何人死ぬかな。私を存分に楽しませてくれ」

 そう言ってブルームはガラス張りの特別席から闘技場を見下ろすと、唇の端を吊り上げてかすかに笑みを浮かべた。

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