ここは監獄都市 その1
国際裁判で有罪判決を受け無期懲役刑を申し渡された僕は、その日のうちにオランダからイギリスまで移送された。
何故かというと、イギリスのロンドンにある監獄に収監されるハメになったからだ。
ロンドンといえば歴史のある古い街。
趣きのある石畳で舗装された道路には颯爽と馬車が行き来し、日傘を差してキュッとウエストの締まった大きなスカートを履いた美しい貴婦人たちが街をしゃなりしゃなりと練り歩く。
街角では高そうなスーツを着込んだ紳士の靴を少年が張り切って磨き、銅像になりきった大道芸人を人々が興味深そうに輪になって囲んでいる。
乗せられた監獄行きの馬車の中から初めてまともに見る異国の光景に僕が夢中になっていると、いきなり目の前に大きな大きな石壁が現れた。
「うわぁ……」
まるで僕のいたネオトーキョーのあの高い壁を思わせるような作りだ。
「驚いたか。これがイギリスの誇る名物のひとつ、ロンドンウォールだ。ここから先はおまえが収監される『監獄都市ニューゲート』となっている。無期懲役のおまえにはこれが最初で最後の眺めとなるな。悔いのないよう今のうちにしっかりと目に焼き付けておけよ」
同乗して僕を見張っている役人が意地の悪そうな顔でナッツを頬張りながらそう言った。
「ロンドンウォールか。囚人の脱走を防ぐにしては作りが厳重すぎるような……あ、分かった。外部のモンスターからの襲撃に備えてですよね? 監獄とはいえ都市みたいだし、囚人たちの安全面に配慮して」
そう尋ねると役人の男はナッツの殻を僕の顔に飛ばしてきた。
「不正解だ。ニューゲートの内部には『ヘルハウンドの迷宮』がある。そこにいる極めて凶悪で危険なモンスターどもを、間違っても紳士淑女の住むこちら側に出さないためにこの壁は作られたのだ。早い話、隔離地域なんだよニューゲートは。囚人どもがどうなろうと知ったことじゃない」
ええー……監獄なのに迷宮があるの?
囚人の身の安全も保障して欲しいよ。
馬車はロンドンウォールの狭い入り口を通過して、中へとしばらく進んでいくと急に止まった。
「さあ着いたぞ、キリキリ歩け。逃げようなんて妙な気を起こすなよ」
僕が連れてこられた建物の一室ではムチを持った一人の男が待ち構えていた。
「よぉぉーーしっ、気をつけいっ!」
がっちりとした体格をした制服制帽姿のその男が耳障りな大きな声で叫ぶ。
「看守長のクレーだ! まずは貴様っ、そこで服を全て脱げいっ!」
「はっ? えっ?」
ビシッ!
僕が戸惑っていると男が手にしているムチが足下に飛んできた。
「痛っ! な、何を――」
ビシッ!
再び男のムチが唸りを上げる。
「同じことを二度言うつもりはないっ、さっさとしないと次はその皮を引き裂くぞ!」
ええーっ……。
これが刑務所、監獄都市のやり方なんだ……しょっぱなからスパルタすぎやしないか?
……本当に全裸にならなきゃいけないのかな、ここで。
ううっ、屈辱だ。
渋々ながら服を脱いで生まれたままの姿となると、男は満足気にムチの柄で僕のおへその辺りをグリグリとした。
「よぉぉーーしっ、脱いだ服はそこのカゴに置き、次はその扉の奥に行けいっ!」
半透明の壁に囲まれた部屋の天井にはノズルらしき物が見える。
僕が扉の奥におっかなびっくり足を踏み入れるとガチャリと男がロックを掛けた。
何だ、何が始まるんだ?
「グワハハハ! これが監獄都市名物『汚物消毒祭り』だ! ニューゲートへようこそ新入り!」
ジャアアアアーーーー!
天井に備えられた無数のノズルから湯気を立てて強烈な熱湯が雨あられのように全裸の僕に降り注ぐ。
「熱い熱い! 無理無理無理、温度もっと下げて!!」
僕の悲鳴をかき消すように男の笑い声と降り注ぐ熱湯の音が無情にこだました。
ようやく熱湯が止まり、ゆでダコのように真っ赤にされぐったりとなった僕が部屋から出ると、男がタオルと着替えらしき物を投げて寄越したので体を拭いてそれに着替えた。
オレンジ色をした薄い下着とズボン、そしてその上に着るのは……革鎧?
しかも、赤と黄色の横縞ラインが入った超絶ダサいデザインの革鎧だ。
よく見ると背中には『4771』と数字の入ったゼッケンまで付けられている。
うわぁ、一体何の罰ゲームだよこれ……完全に僕の趣味じゃないぞ。
「それが今後の貴様の装備品『プリズンレザー』だ。そして同じくこれが『プリズンソード』だ。それらを失くしたら次の支給は数ヶ月先までないから大事にせいよっ!」
そう言って男は僕に一振りの剣を手渡す。
「装備品? 囚人なのに武器とか防具を持ってていいんですか?」
当然の疑問を口にすると男はムチの柄で僕の鎖骨をグリグリとしてきた。
痛い痛い。
「この『監獄都市ニューゲート』に迷宮があるのは知っているか? その他にもここには様々な施設がある。貴様たちは囚人であると共に冒険者でもある。懲役としての労働はそれを活かしたものとなると心しておけいっ!」
まさか例の『ヘルハウンドの迷宮』に潜らされるのか?
ううっ、何で監獄送りになってまでそんなことしなくちゃいけないんだ……。
ここで僕はふと思い出した。
「あっ! それなら僕は自分の装備を使いたいんですけど。ありますよね、僕の所持品。刀が2本と黒い鎧、兜、靴、それと手袋。あれさえ装備すれば鬼に金棒、きっと労働も捗りますよ」
そうとも、僕には心強いスシマサとムラサマに漆黒のコーデたちがある。
過酷な『アングラデスの迷宮』を攻略したあれさえあれば、どこにいたって僕の秘めたるポテンシャルを遺憾なく発揮できるはずだ。
刀があれば『あの技』も使えるもんね。
「ここに収監された時点で貴様たち囚人の所持品は全て没収となる。刑期を終えれば返却となるが、貴様の刑期は無期懲役だろう? つまり二度と貴様の手元に戻って来ることはー、ないっ!」
きっぱりと言い放つ男に僕は顔面蒼白となった。
そんな……あの素晴らしい一級の装備品の数々に加え、サラが僕のために手作りでプレゼントしてくれた手袋もか?
「だが喜べ。たったひとつだけ囚人にはこの場ですぐさま返却される所持品がある。それがこの冒険者登録証だ。ほれ、受け取れいっ!」
男が投げて寄越した冒険者登録証を僕はすかさずキャッチしたが、そこに書かれていた文字を見て大きなショックを受けた。
『レベル1・悪・戦士・4771』
はあああっ!?
何だ、何なんだよこれは?
「うむ、経験値は裁判の判決通り全額没収となったようだな。それにしても、レベル1で収監された囚人などこの監獄都市始まって以来の珍事、貴様が初めてだぞ? 喜べいっ!」
い、いや……それもだけど。
「この『4771』というのは何なんですか? 僕の名前は?」
「うん? そういえば説明がまだだったか。貴様の名前は今日を持って囚人番号4771番となる。プリズンレザーにもちゃんと書いてあるだろう。番号を呼ばれたらこれからすぐ返事をせいよっ! 以上」
ピーッ!
男が笛を鳴らすと他の看守が現れて僕は有無を言わさず連れて行かれた。
こうして僕は遠く離れた異国の地で一人、囚人デビューを果たした。