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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
132/214

国際裁判 その5

 陪審席の赤髭のエイリークは威勢よく立ち上がると自慢の髭をひと撫でした。

「わしには酒とギャンブルとモンスター退治だけが取り柄のどうしようもない兄貴がいてな。兄貴の得意とするハルバードの修行という名目で、わしは昔から散々な目に遭わされてきたんじゃ。ハルバード好きにいいヤツなどいないというのがわしのモットー。よって、有罪じゃ!」

 はあああああーーーっ?

 そんな……そんな理由ってアリなの!?

 ショックを受けている僕をよそに、次に堂々と立ち上がったのはロードのマルティーノだった。

「被告人は間違いなく『一流の戦士』である。それについてはこのマルティーノ、太鼓判を押そう。そのような男がわざわざモンスターと契約し、邪悪な企てなどしようはずもない。無罪だ」

 うおおおおっ、一流の戦士として認められたよ、あの伝説のロードに!

 おまけに無罪……やっぱり見てくれるべき人はちゃんと見てくれているんだ。

 感激で胸がはち切れそうな僕に、エマのお婆ちゃんのリームが微笑みを向けたまま静かに立ち上がる。

「アタクシに答えた『赤の服が好き』という答えは嘘ね。だってあなた、赤いものを何ひとつ身につけていないじゃない。証拠品の防具のコーデも上から下まで黒一色だし。つまり、あなたの言ってることは全て嘘、真っ黒ってこと。ギルティ――有罪よ」

 し、しまった……正解はそっちだったのか!?

 彼女がエマのお婆ちゃんだという一点のみに思考が囚われて、その懸念は全くしていなかった……僕の完全なミスだ。

 僕が呆然としていると、ドラコンの貴族バレンタインが優雅に立ち上がった。

「そうですな……孤児という生い立ちにも同情すべき点はあるものの、やはりモンスターとの契約はいけませんな。見過ごせば貴族の平和なライフスタイルを壊すことにも繋がりかねません。遺憾ながら有罪に投じましょう」

 くっ、メモの『無罪票・難』と書かれていた通りの結果になってしまったか……。

 彼の有罪票はなんとなく予想はしていたけど、エイリークとリームが有罪に票を入れたのが計算外過ぎた。

 ここまで有罪6ポイント、無罪2ポイントと非常にまずい流れだ。

 すると国連事務総長ローゼンバーグがすくっと立ち上がり、凛とした声を響かせた。

「この子……いえ被告は、絶対に悪いことをするような少年ではないと思います。それは今までのネオトーキョーでの功績を見ても明らかです。無罪です」

 僕をそこまで信じてくれるなんて……とってもいい人だな、このローゼンバーグって人。

 胸の奥からジーンと温かいものがこみ上げてくるような感傷に僕が耽っていると、欧州忍者ギルドのカジモトが陪審席からいきなり空中に跳躍し、声を大にして叫んだ。

「こやつは忍者に転職できる条件を満たしながらも戦士のままであり続けた。口ではどうのほざいても、結局は忍者を軽んじておる証拠よ。この大ぼら吹きの大罪人め! 喰らえい! <有罪手裏剣>!!」

 カカカカッ!

 法廷のメモ用紙で作ったと思われる紙製の小さな手裏剣が、音を立てて連続で僕の目の前の机に突き刺さり『有罪』という文字を作る。

 うわっ危なっ、何をするんだこいつ!?

 裁判長も黙って見てないで注意ぐらいしてよ!

 そもそも法廷侮辱罪とかに当たらないのか、裁判で手裏剣投げるのって。

 僕に有罪を突きつけたカジモトは敵意剥き出しの目でこちらを睨みつけている。

 くそっ、何だか知らないけどこの男はよっぽど僕が気に入らないらしい。

 陪審の結果は有罪8ポイント、無罪4ポイントで完全に流れが絶たれた。

 残るは裁判長の票、一発逆転の10ポイント次第だ。

 静かに目を伏せたまま裁判長は立ち上がるとゆっくりと語りだした。

「……最後まで悩みましたが結論は出ました。今回の争点は『被告が幼少時代にモンスターと契約を交わしたか否か』でしたが、それを肯定する証拠は出ても否定する証拠は出ませんでした。皆さんもご存知の通り『疑わしきはとりあえず罰せよ』これが国際裁判における統一見解です。よって、私は有罪に票を投じたいと思います。合計有罪18ポイント、無罪4ポイント。すなわち――」

 カンッ!

 裁判長が一際大きく木槌を打ち鳴らした。

「判決、被告人アキラは有罪。求刑通り『監獄都市ニューゲート』にて無期懲役刑に処す。現時点までの経験値は全額没収、情状酌量として冒険者の資格は剥奪せずそのままとする。これにて閉廷とします」

 ウソ……だろ……?

 有罪?

 無期懲役?

 裁判長の情け容赦無い判決の声に、僕は目の前が真っ暗になるのを感じた。


 裁判が終わり法廷から人々が去って行くと、超満員で埋め尽くされていた傍聴席は一気にがらんとなり、先ほどまでの有様がまるで嘘のように閑散となった。

 法廷係官たちもとっくに全員撤収し、その場には2人の年老いた男女だけが残っていた。

 その片割れのエルフの老人が深くため息をつく。

「……ムラサマとスシマサの二刀を受け継いだ、クニハラに認められし剛の者がよもや監獄送りとはな。わしらの時代は完全にもう終わりのようだ"瞬速の青い薔薇"よ。ただの冒険者だったあの頃と違い立場だけは偉くなったが、もはやそんなものは何の役にも立たんのだとつくづく痛感させられた」

 エルフの老人は傍らの青いスーツの女性に向けて自嘲するような口調でそう語りかける。

 方やイタリアの前国王、方や国連事務総長。

 そんな2人はかつて『はじまりの迷宮(ファーストダンジョン)』において『心剣同盟』と『ブルー・リボン』という名のニ大攻略上位パーティで活躍しており、当時から親交があったのだ。

 そして、互いに聖剣エクスカリバーを手に入れてその力で戦士からロードへと転職した特別な同士でもある。

「マルティーノ……。あの子は……アキラは、間違いなく私の孫です。娘が冒険者になった記念に贈った私のリボンと、私と娘の名が書かれたメモを証拠品の中に見てすぐに気付きました。自分の孫が監獄送りになるのをただ黙って見ているだけだなんて……私は悪いお婆ちゃんね」

 ローゼンバーグの言葉にマルティーノは思わずたじろいだ。

「!! なんと……なんということだ。そう言えば、わしの孫のトニーノも彼に迷宮で助けられた恩があるなどと言っていたが。やはりそなたの血を引いた素晴らしい冒険者のようだな、あのアキラという若者は。だが、余程のことでもない限り一度下された判決を覆すことはできぬ。いくら国連最高の地位にあるそなたでもどうにもならんのが現実だ」

 再び力を落としてため息をつくマルティーノに、ローゼンバーグは小さく首を振った

「わかっています。私はアキラがお世話をして育てていた『クロ』という子が本当に邪悪なモンスターだったのか、国連のデータに最高権限でアクセスして調べてみようかと思います。少なくとも私はあんなモンスターは見たことがありませんから」

 ローゼンバーグの言葉を受け、マルティーノは腕組みをしたまま力強く同意を示す。

「確かにわしもあのようなモンスターは見たことがないな。激動の時代を共に生き抜いたわしとそなたの仲だ、この件に関しては協力を惜しまん。そうだな……世界で最も知識に長けたあの男ならば、きっと何か知っておるに違いあるまい。久方ぶりに力を借りる時が来たようだ」

 ローゼンバーグは何かを思い出したような表情で老人に聞き返した。

「それはもしかしてあなたの仲間だったグワナのことですか? 欧州魔術師ギルドの者たちが何十年も世界中をくまなく探し続けても見つからなかったと聞いていますが……」

 それに頷くと、マルティーノは楽しげな表情を浮かべて言葉を続ける。

「ネオトーキョーの酒場に腰を落ち着けたと何年か前に聞いた。あの街にはクニハラとホルターもおるからちょうどよい。イギリスにおるテッドの奴でも誘って老いぼれの同窓会(パーティ)でもするとしよう」

 マルティーノの瞳は、かつて"迷宮王の贈り物"から伝説の聖剣エクスカリバーが出土した時のようにぎらぎらと輝いていた。


 自らの大豪邸に戻った欧州貴族ソサエティ代表バレンタインことドラッケン・イムズ・バレンタイン伯爵は、書斎に入り上着を乱暴に脱ぎ捨てると贅の限りを尽くした椅子に深く腰を下ろす。

 そして一枚の念導写真を取り出して机の上に置いた。

「……フゥー、心底くたびれたぞ。『次元竜クロノディメンションドラゴン』を写したこの余計な証拠品の提出は私が開廷前に裏で手を回して防いでおったものを……検察も土壇場でいらぬ知恵を働かせたものよ。幸いあの少年が何も覚えておらぬ上に、誰もあれの存在を知らぬから事なきを得てシナリオ通りに進んだが……下手をすれば私の計画も全て水泡に帰す所であったわ」

 バレンタインはブレスのように大きく息を吐くと呼び鈴を鳴らしてメイドを呼ぶ。

 ワインを持って来いという合図である。

「おまけにあの少年こそが吸血卿が躍起になって探しておった"解放者"の可能性大ではないか。だが、貴重な未使用の宝珠を手に入れた今の私にとっては本物の"解放者"だろうが利用価値の無い単なるノイズに過ぎぬな。それにしても監獄都市か……さながらあそこはもう使い道のなくなった『ゴミ』の保管場所の様相を呈してきおったな。あの少年も監獄都市に送られたが最後、二度と表には出てこれぬだろうよ。いずれ訪れたはずの活躍の機会を待たず、薄汚い監獄で一人惨めに朽ち果てるがいい……哀れな"解放者"よ。ふふふ」

 一人ほくそ笑んでいると、清楚な紺のメイド服を着た美しいポニーテールのメイドが、ワインを持って静かに書斎に現れた。

 ドラコンの男は邪悪な笑みを浮かべつつ、メイドの差し出した2005年物、極上のブルゴーニュ産赤ワインをグラスで受け取る。

 香りを存分に楽しんだ後、長い舌の上で転がして味わい、ゴキュッと音をさせて喉元へと一気に流し込む。

「ふむ……何度飲んでも飽くことのない素晴らしきワインだ。そして、時は金なり……無為に待つのはもう飽きた。これまで慎重に慎重を期し進めてきた計画だが、宝珠もこうして手に入れた今となっては、もう一気に数段階先のステップへと進めても良い頃合いだろう。カルボーネ家の領地が我が物となり2つ目の宝珠を入手するのも時間の問題。その前に、魔界でのんびりと復活を待つ『魔王様』から膨大な魔力とポイントを根こそぎ頂くとしよう。ふふ、"解放者"のかわりに配下たるこの私に終止符を打たれるとは、つくづく皮肉なものよな。ついでに幻想宮殿で眠りこけている目障りな吸血卿にも永劫の眠りをくれてやる。これこそ奴の好きな喜劇というものではないか? のう、エクレールよ」

 そう言って傍らに立つメイドがぶら下げた妖気漂う刀に目を向けニヤリと笑うバレンタイン。

「おまえにも存分に働いてもらうぞ。かつて"解放者"候補であった、魔族に対する最強の切り札たる我が下僕、『不死侍(ノーライフサムライ)』よ」

 エクレールと呼ばれた美しいメイドは無表情のまま何も答えず、バレンタインが机の上に置いた念導写真の隅に写った少年を、ただその瞳に映していた。

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