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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
129/214

国際裁判 その2

 証言台に立ったのは紛れもなく、僕と小中学校9年間ずっと一緒のクラスだった、ネオトーキョーの『ナインテイルの湯』にて再会したあのカンガルーだった。

「加賀竜二です。自慢じゃあないですけど、スイスで国連本部の職員やってます」

 そう自慢気に答えたカンガルーに検事のルベールは満足そうに頷く。

「さて、今回の事件は加賀氏の勇気ある告発により、白日のもとにさらされ明らかとなった訳ですが。まずはそこに至った経緯をお聞かせ願えますか?」

 勇気ある告発だって?

 くそっ、僕が逮捕されたのも全部、何もかもカンガルーのせいなのか!

 『ナインテイルの湯』でも恨みがましいセリフを残していたけど、ここまでするとは何て執念深さだ。

 こんな最低の男が国連職員になるなんて、国連もどうかしているぞ!?

 僕の胸中の思いをあざ笑うかのようにカンガルーは口を開いた。

「ニュースと『冒険者ルルブ』で知ったんですけど、学生時代まるっきり運動もダメだったあの弱虫アキラが、何だか戦士になってこの最近派手に活躍してるって言うじゃないですか? ほら、オークのナントカ王を倒したとか。それで俺もおかしいなとは思ってたんですよね。先日たまたま小さい頃の念導写真を見返してたら、なんか忘れてた当時の記憶がフラッシュバックしたみたいに蘇ってきて。いくらアキラが学生時代の友人と言っても、これはちょっと国連職員として見逃せないなと思い、今回告発させてもらいました」

 ルベールは開いているのかいないのか分からないほどに目を細め、腕組みをしたまま机をコツコツと指先で叩く。 

「なるほど。加賀氏は友情よりも正義を取った、と。続きをどうぞ」

 検事に促されたカンガルーはほんの一瞬、僕にニヤッと笑みを見せると証言を続ける。

「あれはそう……ユリカモメ第三小学校4年生の頃でした。アキラと、その悪友のヨシュアが学校帰りにコソコソといつも裏山の方に行くので、おかしいと思い後をつけてみたんですよ。そしたらあいつら、何をしてたと思います? 楽しそうにモンスターと遊んでいたんですよ! そりゃもう衝撃でしたね。俺も友人としてこれは何とかしなくちゃいけないと思い、そのモンスターを倒そうと子供心に考えたんです。今思えば冒険者でもない単なる子供のくせに無謀な行動でした。でも、あとちょっとのところでモンスターにすっかり洗脳されていたヨシュアに邪魔をされてしまいましてね。しくじりました」

 それを受けてルベールは実に芝居がかった口調で、役者のように両手を広げてアピールをした。

「証人は小学生時代、友人のために我が身をかえりみずモンスターを倒そうとした。一般人でありながら何という勇気でしょうか!?」

 すると傍聴席からもにわかに同調の声が上がった。

「たしかに。これを勇気と呼ばずして何を勇気と呼ぼうか。それに比べて、あのアキラという被告人は……」

「これもう有罪だろ」

「さっすが、国連本部職員になるようなエリートは小さい頃から志が違うねェ~。モンスターと契約するような最低野郎は爪の垢でも煎じて飲ませて貰え!」

 嘘だ。

 あいつは自分の欲求を満たすためだけに、クロをさらって焼却炉に閉じ込めて焼き殺そうとしたんだ。

 ヨシュアはただそれを助けようとしてくれただけなのに。

 あいつは親の力でヨシュアのサーカスも街から追い出したんだ。

 ふつふつと湧いてくるやり場のない怒りに、僕の頭にカッと血が上る。

「俺にあの時、もっと力があればモンスターを倒して友人が悪の道に走るのを食い止めることができたんですが……。こんな結果になってしまいとても残念でなりません。アキラには然るべき罰を受けてもらって、胸を張って日の当たる場所を歩けるような真人間になって欲しいと思ってます」

 肩を落として神妙な顔で語るカンガルーに対してパチパチと拍手の音が鳴り始めた。

 見れば裁判長までが手を叩いている!

 くっ、まずいぞ。

 裁判長も傍聴する人々も今の話を聞いてみんながその気になっている……ジューダスのメモによるとこういう時は早急に手を打たねばいけないとある!

「い、異議あり!」

 僕は思わず立ち上がり大きな声で異議を唱えた。

「被告人のその発言は何に対する異議ですかな?」

 裁判長にそう返されたが正直何も考えていなかった。

 大体、素人の僕に自分で弁護士と同じことをしろというのは無理だよ。

 こうなったらもうなすがまま、勢いで押し切るしかない!

「しょ、証人の証言だけが証拠として採用されるのはおかしいと思います! ちゃんとした証拠を……」

 僕がそう途中まで言いかけたところで、ルベールが横から口を挟んできた。

「加賀氏の考えはごもっとも。しかし、悲しいかな今被告の述べた通り法廷では証拠品が全て。万の証言よりもひとつの証拠品が時として勝ります。今の話を裏付けるに足る物的証拠という物がない限りは、残念ながら決定的な決め手にはなりません」

 こいつ、検事のくせに僕を援護してどういうつもりだ?

 敵に塩を送ったつもりだろうか。

「実は、決定的な証拠品をちょうど今持ってきています。もしかして裁判でも必要になるかもと思って、一流のパリの職人に作らせた長財布の中に入れておいたんですよ」

 ドヤ顔でカンガルーは胸元から財布を取り出して掲げて見せた。

「おお、なんという奇遇! どうでしょう裁判長、特例としてこの証拠品の提出を認めては頂けないでしょうか? 幸い被告もそれを望んでいるようですから、この際白黒ハッキリさせるべきかと」

 裁判長は難しい顔をしたままルベールに視線を向けた。

「本来、証拠品は法廷が始まる前に提出しておかねばいけません。ですが、確かに被告人も今しがた『ちゃんとした証拠を』と異議を申し立てました。いいでしょう、証人の持つ証拠品の提出を認めます。法廷係官に提出してください」

 しまった……僕はルベールとカンガルーの仕掛けたワナにまんまと引っかかってしまったらしい。

 きっと連中は最初からこれが狙いだったんだ。

 でも、どうして証拠品として最初にそれを法廷に提出しておかず、わざわざ僕の反応を利用するようなこんな回りくどい賭けに出たんだ?

 それに、肝心のその証拠品とは……。

 僕の心臓が張り裂けんばかりにドクドクと脈打つ。

 裁判長の背後の壁面にカンガルーが持ってきたというその証拠品が投影された。

 それは一枚の古ぼけた念導写真だった。

 写っているのはクロだ。

「検察側は被告に問いたい。この念導写真に写っているのが先ほど被告が言っていた『小動物』で間違いありませんか?」

 何が狙いだったのか僕にも展開が読めてきたが、もうどうすることもできない。

 僕にとって否定すべきポイントはそこではないからだ。

「……間違いありません」

「こ、これは……明らかに『小動物』ではありませんぞ! 目が6つもある動物など、見たことも聞いたこともありません!!」

 裁判長が動揺の声を上げると傍聴席からも悲鳴や罵声の声が次々と上がった。

「ひっ、化物じゃないか!?」

「おお、なんというおぞましさだ……神よ」

「アキラは本当にモンスターと契約してたのか、こりゃ決定的証拠だぞ!」

 その体こそ犬や猫のようだが、クロには確かに左右3つずつ、目が6つある。

 もしかしたらモンスターなのかもとは薄々思っていた。

「確かな証拠に基づいた証言から、被告の罪についてはもう間違いないでしょう。被告本人もそのモンスターを『大切な相棒であった』と述べているのですから。『アングラデスの迷宮』を攻略したのもきっとモンスターとの契約による邪悪な力の賜物の結果でしょうな。冒険者にあるまじきこの重大な違反は、甘い刑罰では今後の若い冒険者たちにも悪影響を及ぼすものと検察側は考えます。よって検察側は被告に無期懲役を求刑します」

 ルベールが細い目で冷ややかに僕を見て指差して言い放った。

「ふむ……いいでしょう。では証人にはここで退廷してもらい、被告人の意見陳述に移りたいと思います。最後に何か言いたいことはありますかな?」

 もうこれが最後なんだ。

 言いたいことをちゃんと言おう。

「たとえクロがモンスターだったとしても、絶対に悪いモンスターなんかではありません! もちろん魂を売り渡したりもしていません、どうか信じて下さい! クロは、僕の大事な相棒なんです!」

 僕が心から放った言葉にも裁判長は頷きを返してはくれなかった。

「よろしいでしょう。それでは陪審の方々に登場してもらいましょう」


 国際裁判は陪審員制度で、6人の陪審と裁判長の投票で有罪か無罪かが決まる。

 具体的には、陪審は1人2ポイントを有罪か無罪に投票でき、裁判長が10ポイントを持っている。

 なので基本的には裁判長の投票によって判決は決まるが、陪審の意見が一致すればそれを覆すことも可能という具合だ。

 ジューダスのメモには欧州を代表する機関の最高責任者6人が陪審として選ばれていると書いてある。

 陪審は被告に自由に質疑応答をして独自の視点からの投票を行えるらしい。

 だから陪審への心証を少しでも良くするため細心の注意を払っておかないといけない。

「最初の陪審は欧州の妖精族最大のコミュニティである、妖精友の会相談役エイリーク氏です。それでは質疑応答をどうぞ」

 裁判長に紹介されて現れた妖精友の会相談役エイリークは、ドワーフみたいな見事な赤毛の髭を生やした小柄なノームの男だった。

 裁判長もノームだし、欧州はノームが多いのかな。

 ジューダスのメモによると赤字で『"ロード・オブ・ハルバード"の弟』と書いてある。

 待てよ、"ロード・オブ・ハルバード"だって……?

 そうか、サラにハルバードを教えてくれたあのフリチョフの弟なんだ!

 よく見ると他の陪審のところにも何やら赤字で注釈が書いてある、これは最後の最後で僕にもワンチャンありそうだぞ。

 ちゃんと事前に調べて僕に有利な情報を用意してくれてたんだ、ありがとうジューダス!

 妖精友の会相談役エイリークは真っ赤な髭をしごきつつ、のんびりとした様子で僕に尋ねてきた。

「ハルバードは好きですかな」

 突然何の質問かと思ったけど、本当に独自の視点から自由に質問できるんだ。

 そして彼はフリチョフの弟、この質問の正解には絶対の自信がある。

「はいっ、大好きです」

 僕は胸を張ってエイリークに答えた。

「はて。証拠品を見させて貰った限り君の得物は二振りの刀のようじゃったが。一体ハルバードの何が好きなのですかな?」

 押収された僕のムラサマとスシマサ、しっかりチェックされているんだな。

 大丈夫、サラがいつも言っていたあのセリフを一語一句思い出すんだ……。

「はいっ、ハルバードというのは、槍であり斧であり鉤爪でもある、とっても凄い武器だからです!」

 僕の答えを聞いてエイリークは深く頷いた。

「なるほど。被告人のハルバード好きという言葉に嘘偽りは無いようじゃ。わしからは以上じゃ」

 やったぞ、まずは一票無罪票を手に入れたようなものだ。

 この調子で絶対に僕は逆転して無罪を勝ち取ってみせる!

 そして一刻も早く無罪を晴らして、大変な目に遭っているサラのところへ駆けつけるんだ。

「次の陪審は世界に名だたる伝説のロードにしてイタリアの国王も務められた、聖イグナシオ教会名誉顧問マルティーノ氏です」

 裁判長の言葉に傍聴席は一気にどよめいた。

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