国際裁判 その1
いよいよ今日は僕の国際裁判が行われる日。
検察を相手に僕の弁護人のジューダスがきっとアツい法廷バトルを繰り広げてくれるはず……なんだけど、どうもおかしい。
約束の時間をとうに過ぎたというのに、いつまで経っても緑色のもじゃもじゃ頭の弁護人が姿を見せなかったからだ。
その時、控室のドアが突然ガチャリと開いて男が入ってきた。
「被告人にこれを手渡すようにと頼まれた。あと10分で開廷だ。準備をしておくように」
現れたのはジューダスではなく、おカタい印象を与える国際冒険者裁判所の制服を着た法廷係官だった。
法廷係官の男から封書を受けとった僕はさっそくそれを開封してみる。
「えーと、なになに『アキラ君へ。やんごとない事情で君の弁護を降りざるを得なくなった。この手紙に簡単な裁判の流れと、どう答えるべきかを書いておく。私は力にはなれないが、君が無罪になるのを陰ながら祈っているということだけはどうか信じて欲しい。本当にすまない』……ええーっ!?」
パラパラと読んでいくと、どうも僕が自分で自分の弁護をしなくちゃいけないみたいなことが書いてある。
ジューダスに全部任せてたのに、当日になって急に弁護を降りるとかあんまりだ……こんなの絶対におかしいよ!
僕の戸惑いとは無関係に、時間は無情にも流れていく。
心の準備も満足に整わない内に僕は法廷へと連れて行かれた。
でもさすがは国連直属の国際冒険者裁判所、法廷なんて初めて目にしたけど圧巻の一言だな。
法廷の中はとても広々としており、ざっと見ただけで数百は軽くある傍聴席を人の波が埋め尽くしていた。
この裁判をひと目見ようと集まった物好きたちだろう。
でも僕が見知った顔は残念ながらその中にはなかった。
サラもやっぱりそれどころじゃないか。
僕が入場して席に着くと、法廷の最奥の壇上に座った小柄なノーム族のお爺さんが口を開いた。
「本法廷の裁判長を務めるハマーンです。検察側、準備は完了していますか?」
「ええ。いつでもどうぞ」
裁判長の問いかけに、余裕たっぷりの表情で答えたキツネ顔で目の細い男は、僕に司法取引を持ちかけたあのルベールとかいう男だ。
「弁護側は今朝になり弁護人であるジューダス氏が急に弁護を降りたと聞いていますが……」
同情をこめた目で裁判長が僕を見つめた。
証言台に立たされた僕は手元にあるジューダスのメモを確認する。
こうなった以上は仕方ない、僕が僕自身の弁護をするしかないんだ。
「はい、僕が自分で自分の弁護をします」
僕の言葉に法廷中がざわめいた。
「マジか、弁護士が付かない裁判なんて負け確だろ」
「せっかくオランダまでわざわざジューダスの弁護を観に来たのにガッカリ……時間の無駄だったかしら」
「それ以前に、あの『無敗のジューダス』が降りたのは絶対に負けると思ったからじゃないか? なんせ悪名高いアキラの裁判だからな」
カン!
渦巻くブーイングの声を遮るように裁判長の木槌を叩く音が甲高く響いた。
「静粛に。被告人自身が自らの弁護をする、ということですね。本来ならば国連弁護人が出頭していなければならないのですが、当日のキャンセルを考慮し公平性を期すためにも被告人の主張を認めましょう。それでは被告人の人定質問に移りたいと思います」
人定質問か。
ジューダスのメモによると、本人かどうかの確認みたいなものでそのまま普通に答えればよいと書いてある。
裁判長が僕に顔を向けて尋ねる。
「冒険者名アキラ、日本のネオトーキョー出身、年齢は18歳。パーティ名『バタフライ・ナイツ』に所属、職業は戦士、属性は悪。以上で間違いはありませんか?」
「はい、間違いありません」
僕の返事に裁判長は深く頷いた。
「よろしいでしょう。では罪状認否に移りたいと思います。被告人アキラは『国際冒険者法』第五十五条の違反をしたものである。公訴事実として罪を認めますか?」
『君の罪状が何なのか私には分からないが、罪状認否は何があろうとやっていないと主張するんだ。そうしないとそこでもう裁判は決まってしまう』
ジューダスのメモにはこう書かれている。
そういえば司法取引で罪を認めれば刑罰を軽くしてやるみたいなことをルベールが言っていたっけ……。
検察側の席を見ればルベールが僕に意味ありげな視線を送っている。
ジューダスは司法取引に応じるなと言っていたけど、肝心の彼は当日になって突然ドタキャンだし。
……どうしよう。
そもそも第五十五条が何なのかすら僕は知らないんだけど。
いや、迷うんじゃない僕。
ジューダスは僕の大切な仲間であるエマの友人、信頼できる男のはずだ。
やっぱりここはジューダスを信じて彼の言うとおりにするしか道はない、僕はそう考えて顔を上げた。
「僕はそんなことしていません。事実無根です」
僕がキッパリと背筋を伸ばしてそう答えると、裁判長は頷き、ルベールの顔色が曇った。
「よろしいでしょう。それでは検察側の冒頭陳述に移りたいと思います。ルベール検事、お願いします」
裁判長に名指しされたルベールが傍聴席の観客に視線を向けて、まるでステージの上のオペラ歌手かのように語りだした。
「今回の事件は『被告がモンスターと契約を交わしていた』という、とある善意の第三者による告発により明らかになりました。『国際冒険者法』第五十五条によると『冒険者はいかなる理由があろうとモンスターと契約を交わしてはいけない』とあります。この"契約"というのは多くの皆さんには馴染みのない言葉でしょうが、要するに何がしらの対価を得る代償として自分の魂を売り渡す行為ですね。かつて魔界のモンスターと契約を交わした邪悪な魔道士たちは、強大な魔力や不死の体を手に入れるかわりに人間性の全てを捨て去り人類の敵として立ち塞がりました。契約とは非常に危険で邪悪に満ちた、おぞましい行為なのです。以上で検察側の冒頭陳述を終わります」
朗々と得意気に語るルベールに法廷は一瞬静まり返り、次の瞬間、傍聴席から一斉に声が上がった。
「おいおい、人類の敵に回る気かよ? あのアキラって奴!」
「おお、なんとおぞましい……神よ」
「オルイゼを倒したアキラの強さの秘密はモンスターとの契約にあったのか。まったく、見下げ果てたクズだ」
「適度な悪のアピールは面白いと思ったけど、裏でそういうことしていたなんて幻滅だわ」
「そんな奴、有罪だ有罪!」
「有罪、有罪!」
野次や罵声が飛んできたかと思うと、傍聴していた人々は僕に対するブーイングのコールを連呼し始めた
ちょっと待って、契約って一体何の話だ?
僕はそんなことをした覚えは……。
カンカン!
裁判長が木槌を打ち鳴らして傍聴席の人々を黙らせた。
「静粛に、静粛に! 法廷での騒ぎは速やかに退廷してもらいますよ。なるほど、話の概要はわかりました。ではルベール検事、検察側はそれを立証せねばなりません」
ルベールは目を細めて嫌味ったらしくお辞儀をした。
「無論、その準備も出来ております。ですが検察側の立証に移る前に被告に伺いたいことがあります」
手にした書類を読み上げていくキツネ顔の男。
「被告の幼少期……そう、ユリカモメ第三小学校時代の話です。被告は当時傷ついた小動物を裏山で発見し、密かに保護して世話をしていた。間違いありませんか?」
……こいつ、どうしてその話を知っているんだ。
そのことは親友だったヨシュアと、僕を育ててくれた『恵みの家ハートハウス』のマザーぐらいしか知らないはずなのに……一体どこでその情報を掴んだのだろう。
どうする……ここから先はジューダスのメモにも明確な答えは書いてない。
でも下手に嘘を重ねていけば、その嘘によって僕は足下を掬われる気がした。
「間違いありません」
「では被告に単刀直入にお聞きしたい。その小動物は被告にとってどのような存在でしたか?」
ルベールの問いに僕はきっぱりと答えた。
「僕の大切な相棒です」
それを聞いてルベールの口元がいやらしくニヤリと歪んだ。
「その小動物は被告にとって大切な相棒であった、と。ありがとうございます。では検察側は被告を古くから知る加賀竜二氏に証人として出廷して頂き、証人尋問を行いたいと思います」
は?
今のは僕の聞き間違えじゃないよな?
加賀竜二、カンガルーが……なんで、どうしてアイツがここに出てくるんだ!?