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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
126/214

国際裁判2日前 その2

 イタリア王国は先代であるマルティーノ王が譲位し、現在その遠縁に当たるルイージ王が統治している国だ。

 国王であるルイージ・ベルディーニの名前自体はそれ程世界には浸透していないが、その孫に当たる世界三大冒険者の『微笑み王子』ことカルロ・ベルディーニの名は知らぬ者はいないだろう。

 イタリアの特徴としては王族がエルフ族なのもあって他国に比べて圧倒的にエルフの割合が多いのと、世界に支部を持つ聖イグナシオ教会の本部が存在するため、その熱心な信者たちが多いことが挙げられる。

 フィレンツェにある聖イグナシオ教会本部近くに大豪邸を構える、名門カルボーネ家の者たちもその熱心な信者である。

 カルボーネ家の庭園には、スペインの王室に伝わる物語を題材にした『サムライ・デル・ディアマンテ』と名付けられた立派な英雄の石像が立っている。

 今から数百年以上昔、日本から派遣された侍の一団にいた若者が、モンスターに連れ去られたスペイン王フェリペ3世の娘を助けるために、危険なモンスターが待ち構える暗黒の迷宮奥深くに潜ったという伝説だ。

 国一番の鍛冶屋に作らせたというダイヤモンドの鎧、靴、小手、兜、刀で完全武装して迷宮に挑んだ英雄の勇ましい姿を石像は見事に表現している。

 カルボーネ家代々の当主たちはその石像を『ダイヤモンドの武士』と呼び、カルボーネ家の宝として大切にしていた。

「『ダイヤモンドの武士』……父上にも生前から口を酸っぱくして言われていた。『カルボーネ家に何があってもこの石像と庭園だけは手放してはならぬ』と。だが……」

 刀を掲げた石像を見上げた立派な身なりの男は、その顔を曇らせて力なく視線を地面へと落とした。

 男の名はエルネスト・カルボーネ。

 かつてトルコの『ミルガハンの迷宮』を攻略した名うてのロードとして知られるが、今は冒険者を引退して父や自分と同じくロードの道を歩んだ息子ジェラルドを温かく見守りつつ、念導体を利用した商品事業に精を出していた。

 だがその事業で先日とんでもない不運に見舞われたのだ。

 先々代の時代に土地を無期限で貸与してくれていたコーズマン男爵の子孫が、今になって即刻の立ち退き返還を命じてきたのだ。

 エルネストは穏便に土地を買い取ることで解決しようとしたが、相手は聞く耳を持たず立ち退きを余儀なくされ、その土地にあった自社ビルの移転費用で数百万を軽く超える損害を出した。

 そこからは坂道を転げ落ちるがごとく、新人のミスによる莫大な誤発注の穴埋めにエルネストは個人資産で立て替えることになり、追い打ちをかけるように情報流出でライバル企業に先手を打たれ自社の株価が急落。

 株価が下がりきったところで自社の持ち株をいつの間にかノーマンという謎の男に過半数以上買い占められた挙句、株主総会の特別決議を起こされエルネストは取締役を解任、会社を完全に乗っ取られてしまった。

 後に残ったのは多額の借金だけである。

 カルボーネ家の広い屋敷も別荘も全て抵当に抑えられ、それでもまだ負債が2000万Gあるのだ。

 あと一週間以内に払えないと屋敷も出ていかなければならない。

 エルネストは頭を振って再び顔を上げると決意を込めた目で石像を見つめた。

「会社も屋敷も別荘も、全て失ったとしてもやはりこの像と庭園だけは何としてでも守らなければならない……見積もったところで300万、合わせて2300万Gか……」

 たったひとつだけ浮かんだその費用を捻出する方法に、エルネストが暗く沈んだ面持ちになると突然若い男が声をかけた。

「父上、ここにおられたのですか」

 成人の記念として父から贈られた上等なプレートメイルをガシャガシャと鳴らしジェラルドが駆け寄ってきた。

 傍らにはその妹、サラの姿もある。

 まるで水着のような露出度の高いビキニアーマーを身に纏っているが、冒険者時代にパーティの仲間だった女戦士も同じ物を着用していたので、娘がそれを装備しているのを最初目にした時もエルネストは当時を思い出して笑っただけであった。

 愛する子供たちに向き直ったエルネストは真面目な顔でゆっくりとその口を開いた。

「おまえたちには済まない話だが、心して聞いて欲しい。パパは全てを手放す決意をした……この像と庭園以外を。そのためには最低2300万Gを、あと一週間以内に用意する必要があるんだ」

 父の決心を聞かされたジェラルドとサラはゴクリと唾を飲み込む。

「そ、それは大金ですね父上……時間さえ十分にあるならゆっくり迷宮で稼ぐことも不可能ではないと思いますが。今私が用意できるのは10万Gといったところです」

「私、帰国するのに一杯一杯で手持ちは1万Gもないわ。ごめんなさいお父様」

 しょんぼりとする娘の背中に優しく手を回して父は言葉を続ける。

「いや、それには及ばない。それこそ焼け石に水というものだからね。ひとつだけ簡単に今の現状を打破する方法がある。サラ、昔おまえには婚約者がいるという話を聞かせたことがあったな? あの話は今も生きている。相手の家は日本有数の富豪だ。結婚を承諾したならば、きっと我が家の借金も全て肩代わりしてくれるだろう」

 エルネストの語った言葉に子供たち二人は衝撃を受けた。

「勿論強制はしないが、パパの個人的な意見としてはサラがそうしてくれると非常に助かる。この『ダイヤモンドの武士』と庭園を失わないために、あと一週間で金を用意する良案が他に思い浮かばないんだ」

 その言葉を受けてジェラルドは顔色を変えて叫んだ。

「父上、正気ですか!? サラの人生を我が家のために犠牲にするなど言語道断です! このような石像と庭園を守ることに一体全体何の意味があるというのですか? 何が『ダイヤモンドの武士』だ、馬鹿馬鹿しい!」

 忌々しげに吐き捨てるジェラルドだったが、当のサラ本人は何かを思いつめた表情でしばし考え、その後まっすぐに視線を父へと向けた。

「私さえ承諾すればこの思い出のある屋敷も何もかも残るのよね……わかりました。その話、受けます」

 サラがそう答えるとエルネストの表情がパッと明るくなり、大喜びで娘を抱きしめた。

「おお、受けてくれるかサラ! ありがとう。大丈夫、相手は名のある富豪の息子だ。きっと悪い男ではないさ。そうと決まったら屋敷に戻って詳しい話をしよう。良かった、これでパパの代で先祖代々の言いつけを破らずに済むよ」

 エルネストはサラを連れて屋敷の中へと軽い足取りで去っていった。

 一人残されたジェラルドはその場に跪いて大げさに十字を切ると神へと祈りを捧げた。

「おお、神よ! 哀れなる子羊を救いたまえ。父はカルボーネ家の言い伝えとやらを守るために考えを変える気はないだろう。何とかしてサラのために金を工面できないものか。2300万Gあれば我が妹は望まぬ結婚をせずに済むというのに。私にできることと言えば、迷宮に潜り討伐報酬を得ることぐらいしか……そうか! 魔王級モンスターを討伐すれば、あるいは……」

 その真偽は不明だが、魔王級モンスターの討伐報酬は1体で最低でも数百万Gは支払われるとの噂がまことしやかに冒険者たちの間では流れているのだ。

 当然そのようなレベルのモンスターの強さは尋常ではなく、ジェラルドが単独で撃破するのは100パーセント不可能である。

 だが、『イグナシオ・ワルツ』の仲間たちと一緒ならばどうだろうか。

 日本最高難易度と呼ばれる『アングラデスの迷宮』でハードな修羅場を潜り抜け、脅威の魔神形態に変身したアークデーモンとも戦い十分に鍛えられたあの仲間たちとなら。

 魔王と戦って勝てる保証など勿論ないが、仲間たちの実戦経験とコンビネーションならばあるいは可能かも知れなかった。

 しかしジェラルドは自分のごく個人的な理由で仲間たちを危険な冒険に連れ回して良いものか悩んだ。

「いや……やはり駄目だ。私の都合で仲間たちに魔王討伐に付き合ってくれなど、虫のいい話でしかない」

 頭を振るジェラルドの背後から、よく聞き慣れた声が響いた。

「今度は魔王を討伐するのかいジェラルド? それはとても面白そうだね」

「トニーノ!? ……どうしてここに?」

 突然現れた美形エルフの姿を目にして驚くジェラルドに、トニーノは明るく微笑んだ。

「ジェラルド、日本の古い『サムライ・スラング』にこういうものがある。『タイクツノムシガ・ウズキダシタワ!』とね。要するにそういうことさ。親友の苦境だというのに、僕はビショップとしての自分の力しか君に貸すことはできない。それでも良ければこの命、君に託そうリーダー。きっと君が声をかければヴェロニカたちも喜んで付いてきてくれるはずさ」

 爽やかな笑顔を向けてくるトニーノに、ジェラルドは栗色の髪をかき上げてフッと笑い返すと膝をはたいて立ち上がる。

 その目はめらめらと闘志に燃えていた。

「今すぐに日本へ、ネオトーキョーに戻ろうトニーノ。『イグナシオ・ワルツ』、行動開始だ!」

「そうこなくっちゃ! それでこそ僕の知ってるジェラルドだよ」

 やる気を漲らせたリーダーを見てうんうんと頷くトニーノは胸中でそっと呟いた。

(2日後の国際裁判を控えたアキラのことも気になるけど、僕はこっちを優先させてもらおう。彼のことは『バタフライ・ナイツ』の仲間たちがうまくフォローしてくれることを祈るよ)

 青く澄み渡ったイタリアの空を見上げてそう祈るトニーノであった。

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