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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
監獄都市編
125/214

国際裁判2日前 その1

 国際冒険者裁判所はオランダのハーグに本部を置く国連の司法機関である。

 国連の定めた『国際冒険者法』の中でも、より重大な違反をした冒険者を公平に裁くためにそれは存在する。

 そこにネオトーキョーの転移港から移送された僕は、手錠を外されて喜んだのも束の間、武器と所持品を『証拠品』として押収された上、狭い檻の中に閉じ込められて何の情報も得られないまま丸一日が経過した。

 食事は味のしない固めのパン、濃いめの栄養がたっぷりありそうなミルク、意外と美味しいフライドポテト、まろやかなひとかけらのチーズ、水分少なめの安物っぽいオレンジが昼と夜の2回出たけど、運んできた男に話しかけても何も返事は返ってこなかった。

 檻の中に備え付けられた簡易寝台の上で丸まって眠りに就いた僕は翌朝、檻から出されて透明なアクリル板で仕切られた面会室のような個室に連れて行かれた。

 そこで待っていたキツネ顔の目の細い男は、感情の全くこもっていない不気味な笑顔を浮かべて僕にこんな話を持ちかけてきた。

「検察官のルベールです。単刀直入に言うと、2日後に行われる国際裁判を前に君と『司法取引』に応じる用意が検察側にはあります」

 2日後に行われる国際裁判だって……国際裁判といえば相当な世界的重大事件を裁く場のはずだ。

 僕のあずかり知らぬところで事態は相当ヤバイことになっている気がする……。

「ちょ、ちょっと待って下さい! その前に、僕が一体何の容疑で逮捕されて裁判にかけられるのかも、何ひとつ聞かされてないんですけど……?」

 突然の申し出を前に僕が血相を変えて食い下がると、ルベールは落胆したような顔でふうっと息を吐いた。

「それについては裁判が始まるまで一切の情報をこちらからは君に与えることは出来ない。決まりなのでね。ただひとつ言えることは」

 ルベールは細い目をさらに細めると懐から煙草を取り出して火を付ける。

「君の有罪は確定しているということだ。無駄に長々と立証に時間を割くより、ここはお互いに手間を省こうじゃないか。なに、最初の罪状認否で罪を認めさえすればいい。実に簡単なことだよ。そうすれば検察側は求刑の軽減をしよう」

 おいおい、無茶苦茶すぎるぞ国際裁判……僕が知らないだけでこれが普通の扱いなんだろうか。

 しかし、裁判が始まる前から僕の有罪が確定しているとはどういうことだろう。

 それだけの証拠が揃っているということなのかな……じゃあここで司法取引に応じた方がいいのか?

 でも、そうしたら求刑が軽減されるとはいえ、僕は何の罪で裁かれているのかも分からないまま有罪になるのは間違いない。

 待てよ……わざわざ検察官がこんな話を持ちかけてくるということは、裁判で僕が無罪を勝ち取れる可能性があるからじゃないか?

 そもそも僕は裁判にかけられるようなことは何もした記憶がないぞ……ないはずだ、たぶん。

 僕が思考を巡らせている間にもキツネ顔の男は悠然と煙草を吹かして返事を待っている。

 ああ、頭がうまく回らないや……こんな時に仲間たちが側にいれば少しは冷静になれるんだろうけど。

 昨日から檻に閉じ込められ、誰とも話ができない状態が続いていたからぽっきりと心が折れてしまいそうだ。

 その時だった。

 いきなりルベールの背後のドアが開き、くせっ毛のもじゃもじゃとした緑色の頭をした男が入ってくるなり叫んだ。

「司法取引に応じては駄目だ! 検察は弁護人の到着を待たずに勝手に被告人と接触するのはやめて頂こう!」

 その言葉にルベールはチッと舌打ちをして立ち上がると、床の上に煙草を投げ捨てて踏み潰した。

「自分の身のためにもアテにならない弁護人の言葉などに耳を貸さず、今の話前向きに検討願いますよ。では」

 ルベールが出て行くのを厳しい目で見送ると、緑色のもじゃもじゃ頭の男は僕を見て人懐っこい顔で笑う。

「間に合って良かった。初めましてアキラ君。今回の裁判で君の弁護を担当する国連弁護人のジューダスです。君の仲間にいるエマニュエル・ドラクロワは私の古い友人でね。昨夜彼女から連絡があり大急ぎで手続きを取ってここに駆けつけたって次第さ。詳しい事情は分からないが私が来たからにはもう大丈夫だ。どんな絶体絶命の不利な裁判でも無罪を勝ち取ってきた私が弁護に回るからには、ドーンと大船に乗ったつもりで任せて欲しい」

 ジューダスはそう言って仕切りの板にある小さな窓から細い手を僕に差し出し、僕も地獄に仏を得た心持ちで彼の手を力強く握り返す。

「ありがとうございます! やっとここに来て味方ができたようで心強いです。僕の仲間のエマニュエルなんとかって、もしかしてエマですか? 茶色の髪で赤ずきんな、エルフの魔術師の?」

 僕の言葉に頷いてジューダスはまたニコッと笑う。

 見る者を思わずホッとさせるような温かい笑顔だ。

「欧州魔術師ギルドは知っているかな? 彼女とはギルドが管理する学校で学生時代共に学んだ仲なんだよ。僕は冒険者にならず弁護士の道に進んだけど、エマニュエルは立派に魔術師として活躍しているようで何よりだ。それはさておき、アキラ君は国際裁判にかけられるようなことに何か身に覚えがあるのか、包み隠さずに聞かせてもらえるかな?」

 うーん、冷静になって考えてみるとあるかも知れない……。

 冒険者デビュー初日の酒場でのヨースケ半殺し疑惑や、星沢の書いたデタラメな『冒険者ルルブ』の記事もあらぬ誤解を招いてそうだし、『恵みの家ハートハウス』で地上げ屋を叩きのめした件も逆恨みされてるかも。

 とりあえずこれらをジューダスに伝えると、彼はくしゃくしゃな緑色の頭をかいて考え込む。

「どれも国際裁判まで引っ張り出すには弱い気がするが、ヨースケ……ネオトーキョー、教会。これらのキーワードには少し思い当たる節があるな。ちょっと調べてみるよ。明日にでもまた朗報を持って来るから楽しみに待っててくれ。なあに、裁判での準備は全て私がするから君は何も心配いらないさ」

 見た目は独特だけど、なんと頼もしい男なのだろう。

 僕は感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げる。

「よろしくお願いしますジューダスさん。もう僕にはあなただけが頼りなんです」

 右手をびしっと頼もしく振ってジューダスは去り、僕はまた檻の中へと戻されたのだった。


 イタリアのローマでもトップクラスの大豪邸を持つ公爵家のマニエロ家では、帰国したトニーノが執事が止めるのも聞かずに家探しをしていた。

「これは『氷の鎖帷子』か。確かにレアアイテムではあるが……もっと高額な物はないのかな。『ムラマサ』とか『エクスカリバー』のような」

 ビショップであるトニーノはそれなりに目利きが利くので、宝物庫に山のように積まれたアイテムからも的確にレアアイテムを見極められるのだ。

 青白く輝く冷たい手触りの鎖帷子をまた山に戻して、トニーノはさらなるレアアイテムの発掘に勤しむ。

「トニーノぼっちゃま、そのような物は当家にはございません。いかにぼっちゃまといえども勝手に宝物庫を漁っては叱られますぞ」

 執事にたしなめられたトニーノはその手を止めて振り返った。

「セバスチャン、うちには今いくら現金があるんだ? どうしても友を助けるために金がいるんだ。ねえ、頼むよ」

 金髪が眩しいベリーショートのエルフの美青年が幼少時代を彷彿とさせる愛らしさでねだるが、執事は頑として首を縦には振らなかった。

「いけませんぞトニーノぼっちゃま。マニエロ家の財産に手を付けるのは、ご当主であるマルティーノ様の許可が絶対に必要です」

「そこを何とかならないかなセバスチャン? 僕が生まれた時からの付き合いじゃないか。日本のスラングでも『オマエノモノハオレノモノ・オレノモノハオレノモノ』と言って……」

 トニーノがなおも執事の肩にしがみついて粘っていると、威風堂々とした見事な体格の老人が宝物庫に現れた。

 その体には不思議な刻印のされたゆったりとしたマント付きのサーコートを羽織っている。

「何事だ騒がしい。久々に我が家に帰って来たと思えば、宝物庫などを漁って一体何をしておるのだトニーノよ」

 そう声をかけた老人はマニエロ家当主、マルティーノ・マニエロである。

 トニーノの祖父にあたるこの男は冒険者たちから『生きる伝説』と呼ばれている。

 イタリアの先代国王にして聖イグナシオ教会創設者、そして全世界の冒険者で最高のレベル177を誇るロードであり、『はじまりの迷宮(ファーストダンジョン)』攻略者となった伝説のパーティ『心剣同盟』の一員だからだ。

 幼い頃から厳格に躾けられ、今でも目の前に出ると萎縮してしまう祖父の姿を見たトニーノは雷に打たれたように立ち竦んだが、勇気を振り絞って声を出した。

「マルティーノグランパ。大至急お金が必要なんです。大切なパーティの友のために5000万……いや2000万でもいい。グランパはかつてこの国の王を務め今でも公爵です、それぐらいの蓄えはあるのでしょう? どうかお願いします!」

 マルティーノは微動だにせず孫を険しい目で見つめる。

「ならん。うちには確かに金はあるが、それはおまえの使うための金ではない。我が家で働く使用人たちの人生を保証するために必要な金だ」

 それを聞いてガックリとしたトニーノだったが、もうひとつの案件を祖父に話してみることにした。

「なら、せめて国際裁判にかけられるもう一人の罪なき友のために便宜を図ってはもらえないでしょうか。またグランパが陪審として出るんでしょう? 彼には迷宮で助けられた恩があります。お願いです、グランパ」

 トニーノの言葉にマルティーノは落胆した顔で溜息をついた。

「罪があるかどうか、全ては裁判で明らかになることだ。おまえの個人的感情ごときに左右されて不正な判断などするはずがない。まったく、父親であるブルーノが失踪したと思ったら、その息子の友は多額の借金まみれに裁きを待つ始末とは。何より許せんのは安易にわしの持つ力を頼ろうとしたことだ。真の男ならばその身ひとつで何とかしてみせるのが道理であろう。おまえたち親子には揃って失望させられたぞトニーノ。我が直系からこの『君主の聖衣』を受け継ぐに相応しい者は、わしの目の黒い内にはとうとう現れなかったようだな。ここから出て行けトニーノ。今すぐにだ」

 世界最高レベルの伝説のロードは厳しい声でそう言い残すと、不愉快そうな顔で執事を伴って自室へと帰っていった。

「くっ、僕はジェラルドたち兄妹もアキラも助けてやることはできないのか……」

 後に残されたトニーノは力なくその場に崩れ落ち、無力な自分を呪った。

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