悪いニュース その2
そして翌朝、転移港に足を運んだ『バタフライ・ナイツ』一行は係員から信じられないことを告げられた。
「『バタフライ・ナイツ』の皆さんは、アキラ氏の裁判が終わるまで本件に関わる理由の出国が国連から禁じられています。どうぞお引き取りを」
にこりともせず淡々と機械のように告げる係員の態度に、思わずサラの頭にカッと血が上る。
「そんなの無茶苦茶よ! 裁判を傍聴する権利ぐらい仲間の私たちにだってあるはずです!」
サラがそう力説すると係員は無表情のまま何かのボタンをポチッと押す。
すると奥から警備の者たちがぞろぞろとやって来て、瞬く間にサラの手をひねり上げて拘束した。
「転移港での迷惑行為は禁止されています。別室においで願いましょう」
屈強な警備の男が厳しい声と視線を投げかけてサラを連れ去ろうとする。
「何をするの! イヤっ、離して!!」
「サラ! アンタたち乱暴はやめなさいヨ!」
アンナがそう叫ぶが、自分を含む他の仲間たちもずらりと出てきた数十人の警備の男たちによって既に取り囲まれ、完全に身動きができない状況にあったのだ。
世界中から人々が出入りする場所だけあり、その警備体制は万全である。
その時、凛とした声が颯爽と割って入った。
「待ちたまえ。その娘はイタリアの名門カルボーネ家の者だ。手荒な真似はやめて頂こうか」
声の主である上等なプレートメイルを着込んだ栗色の髪の美青年は、『アングラデスの迷宮』で共に戦った『イグナシオ・ワルツ』のリーダーにしてサラの兄、ロードのジェラルドだった。
「転移港での迷惑行為に身分の上下は関係ありません。邪魔立てするならあなたもおいで願いましょうか?」
警備の男の厳しい声にもジェラルドは怯む様子もなく、サラを見て微笑む。
「兄さん!」
妹の喜ぶ声に頷きを返すと、ジェラルドはいきなりがばっとその場に跪く。
「兄さん?」
「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。聖イグナシオの名の下に、善のマインドで、威風堂々正々堂々、我が妹サラの身柄をすみやかに引き渡すことを要求する! 神よご照覧あれ、今ここに真実の正義の使徒ジェラルドは正しき行いを為さん!」
突然跪いて十字を切り、声高らかに叫ぶ美青年の様子に周囲がざわつき始めた。
「ねぇ、何の騒ぎ?」
「さあ、イケメンが跪いて何か叫んでるけど」
「ワオ! あれは古の日本に伝わる作法『DO・GE・ZA』では?」
何事かと転移港中の人々の注目が集まると、警備の男たちもバツが悪くなったのか渋々ながらもサラたちを解放した。
「助かったぜよジェラルド。げにまっことおまんも予想のつかん大胆な男じゃき。いきなり何をとち狂ったかと思うたがよ」
ヒョウマがニヤリと牙を見せて笑うと、ロードの美青年もフッと笑いキザな態度で髪をかきあげる。
「時には無駄に争わずに神へ祈るのも有用だ。ここは警備の目がある、場所を少し移そう」
ジェラルドの提案で待合所の片隅、人の少ないスペースへと一行は移動した。
「昨夜の葉山一郎きらめきメモリアル――いや緊急ニュースは私たちも見ていたから、もしやと思いここに足を運んでみたが、正解だったようだ。大変なことになったなサラ。思った通り『バタフライ・ナイツ』は出国を禁じられて転移港が使用できなくなったか」
「兄さんはあのニュースを見ただけでそこまで先を予想していたのね。国連がまさかアキラの仲間である私たちにまでこんな強硬手段に出るなんて思いもしなかったの。裁判の傍聴に駆けつけてアキラの力になってあげようと思ったのに。一体どうしたらいいのかしら……」
落ち込む妹を前にジェラルドは腕組みをしたまま答える。
「出国を禁じられたとはいえ、我が妹たるおまえ一人ならば何とかなる。『バタフライ・ナイツ』を抜け私の『イグナシオ・ワルツ』に一時加入し、正当な理由である帰国の名目でなら祖国のイタリアには転移港で行けるはずだ。そこから陸路でオランダを目指すといい。いざとなれば聖イグナシオ教会本部の名も使え。神もお許しになるだろう」
それを聞いたヤンは呆れた様子で両手を広げた。
「サラの兄貴も割と無茶苦茶言うね。法の抜け道を探す天才よ。本当に善属性の教会の人間アルか?」
アンナは小指を立てて顎に手をやり今の話を考える。
「でも、確かにその方法なら何とかなりそうヨ……アタシたちは行けないけど、せめてサラだけでもアキラの側に付いててあげて欲しいものネ。そうしなさい、サラ」
アンナの言葉を聞いてジェラルドは思い出したように妹に問いかける。
「おまえはアキラのことが好きなのか? 指輪も貰ったと言っていたな。おまけに相変わらずそんな際どい格好までして」
兄にはっきりとそう言われ、仲間たちの注目が集まるとサラは真っ赤になり早口でまくし立てた。
「ち、違うわ。アキラはそう、ただの……大事なパーティの仲間よ。誤解しないでよ兄さん。それに、ずっと昔にお父様が決めた婚約者もいるんでしょ? 私には」
(まあ、フィアンセがいましたのねサラは)
エマが口に手を当ててヒソヒソとアンナだけに聞こえる声で話しかける。
(アタシもそんなの初耳だわ。もしかして、サラはホントは婚約が嫌で日本で冒険者になろうとしたのかしら? 真相がどうにせよ、今のアキラがこの話を聞いたらショックで倒れちゃいそうネ)
「婚約の話はおまえが気にするようなことじゃないさ。相手は名のある大富豪らしいが、そんな家同士の結びつきに頼るほど我がカルボーネ家は落ちぶれてはいない。おまえは好きに自分の人生を歩むといい。そう思ったからこそ私は日本への同行を許して、絶縁もしたのだ」
「兄さん……」
(今の話本当アルか? 前に恥知らずな妹はイタリアに帰国させて教会で一から教育をやり直させるとか言ってなかったか?)
(せっかくいい話なんだからアンタはちょっと黙ってなさい、ヤン)
聞こえないようにヤンとアンナがヒソヒソと会話を交わす。
サラが兄の言葉に感動していると、ジェラルドの胸元からプルルと念話に用いる水晶球の振動音が響いた。
「おっと国際念話が入ったようだ、ちょっと失礼。はい、ジェラルドです。はい……な、何ですって!? もう一度仰って下さい! そんな……」
念話を終えたジェラルドはたちまち顔面蒼白になり、その場にガクッと崩れ落ちた。
サラが心配そうに声をかける。
「ちょ、ちょっとどうしたの兄さん? 顔色が悪いけど」
水晶球をしまうとサラに向き直り、ジェラルドは呆然とした顔でゆっくりと口を開いた。
「父上が……我がカルボーネ家が破産したらしい……」
ありえない話にサラもあんぐりと口を開けたまま、一瞬何も反応できなかった。
「は? ウソでしょ? うちはイタリアでもかなりのお金持ちだったはずよ。馬鹿みたいに広いあの屋敷や別荘を含めて、かなりの資産があるはずじゃない?」
両手を振り乱して必死に否定しようとする妹に、兄は力なくその首を振る。
「何もかも失うかもしれない。屋敷も別荘もすでに全て抵当に抑えられた上に、それでもまだ負債が2000万Gもあるようだ……おい、しっかりしろサラ!」
それを聞いたサラは卒倒した。