来来!中華殺技団 その3
建物を取り囲んだ黒猿面の少年たちが手にした小さな銅鑼をバチで一斉に叩きティンティンティン、とややコミカルな音を鳴らし始めた。
『シャオルオ』と呼ばれる叩いた後に特徴的な高音が残るその小さな銅鑼は、中国の伝統的な古典演劇『京劇』などで、主に身分の高い人物の登場シーンに用いられる中国の楽器である。
その異様な光景を見てピンク色の髪と肌を持つ、むっちりとした体型の美少女は整った眉をひそめた。
白い革鎧がはちきれんばかりの大きな胸、たぷたぷとしたウエスト、真紅のミニスカートからはむっちりとした太ももが覗いている。
かなりの美少女ではあるのだが、若干むっちりとしすぎな感は否めない。
少女のピンク色の髪の間からは大きく広がった猪の耳が生えており、ミニスカートのお尻からはくるりと巻かれた小さな尻尾がはみ出ているので、彼女が人間ではないのだと分かる。
「お父様、今度は一体何を始めるつもりでしょうか……?」
黒猿面の少年たちに不審な目を向けつつ、少女は隣に立つ大柄なオークの男に尋ねる。
「さっぱりわからん。だが油断はするなポーリーン。あの少年たちの糸による攻撃も恐るべきものだったからな。あれにかなりの数の仲間がやられてしまった。戦えぬ者たちがいるここだけは、王族の名にかけて死守せねばならん」
上半身裸で日に焼けた浅黒い肌、逞しい体のいたるところには古傷が目立つ、肉厚で無骨な両手大剣を構えたオーク『収穫王エストルク』が、少女に精悍な顔つきでそう呼びかける。
それに凛とした顔で頷き、赤い剣身にびっしりと謎の言語が彫られたいわくありげな長剣をその愛らしい手で握りしめ、一段と力を込めた少女の名はポーリーン。
『収穫王エストルク』の愛娘にして、この世界で現在ただ一人の雌オークの姫君であった。
父とは似ても似つかぬ、あまりにオークとかけ離れたその美しい容姿と珍しさから『奇跡の姫君』と呼ばれて皆から尊ばれ、あれも食べなさいこれも食べなさいとこの集落で大切に育てられてきたのだ。
もっとも、そのせいでポーリーンは少々むっちりとしすぎてしまった。
ティンティンティン、ティ~ン!
少年たちが叩く銅鑼の音が最後に一際高くなり、突然鳴り止む。
直後、空中からふわりと美しい花模様の傘が落ちてきたかと思うと、黒地に金の龍が刺繍された拳法着に身を包んだ、白い兎の面を被った人物がその傘を持ち上げいきなり現れた。
「中華殺技団、団長バイトゥ推参。それでは挨拶代わりの演目、<千本ナイフ>まずはお楽しみあれ」
白兎面の男は名乗りを終えるといきなり手にした傘をくるくると回し、おびただしい数のナイフを傘から二人へと向けて放つ。
キンキンキンキン!
ポーリーンは凄まじい速度で赤い長剣を振るって襲い来るナイフを次々と叩き落とし、隣に立つエストルクがその間に、両手大剣を構えて気合を込めて叫んだ。
「<グレイトフル・ハーヴェスト>!!!」
エストルクが振るった両手大剣による大振りの一撃は空を切ったが、その衝撃波は空中のナイフを全て叩き落として、離れた場所に立つバイトゥの傘を切り裂いた。
ビシュッ。
だが奇妙なことに、真っ二つとなった傘の後ろにバイトゥの姿は既に無かった。
どこへ消え失せたのかと、二人がきょろきょろと白兎面の男の姿を探すと、背後にある木の上から不意に声が聞こえてきた。
「さすがはオーク四天王『収穫王エストルク』、見事な技を見せてもらった。では次の演目<首吊りブランコ>はどうかな?」
「うぐぅっ!?」
ポーリーンが苦しげな呻き声を上げたかと思ったら、その重そうな体は瞬く間に空中へと吊り上げられた。
首にはいつの間にか太い縄が括りつけられており、逃れようとばたばた動く度に縄が一層きつく食い込んで、ポーリーンのむっちりとした体が木の上でブランコのように揺れる。
「ポーリーン!!」
エストルクは下手に動くと娘の命を奪われるかと思い一瞬躊躇したが、それなら今の技に少年たちの使った危険な糸を用いて殺しているはずだと結論づけ、賭けに出た。
「<グレイトフルハーヴェスト>!!!」
先程の技を使い、娘の首を絞めている縄を衝撃波で切断すると、地上にポーリーンの体が勢い良く落下した。
どすん!
「げほっげほっ……ありがとうお父様。ポーリーンは少しダイエットをします」
派手な音をさせて地面にしたたかにお尻を打ち付けさすっているが、大きな怪我はないようだ。
「大事が無くて良かったポーリーン。おまえは何としてもこの父が守ってみせる」
エストルクが太く逞しい腕で娘の手を引いて立たせてやる。
「オークの親子愛を見せてもらったところで次の演目、<火炎龍>と参ろう」
まるっきり別の場所からまた現れたバイトゥは、今度は見事な炎の龍を空中に出現させた。
クライマックスシーンと判断したのか、黒猿面の少年たちは再び小さな銅鑼を一斉に叩き始める。
ティンティンティン、ティンティンティン。
(間違いない。この男、我らをいたぶって楽しんでいる。いつでも殺せるのにも関わらず、だ……)
エストルクははっきりとそれを悟り、娘に耳打ちをした。
「父が『時間を稼ぐ』から東へ逃げろ。オベロン王の領地まで行けば妖精兵が力になってくれるはずだ」
「……わかりましたお父様。ご武運を」
物分かりよく頷くとポーリーンは目に涙を浮かべて、これがおそらく父との今生の別れになるだろうと覚悟を決めた。
長い体をうねらせ空中を踊るように襲い来る炎の龍を、エストルクは手にした両手大剣で薙ぎ払う。
が、手応えはまるでなく空振りに終わり、逆にかすめた腕をジュッと嫌な音をさせて炎が焦がす。
その間にポーリーンはそのむっちりとした両足を懸命に動かして逃走する――が、体重がありすぎるのか悲しい程に遅い。
バイトゥはまるで面白い出し物でも見るかのようにその様子を眺めるだけで、追撃もせず黒猿面の少年たちに後を追わせもしなかった。
ドスドスという足音が今にも聞こえてきそうなダイナミックな走りで、ようやく豆粒程に見える距離まで逃げたポーリーン。
「オークのお姫様は剣は瞬速で振れても走るのは随分と苦手なようだ。運動がてら好きなだけ走るといい。あの足ならばいつでも追いつく」
白兎面の男の嘲るような言葉に、大切な自慢の娘を愚弄された父の怒りは頂点に達した。
エストルクの下顎から突き出た大きな牙がぎらりと光る。
「いいや、貴様はもうあの子には絶対に追いつけない。バランシャー一族最終秘剣、<エレファントタイム>」
肉厚で無骨な両手大剣をエストルクが弧を描くように回転させて天に切っ先を掲げた瞬間、その場にいた者たちの周囲の光景がぐにゃりと奇妙に歪む。
エストルクを中心とした効果範囲にいる者たちが感じる時間の速度が、異常なまでに遅くなったのだ。
普通に動くどころか、言葉を発することさえままならず、ただ思考だけが通常の速度で流れていく。
端から見ているとただ動かないだけに見えるが、技に巻き込まれた当人たちにしてみれば超スローモーションで再生されているかのような不思議な感覚であった。
(エストルクめ何をした!? 時の流れが遅らされているのか? ……この状況はさすがにまずいな。幸いにも奴自身、それに囚われているようだが……。そうか、奴自身もか!)
バイトゥはすぐに現状を打破する簡単な方法を思いついた。
生物ではない炎の龍は、動くことのできないエストルクの全身をゆっくりと飲み込んでいく――。
「はぁ、はぁ……苦しい。もう走れないわ……ぶぅっ」
ポーリーンは足をもつれさせてズザザッと派手に転倒し、そのまま路上に倒れ込んだ。
その美しい顔は涙と汗と泥でぐちょぐょである。
父王エストルクは『時間を稼ぐ』とポーリーンに言った。
それはバランシャー一族の最終秘剣である<エレファントタイム>を使うという合図であったのだ。
使用者の周囲に存在する者の時間の感覚を、異常とも思えるレベルで遅くするあの技ならばポーリーンの鈍足でも十分に逃げきれると判断してのことだろう。
計算ではあと3時間は膠着状態が続くはずだと思い、少し小休止を取ろうと大きな木の側まで這いずっていき、がっしりとした太い幹に背中を預けた。
体を休めたポーリーンは目を閉じて考える。
一族の至宝である『魔剣カストラート』は自らの腰にちゃんとある……他に集落から持ち出すべき貴重品はないはず……大丈夫、自分はうまくやっている。
オーク四天王と呼ばれた部族一の剣の使い手である父も、きっとそう簡単にはやられないはずだ。
ならば自分は一刻も早く、妖精兵の助けを借りに東へ走らなくては……。
オベロン王に仕える妖精兵たちは小さな体に似合わずとてつもない強さを持ち、中でも代表格のフェアリーの忍者は、他種族の忍者とは比べ物にならない風のような速さで、決して自らの体に触れさせることなく敵を仕留めるという。
エストルクの娘であるポーリーンの話を聞けば、すぐに集落へと助けに向かってくれるはずだ。
「そろそろ行かないと……待ってて、お父様」
疲れた体に鞭打ってポーリーンが立ち上がると、目の前に何かが音をさせて落ちてきた。
「キャッ! ……何かしら?」
恐る恐るそれに近づいて確認する。
「そんなっ――」
ポーリーンはそれに触れると青ざめた顔で絶句し、失禁した。
溢れ出た温かい液体が下着と足下を汚していく。
目の前に落ちてきたその物体は、丸焦げになった愛する父の首だったからだ。
頭上から男の声が響く。
「運動は終わったか? このバイトゥ、一度狙った獲物は決して逃さん主義でな。世にも珍しいオークのお姫様が、奴隷として一体いくらの値がつくか楽しみだ……少々臭うお姫様だがな。これにて中華殺技団、本日は終演」
白兎面の男は空中で三回転を見事に決めて、ガタガタと震えるポーリーンの目の前に華麗に着地する。
その手にはしっかりと宝珠も握られていた。
後日、中華殺技団のアジトに代理人の男が、依頼していた品である宝珠を引き取りに現れた。
「確かに。ではこちらが残りの報酬と依頼主からのボーナスだ。早くに目的の品物が手に入ったと聞いて、良い働きをしたと依頼主も非常に満足されていたぞ」
約束の代金だけでなく予想外のボーナスまで依頼主が払ったことに、バイトゥも満足そうな様子である。
「随分と金払いがいいな。また仕事があれば中華殺技団、喜んで引き受けよう」
バイトゥの言葉に男は軽く会釈しただけですぐに立ち去った。
男が金を置いて部屋から出ると、奥で話を聞いていた三つ編みの少年たちが揃いも揃って笑みを浮かべ、わあっと雪崩のように入ってきた。
「兄さんすごいですよ! 今回の仕事の報酬、全部で12万Gもありますよ。さらにオークたちの死体から入手した素材とあのお姫様を売ったお金を足すと20万G近いです! これだけあれば当分は困りませんね」
両手を顔の前でぎゅっと握り、ランホゥが嬉しそうな顔で丸眼鏡を光らせる。
三つ編みをぶらぶらと揺らし抱き合って喜ぶ少年たちに、バイトゥも仮面の奥で目を細めた。
「今日の晩飯は皆で豪勢に『満漢全席』といこうか。オーク四天王という大物を仕留めたのだ。冒険者でない我ら中華殺技団は経験値も討伐報酬も名声も得られないが、そのぐらいの贅沢をして祝ってもいいだろう」
団長が気前よく宣言すると、三つ編みの少年たちのテンションは最高潮に達した。
「やったやったー! 猿の脳みそだ! あれ食べるのとっても楽しいんだよっ!」
「鹿のアキレス腱もぷりぷりしておいしいよね! ああ、考えるだけでヨダレが出ちゃう!」
「みんな子供だな。ぼくはだんぜん海八珍派さ。黒ナマコなんて高級すぎて滅多に食べられないよ?」
少年たちの言葉を聞いて、バイトゥはよろよろと壁に寄りかかり白兎面を手で抱え込んだ。
(おいおい、『満漢全席三十二珍』の方を食う気か……テーブルひとつに北京ダックとフカヒレ程度のリーズナブルなコースを考えていたのだがな。全員となると支払いが一体いくらになるか……団の懐は寒くなり、おまえたちの舌だけが肥えていくぞ)
一度言った手前、そうじゃない安いコースだとは言えなくなった団長であった。
丸眼鏡のランホゥはにこにこした顔でシャオルオを叩く。
ティンティンティン、ティ~ン!