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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
インターミッション
118/214

来来!中華殺技団 その2

 エストルク・ウィンザード・バランシャー。

 オークの王族バランシャー一族出身の男だ。

 彼はその類まれなるリーダーシップで部族を率い、フェアリーの王が治め妖精族たちが多く住む、かつてアイルランドと呼ばれていたエアリーランドの西部で、オークの仲間たちと集落を築き暮らし始める。

 そこは部族全員が暮らすにも十分な広さの土地であったが、農地に不向きな荒れ果てた土地であり、おまけに凶暴な野生の牛型モンスター『グレーターオックス』の群れや、脅威の神話生物ミノタウルス族の亜種である『アルビノミノタウルス』が生息していたのだ。

 だが彼は仲間たちと共にモンスターを討伐し、ひたすら荒れ果てた土地の開墾に心血を注いだ。

 それに心を動かされた近隣のノームやドワーフといった種族の者たちも協力を申し出て、深い仲になるまでに心を通わせていた。

 おかげで他の部族のオークたちとは違い、ヒューマノイドの女性の誘拐という行為をせずとも、その種族の数を維持することに成功する。

 異種族間での結婚、および子を為すことは種族保護の観点から国連の『国際冒険者法』によって禁止されているが、オークという種の存続にはそうするしか方法がないことと冒険者ではなかったのもあり、事実上の黙認という形で見逃されていた。

 しかし何と言っても見逃された一番の理由は、エストルク・ウィンザード・バランシャーが他のオーク族の王たちと6年前に互いの領地を不可侵とする協定を結び、『オーク四天王』と呼ばれる地位に就いたのが大きい。

 旧ロシアほぼ全域を牛耳る、最強最悪の軍隊『紅虐の雨』を率いて血と戦争に明け暮れる北の部族のリーダー『虐殺王ノーティクス』を牽制するためには、何としてもオークにあるまじき平和的なその男の部族を見逃しておく必要があると国連は判断したのだ。

 今では彼らが耕した農地は大きな生産量を誇り、部族のみならずエアリーランドの人々にもなくてはならないものとなっていた。

 そのオークの男をエアリーランドの人々は、親しみと尊敬の念を込めて『収穫王エストルク』と呼ぶ。


 広大な畑の中で、一人のオークが空を見上げてのんびりとした口調で呟いた。

「雲が出てきたべぇ。一雨くるかもしんねぇだ」

 鍬を振るう手を止め、首から下げた手ぬぐいで額の汗を拭うと、隣で作業していたオークも同意した。

「んだな。降られる前にさっさと片付けて引き上げるべぇ。おぉーい、もうやめっべぇ!」

「わがっだー!」

 その声で農作業をしていたオークたちはぞろぞろと畑から引き上げ始めた。

 右を向いても左を向いてもオークだらけで、他の種族の姿はない。

 オークたちが作業小屋に戻ると予想した通り、すぐに辺りは薄暗くなりゴロゴロと雷が鳴り始める。

 ピシャーン!

 激しい音と光が近くに雷が落ちたことを知らせた。

「ひいっ! おっがねぇなー」

 若いオークがしゃがみ込んで身を震わせると、筋骨隆々の頑丈そうなオークが豪快に笑いその尻をべしっと叩く。

「そっだらこどだと姫さまに笑われっべ。もう握り飯さ、こしらえてもらえねぇど」

 すると若いオークは生意気そうにぷいっとそっぽを向いた。

「姫さまの握り飯さ、オラうめぇと思ったこと一度もねぇ。いらねぇやいっ」

 周りのオークたちはその様子を見て腰に手を当て、屈託のない顔で笑いあう。

 牙の突き出た顔はみな汗と土に塗れ日に焼けており、心から農作業に生き甲斐を感じている者の顔だ。

 醜悪で乱暴なモンスターで知られるオークとは程遠い、なんという牧歌的で平和な光景であろうか。

 これが彼ら西のオーク族の集落に暮らす者の日常なのだ。

「んだなす。家事も農作業もてんでだめ、男勝りに剣が得意っちゅう変わりもんだべ姫さまは。まんず生まれる部族さ間違えただな。北のノーティクスんとこさなら、いっぱしの将軍になってたにちげぇね」

 その言葉にオークたちは、んだんだと頷いて同意した。

「間違えといやぁ、そもそも女のオークが生まれたこと自体が間違えだべ。伝説じゃあ、もう数百年もオークに女なんて生まれてないべさぁ?」

 オークという種族は国連がその存在を把握して以来、現在に至るまで一切雌の姿は確認されていない。

 それゆえに、種の存続のためには異種族の女性と交わることでしか、オークという種族は数を増やしていく方法がなかったはずなのだ。

「姫さまのことは知られちゃなんねぇ。悪い連中にさらわれちまうかもしんねぇがらな。おめぇだちも外で姫さまのこと言いふらんすんでねぇど。さあ、片付けも終わっだし家にけえっぞ」

 片目に大きな傷のあるオークに率いられて、彼らは作業小屋を後にした。

 その天井裏で密かに聞き耳を立てていた三つ編みの少年は、曲芸師のようにくるりと宙返りをして飛び降りると団長の下へと報告に戻った。


 天幕の中で白兎面の男は静かに少年からの報告を聞くと、おもむろにその口を開いた。

「オークに雌がいるとは初耳だ……これはいい金になるかもな。その『お姫様』とやらは、何としても生け捕れ。中華殺技団、開演の時間だ」

 中華殺技団の団長であるバイトゥがそう命じると、三つ編みの少年たちは一斉に黒い猿の面を懐から取り出し、全員がそれを顔につけて胸の前でしっかりと拳を合わせた。


 にわかに降りだした雨の中、オークたちの帰り道を、黒い猿の面を被った子供たちが通せんぼするように塞いでいた。

「なんだべおめぇたち。どこの村の子だ? 雨ば降りだしたから風邪ひくぞ。もうじき暗くなるし、遊んでねぇで早く家さけぇれ」

 人の良さそうな顔のオークが話しかけるが、子供たちは無言のまま見事な宙返りを見せて、ぐるりとオークたちを取り囲む。

「おったまげた、えれぇ身のこなしだべ」

「サーカスの子供じゃねぇだか?」

 腕を組んでのんきに感心するオークたちだったが、片目に大きな傷のあるオークだけはその異常性にいち早く気付き、自分たちが丸腰なのを悟るとハッとして叫ぶ。

「いげねぇ、囲みを突破してみんなのとごさ走れっ!」

 その言葉に反応するように、子供たちが手から放った細い何かがきらっと光るのを見た瞬間、とっさに片目の男は地面に転がって身を伏せていた。

 びしゃあっ。

 何かが飛び散る音がしたと思い片目の男が振り向くと、さっきまで笑い合っていた仲間たちは、ほんの一瞬の内に、全員がバラバラ死体へと変わり果てていた。

「なして……」

 仲間の無残な死体を見てショックを受けると同時に、片目の男は素早く頭を働かせた。

 どうやら殺害方法は、子供たちが手から放った極小の糸による攻撃と判断して戦慄する。

 今立ち上がれば、唯一生き残った自分も子供たちが張り巡らせた糸の攻撃から逃れようがないと悟ったからだ。

 地面に身を伏せたまま動かない片目の男に、子供たちの一人が感心した声で話しかけてきた。

「すごいねオークのおじさん。初見で僕たちの『アラクネ繊維』の攻撃を回避した人は初めてですよ。でもオークは人にカウントしないから無効かな。あっ、もしかしておじさんが『収穫王エストルク』ですか? なら、死ぬ前に宝珠とお姫様がどこなのか教えてくれると、僕たちの手間が省けるんだけど」

 それを聞いて片目の男は、素早く今自分が取るべき行動を考えた。

(こいつらは王の顔を知らねぇのか……なら隙を作り出すことがでぎるかも知んねぇ。あれを使うべ)

「わがった。おらがエストルクだ。宝珠のありかば教えでやっから、他の仲間だちにこれ以上手を出すのはやめてけれ」

 片目の男が降参の意を表すと、会話をした黒猿面の子供が頷いて、他の子供たちの糸を持つ手を緩ませた。

 子供が『アラクネ繊維』と呼ぶその糸は、モンスターと戦う冒険者の装備ではなく明らかに殺人を目的とした道具だ。

(冒険者なら、まだおらだちと戦う理由もわかるべ。だども、こいつらは……)

 それを見て片目の男はすうっと息を吸い込み覚悟を決めると、早口言葉のように呪文を詠唱した。

「光の精霊よ天より来たりてその大いなる光の輪で暗き道を照らし給え<大照輪>っ!」

 それは迷宮でよく使われる僧侶呪文のひとつ、定番の灯りの呪文であった。

 たいまつの数倍の、とても明るく強い光が薄暗くなっていた周辺をぱあっと照らし、空に光を映す。

 おそらく片目の男は他の仲間に何らかの合図を送ったに違いなかった。

「ああ、そういう真似をするんだね。ならもういいや。さっさと死んでくれるかな?」

 黒猿面の子供は糸を素早く片目の男の首に絡めると、きゅっとそれを引っ張る。

 ぶしゃあっ。

 迸る大量の鮮血と共に片目の男の首は切断され、大地に転がった。

 片目の男を一撃で葬った子供は、黒猿面を外すとクイっと手をやり丸眼鏡を光らせた。

「僕の『七福丸眼鏡』がおじさんの心臓に反応していますね。オークで心臓といえば確か『猪君主朱砂心丸』の材料、ということは……。なんだ、おじさんはただのオークロードですか。僕が殺したいのはオークキングなんだけどなぁ……ま、お金になるからいいけど。兄さんもきっと褒めてくれるよね」

 ランホゥは白い拳法着の袖からナイフを取り出すと、雨に濡れるのも構わず三つ編みをぶらぶらさせて、オークロードの死体から手慣れた様子で心臓を切り取った。


 中華殺技団によるエストルクの集落襲撃から既に3時間が経過し、辺りにはすっかり夜の帳が下りて、雨も上がっていた。

 天幕の中で待つ団長に状況の報告をするため、ランホゥと一部の少年たちは戻ってきていた。

「首尾はどうなっている」

 バイトゥが丸眼鏡をかけた三つ編みの少年、ランホゥに尋ねる。

「宝珠があると思われる最後の住居まで追い詰めてはいます。でも予想外に強いのが二人いて、団員に死者こそ出ていませんけど攻めあぐねている状況です。それがエストルクと例のお姫様ですね。殺る気で糸を使ってみたけど、エストルクの変な技でアラクネ繊維の糸が片っ端から切断されてしまって。悔しいけど、エストルクの相手は僕たちではちょっと無理ですよ兄さん。あと、見たらびっくりしますよ例のお姫様。とてもオークなんかには見えませんでしたよ」

 少年の言葉にバイトゥはくるりと背を向けて、いきなり準備体操を始めた。

「やはり四天王ともなると他のオークと違い一筋縄ではいかないか。分かった。皆にシャオルオを持たせろ」

 それを聞いた三つ編みの少年たちは、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて狂喜乱舞する。

「ついに兄さんが自ら出るんですね! 兄さんの華麗な殺しの技が久々に見られるなんて嬉しいなぁ。すぐに準備しますね!」

 ランホゥは活き活きとした顔で少年たちを引き連れ、天幕から何かを抱えて出て行った。

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