来来!中華殺技団 その1
中華殺技団という名の闇のギルドが存在する。
欧州忍者ギルド、欧州魔術師ギルドに匹敵する実力者揃いと噂されるが、彼らは公に認められたギルドではない。
そもそも冒険者ですらないという噂もある。
欧州忍者ギルド同様、中華殺技団は迷宮攻略には一切関心はなく、ただひたすらに対人暗殺術の腕だけを鍛え、それを商売としているのだ。
報酬次第で時には殺人以外の仕事の依頼を受けることもあるが、それもほとんどが誘拐や強奪などの汚い仕事で、いずれにしろまともな依頼ではない。
その中華殺技団を束ねるのは『白兎』と呼ばれる白い兎の面で素顔を隠した男。
黒地に金の刺繍で龍の絵が描かれた動きやすそうな拳法服を着た、それ程背の高くない、ほっそりとした体型の男だ。
その日、中華殺技団の秘密のアジトに依頼を頼みに来た者が訪れていた。
「中華殺技団、団長のバイトゥだ。用件を聞こう」
バイトゥに依頼を頼みたいと連絡を取り、わざわざアジトまでやって来た男は、自分は欧州で名のある人物の代理人だと名乗った。
取り立てて特徴のない、スーツをびしっと着こなした、いかにもビジネスマン然とした普通の男である。
「仕事をしてもらいたい。報酬は10万G。これに依頼概要が書いてある」
男から渡された紙にバイトゥは目を通し、何か裏があるのではないかと懐疑的な声を出す。
「西のオークの群れの掃討作戦? そんな些末な仕事にどうしてこんな大金を出す?」
殺しを生業とする彼らが本気でかかれば、オークの群れといえども皆殺しにするのは朝飯前であったからだ。
そして殺しの相場としても10万Gは破格の大金すぎた。
「そこに書いてある通りだ。オークどもの巣のどこかにあるはずの、その図のような形の宝珠を手に入れて欲しい。私の依頼主はそれを大層欲している」
依頼主はどこぞの金持ち貴族の熱狂的アイテムコレクターかと思い、バイトゥは納得した。
「オークの隠し持つ宝珠が狙いか……なるほど。いいだろう」
あっさりと引き受けたバイトゥに代理人の男も念を押す。
「他に目ぼしい宝が見つかったとしてそちらでどうしようと構わないが、その宝珠だけは確実に持ち帰れ。さもなくば依頼は失敗と見なさせてもらうぞ」
男の言葉にバイトゥは白兎面に手をかけ低い声で笑う。
「フッ……中華殺技団を見くびってもらっては困る。我々は一度受けた依頼は完璧にこなす。何があろうともな」
「その言葉に偽りがないことを期待しよう。頼んだぞ」
男が前金を置いて立ち去ると奥で話を聞いていた、白地に青い龍の刺繍の入った可愛らしい拳法着を着た、愛嬌のあるお揃いの三つ編みの少年たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。
「今回の依頼は事と次第によるとかなりの臨時収入が得られそうだ。しかしこの依頼概要書は便利だな。今度からこちらで事前に用意して書かせるか」
団長の言葉に少年たちのリーダー格と思われる、少し背の高い三つ編みで丸眼鏡をかけた少年が依頼概要書を受け取り返事をする。
「分かりました兄さん。ところでこのオークの巣ですが、場所から察するに標的はオーク四天王『収穫王エストルク』ですね」
「そうだ。四天王を殺る自信がないのかランホゥ?」
バイトゥがからかうように声をかけると、ランホゥと呼ばれた丸眼鏡の少年は目を輝かせて首を振った。
「まさか! 残りもう3匹しかいない貴重なあのオーク四天王を殺せる機会に恵まれるなんて、今から興奮が収まりませんよ! ああ、楽しみだなぁ。そういえば日本で『芸術王オルイゼ』を殺したのも僕とそんなに歳が変わらない子でしたよ。ほら、これを見てください」
ランホゥが嬉しそうに取り出したのは『冒険者ルルブ』特別増刊号であった。
ちらっと目を通したバイトゥはタイトルを読み上げて溜息をつく。
「『現代のピカレスク・ロマン。アングラデスの迷宮最速攻略筆頭候補の悪属性パーティ、バタフライ・ナイツ。悪のカリスマたるリーダーの素顔に迫る。本誌美人女性記者、星沢愛の"体"を張った完全密着レポート』……聞いただけで頭が痛くなるような記事だな。ゴシップ誌ばかり読んで肝心の殺しの技をおろそかにしないようにな」
団長が一人部屋を出て行くと、残されたお揃いの三つ編みの少年たちは、肩を寄せ合ってその雑誌を読み盛り上がった。
『アキラ様はあのオーク四天王である芸術王オルイゼを倒したんですよね。どんな戦いでしたか?』
『このムラマサを抜く程の相手ではなかったな……俺と出会ったモンスターはどんなヤツでも雑魚でしかない』
「凄い自信家だよね、このアキラくん。しかもムラマサなんて持ってるんだ。いいなぁ……アキラくんを殺ってみたいなぁ。そうしたら間接的に僕がオルイゼも倒したことになるし、ムラマサもゲットできるから一石二鳥だよね。でも日本なんて行く機会、きっと一生ないだろうなぁ……」
ランホゥは自分がアキラを殺してムラマサを奪い取ったシーンを思い浮かべて、曇った丸眼鏡を拭きつつ切ない溜息を漏らした。