カンガルーリベンジ
国連。
正式名称、国際冒険者連合。
スイスに本部を置くそこは、この世界において一番大きな機関だ。
国連は冒険者たちの迷宮での冒険を支えるために今から54年前に発足した。
アメリカに『魔王イブリース』が現れたちょうど1年後のことだ。
現在世界中の迷宮攻略都市に存在する、訓練所や訓練学校も全て国連の管理下にある。
一般人が目指す最高の就職先、それが国連なのだ。
ここはスイスにある、その国際冒険者連合本部。
世界中の訓練所から送られてくる冒険者データの管理や、迷宮やモンスターの情報分析に、職員たちは日夜忙しく働いている。
「はい、こちら国連本部。なんですって、日本のネオリューキューに魔王が? 特徴は分かりますか? はい、魅了能力を持つ魔術師系女性型モンスターで、名前は『魔王ミズキ』ですね……分かりました、早急に対処できる人材の手配をします」
「課長ー、インドの『ガルズマの迷宮』が第六層まで攻略されたそうでーす」
「はあ、『魔王クラーケン・ノブナガ』による被害ですか。海上の航行が禁止されているのはご存知ですよね。保険は一切適用されませんよ。え、悔しいから早く倒してくれ? 海の中でどうやって戦うんですか。そんなの冒険者でも無理です」
「このクソ忙しい時に加賀はどこに行った!?」
コネ入社したと噂される新人の姿が先程から見えないことに、先輩職員の男性が怒鳴り声を上げる。
その時、加賀は薄暗い書庫に一人佇んでいた。
国連本部に就職をして順風満帆のエリート街道を進む加賀竜二は、まさか遠く離れたこのスイスの地でアキラに恥をかかされるとは夢にも思わなかった。
『冒険者ルルブ』特別増刊号、そこに書かれていたデタラメな記事のせいで加賀への、主に女性職員からの評価は最悪なものになったのだ。
それ以降、加賀は日々激しい屈辱と怒りに身を震わせつつ、アキラに復讐することだけに執念を燃やしながら業務を続けていた。
アキラをどうやって追い詰めるか。
かつてヨシュアのサーカス団を立ち退かせたあの時のように、父親の金と権力を使って追い詰める……それも面白そうだが、冒険者となってそこそこ名の売れた今のアキラに裏から手を回すのはあまりいい考えとは言えないだろう。
孤児の上に帰る家もなく、モンスターの討伐報酬で気ままに生活するその日暮らしの冒険者であるアキラには金銭的攻撃はあまり意味が無さそうだし、父親の権力を使うのは下手をすると今の加賀の国連本部職員という超エリートの地位に傷がつく恐れがある。
なんとかうまくアキラに対して合法的に復讐できないものかと、加賀はふと書庫にあった『基礎から学ぶ国際冒険者法』を頭から一語一句見なおしてみた。
彼はそこで求めていた一文を目にする。
「第五十五条……これだ、これならいける! あーっはっはっは!!」
薄暗い書庫で一人、加賀は腹の底から楽しそうに笑った。
それからの加賀は頭に描いたシナリオを完成させるため、すぐに行動に出た。
「俺だよ、加賀家の大事な次男坊の竜二様だ。俺の部屋にあるアルバムの念導写真を、全てスイスの俺の所まで念導転写で送ってくれ。大至急な」
ネオトーキョーにある実家への念話を終えた加賀は、机の上に両肘を乗せ静かに指を組むと、そこへ頭をもたれさせる。
『国際冒険者法』第五十五条と決定的なあの写真さえあれば、アキラを確実に破滅へと追い込むことができるはず――。
加賀は今からその時が来るのを待ちきれなくて、もう仕事もろくに手がつかなかった。
国連のうら若い女子職員たち、自称『花の国連トリオ』がトイレで化粧を直しながら、同僚である加賀の噂話に花を咲かせる。
「あいつ、全然仕事してないよね。ここんとこ毎日ブツブツ言いながら、ずっと書庫に引きこもってるのよ。何をしてるんだか」
長い耳をピンと出したセクシーさがチャームポイントのエルフ女子が、リップの上にグロスをたっぷりと塗り、満足なツヤを出せたことに鏡に向かって頷いた。
「ホント、キモい男よね。みんなで課長に言いつけちゃおうよ。新人の加賀がサボってますよー、って。減給にでもなればいいのに」
小柄なキュートさがチャームポイントのノーム女子が、ブラウンのアイシャドウをブラシで丁寧に入れながら相槌を打つ。
「キモいといえば、この間もあたしのことイヤらしい目で見てたし。もしあいつにストーカーとかされちゃったらどうしようー?」
全身毛むくじゃらのワイルドさがチャームポイントのムーク女子が、カーラーで茶色の毛先を巻きながらぶるぶると身を震わせる。
加賀は同僚の女子から嫌われまくっていた。
ある日のこと。
喫煙室でたまたま居合わせた国連の幹部職員たちは、この日入ったばかりの話題について話し合っていた。
「そういえば日本のネオトーキョーで長らく未攻略だった『アングラデスの迷宮』をこの度攻略したパーティは何と言ったかな?」
「迷宮内で3パーティから作った名無しの臨時パーティみたいですね。ボスとの戦闘中に途中交代した特殊なバトル形式みたいですが、一応規定人数は守っています」
「ならば問題はないな。参加したそれぞれのパーティ全員に<攻略者>の称号を与えなさい。そう珍しい称号でもないし、勿体ぶることもないだろう」
「その中のひとつは例のアキラという少年のいるパーティではなかったかな。彼の活躍は新人冒険者の中でも群を抜いて目覚ましいものがある。今度のウィザードヴィジョンの企画に使えるかも知れないな」
「『冒険者ルルブ』特別増刊号に出ていた少年ですね。確かに実力は問題ないのですが、あれを見る限り素行にかなり問題がある気がします」
「冒険者全体の活性化に繋がるなら、この際多少のことには目をつぶっても構わんだろう。3年前のウィザードヴィジョン全世界同時生中継の成功で冒険者登録数は跳ね上がったが、その数も次第に落ち着きを取り戻しつつある。今必要なのは新たなムーブメントだ」
幹部職員たちが葉巻を片手にそう話す横へ、一人の若い新人職員が恐れを知らずに近づいた。
「何だね君は?」
場違いな若者にジロリと不審な目を向ける幹部職員たちに対して、新人職員は臆することなく言葉を返す。
「あの、俺は葉山……いや冒険者アキラの幼馴染みで加賀って者なんですけど。国連の職員として、あいつについて是非とも報告しておかなければならない重要な話があるんですよ」
その話を聞き終え、加賀から一枚の写真を手渡された幹部職員たちの顔色は見る見る変わった。
急ぎ足で会議室に向かう幹部職員たちの背を見送りながら、加賀は楽しくてたまらないという顔でぼそぼそと呟く。
「ざまあみろ葉山。これでおまえは終わりだよ。俺をコケにした報い、たっぷりと味わわせてやるぜ」