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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
112/214

アングラデスの迷宮第六層 その8

 目の前に突然現れた本を前に、僕はその意味も分からずタマモズキアに尋ねる。

「何ですかこれ?」

「質問は一切禁止じゃ」

 手に取って読んでみるとそれは『はじまりの迷宮(ファーストダンジョン)』で紅里・ローゼンバーグという名の女戦士が聖剣エクスカリバーを手に入れてその力で世界最初のロードに生まれ変わり、仲間に偽装していたヴァンパイアロードを倒すという物語だった。

 これもやっぱり寿司政みたいに史実の話なのかな?

 待てよ……紅里の使った<青き薔薇の崩壊>という技は、僕が闇闘技場で忍者のマツカゼに対して使ったあの技じゃないか?

 これが元になっているとしても、僕と一体どんな関わりがあるというのだろう。

 この物語も初めて目にするし、どこかでその技を学んだ覚えもない。

 不思議に思い読み進めていくと、その最後の方にあった短い記述を見て僕の手がピタリと止まった。

 紅里の娘である雷花の最後に触れた箇所だ。

 『自分の名に付けられた、母の名と同じアナグラムを生まれてくる息子の名前にも残して息を引き取る』

 僕はすぐにある事実に気付き、母の形見としてマザーから手渡された色褪せた青いリボンにインクで書かれていた文字を頭の中で並び替えた。

 『AKIRA』

 『RAIKA』

 『AKARI』

 そうか……タマモズキアがわざわざこんな物を僕に見せた以上、間違いない。

 雷花は僕のお母さん、紅里は僕のお婆ちゃんだ。

 紅里は青い薔薇の形をしたリボンで髪を束ねていたとも書かれていた。

 名前……分かったよお母さん、お婆ちゃん。

 スシマサの柄にサラが結んでくれた母の形見の青いリボンを見て、僕の体の内側から何か温かいものがジーンと湧き上がってくるのを感じる。

「ありがとう……ございます。僕の名前に込められた本当の意味がようやく分かりました」

 タマモズキアは僕の言葉に満足そうに頷いた。

「わらわが千年近くに渡って維持してきたポイントもこれにて一旦全ておしまいじゃ。あの時の恩は確かに返したぞえ。あとは自力でその『クロのダイス』を振って道を切り開くがよい。ほれ残り時間も少ないぞ、急ぐのじゃ」

 クロのダイス?

 この夢の場所でいつも現れ、突然いなくなったクロについてもタマモズキアは何か知っているんだろうか。

 でもきっと質問した所で教えてはくれないんだろうな。

 僕がそう考えていると手の中に透明に輝くいつものあのダイスが現れた。

 これがクロのダイスなのかな。

 今僕が出すべき目はただひとつ。

 漆黒の竜が鎖でその体を縛られた意匠が描かれた6の目だ。

 以前の意匠と今の意匠は何故か微妙に違う。

 この目を出すことで、きっと何かが起こるはず。

「来いっ、6っ!」

 僕が全身全霊を込めて転がしたダイスが卓を駆け巡る。

 ようやく回転が止まったその時、ダイスが突如光り輝いて僕の相棒が空間の歪みからその姿を現す。

「おかえり、クロ!」

 嬉しそうに体に飛び乗ってくるクロの背を撫でる僕を、タマモズキアが温かい目で見ている。

 卓上のダイスが出した6の目は、いつの間にか漆黒の竜が鉤爪で何かをこじ開けようとした意匠に再び戻っていた。



「お願い、私たちの知ってる元のアキラに戻って! 私を見て、アキラ!」

 サラが必死の声でそう呼びかけると、その指にある真紅の指輪が一瞬光を放った。

「無駄だ。下僕となる前のそいつの魂は時の彼方、私も知らぬ異次元へと消え失せた。さあ我が忠実な下僕狂戦士(ベルセルク)よ、得意とするあの技にてその女を葬ってやるがいい」

 アークデーモンの声に僕は答えた。

「僕は戦士だ。狂戦士(ベルセルク)なんかじゃない」

「アキラ!」

 サラが正気に返った僕を見て喜びの声を上げる。

 どうやらヴァンパイアルビーの『心から願った相手を振り向かせる』という伝説は本当だったらしい。

 サラのおかげで僕はアークデーモンの下僕にされても、再び自分の心を取り戻すことができた。

 ジェラルドとクロトは狂戦士(ベルセルク)となっていた僕の攻撃を受けたのか、全身血まみれで傷ついていた。

 なのにジェラルドもヤンも回復呪文を使わないということは、もう残りの呪文を全部使い切ったんだろう。

 意識がないとはいえ悪いことしちゃったな。

 ヤヨイも矢を全部使い果たしたみたいで、そこら中に叩き折られた矢が転がっている。

 これも僕がやったんだろうか。

 要するに危機一髪だったみたいだ。

「私の<魔眼>による支配を抜けただと? 次から次へとありえないことばかりだな……だがひとつだけ変わらぬ歴然たる事実がある。エクスカリバーとムラマサなしに私の魔神形態を打ち破ることはできんという事実がな」

 嫌らしい笑みを浮かべながら<超核撃>の呪文詠唱に入るアークデーモンに僕は毅然とした声で叫んだ。

「確かに僕はエクスカリバーもムラマサも持ってはいない。でも、おまえの体が弱点としてその因縁を覚えているというのなら、僕は古より受け継いだ技と、力ある言葉によってそれを実現してみせる。ムラサマ、そしてスシマサ。僕に力を貸してくれ……」

 それに応えるようにスシマサの柄に結ばれた青いリボンが不思議な光を放つ。

 紅麻呂が『あの世界』で見せてくれた技を僕は今、ハッキリと鮮明に覚えている。

 そして、それをどう進化させるべきかも分かっていた。

 僕は静かにムラサマを左手に、スシマサを右手に抜いて構えると、目を瞑り無心のままに、雷のごとくアークデーモンに向かって駆け出した。

「<操手狩ニ刀(くりてかるにとう)ムラマサ無礼胴(ぶれいどう)>ッッッ!!!!!」

 シュピーン――シュピーン。

 走りざま流れるように左右の刀を続けて放ち、二度快音を高らかに響かせた。

「『ムラ』サマとスシ『マサ』、二刀合わせてちょうど『ムラマサ』だ」

 僕の言葉を聞きアークデーモンは驚愕に目を見開く。

「ば、馬鹿な……二刀によってムラマサの名と力を再現しただと? そんなもの、ただの言葉遊びではないか……。だが、百歩譲って仮にそうだとしても、エクスカリバーの力は一体どこから……グッ、何故だ。何故こんな技ごときで私の魔神形態の神性が失われる……」

 ガクリと両膝を突き頭を抱え、体から二筋の青い崩壊の光を放つアークデーモンに僕はムラサマを納刀して向き直る。

「僕のお婆ちゃんはロード。それも世界最初の、聖剣エクスカリバーによって生まれ変わったロードだ。その血は母を通じてちゃんと僕にも流れている。これで終わりだ!」

 僕はスシマサを構えるとフィナーレに出すべきお婆ちゃんの得意とした技の名を叫んだ。

「<青き薔薇の崩壊>」

 ザシュザシュザシュッ。

 肉体を切り刻む斬撃の音が響く。

 僕がアークデーモンの体に高速でスシマサを振るうと、一瞬遅れてその胸にまるで薔薇が咲いたかのように青い崩壊の光が漏れ広がっていく。

「あの寝ぼけた魔界の連中の指示が、正しかったというのか……? 戦士め、貴様は一体、何者だ……」

 アークデーモンは悔しそうにそう言い残すとぱあっと一際大きな崩壊の光を一瞬放ち、その肉体は完全に消滅した。


「やったなアキラ。おまえが『アングラデスの迷宮』の攻略者だ」

 ジェラルドが笑顔で僕の肩を叩くと、クロトも無言で頷く。

「ヤヨイと歳が変わらないのにアキラはすごいね! あっ、そう言えばその刀ってお爺ちゃんが一番大事にしていたのじゃなかったかな? わたし道場で見たことあるもん」

 子供っぽいレンジャーの少女は両手の指をほっぺにあてて不思議そうにスシマサを見つめた。

「いやー、アキラが狂戦士(ベルセルク)になった時はどうしようかと思ったよ。ヤンさんも今度ばかりは灰僧侶(ハイプリースト)になるのを覚悟したね……おや、反応薄いよアキラ。ちょっと難しかったアルか?」

 見慣れた顔のノームの僧侶は冗談が通じなかったのかと丸眼鏡を光らせた。

「アキラ。いい戦士だ、な」

 寡黙なリズマンの戦士は満足そうな様子で名剣デュランダルを背中の鞘にしまった。

「そうだアキラ、これを機会におまえも聖イグナシオ教会に入信しないか? おまえの技と私が神から授かった技は名前は違うがどこか似ている……きっとこれも神の思し召しなのだろう」

 美形なロードは神に祈り十字を切った。

 僕は呆然とそれらの言葉を聞き流すと、観客席に視線を向けた。

 そこで見守っていた仲間たちも笑顔でこちらに手を振っている。

 僕が贈った真紅の指輪を嵌めた戦士の少女も、目が合うと大きく頷いて見せた。

 そうか、終わったんだ。

 ようやくそこで全てが終わったのだという実感が湧き、愛刀スシマサを納刀した。

 気が抜けると同時に、物凄い勢いでつい先程経験した『あの世界』での記憶が薄れつつあるのが分かった。

 とっさに僕は今自分が取るべき行動を悟り、実行に移す。

「サラ、何か書くものない!?」

「えっ? ちょっと待ってね」

 まずいぞ、今自分が放った技すらもう思い出せない!

 サラからようやくペンとメモを受け取った僕は『ライカ、アカリ、クロのダイス、タマモ』とぞんざいな字で書き殴った所で我に返った。

 あれ?

 これって何だったっけ……駄目だ、この言葉にどんな意味があるのかもう完全に忘れてしまった。

 ひとまず僕はそれを袋に大事にしまうことにして、傍らに立つサラに再び目を向ける。

 淡いブルーの瞳はじっと僕を見つめていた。

「勝ったよサラ」

「うん、私信じてたよアキラ。お疲れ様」

 そう言ってサラはとびきりの笑顔で僕を労った。


 その後、約束通りクーパーくんによって僕たちは六層の元来た場所に戻してもらった。

 ヤヨイは魔界に帰るというクーパーくんの体にしがみついて大号泣している。

「えーん、クーパーくーん! いっちゃやだよぅ!」

「ヤヨイちゃん、悲しいけれどお別れだよ……時々でいいから一層の偽物モンスターを倒してぼくのことを思い出してね」

 女性陣は何故かそれを見て貰い泣きをしているけど……そんな関係性も思い入れも特にないだろコイツに!

 僕がダマされないぞという訝しげな顔で見ていると、クーパーくんは最後の別れの言葉をかけてくる。

「ぼくの契約も終わったからこれでバトルアリーナは封鎖だよ。やっぱりアークデーモンさんはちょっと自信過剰すぎたね! 控えの人と入れ替えていいバトルなんてぼく聞いたことないよ。きっと魔界でこの先100年ぐらいは恥ずかしい失敗談として語り継がれるんじゃないかな? けど魔界の人にはクーパーくんからのご褒美としてみんなの個人情報は内緒にしておいてあげるね! 特にエルフのおばちゃんの年齢とか知られたら――」

「イルギナ・ニジェット・シャンテ・エイン<沈黙>」

 シーン。

 エマが沈黙の呪文でまたクーパーくんの口を塞いでしまった。

 言い残したことを何とか伝えようと虚しく体を揺らし続けているけど、呪文が解けるまではあのままだな。

「さっ、変な合成生物は無視して転移呪文で街に帰りますわよ。早く迷宮攻略完了の報告をしなくてはいけませんことよ」

 年齢不詳なエルフの美女がきびきびと僕たちを仕切って呪文の詠唱を始めた。


 僕たちは街へと転移呪文ですぐに戻ると、訓練所でパパッと報告を済ませた。

 いつもの訓練所のオジサンは手続きを済ませると、お茶をすすりながらしみじみと呟く。

「うんうん、オジサンの読み通りの展開だよ。アキラ君ならきっとそのぐらい簡単にやり遂げちゃうと思ってたんだよね~。だからこそ、どうせなら忍者でアングラデスをクリアして欲しかったなあ。3パーティもいて忍者が一人もいないなんてオジサン悲しいよ。フフ……知ってるかいアキラ君? 昔の忍者は『裸が最強!』と言われていてね……あ、もう行っちゃうのかい?」

 残念がるオジサンに大柄なドワーフの女性職員がすっと近づいて横からヒソヒソと声をかける。

「部長の忍者推しについて冒険者の方から上にクレームが来てるみたいですよ」

 それを聞いてオジサンは派手にお茶をひっくり返した。

「うわっちゃお!」


 報告も無事に完了し、これで僕たちの『アングラデスの迷宮』での冒険は完全に幕を閉じた。

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