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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
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剣の王ロード

「日本最大の迷宮攻略都市『城塞都市ネオトーキョー』、その人口はおよそ400万、か」

 手にした外国人用のガイドブックを一瞥して、いかにも高そうな鎧をその身に纏った見目麗しい青年がハンカチを口元に当てがう。

 明るい栗色の髪を前下りのボブにした美青年である。

「それにしてもこの日本という国はなんて汚いところなんだ。そこかしこにゴミが落ちているぞ。漂ってくる異臭もひどいな」

 彼の言うように、街にはいたるところにゴミが散乱しており野犬がそれを漁っている。

 路地裏では酔っぱらいが堂々と立ち小便までしているありさまだ。

「きっとこの街が特別なのさジェラルド。何しろ荒くれ者の冒険者たちが集う迷宮攻略都市だからね」

 鎧の青年ジェラルドに答えたのは、金髪をベリーショートにした種族特徴の尖った耳が見映えするこちらも美形なエルフの男。

「それにしたって私たちの美しきイタリアとは大違いだ。私は早くも故郷が恋しくなったよトニーノ」

 ジェラルドがその淡いブルーの瞳でまるで汚物でも見るかのように<うるわしの酔夢亭>と書かれた酒場の看板を眺める。

「<うるわしの酔夢亭>か。一体何がうるらしいのやら。この国の冒険者はこんな汚らしい酒場で仲間を探しているのか……まったく、ひどいものだ」

 嘆息するジェラルドの側に、黒い前髪を斜めに垂らした背の高いモデル体型のとびきりの美女が険しい顔をしてすっと近づく。

「それは言い過ぎですよジェラルド。仮にもわたくしたちが属する聖イグナシオ教会のカルロ王子様と肩を並べるあの世界三大冒険者の一人、コジローを輩出した国なのですから。日本には『郷に入れば郷に従え』という言葉があります。異国人であるわたくしたちはこの国のあり方に対してまずそれなりの敬意を払うべきです」

 美女がジェラルドにまるで教会のシスターのように説いて聞かせる。

「すまないヴェロニカ。今のはロードたる者の発言ではなかったな。おお、偉大なる聖イグナシオよ。この罪深きジェラルドをどうかお許しあれ」

 十字を切りその場で跪くと神への謝罪の言葉を口にするジェラルド。

 通りがかる人々がそのリアクションにクスクスと笑う。

 それを見てやれやれと肩をすくませるトニーノとヴェロニカ。

 3人はイタリア王国に本拠を構える聖イグナシオ教会本部から、昨日この『城塞都市ネオトーキョー』に来たばかりの冒険者一行だった。

 

 聖イグナシオ教会とは、大昔に神への信仰によって奇跡を起こす技をエルフの一族が世界に公表し、回復呪文の使い手を世に広めるきっかけにもなった、聖イグナシオ神を信仰する由緒正しい教会である。

 教会が設立されたのは今から47年前。

 イタリアの前王にして『はじまりの迷宮(ファーストダンジョン)』攻略者である『心剣同盟』のロードとしても世界的に有名なマルティーノ公爵の手により、冒険者の支援を目的として私財を投じて作られた。

 今や教会は冒険者だけではなく、一般の人々にも幅広くその癒しの呪文を開放している。

 重症や状態異常だけに留まらず、病院では決して手の施しようのない『死亡』からの蘇生すらしてくれるとあって、教会にはその順番待ちの列が常に並ぶ。

 ただし、それには高額な寄付金が求められる上、死亡からの蘇生は失敗してこの世から完全に消滅することもままあるのだが。

 教会は冒険者の支援と治療にあたる回復呪文の使い手の育成を目的としているので、症状の大小に関係なく冒険者は一般人よりも優先的にその順番を回される。

 感銘を受けた冒険者やその口コミによって、新たに教会に入信する者も多いからだ。

 現在教会が誇る大スターには、いまだ現役冒険者として活躍を続ける国連が認めた世界最高レベル177の保持者である『生きる伝説』ロードのマルティーノ公の他、イタリアの王子にして次期法王との呼び声も高い世界三大冒険者の一人、『微笑み王子』ことビショップのカルロ王子がいる。

 3年前にアフリカで起こった『三大冒険者夢の競演』と呼ばれる大きな戦いで、カルロ王子の名声は頂点まで高まり、教会の信者となる者もひっきりなしだ。

 国連が発行する冒険者専門誌『冒険者ルールブック』通称、『冒険者ルルブ』での『女性冒険者が選ぶ抱かれたいイケメン冒険者ランキング』1位の座をデビュー以来守り続けている国民的スーパーアイドル冒険者、それがカルロ王子なのである。


 そんな教会の本部からやって来たというだけあって、この3人も特別優秀なエリート冒険者だった。

 ジェラルドは上級職にして僧侶呪文と剣を使いこなし剣の王とも呼ばれる『ロード』、トニーノは中級職で僧侶呪文と魔術師呪文両方を使いこなし叡智の司教とも呼ばれる『ビショップ』だ。

 ただひとり基本職である僧侶のヴェロニカは、レベル13のマスタークラスに達しており、レベルアップにて覚えるほぼ全ての僧侶呪文を習得していた。

 彼ら3人が<うるわしの酔夢亭>の扉をくぐると、人目を引くその容姿からたちまち酒場にいる全員の視線を集める。

「わっ、すごいイケメンたちよ!」

「もしかして彼ってロードじゃない? ステキ……」

 うっとりとジェラルドとトニーノに見とれる女性冒険者たち。

 トニーノが手を振ってみせると黄色い歓声が巻き起こる。

「あのロードの鎧見てみろよ、とんでもなく上等なプレートメイルだぜ。『掘田商店』でなら2万、いや3万Gは最低でもするだろうな」

「うひょー背の高い姉ちゃんはどえらいベッピンさんだ。こりゃ酒が進む、眼福眼福」

 酒場の冒険者たちからいろんな声が上がった。

 注目がひとしきり集まったところでコホンと咳払いするジェラルド。

「ごきげんよう、<うるわしの酔夢亭>にお集まりの冒険者の皆さん。私の名はジェラルド。レベル8、善のロードだ。こちらの二人は私の仲間のビショップと僧侶」

 ジェラルドの紹介ですっと前へ進み出るトニーノ。

「レベル7、ビショップのトニーノです。日本の冒険者の皆さん、どうも『オヒカエ・ナスッテ』」

 ガニ股になりビシッと右手を差し出した謎のポーズを取ると、決まったなという顔でトニーノはニヤリと笑った。

 だが酒場の冒険者たちからの反応はなく、美形のエルフの青年の口から出てきた古の『ジンギ・スラング』を理解したのかしなかったのか、無表情のまま皆静まり返る。

「ふひゃひゃひゃ、そう来なすったか!」

 ただ一人、ノームの老人だけがツボに入ったのか涙を流して大爆笑している。

「もう、トニーノのバカ。わたくしはレベル13、僧侶のヴェロニカと申します。皆様、以後よろしくお願いしますわ」

 優雅に一礼する美女に酒場の男たちが揃って鼻の下を伸ばした。

「私たち3人の他に、あとモンクとヴァルキリーが加わる予定になっているが、もう一人できれば前衛が欲しい。この中で我こそはという腕に自信のある者がいたらぜひ名乗りを上げてくれ」

 ジェラルドの言葉に互いを見回す冒険者たち。

「って言われてもなぁ……」

「みんなレベル高いし、あん中に混ざっても足を引っ張りそうだよな」

「そうそう」

 意外と奥ゆかしいのか誰も名乗りを上げようとはしない。

 その様子にあからさまにイライラし始めたジェラルドが舌打ちすると、かわりにトニーノが酒場の皆へと尋ねる。

「じゃあ今この場にいなくとも、他に誰か強い冒険者の心当たりはないかな?」

 すると一斉に同じ反応が返ってきた。

「そういや先日スゴイのがいたよな」

「そうそう」

「あいつはスゴかった。俺マジでヨースケのやつ殺されるのかと思ったもん」

 口々にそんな噂を始める冒険者たち。

「本当か。一体どんな凄腕の人物なのか、詳しく聞かせてくれないか」

 ジェラルドがそれに食い付くと、赤ら顔のノームの老人がずいと彼らの前に進み出た。

「知りたいかね。では皆の衆に代わって教えて進ぜよう」


「敬虔なわが教会の僧侶が酒場で悪の手先に殺されかけただって!? まったく、許しがたい愚行だ!」

 先刻<うるわしの酔夢亭>でノームの老人に聞かされた話に、憤りを隠せないジェラルドがワナワナとその拳を震わせる。

「日本という国に『国際冒険者法』はないのか? 信じられないよトニーノ」

 大げさに両手を広げて傍らの男に同意を求めた。

「属性が違うとはいえ、迷宮外で同じ冒険者の首を切り落とそうとするなんてさすがにやり過ぎだ。僕もこの国の冒険者たちをちょっと信用できなくなったよ」

 ジェラルドに同意したトニーノが天を仰ぐ。

「わたくしはこの国のせいにするのは少々違うと思います。きっとその悪の者……名前はアクラ、でしたか? きっとその者が特別邪悪なだけに違いありませんわ」

 腕組みをしたヴェロニカが冷静にそう分析する。

「アクラか。いずれそいつには正義の使者であるこの私自らが迷宮で天誅を下してやる必要がありそうだ」

 決意を固めたジェラルドが愛剣であるスラッシャーを抜き放ち天へと掲げると、スラッシャーはそれに答えるかのように日の光を反射してギラリと輝いた。

 結局、<うるわしの酔夢亭>では前衛は見つからず、もし希望者がいるならば『城塞都市ネオトーキョー』の教会支部まで連絡して欲しいと言い残して3人は酒場を後にしたのだった。

「やっぱり教会の方でもう一人用意してもらうべきだったんじゃないか」

 トニーノがジェラルドにそう問いかけると彼は首を横に振る。

「教会にはもう中級職であるモンクとヴァルキリーを事前に予約を入れて手配してもらってるからな。こちら側の一方的な都合でこれ以上負担はかけられないよ」

 真面目な顔で答えるジェラルド。

「そうか。昨日の訓練所での判定球でサラが悪じゃなければ、今頃は……」

 トニーノがそう言いかけると、ジェラルドの表情が途端に厳しくなる。

「その話はよせ! あんなカルボーネ家の恥さらし、もはや私の妹でもなんでもない! いいか、二度とあいつの話はするなよ!」

 きつい調子で声を荒げたジェラルドはプイと顔を背けると、一人でスタスタと足を速めて先に教会支部へと行ってしまった。

「いけませんよトニーノ。今のジェラルドにサラの名前は絶対に禁句です。わたくしたちは黙って時が解決してくれるのを待ちましょう」

 ヴェロニカはトニーノにそう忠告すると、すぐさまジェラルドの後を追った。

 ポツンと一人取り残されたトニーノが異国の空を眺める。

「何も実の妹を一人こんな異国で放り出して絶縁宣言しなくたっていいだろうに。ああ、サラが気の毒だよ。僕が何か力になれることがあればいいんだが」

 エルフの美青年は天を仰いだ。

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