アングラデスの迷宮第六層 その3
『イノセント・ダーツ』は小部屋で首無し騎士デュラハンとの死闘をいまだ続けていた。
「ああもう、何もすることがなくて見ているだけってのは、ホントもどかしいわね!」
遠巻きにクロトとデュラハンの戦いを見守っていたニーニがイライラした声でそう言うと、ミーミとヤヨイもため息をつく。
試しにまたヤヨイは<空流照美主大螺>を放ってみたが、デュラハンに最優先で叩き落とされるだけで矢を無駄にするのみに終わった。
「仕方ないのー。呪文は効かないし、ヤヨイの矢も弾かれるし。それに戦ってるクロトが一番もどかしいはずなのー」
クロトはデュラハンの前に立ち塞がり何度も何度も大剣を振るうが、長柄の斧に防がれるか甲冑にかすり傷を付ける程度に終わり一向にダメージらしき物を与えている気配はない。
「本当だよ、剣で切っても全然効いてなさそうだし。でもクロトしか相手できないんだよね。一体どうやったら倒せるのかなぁ……。あれ、チヒロは?」
「さっきまでその辺にいたはずなのに見当たらないわね。どこに隠れたのチヒロ? リーダーのクセにこんな大事な時に雲隠れするなんて、ニーニは絶対許さないんだからね!」
女性陣がきょろきょろと辺りを見回すがチヒロの姿はない。
その時――。
ガチッ。
突然デュラハンの背後からチヒロが煙のように現れたかと思うと、どこで調達してきたのか中世の騎士が被るような鉄仮面を甲冑の首元にしっかりと嵌め込んだ。
「これでおまえは伝説の首無し騎士からただの騎士に格下げって訳だな」
動揺したのか、すぐさま手にした斧を投げ捨て鉄仮面を外しにかかるデュラハンだったが、ニヤリと笑みを浮かべたチヒロがその体を羽交い締めにして動きを封じた。
「おおっと、何をしようってのかなミスター? 今すぐいいモノをくれてやるからおとなしくするんだ。クロト、頭から一刀両断だ! くれぐれも俺の体ごと切らないように頼むぜ」
陽気な声でチヒロがウィンクすると、クロトは上段に大剣を構えて渾身の一撃を繰り出すべく呼吸を整える。
「ゆく、ぞ」
ズザン!
クロトが振り下ろしたデュランダルによる重い一撃は、今までいとも簡単に攻撃を跳ね返してきたその異常な程に硬い甲冑を、頭から真っ二つにした。
カラ、カラカラ。
鉄仮面の中から真っ二つにされた人間の頭蓋骨が転がり出ると、次の瞬間ガシャンと音を立ててデュラハンであった甲冑は床にバラバラになり、散らばった。
「すごいすごぉーい! でも今までクロトが攻撃しても全然効いてなかったのに、何で倒せたのかな?」
ヤヨイの疑問にチヒロは笑って答えた。
「デュラハンは自らの首を脇に抱えているという話を聞いた覚えがある。だがこいつはどこにもそれらしき物を持っていなかった。あの武器の入っていた箱の中を探してみたら、わざわざ大事にしまってあったからそれでピーンと来たのさ」
そう言ってチヒロは転がった頭蓋骨を念入りに踏み潰す。
「呪いか魔法の類で首が胴から離れている状態でこそ、クロトの剣すら跳ね返す無敵の力を維持していたんだろうな。時間は食ってしまったが幸い俺たちはほとんど消耗してない。さっさとボスの部屋を目指すとしようぜ」
ネオトーキョーが誇る最高の盗賊は颯爽と仲間を引き連れて先へ進んだ。
そのマップが指し示す最後の扉の前に着いた僕たちは、そこで『イグナシオ・ワルツ』と再会を果たした。
「兄さん?」
そう呼ばれてジェラルドは振り返ると妹を驚いた目で見つめ、栗色の髪をかきあげた。
「サラ、もう『バタフライ・ナイツ』に追い付かれてしまったのか」
ジェラルドの下に小走りで駆け寄るとサラは嬉しそうな顔で右手を見せる。
「見てこれ。素敵な指輪でしょう。アキラに貰っちゃったの」
えっ、お兄さんに指輪見せちゃうんだ?
何か嫌な予感がするな……。
僕があげた真紅の指輪をサラが満面の笑みで見せびらかすと、マナは羨ましそうな目で指輪を見つめ、ヴェロニカは十字を切り、ジェラルドは何とも言えない眼差しで僕を見てきた。
「色々言いたいこともあるが……今はそういう状況でもないからな。この先が恐らくボス部屋だが、扉が施錠されている。残念なことに盗賊スキルを持たない私たちでは開錠できそうにない」
「そういうことさ。せっかくアイスドラゴンを倒してここまで来たというのに、まさか扉ひとつにお手上げとはね。この迷宮を作ったやつの人間性を疑うよ。『センセイ・スラング』で例えるなら『テメーラ・ニンゲンジャネー!』ってやつかな」
鎧の美青年と美形エルフがため息まじりにそう言うと、アンナがウキウキと前へ進み出た。
「どうやらここは盗賊のアタシの出番のようネ。ほらほらイケメンさんたち、ちょっとそこをどいてくれるかしら?」
扉を調べ始めたアンナだったが、急に腕組みをしてその動きが止まった。
「君でも無理なのかい?」
美形エルフのトニーノが親しげに問いかけると、アンナは扉の一箇所を指差す。
「これは通常の鍵穴タイプの扉じゃないわ。ホラ、ここの横に細い入り口があるでしょ。いわゆるカードキータイプの扉ネ。このタイプはこじ開けるのは無理ヨ」
「カードキーって……そんなの持ってないし。そうだ、冒険者登録証でも入れたら開いたりしないかな?」
僕はアンナに思いついたアイデアを速攻で提案してみた。
うん、ちょうどサイズも似てるし意外と悪くない気がするぞ。
すると突然背後から男の声がした。
「おっと、余計な真似はやめてもらおうかアキラ。万一誤作動でも起きてその扉が二度と開かなくなったら、この迷宮は永久に攻略不可能となってしまうぜ?」
僕に背後からそう声をかけて来たのは『イノセント・ダーツ』の盗賊、チヒロだった。
「おまえたちも来ていたのか、『イノセント・ダーツ』」
ジェラルドの驚く声に思わず苦笑するチヒロ。
「ああ、その様子だと俺たちのことはさっぱり眼中になかったって顔だな。デュラハンが中々の強敵だったのでちょっとばかりパーティーに遅れてしまったが、何とかダンスの時間には間に合ったようだ。その扉を開けるには俺の持っているこいつが必要だぜ」
チヒロはさっと懐から黒いカードを取り出して僕たちに見せた。
もしかして、それって今話題にしていたカードキー?
アンナがそれを見て驚きの声を上げる。
「盗賊ギルドに伝わる伝説のマスターカード? 確か、どんなカードキータイプの扉でも開けられるという話だったわネ」
そんなモノを持っているとは凄いなチヒロ、でもこの場合どうなるんだろう?
一番最初にこの先に進んでボスと戦う権利は『イノセント・ダーツ』になるのかな、やっぱり。
僕としてはしょうがないかなとも思うんだけど、またあの時みたいにその順番を巡って揉めたりして。
「チヒロ、勿体ぶってないで早く開けちゃいなさいよ。ニーニは早くボスを見てみたいわ!」
「ミーミも同じ意見なのー。早く早くー」
ふわふわと浮かぶフェアリーの姉妹に急かされて、チヒロは僕たちが見守る中、黒いカードを入り口に通す。
ピッ。
その音は扉の開く合図だったのか、チヒロがドアに手をかけるとすんなりと開き『イノセント・ダーツ』は中へと入っていく。
「俺たちは一足お先に失礼させてもらうぜ」
リーダーであるチヒロはそう言い残して扉の先に消えた。
「あの者たちを先に行かせてもよろしいのですか、ジェラルド?」
美人すぎる女僧侶ヴェロニカが黒髪を揺らして自らのリーダーに問いかける。
「仕方ない。扉を解錠した彼らにまずはその権利がある」
なりゆきをおとなしく見守ったジェラルドは鎧を鳴らして腕を組みそう呟く。
あれだけ最速攻略をすると息巻いていたジェラルドも、何だか前と違って随分落ち着いた印象だ。
しばらくするとヤヨイが扉から出てきて待機している僕たちに声をかけた。
「みんなも中に入っていいよー」
あれ、まだボス部屋じゃなかったのかな。
不思議に思いつつも僕たちがその扉の先に進むと、中にいた見覚えのある動物っぽい姿の奇妙なキャラが場違いに明るい声で挨拶をしてきた。
「冒険者のみんな~、こんにっちはー!」
「こんにっちはー! わたし、ヤヨイだよ」
それにヤヨイだけが元気よく返事を返すと、そのキャラは体を揺らして自己紹介をする。
「ぼくの名前はクーパー・ザ・マスターピース。クーパーくんって呼んでね! ここからはぼくがみんなのナビゲートをするよ。よろしくね!」