アングラデスの迷宮第六層 その2
フェアリーの姉妹は風のように動くチヒロの肩に乗り、レンジャーであるヤヨイと戦士のクロトも素早くそれに続く。
その機動力を最大限に生かし、六層に最初に降り立ったのはチヒロたち中立のパーティ『イノセント・ダーツ』であった。
「この配置なら隠し扉はどうやらなさそうだな。素直に進んでも問題ないぜ」
マップを見るとチヒロはすぐさま頭の中で六層の構造を完璧に組み立てて把握する。
「チヒロはマップを見ただけで隠し扉の場所とか分かるの? わたしもレベルが上がったらできるようになるのかな?」
人差し指をくわえておもちゃをねだる子供のような顔で見つめてくるヤヨイに、チヒロは笑いながらその頭を撫でてやった。
「ヤヨイには一生無理だな……いたたた、叩くのはやめてくれよ。カノン姉妹も見てないでヤヨイを止めてくれないか」
ふくれっ面でポカポカと叩いて反撃してくる少女を前に、たまらず盗賊の男はフェアリーの姉妹に助け舟を求める。
「ヤヨイだって盗賊スキルの使えるレンジャーなんだからやり方を教えてあげればいいじゃない。チヒロは意地悪ね」
「そうなのー。五層で隠し扉を探す時もヤヨイは頑張ってたのー。チヒロだって一層ではずっと隠し扉に気付かなかったのー」
ニーニとミーミがふわふわと飛び回りヤヨイの味方に付くとチヒロは頭をかいた。
「それを言われると弱いが、こればかりはな。一応俺は世界盗賊ギルド日本支部の長なんだぜ? レンジャーに同じ域まで簡単に到達されるようじゃ本業の盗賊はたまらないさ」
それを聞いた袴姿の少女も負けじとピンク色の頬をぷくーっと膨らませる。
「ヤヨイだって世界三大冒険者コジローが育った國原館師範、國原中弥斎の孫娘ですぅ! やればできるもん!」
チヒロの肩書に対抗したヤヨイの言葉に、仲間たちは驚きの表情を浮かべて彼女を見る。
「あのコジローの師匠の孫だなんて、ヤヨイって結構いいお家のお嬢ちゃんだったのね!」
「ヤヨイすごいのー! 今度コジローにお願いしてカルロ王子のサインを貰ってきて欲しいなのー!」
ニーニとミーミの感心の声に、ヤヨイは腰に手を当て自信満々の顔で胸を張った。
「なるほど、それで一層で出会ったあの侍たちと顔見知りだった訳か。ポイズンジャイアントを倒した『アルテミスオーラ』とかいう技も國原中弥斎氏の教えかな?」
「違うよぉ。あの技はタローさんが教えてくれたんだよ! ヤヨイたちは一緒に弓で大蛇を倒した『ユミトモ』なんだからね。えっへん!」
「そ、そうか」
相変わらずさっぱり要領を得ないヤヨイの話に、チヒロは首を捻るだけに終わった。
そうこうしている内に一行は目指していた扉の前に到着する。
「着いた、ぞ」
クロトが静かにチロチロと赤い舌を出して扉を指し示す。
3つある扉から、彼らは真ん中の扉を選んで踏み込んだ。
そこに待ち受けていたのは、木製の椅子に腰掛けてゆらゆらと青白い妖気を全身から漂わせる首の無い全身甲冑だった。
「なんだか怖いモンスターなのー」
ミーミがさっとヤヨイの後ろに隠れるとニーニが鼻を鳴らした。
「筋肉のカケラも感じられないわね。ニーニの雲を使う?」
「待った。あれは調査員が言っていた例のデュラハンだ。確かこいつには魔法が一切通用しないはず……クロト、頼めるか?」
リズマンの戦士はチヒロの問いに無言で頷き、背中から名剣デュランダルを抜いて一気に躍りかかった。
ガギィン!
鋼と鋼がぶつかり合う重い金属音が小部屋に響き渡る。
「硬い、な」
ダメージらしい手応えをまるで感じられなかったクロトがデュラハンから間合いを取って呟く。
デュランダルによる無防備な状態への一撃も、その甲冑にわずかな傷を付けただけでデュラハンは何事もなかったかのようにゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋の隅に置かれていた"迷宮王の贈り物"から禍々しい形をした長柄の斧を取り出した。
「気を付けろよクロト。ヤッコさんはこれからが本番みたいだぜ。ヤヨイ、例の技を頼む」
「はーい! かぶらやをつがえてひゅうっと放つよ! 命中してね、神技<空流照美主大螺>」
ひゅうっ――。
風を切る鋭い音をさせて放たれたその矢は空中で虹色の大きな螺旋を描き、青白い妖気漂う甲冑に命中する寸前――。
ザンッ!
デュラハンの振り下ろした長柄の斧により一刀両断され、矢じりから真っ二つにされた矢は虚しく床に落ちた。
飛んでくる矢を、それも必殺技を叩き落とすなど尋常ではない恐るべき反射神経だ。
「えーん、わたしの技が効かないよぉ」
「もう泣かないの。クロトがきっと何とかしてくれるわよ」
ヤヨイの肩に止まったニーニが慰めながらクロトの方を見ると、今の攻撃に合わせてすぐさま追撃をしている所だった。
ガギィーン、ギィン、ギイィーン!
何度も何度も打ちかかるが、その度に重い音を響かせて互いの武器が激突し火花を散らす。
重いはずの大剣と長柄の斧を軽々しく振り回しながらクロトとデュラハンは両者互角、一歩も譲らない戦いを繰り広げていた。
だがひとつ違うのはクロトは攻撃を受ければ傷つき、デュラハンからは大剣が直撃してもまるでダメージが感じられないことだ。
激しい打ち合いの中、たまに両者の一撃は互いの体に直撃するが、クロトが血しぶきを上げる一方でデュラハンは平然としている。
「ファイトなのー。内なる生命のパトスよ我が声に目覚めその神秘の力にて癒やし守護せよ<超神秘波濤>」
ミーミがサイオニックの上位呪文を詠唱し、クロトのダメージを回復させ守備力を高めた。
(たとえクロトが1000回攻撃をヒットさせてもあの甲冑を破壊するのは難しそうだな。だがボスでもないのにそんな無敵のモンスターがいるはずもない。弱点がないとはいえ、きっとどこかに突破口はあるはずだが……)
チヒロはその思考を研ぎ澄まし、先程デュラハンが武器を取り出した"迷宮王の贈り物"へと視線を向け、気配を完全に殺して隠密行動を取った。
一方、六層に降り立ち右の扉を選んだ善のパーティ『イグナシオ・ワルツ』もモンスターと交戦を続けていた。
「ゴアアァァーーッ!!」
全身がキラキラと白く輝く、美しい氷でできた彫像のような巨竜が咆哮を上げて、その口から全てを凍てつかせる氷結ブレスを吐く。
ジェラルドはミスリルシールドを構えて最前線でそれを一人で受け止める。
事前にヴェロニカが唱えていた<防膜>の呪文効果によりブレスダメージがかなり軽減されているとはいえ、最前線で食らうジェラルドには決して生易しいダメージではない。
だが彼はそれに耐え切ると、即座に仲間たちに叫んだ。
「よし、こちらのターンがきたぞ! 私の回復はまだいい、ベンケイとマナは前足に一撃与えてすぐに退避、トニーノは炎呪文だ!」
「了解!」
リーダーの指示を受け、白い五条袈裟のモンクと短髪のヴァルキリーは素早くベンケイグレイブと聖女のランスによる同時攻撃を行う。
ザクッ!
「ギャオオーーーン!!」
鮮血を舞い散らせ無残に肉を切り裂かれた巨竜が、激しい悲鳴と共に爪を振り下ろして怒りの反撃を行うが、二人はとっくに範囲外に下がっていた。
「地獄の業火よ我が求めに応じ目に映る全てを焼き尽くし灰燼とせしめよ<魔焼>」
ゴオオオ!
トニーノの詠唱した<魔焼>の呪文による業炎が巨竜の体を包み込み肉を焦がすと、その首を大きく曲げてのけ反り、自らの体に向けて消火の氷結ブレスを吐く。
「今だ、行くぞムック!」
「了解なのでーす」
ジェラルドとムクシは一気に距離を詰めると、巨竜の首目がけて必殺の一撃を同時に放った。
「<ペリ・ソーレ・フィナーレ・マーレ>」
「國原一刀流心技<七ツ鋸>でありまーす」
ズバシュッ!
巨竜の首が宙を舞うと切断面から大量の血を噴水のように吹き出し、その巨体は轟音を立てて崩れ落ちた。
「むふふ、やりましたなジェラルド殿。あのアイスドラゴンを犠牲も出さずこうも簡単に倒すとは、さすがワガハイたちのリーダーなのでありまーす」
毛むくじゃらの侍に褒められて、栗色の髪のロードはクシュナートの剣を鞘に収めて爽やかな笑顔で返す。
「いや、これもみんなのチームワークの勝利さ。事前にアイスドラゴンがいるという情報は聞いていたから作戦も立てやすかった。ムックこそまた新技を編み出したみたいじゃないか? 今の技は私も初めて目にしたが相当な威力だな」
そう言ってチラリと倒れたアイスドラゴンの死体に目を向けると、その胴体はバラバラになっていた。
ムクシの放った一撃は首を切断しただけに留まらず、アイスドラゴンの胴体までも断ち切っていたのだ。
「分割払いで無理してセブントルソーを買い求めた甲斐があったのですぞ。ワガハイもついに心技を開眼するに至ったのでありまーす」
ムクシが嬉しそうに刀の血を懐から取り出した紙でさっと拭うと、キラリとその刃が輝いた。
『堀田商店』店頭価格15万G、古の試し切りで重ねた七体の罪人の胴を一刀両断したと伝えられる刀セブントルソー、またの名をセキノカネフサとも呼ばれた名刀である。
「今の拙僧たちならこの層のボスとて難なく倒せる也。伝え聞く所によると、ここがアングラデスの最終層とか」
ベンケイの言葉にトニーノが笑みを浮かべて頷く。
「五層では不覚を取ったけど結局最後に笑うのは僕たち『イグナシオ・ワルツ』みたいだね。どうやら彼らはまだここまで来ていないようだ。真ん中か左の扉に行ってるのかも知れないけど」
「案外葉山、いやアキラたちはまだ四層あたりでゾンビの群れに手こずってたりして」
マナがストレッチをしながら笑うとヴェロニカがため息をついた。
「だとしても直に現れるはずです。追い付かれる前に急ぎましょう。この迷宮の最速攻略はアキラたちではなく神を信じるわたくしたちの手で成し遂げませんと」
下位の回復呪文である<快活光>をジェラルドに数回唱えてやり、黒髪の美人すぎる僧侶はモデルのようにツカツカと歩き出した。
「ヴェロニカのやる気に我々も負けていられないな。行こう」
ジェラルドの声で意気揚々と『イグナシオ・ワルツ』は先へ進んだ。