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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
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アングラデスの迷宮第六層 その1

 夜も遅いというのに<トーキョーイン>の僕の部屋には久々に男性陣が集まっていた。

 明日で『アングラデスの迷宮』をクリア、もしくは全滅してこれが最後の夜になるかも知れないから、さっき散々<バタフライナイト>で飲んだというのにまた酒瓶を回し飲みしつつ語り合っていたのだ。

「それでサラとは一体どこまでいったアルか?」

 やっぱりその話題がきたか。

 丸眼鏡を光らせて興味津々に尋ねてくるヤンに僕はため息をついた。

「どこまでも何も、誰かさんたちが邪魔するからキス止まりだよ」

 本当にろくでもないタイミングで邪魔してくれたもんだ。

「かっかっか! しかし、サラとそういう関係になっちゅうとはのう。あのおぼこい顔がアキラの好みか?」

 豪快に笑うヒョウマに僕も負けじと言い返す。

「アンナに一目惚れしてた男に言われたくないけどね。それでヒョウマの方こそエマとのデートはどうだったんだよ?」

 するとヒョウマの口周りに生えている、ピンと張った猫科特有っぽい細い髭がしょんぼりと垂れ下がった。

「それを聞いてくれるな……あれはデートとは言えんちや。國原館に着いたらエマは師匠の持つ古今東西の名刀コレクション『大江戸名刀百選』にすっかり夢中になって、わしのことなんか目もくれんかったがよ……」

 なんか僕も興味をそそられるな、その『大江戸名刀百選』って名前。

 今度スシマサのお礼を兼ねて見に行ってみようかな?

 それはともかくとして、ヒョウマもグレートカネヒラを入手して調子に乗るからこうなるんだよ。

 『刀に笑う者は刀に泣く』ってやつだ、まあ可哀想だから本人には言わないけどね。

 ヤンは落ち込むヒョウマの背中をバンバンと叩く。

「女に振られたからって落ち込むことはないアルよ。侍は刀を振ってナンボの人生よ! ヒョウマの仇は"恋の仇討ち請負人"と呼ばれたこのヤンさんがバッチリ取るね、ウシャシャシャ!」

 デ、デリカシーの欠片もないな。

「く~っ、わしの人生刀を振るだけかよ……」

 豪快に笑うヤンとは対照的に、男泣きしたヒョウマは酒で悲しみを紛らわせた。


 そしていよいよ決戦の朝が来た。

 支度を終えた僕たちは『みやび食堂』で手早く朝食を済ませて『アングラデスの迷宮』へと向かう。

 迷宮の入り口近くの木陰の側に佇む男は僕たちを見ると笑顔で近づき、ハキハキとした声で挨拶をしてきた。

「おはようございます。ついさっき『イグナシオ・ワルツ』と『イノセント・ダーツ』の皆さんも潜られた所です。こちらが六層のマップになります。それでは皆さんどうぞお気を付けて、良い冒険を!」

「行ってきます!」

 迷宮判定員の人に僕はびしっと敬礼をして、迷宮へと降り立った。

 無駄な戦闘を極力避けつつ急ぎ足で僕たちは進み、五層の北側にある隠し扉の先の階段へと到着した。

「ここを降りればいよいよ最深層だ。みんな、準備はいいね?」

「オッケーよ。やっぱり少し緊張するわね」

「アイスドラゴンが出たら速攻でこいつをお見舞いしてやるきに」

 僕が確認を取ると前衛の二人、戦士のサラはその顔に少し緊張の色を浮かべ、侍のヒョウマは不敵に名刀グレートカネヒラの鍔を指で弾く。

 後衛に控えた盗賊のアンナ、僧侶のヤン、魔術師のエマもそれぞれ頷きを返す。

 ついに僕たち『バタフライ・ナイツ』は日本最高難易度の未攻略迷宮、その最深層へと足を踏み入れた。

 そこは今までの層と同じような石造りの壁が続くシンプルな迷宮――だが息苦しく重い雰囲気が辺りには充満している。

 迷宮からこんな息苦しさを感じるなんて、まるで初心者だったあの頃に戻ったみたいだ。

「さて、まずはどう動くよ? また正解が隠し扉で、ハズレルートを選ばされるのは勘弁アルね」

 ヤンがそう愚痴をこぼすと、エルフの美女は豊かな胸を揺らして判定員から貰ったマップを広げた。

「この道を真っ直ぐ進んだ先に扉が3つあるようね。どれを選んでも小部屋を抜けた先で、また繋がっているみたいですわよ」

 赤いフードの下でエマが茶色の大きな瞳をマップへ注ぎながら僕たちに告げた。

「じゃあ左の扉に行ってみようか。どれを選んでも大差なさそうだし」

 少し歩くとすぐに目当ての扉に辿り着き、モンスターの待ち伏せに警戒しながら僕たちは中へと突入する。

 でも室内にはモンスターの姿もなく、僕は拍子抜けした。

「……さっそくおでましみたいネ」

 え、何もいないぞ?

 アンナがいち早く短剣を抜き敵の襲来を知らせたが、僕にはそれがどこにいるのかまるで分からなかった。

「光の精霊よ天より来たりて見えざる者を包みその姿を明らかにせよ<光視>」

 ヤンが対象鑑定呪文を詠唱して僕たちに謎の敵の正体を告げた。

「種族名ゴースト、数は3アルね」

 ゴースト。

 現世に激しい恨みを残した死者の霊が怨霊という形で蘇った、上級の不死生物だ。

 こいつらがゾンビなど他の不死生物と違う最大の点は、その肉体を持たない霊体であるということ。

 それはつまり……。

「ぐおっ! 今、げにまっこと不気味な感じがしたぜよ……何ちゅう寒気じゃ」

 ヒョウマが片膝を突き、全身の毛を逆立てて震わせる。

「きゃあっ! 何いまの!? か、体が、寒い……」

 サラも突然悲鳴を上げるとその場にしゃがみ込んだ。

「気を付けなさい! ゴーストは目には見えない上に、触られただけで外傷のない霊的ダメージを食らうわ! それを食らい続ければ命を落とすのヨ!」

 アンナは身をよじったり飛んだりして必死にヒョウマとサラの側で短剣を振るっている。

 もしかして気配だけでその居場所を察知しているのだろうか。

 だが見えない敵と僕は一体どうやって戦えばいいんだ?

 そもそも武器攻撃が通用するのか?

 いや、考えている場合じゃない。

 僕は無心のままに目を瞑りあの技の名前を口にした。

「<操手狩必刀(くりてかるひっとう)>」

 僕のスシマサが雷光一閃、空を斬るが何の手応えもない。

「空振りした? うぐっ! や、やられた……」

 突然両肩を同時に何者かに掴まれたような感じがしたと思ったら、まるで魂が凍えるかのようなとてつもない寒気が僕の体を襲う。

 人生で初めて食らったけどこれが霊的ダメージってやつか?

 少しでも気を抜くと立っていられない程の寒気だぞ……。

 せっかくの『漆黒の使者』コーデによる鉄壁の防御も霊体には役に立たないのか……ただの痛みなら相当耐えられるが、確かにこの攻撃は連続で食らうとやばい気がする。

「ワタクシにまかせて! イルギナ・ニジェット・シャンテ・エイン<氷柱花>」 

 ビュオオオオ!

 エマが呪文を詠唱すると小部屋の中を猛烈な吹雪の嵐が突如吹き荒れ、大きな氷の塊が出現した。

 その中にうっすらと3体の人影のようなものが見えている。

「ゴーストたちを氷の中に閉じ込めることに成功しましてよ。寒いと聞いてワタクシ閃きましたの。どなたか今の内にとどめを刺してくださる?」

 おお、ナイスだぞエマ!

 姿もぼんやり見えてるし、氷の中に閉じ込めたことでもしかしたら半実体化しているのかも知れない。

「3体を一度に一人で片付けるのはちょっと無理かな。ヒョウマ、サラ。同時に行こう!」

 僕の声に二人は頷きで返し、武器を構えた。

「<操手狩必刀(くりてかるひっとう)>」

「秘伝<カジキ一本突き>ーっ!」

「奥義<豹砕牙>ッ!!」

 僕たち前衛はそれぞれの必殺技を氷に閉じ込められたゴーストたちに同じタイミングで叩き込んだ。

 パリィィィィーン。

 その体を包む氷が砕け散ると同時に、苦悶の表情を一瞬くっきりと見せてゴーストたちは消滅した。

「上級不死生物のゴーストを倒すなんて大手柄ヨ! ネオトーキョーでの討伐者はもしかしてアタシたちが初めてじゃないかしら?」

 アンナが小躍りしながら僕たちの肩に手をやり労いの言葉をかける。

「やったのか……それにしてもあんなのがいるなんて聞いてないんだけど」

 僕は安堵のため息をつきながら愚痴をこぼす。

「そりゃ迷宮調査員も見えない敵は確認しようがないアルね。3人とも、回復呪文は必要か?」

 ヤンの問いに顔を見合わせると僕たちは首を振った。

 霊的ダメージによる寒気もさっきよりは少しマシになり、回復した気がする。

「やめとこう。外傷はないし、この先に備えてまだ呪文は温存しておかないと。五層のアルビノデーモン戦みたいに使い果たしてしまうかも知れないから」

 こんなセリフがすらすら口から出るようになるなんて、リーダーとして僕も少しは様になってきたかな?

 自分の成長にひたすら満足しつつ、僕たちは先へと進んだ。

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