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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
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世界にひとつの指輪を求めて その5

「何だって? 辰吉つぁんが先週風邪をこじらせて死んだ? かーっ、そんな話聞いてねえや」

 辰吉つぁんの孫娘だというおゆきから告げられた話に、お爺さんは禿げ上がった頭をぴしゃりと叩いた。

「祖父の仕事場はそのままにしてありますから、何か必要なものがあれば遠慮なく使ってください」

 通されたそこには宝石の加工に使われると思しき、様々な道具が整理されて並んでいる。

 作業台の上には円型のブラシみたいな物や、細かな目盛りの付いた物差し、よく分からない金具などが無数にある。

「職人さんはいないみたいだけど、お爺さんは宝石の加工はできたりします?」

 僕がそう尋ねるとお爺さんは弱った顔になった。

「いや、おいらは指輪の輪っか専門の職人だからその道はさっぱりだ。こいつぁ参ったな……」

 するとヤンが丸眼鏡を光らせて部屋の片隅の本棚から一冊の本を取り出すと、僕に手渡した。

「え、『はじめてのジュエリーカット』……まさか僕に自分でやれって? できる訳ないだろ!」

「やる前から無理と決めつけるのはダメな政治家と童貞の悪いクセね。ほら、ここを読むよ。『ヴァンパイアルビーはその美しさが最も映える57面体のオーバル・ブリリアントカットにしましょう』どこをカットするのかもご丁寧にちゃんと図面で詳しく解説しているアルよ」

 確かにそうだけど……。

 オーバル・ブリリアントカット。

 楕円形をした57面体の複雑なカットだ。

 ヤンに言われるままに解説書を熟読してそのカットするべきポイントは頭の中に叩き込んだけど、辰吉つぁんが使ってた肝心の道具の方が僕には使いこなせそうにない。

 職人が長年に渡って習得した巧みな技術を持たない素人の僕が、確実にその複雑なカットをこなすためには裏技めいたものでもない限り不可能だ。

「裏技か……」

 ふと僕は自分の手を包む黒い皮手袋を、サラが秘伝<カジキ一本突き>で作ったという話を思い出した。

 もしかしたら……僕も自分の持つあの技を応用できるかも知れない。

 こうなったらイチかバチかだ。

「ヤン、この石をまっすぐ僕の頭の上に向かって放り投げてくれる?」

 僕は大事な原石を丸眼鏡の男に手渡すと慎重に間合いを取った。

「天に唾しても自分に返って来るだけ、石を上に投げても頭にゴツンと当たるだけアルよ」

 そう言いつつも指示通りにヤンは僕の頭上に向かって原石を放り投げる。

 僕は愛刀であるスシマサを抜くと、無心のままにそれを振るう。

「<操手狩必刀(くりてかるひっとう)>」

 シュピーン。

 快音が響き、床に転がった原石を手に取ったお爺さんが驚きの声を上げる。

「こいつぁたまげた、見事に1面カットできてるぜ。よっ、ニ代目!」

 やれた……ヴァンパイアルビーの切るべき『弱点』と認識したその面を、スシマサは狙い違わず精密にカットしてくれたのだ。 

 原石のカットされた面からは、表面からは想像も付かなかった美しい真紅の輝きが見える。

 まずは1面、綺麗に不要な部分を削ぎ落とせた。

 この調子で同じ作業をあと56回やるだけだ。

 56回か……多いな!


 それが全て終わった頃にはもうお昼をとっくに過ぎていた。

「はあはあ、やっと終わった……」

 さすがにモンスターが相手ではないとはいえ、必殺技をそれだけの回数打てば当然僕もヘトヘトになっていた。

「ここまで正確なピッチングをしてくれるのは"制球請負人"と呼ばれたヤンさんだけね。感謝するよ。調子もノって来てまだまだ投げ足りないアルね~」

 ヤンにも原石を投げ続けてもらったけど、こっちは笑顔で腕をグルグル回してまだ全然疲れてそうにない。

「しかし本当に凄いなこれ。カットする前とは全然別物になったよ」

 オーバル・ブリリアントカットが完了したヴァンパイアルビーは、様々な角度から光を取り込んで血のように紅く輝き、僕が今まで見たことない類の美しさを放っている。

「お疲れさん、あとはおいらがこいつをちゃあんと指輪に仕上げておくぜ。今夜中にでも<トーキョーイン>だったか、あそこに届けておくから楽しみに待っててくんな!」

 お爺さんがカットされた宝石を大事に懐にしまい立ち去ると、ヤンが僕を労うかのように丸眼鏡を光らせて背中を叩く。

「腹も減ったし、たまには男同士贅沢して『中華王』でメシにするアルよ。当然ヤンさんをコキ使ったアキラのオゴリね」

 げっ、『中華王』って平均予算300Gもする超高級中華料理店じゃないか!

 ……まあ仕方ないか、宿でグースカ寝てる所を無理やり叩き起こして来て貰ったんだし。

 300Gで腕一本繋がったと思えば安いものだよね。

 その足で『中華王』に向かった僕とヤンは滅多に食べられない超高級中華の味を堪能した。


 そしてその日の夜遅く。 

「サラ、ちょっといいかな」

「どうしたの?」

 『バタフライナイト』で明日の決起集会という名の飲み会を終えて<トーキョーイン>へと帰る途中、僕はタイミングを見計らいサラに声をかけた。

「うん、ちょっとね。みんなは先に戻ってていいよ」

 仲間たちを先に帰してサラと二人っきりになると、公園の噴水の側で僕はコンシェルジュから宿を出る前に受け取っていた小箱を取り出した。

 中に入っているのは、お爺さんが完成させ届けてくれた例の指輪である。

「これ手袋のお返し。何とか六層に潜る前に間に合ってよかったよ。生きて戻れる保証もないからね」

 僕は小箱を開けて、精霊銀のリングに極上のヴァンパイアルビーが嵌めこまれた指輪をサラに手渡した。

「ウソっ? この指輪、幻のヴァンパイアルビーじゃない! しかもこんなに大きい……私もこんなの初めて見たわ。素敵……」

 サラはそれを見て最初驚いたような表情になり、次にうっとりとした顔で手に取り見つめると、最後に頬を真っ赤に染めた。

「僕が<操手狩必刀(くりてかるひっとう)>で原石をオーバル・ブリリアントカットにしたんだよ。名付けて『真紅の指輪』世界にひとつだけの指輪さ」

 エピソード的に闇闘技場で忍者と戦って片手を失い死にかけた話はやめておいた方が懸命だな、きっと。

 末端価格で15万G以上だというのもかなり言いたいけど、下世話になるからこれも黙っておこう。

 月明かりの下で見るヴァンパイアルビーは昼間に見た時とはまた違った美しい輝きを見せた。

「……女の子に指輪を贈るってことが、どういう意味か分かっているの?」

 自らの右手の薬指に『真紅の指輪』を嵌めると、サラは栗色の長髪を揺らしてとびきりの笑顔を見せる。

「とっても素敵な贈り物をありがとうアキラ」

 柔らかな唇をゆっくりと重ね合わせて、サラは僕にキスをした。

 そのまま淡いブルーの瞳を伏せて身を預けてくる彼女に対して、僕は首筋と腰に優しく手を回しその体を支え、さらに深く口づけをする。

 唇が互いの唾液でしっとりと濡れ、サラの熱い吐息が僕の顔にかかる。

「これ以上はダメよ。誰かに見られちゃうかも」

 恥ずかしがる彼女に、僕は今まで『冒険者ルルブ』で学んだ知識を総動員して返すべき言葉を選んだ。

「見てるのは月だけだよ」

 僕の言葉にサラは黙ってコクリと頷きを返す。

 よし、完璧だ。

 ありがとう僕のバイブル『冒険者ルルブ』よ!

 その時、サラの瞳に映った景色の片隅で何かがきらりと光った気がした。

 嫌な気配がして振り向くと、ささっと何かが木の側へと動く。

「まさか……」

 僕が確かめに行くと、公園の木の側に隠れ面白そうな顔で佇む仲間たちの姿があった。

「アラ、気づかれちゃったみたいネ。せっかくこれから何かが始まろうという所だったのに、残念だわ」

「『見てるのは月だけだよ』ウシャシャシャ! ヤンさんたちもしっかりと見ていたアルよ~」

「しかし、あんな臭い台詞をよう億面もなく言えたもんじゃき。わしにはまっこと恥ずかしゅうて真似できんがよ。いや、さすがアキラぜよ!」

「ノンノン、女性にはとてもロマンチックなセリフよ。ワタクシも殿方にあんな風に迫られてみたいわね……ウフフ」

 アンナもヤンもヒョウマもエマも、全員勢揃いだ。

 信じられない……僕とサラのキスシーンをずっとそこで見てたのか!?

 サラの方に視線を向けると、両手を広げて『残念』という感じのジェスチャーを僕に見せた。

 ……。

 はあ……もういいや。

「帰ろうか。明日も早いし、迷宮に乗り遅れるからね……」

 ガックリと肩を落として、僕は仲間たちと一緒に宿へと戻った。

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― 新着の感想 ―
先程気づいて調べてみましたが<操手狩必刀>の漢字につきましては、「くり」と読む漢字は操り(あやつり)ではなく繰り(くり)の方が適切だと思われます。繰手狩必刀です。
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