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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
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世界にひとつの指輪を求めて その2

 喫茶店の中は意外と小洒落た内装で、子供連れの若い母親や剣を下げた冒険者風のカップルなど若い客層が多い。

 僕たちもさっそく席に着きコーヒーを頼むと、お爺さんに詳しい事情を説明した。

「なるほどねェ。手作りの皮手袋たぁまた粋な物を貰ったじゃねえか。こいつは一生ものだぜお兄ちゃんよ……っと」

 お爺さんがコーヒーを置き、僕を孫でも見るような温かい目で見ている。

 ……いや違う、僕の背後を見ているぞ?

「むこーちぬきけーん!」

 その声で振り向くと、後ろの席から4歳ぐらいの子供が身を乗り出して僕の道具袋を床にひっくり返して遊んでいるところだった。

 こまごまとした身の回りの物が辺りに散らばったけど、幸い人に見られても恥ずかしい物はなかったから助かった。

 子供は懐かしの『かがやきのたて』を手に取り、キラキラ光るのが珍しいのか不思議そうに眺めている。

「ああっ、ごめんなさい。こらマーくんめーでしょっ、その人は悪魔じゃありません! この子ったらもう、わんぱくすぎて」

 右手の指に綺麗な指輪を嵌めた美人な母親が慌てて僕に謝罪して、床に散らばった荷物を拾おうとする。

「いいですよ、自分で拾いますから。子供は元気なのが一番、今が可愛い盛りですね」

 そう言って笑顔で返すと僕は赤い髪をしたその子の頭を撫でてやる。

「あくまはみーがおーぎでたおす!」

 ……どうやら僕のことを悪魔と思ってるみたいだ。

 自分では覚えてないけど、小さい頃は僕もこんな感じでわんぱくだったのかな?

 だとするとマザーも苦労しただろうなあ……子育てというのも大変だよ。

「マーくんお外ではおりこうさんにしましょうね。じゃないとパパがもう必殺技見せてくれなくなっちゃうわよ」

 母親は自分の膝に子供を座らせると、サラが目を輝かせそうな真っ白いふわふわのケーキをその口に運んでやり、おとなしくさせた。

「ん? こいつぁ精霊銀じゃねえか?」

 床に散らばった僕の荷物の中から小さな金属片を手に取ったお爺さんがそう呟く。

「ああ、前に迷宮で大きな板状のやつを手に入れて売却したんだけど、その欠片が残っていたのかな? でもたったこれだけ残っててもしょうがないか」

 するとお爺さんはニヤリと僕に笑みを返した。

「お兄ちゃんよ、これぐらいあれば指輪の土台としちゃあ十分だ。おいらは大工になる前は腕のいい指輪職人だったんだぜ。若い時分にゃ、当時の大スター『葉山一郎』一筋でおいらにゃ目もくれなかったうちのカミさんに、世界にひとつの手作りの指輪を贈って口説き落としたもんよ」

 指輪か。

 今の母親も綺麗な指輪をしていたよな……指輪ならきっとサラも大喜びしそうだ。

「僕もお返しに指輪を贈ってあげようかな。お願いしたらお爺さん作ってくれたりします?」

 ダメ元でそう聞いてみたら、お爺さんは任せろという顔で胸を叩く。

「恋十郎を救ってくれた他でもねぇお兄ちゃんの頼みだ、あたぼうよ! そうと決まりゃ、まず嵌める石を決めて用意しなきゃいけねえ。その覚悟はあるかい?」

 覚悟?

 真剣な顔つきでそう聞かれたけど、お金には多少は余裕があるし僕はすぐに頷いた。

「一番入手が簡単なのが透明感のある黄褐色をした石トレントアンバーだな。繁栄を呼び運のステータス上昇効果がある。漆黒の石デーモナイトは集中力を高め知恵のステータス上昇効果があるぜ。無色透明に輝く石ドラゴンダイヤは定番中の定番だな。力のステータス上昇効果があるが、最近はめっきり市場に出回らなくなっちまった。そして一番の上物が、血のように紅く輝く石ヴァンパイアルビー。持つ者の生命力を増幅し、心から願った相手を振り向かせる伝説があるってんで、昔からご婦人方の間では滅法人気の極めて希少な石だぜ。どれにするんだい?」

 あれ、もしかしてお爺さんの言ってる『指輪』って、ただの装飾品じゃなくて不思議な効果のあるマジックアイテムなのかな?

 まあサラは冒険者だし、普通の指輪よりそっちの方がいいかも。

 戦士として考えるなら力が上昇する定番のドラゴンダイヤだろうけど、一番の上物というヴァンパイアルビーが僕の興味をそそった。

 用意された選択肢の中では一番良い物を常にセレクトしたい、それが僕という男である。

「じゃあヴァンパイアルビーにしようかな。もしかして、今からヴァンパイアを倒して入手してこいとかじゃないですよね?」

 さっきの意味深な言葉といい、どうもそんな気がしてならない。

「そうじゃねえよお兄ちゃん。だが似たようなモンだ。よし、善は急げだ。おいらに付いてきな」

 お爺さんは精霊銀の欠片を懐にしまい、勘定を済ませて喫茶店を出ると僕を連れてセーラー服通りの路地裏へと案内した。

 一体今から何が始まるというのだろう?

「さあ、ここだぜ」

 飲食街から地下へと通じるやたら長い階段を降り、重たく頑丈なドアを開けた先にはかなり広々とした空間が現れ、そこには男たちの喧騒の声と熱気が渦巻いていた。

「やっちまえジャック! おまえに大穴狙いで全額賭けてんだ、負けたら承知しねえぞ!」

 ぐるりと男たちが取り囲んだ中央には金網で仕切られたリングがあり、どうやらそこで二人の男が戦っているようだ。

「お爺さんここって……」

「ここは闇の闘技場だぜ。表じゃ簡単に手に入らねぇ貴重な代物も、ここなら大概の物は手に入るって寸法さ。ただし手っ取り早く望みの物が欲しいなら、あそこで体を張らなきゃあいけねえ。おいらがお兄ちゃんに聞いた覚悟ってのはそういう意味合いよ」

 キセルを吹かしながらそう答えるお爺さんは眼光も鋭く、何だかいつもと雰囲気が違う。

「ああー、ジャックの野郎やられちまった!」

 観客の男が落胆の声を上げたので再びリングに目をやると、海賊風のアイパッチを付けた髭もじゃのドワーフの大男がその体から盛大に血しぶきを上げて倒れていた。

 うわ、結構ガチでやってるんだ……にしてもあのやられた方のドワーフはどこかで見たことがある気がするな。

 男たちに担がれてどこかに運ばれる大男を無視して、賭けの胴元らしき男が声を張り上げる。

「さあ連戦最後の5戦目となる次の対戦相手はインドの『ガルズマの迷宮』で修行したスーパーモンク、黒虎のランジートが登場だ!」

「その試合待ちねェ! 次に戦うのはおいらが連れて来た、このお兄ちゃんだぜィ!」

 凄みのある声でお爺さんが僕の肩に手を置いてそう叫ぶと、あれだけ騒がしかった場内がシーンと静まり返った。

「く、熊手の親分……そりゃ構いませんが、一体何をご所望で?」

 胴元らしき男がお爺さんに控えめな態度でそう尋ねる。

「このお兄ちゃんが勝ったら極上のヴァンパイアルビーをひとつもらおうかィ。もしも負けたら、おいらの熊手組のナワバリをくれてやらァ!」

 その言葉に場内の観客たちがざわついた。

「宝石ひとつにあの熊手組のナワバリを賭けるだって? ネオトーキョー一帯を牛耳る熊手組なら、そんな賭けせずとも相当な利益があるだろうに。爺さんついにボケちまったのか?」

「いや待て。爺さんが連れてるあの悪魔みたいな格好をした男は『バタフライ・ナイツ』のアキラだ。オーク四天王オルイゼを倒した"非情の殺戮マシン"と評判の凄腕だぞ」

「なるほど……絶対の自信があるからそんな大それた賭けに出たってワケか、熊手の爺さんは。だがいくらあのアキラでも迷宮のモンスターと冒険者相手の闇闘技場じゃ勝手がまるで違う。しかも対戦相手は……」

 観客の男たちがチラリとリングに目をやると、大男を倒したばかりの黒づくめの格好をした男が腕を組んで佇んでいた。

 その男は黒いマフラーですっぽりと首と口元を覆い隠し、同じく黒い布製の服に身を包み、その手にも腰にも武器らしき物は何も持っていない。

「お兄ちゃんよ、お膳立てはおいらがしてやったぜ。しっかりやんな!」

 お爺さんがそう言って僕の背中をぴしゃりと叩く。

「でも、お爺さんが賭けたのってよく分からないけど相当大事なものなんですよね? 僕がもし負けたら……」

 僕が賭け試合に勝てばヴァンパイアルビーが手に入るが、そのためにお爺さんは相当なリスクを背負ったことは話の流れで何となく察した。

「細けえことはいいっこなしよ。あん時みてえな千両役者さながらの晴れ姿、ここの連中にもとくと拝ませてやっとくれ!」

 お爺さんがここまで僕を信じて応援してくれるなんて……ありがたい話である。

 その心意気に後押しされるように僕はリングへと上がった。

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