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大学生

私の大学進学が決まったとき、父に不思議な言動があった。

母方の親戚には日本トップのT大卒業者が何人かいたが、父方の実家は農家だったためか「大学に進学する」という価値観がそもそもなく、父方の血筋に大学進学した人はいなかった。

父と母は高卒で、私と弟には大学に行ってほしいと望んでいたが、理由はそれぞれ違っていた。

母はおそらく大学に行きたかったのだと思う。勉強が好きだったようだし、実際成績も良かったと思う。しかし、母が中学生のとき、私の祖父にあたる父が亡くなり、経済的に余裕がなかった。

母は、自分の叶わなかった思いを子どもである私たちに託したのだろうと私は思っている。

一方父は、高卒ではあったが何故か当時国内トップの航空会社に就職し、世界の空を飛ぶ仕事をしていた。

同僚たちは恐らく皆有名大学卒業者であっただろう。学歴コンプレックスのようなものを父は持っていたような気がする。

父は父方の親戚から絶大な信頼を勝ち得ていて、「家の誇り」と言われていた。

私も子どものときに、父方の叔父からこんなことを言われたことがある。

「お前はまこ(父の呼び名)の血を継いでいることを誇りに思え」と。

当時「嘉木(父の実家)の子」と母に蔑まれていた私には不快でしかなかったが。

実家の誇りである父は、しかし会社では惨めな思いをしたことがあったかもしれない。そしてそのアンバランスな環境は、父にとっては良くない影響があったかもしれない。私はそう思っている。

なんにせよ、父にとって私が大学に進学したことは自慢だった。

父は親戚に電話してまわった。「娘がM大学に進学した」と。

しかしこれは違う。私が進学したのはM学院大学だ、M大学ではない。

それを父に言ったが、「M学院大学と言っても、田舎の人間は知らないからM大学と言っておけばいいんだ」と言われた。

そして更に、「お前の進学を一番喜んでいるのはおじいちゃんだ。おじいちゃんは、一族の中から大学卒業生が出ることを望んでいた。忘れるな」と言われた。

おじいちゃんとは言っても、小学生以来田舎に行っていないのだから私にはピンとこない。田舎に毎年帰っているのは父だけだ。

実際、お祝いももらっていないし、おめでとうの電話ひとつもなかった。そんなものくそ食らえだ。


そして私の大学生活が始まった。

ここには私を知っている人はいない。ゼロから始められる。そして、心理学を学べる。やっと自由になれた。私は解放感でいっぱいだった。

まず友だちができた。友だちの数は決して多くはなかったが、イジメなんてなかった。何より、一生付き合っていきたいと思える親友ができた。勉強の話や学校の話、恋愛の話、なんでも話し合える友だちの素晴らしさを知った。友だちとはこういうものか、私はようやく分かった気がして、よく母に友だちの話をした。

友だちの話をすると、母は決まってこう言った。

「そのお友だちは、私にそっくりね。考え方も、言うことも」

は?あなたとは全然違いますけど…何故そう思うのか理解できなかった。しかし、反論して不機嫌になられても面倒なので放っておいた。

友だちとの付き合いもあるし、ということで、遅くなるときは家に電話をする約束をして、門限は22時になった。

しかし、実際に「今日は遅くなる」と電話をしても、無言で切られた。

しかも、遅くなるときは大抵飲み会なので、22時までに帰るのは不可能だった。

門限を過ぎて家に帰ると、ドアにチェーンが掛けられていたり、怒鳴られたり泣かれたりしたが、私はもう譲らなかった。

親は怖かったが、これ以上縛られたくない気持ちのほうが強かった。

また、大学生は夏休み、冬休みが長い。

私は休みはリゾート地で泊まり込みのアルバイトをすることにした。少しでも、親から離れたかった。

もちろん、母は大反対した。

「なんでそんなアルバイトしなきゃいけないの!!」

そもそも反対する理由がわからない。

私は子育てに無関心な父を利用した。

父に許可をもらって、休みになると親元を離れた。

大学2年になって、普段は居酒屋でアルバイトをしようと思った。

母に言うと、またまた大反対された。

「なんで水商売なんてするの!!情けない…」

「水商売って、キャバクラじゃないんだから…」

「お酒を提供してるんだから、水商売でしょ!!」

もう意味がわからない。この人一体なんなの…?


結局、21時までということで許してもらったが、21時とは、居酒屋が一番忙しい時間帯ではないか。

友だちもできたが、結局居づらくなって辞めた。


こんな調子で家の中は相変わらずだったが、私の世界は劇的に変わった。友だちがいる。学校がある。バイトがある。

私に居場所ができた。


そして心理学との出会い。これはもう運命的にさえ感じた。

私はずっと知りたかった。自分のこと、親のこと、自分の身に起こっていた出来事…心理学がその答えを全て出してくれたとは言わないが、少なくとも、今まで理解できなかった身の回りのことに対してのヒントとなり、モノサシとなってくれた。

私は自分や親、そして他人を客観的に分析するようになった。


まず、親子関係。

私は母から精神的虐待を受けて育ったと理解した。

父は子どもに対して無関心だった。

そもそも母は情緒が不安定で、過干渉と無視を繰り返す。

母自身が母との関係が良くない上に、友だちがいない。

従って、何かあると矛先は子ども、特に私に向く。

「へその緒が切れた瞬間から別の人間」

母はよくそう言っていたが、残念ながらそれはできていない。

母は自分と私を同一視している。

だからこそ、私が自分の思い通りにならないと気に入らない。

かといって、私が離れるのも気に入らない。

何故なら、母にとって私は、母の一部なのだ。

一方父は、恐らく自己愛性人格障害だろう。

自分は、一流企業で働くエリートサラリーマンで、皆から羨望の眼差しを向けられ、家族に何不自由させることなく生活している。

…と、表向きそう見られていればいいだけで、内情がどうであろうと関心がない。大切なのは体裁だ。


という両親に育てられた私は…

常に情緒不安定で、依存対象を探している。

妄信的に人を信じたかと思えば、些細なことで感情的になり、安定した人間関係を築くことが難しい。

境界性人格障害だろう。

変人に見えるのは当たり前だ。何故なら私は社会のマイノリティに属している人間だからだ。


人格障害に薬はない。

ただ己を知り、社会に迷惑をかけないように気をつけるしかない。


そしてもうひとつ、境界性人格障害の私の未来には…恐らく何らかの精神疾患、もしくは自殺が待っているのだろう。

地雷が埋められている状態ってわけだ。


当時の私の分析はこの程度だった。

しかし、不思議と絶望感はなかった。

むしろ知って良かった。

知らないで悩むより、現実を理解したかった。


しかし、そう理解しても、私の苦しみは消えなかった。

親のせい…?親のせいにするのは、ものすごく罪悪感があった。

当時は「毒親」なんて言葉はなかったし、

子どもを愛さない親はいない、と思っていたし、

何より、大学まで行かせてもらえているし…

確かに変わった人たちだが、私にとってはこの時点ではまだ「親」だった。

親も人間なんだよね、完璧ではないよね…

感情的に折り合いをつけるには、そう思うしかなかった。


大学4年になると、就職活動が始まった。

父も母も、「手に職がつく仕事をしろ」と言った。

本当はカウンセラーになりたかったが、当時日本でカウンセラーは食べていける仕事ではなかったし、自分の性格的にも難しいと思った。

「手に職を」というのは、私の希望でもあった。

そもそも私には結婚願望が全くなく、ひとりで生きていくつもりだった。彼氏ができても関係が続かない。築いた関係を壊してしまう自分がいることにもう気づいていた。

信頼の隣にいつも不安がある。ひとりの人と家庭を築くのは私には無理だと思っていた。

更に、「虐待の連鎖」。これが怖かった。

私が子どもを産めば、子どもは不幸になる。

連鎖は私までで終わらせたい、そう思っていた。


しかし、私が就職活動をしたのは、第二次ベビーブームかつ就職氷河期と言われた時代だった。

中途半端な大学の、心理学科生に社会のニーズはなかった。

就職を諦めかけた頃、同じ大学を卒業した社長が経営するIT企業に拾ってもらった。


この運の強さは父親譲りかもしれない。

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